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ウォルテニア戦記【Web投稿版】 作者:ホー

イピロス奪取編

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第6章第18話【晩餐会】其の5

 ローゼリア王国の王都ピレウスの貴族街。

 その一角に聳えるザルツベルグ伯爵家の別邸の裏門を馬車が通り過ぎる。

 石畳の上を進む車輪の音が王都に響く。

 そんな中、マクマスター子爵家の家紋を付けた馬車に乗り込んだディグル・マクマスターは深いため息をつきながら窓の外へと視線を向けた。

 その目の映るのは青白い月の光。

 だが、その光を分厚い雲が遮ろうとしている。

 それは正に、このローゼリア王国における状況を暗示している様だ。

(あれが御子柴亮真……か)

 亮真に関しての噂は以前から色々と耳にしていた。

 良い噂、悪い噂取り交ぜて文字通り色々だ。

 だが、噂は所詮噂に過ぎない。

 英雄だ剣豪だと前評判は高くとも、実際に戦場へ出てみれば、雑兵の群れに成すすべなく首を取られた騎士を何人も見て来たし、領内の産業開発の為に評判の知恵者を招聘した結果、愚にも付かない政策を実行して逆に税収に大きな穴をあける事だってあり得た。

 情報の伝達手段が人の口や手紙といった手段を取るより他に手段のないこの大地世界では、実物と噂が違うというのは往々にして起こり得る。

 俗に言うところの評判倒れと言う奴だ。

 だが、それを考慮に入れていても尚、ディグル・マクマスターという男の目に今夜映ったのは、規格外の化け物としか形容のしようがない怪物。

 少なくとも、マクマスター子爵にはそれ以外に形容するべき言葉が見つからない。

「やはり、ローゼリアの白き軍神が肩入れしているというだけの事はある……まさか、私達の事情を全て御存じだったとは」

「はい。あの方ははっきりと言葉にはされませんでしたが、あの口ぶりと表情から察するに……」

 そんなマクマスター子爵の問いに、対面に腰かけるロゼッタ・マクマスターが楽しそうに笑う。

 それは、肩の上にズシリとのしかかっていた重荷から解放された喜びからだろう。その顔に浮かぶのは、ロゼッタが女である事を止めた日から長い間見る事の出来なかった自然な笑みだ。

(やはり、この子にも無理をさせて来たのだな……)

