第6章第17話【晩餐会】其の4
亮真は背後に立ち並ぶ三人へと視線を向ける。
「さてと、此処までは順調に行きましたが、本番はこれからですからね」
その言葉に背後に付き従うベルグストンとゼレーフ、エレナの三人が無言のまま頷いた。
それは一見したところ普段と変わらない態度。
しかし、よく見ると三人とも緊張からか顔の表情が若干強張っている様にも見受けられる。
それは実に珍しい事だ。
何せエレナはローゼリア王国の将軍として数々の修羅場を潜り抜けて来た歴戦の勇者。
ベルグストン伯爵は戦場に出た経験こそ少ないが、政治家としての手腕は群を抜いているし、その義弟であるゼレーフ伯爵に至ってはその温和な外見とは裏腹に情報戦において卓越した能力を誇る男。
軍人か政治家かの違いこそあれども、彼等はローゼリア王国のみならず西方大陸全土を見渡してもまず第一級の猛者と言える。
本来ならば、そんな彼等が今更晩餐会の一つや二つに出席するだけで緊張などする筈もなかった。
いや、この程度の事に一々緊張するような人間が国を担える訳もない。
だから、普段の彼等を知る人間が居たら驚きで目を見張る事だろう。
しかし、そんな彼等の態度もある意味では致し方のない事と言える。
何せ、これから行われる晩餐会には言葉通りの意味で御子柴男爵家の興廃が賭かっている。
亮真にとってはある意味、先の内戦時におけるテーベ河の渡河作戦や、先日行われた以上の重要度だろう。
そしてそれは、御子柴男爵家に己の進退を賭ける覚悟を決めた三人にとっても同じ事。
その重圧は、当事者である亮真と比べても何ら遜色のない物と言える。
いや、失う物の大きさはある意味では彼ら三人の方が大きいかもしれない。
ベルグストンとゼレーフ伯爵の二人は歴史ある名家としての誇りと領地に暮らす民の生活を。
エレナは【ローゼリアの白き軍神】とまで謳われた名声を。
そして、彼等を支える股肱の臣下とその家族達の人生を。
それら全てを賭けての大博打なのだから。
「まぁ、そうはいっても準備は万全ですから、まず問題が起こる様な事は無いでしょうけれど」
そう言うと、亮真は彼等の緊張を解そうと軽く肩を竦めておどけて見せる。
実際、今回の晩餐会を主宰するにあたり、御子柴男爵家は並々ならぬ時間と労力を費やして立案しているのだ。
まず、この屋敷の広大な庭にはロベルト・ベルトランとシグニス・ガルベイラの二人が、それぞれの家