 その罪の意識が、マクマスター子爵の心をかき乱す。 

 兄であるグラッドが突然の病によって身まかって以来、ロゼッタ・マクマスターは女である事を捨てた。

 それは、単に男勝りであるという精神的な意味ではない。

 髪型、服装、言動。

 性格に至るまで、文字通りロゼッタは双子の兄であるグラッドとして生きて来たのだ。

 勿論、女性が男性に変装するなどかなりの博打だ。

 普通に考えれば、どれほどうまく隠そうとしたところで、女性は女性。

 ちょっとしたことで、簡単に化けの革が剥がれてしまう。

 数日や数週間といううのであればともかく、年単位で周囲を騙すのはまず無理。

 しかし、元々二人が双子であった事が不可能を可能にした。 

 そして何よりも、二人が未だに二次性徴を迎える前だった事が最大の理由だろう。

 服装や髪型さえ注意すれば、双子であるロゼッタがグラッドのフリを過ごすのは不可能ではなかった。

 男らしくない男。

 武を誇るマクマスター子爵家としては決して誇れるような話ではないが、今回はそんな周囲の侮蔑の声も追い風となったのだ。

 勿論、ロゼッタとて好き好んで兄に成りすまそうとした訳ではない。

 それは、他に選択肢がの無い苦渋の果ての決断。

 当時マクマスター子爵にはロゼッタとグラッドの二人しかいなかった。

 これは、側室を複数持って血を保とうとする事の多い貴族階級には珍しい事だ。

 いや、側室どころか何人もの妾や愛人をとっかえひっかえ囲う事も珍しくはないのだ。

 しかし、それが全て貴族階級の持つ傲慢さ増長の果ての所業なのかと問われれば、そう言い切る事は難しいだろう。

 勿論、傲慢さも増長もしているだろうし、女を犯す快楽が無い訳ではない。

 だが、それだけではないのだ。

 家名を守り子孫に受け継がせる。

 そして、その為にはどんな手段でも用いようとする。それは飽くなき生存本能にも似たもの。

 とはいえ貴族や王族という階級に属していない平民には決して理解出来ない感覚だろう。

 しかし、家を継がせるという意味からすれば、これほど正しい手段も無いのだ。

 少なくとも、正妻への愛などと言わず、貴族社会の慣習に沿って側室の一人でも居れば、ロゼッタが男の恰好をして暮らす必要はなかったのだから。

 だが、それも全ては過去の出来事。

 今夜、晩餐会の後に行われた御子柴男爵家との会合が全てを変えたのだから。 

「晩餐会で費やされた金はいったい幾らになるのか」

「我がマクマスター子爵家の一年分の税収ではとても賄いきれないでしょうね。料理も最高級なら酒も最高。その上あの演奏ときたら……実に素晴らしい演出でした。恐らく、王宮で開かれる晩餐会でもこれほどまでに贅を尽くした物は開かれた事がないでしょう」

「だろうな……だが、単に我々をもてなそうとした訳ではないだろう?」

 その言葉に、ロゼッタは人の悪い笑みを浮かべる。

 実際、ディグル・マクマスターが子爵家を継いで以来、様々な夜会や宴に出席してきたが、今夜の晩餐会ほど贅沢な品々が卓に並べられているのを見たのは初めての事。

 中央大陸産の香辛料は怪物種の持つ臭みを巧みに消し去り旨味だけを強調していたし、東方大陸より持ち込まれたという絵柄の皿は滑らかでありながらも艶めかしく、盛られた料理に彩りを与えていた。

 その上、コースの締めとして出されたデザートはまさに圧巻の一言しかない出来栄え。

(まさか、砂糖を用いて作った食べられる器に菓子を盛るなど……)

 あまり甘い物を好まないディグルですら、口を付けずにはいられなかったのだからその出来栄えの程は言うまでもないだろう。

 熟練した職人の手によるガラス細工と見まごうばかりの精巧さで作られた器の中には、西方大陸各地から取り寄せたのであろう無数の果実がゼリーの中に泳いでいた。

 そして、見た目も鮮やかながら、その味は筆舌に尽くしがたい。

 その上、成り上りの金持ちが良くやる様な高級な品々をただ並べて見せた時の様な、嫌らしさや下品さなど微塵も感じられない。

 いや、それは料理だけではない。

 給仕する使用人達の所作を見ても、隅々にまで気配りが行き届いていた。

 まさに、完璧と言える宴。

 人をもてなすという意味から言えば、まさに手本とするべき心配りと言える。

 正直にいえば、ディグルは日々の苦労も重圧も忘れ、供された料理や酒の余韻に浸っていたいというのが本音。

 しかし、今夜の晩餐会に招かれた貴族の中で、そんな呑気な感想を持つ愚物はまずいない。

 いや、今にして思えば、それが察することの出来る人間だけを招待したのだろう。

「どう見ても脅し……だろうな?」

「それは言うまでもない事でしょう。問題なのは、お父様のお気持ちだけですわ」

 二人の視線が空中で絡み合う。

 それ以上は今更言葉にする必要もない自明の理。

 それが分かっているからこそ、マクマスター子爵は小さくため息をつくと、再び窓の外へと視線を向けた。

 自らとこの国の行く末を憂いながら。


  



 

大変お待たせしました。

今年中にもう一回は更新したいと考えております。


また、活動報告も更新しておりますので、そちらもよろしくお願いします。


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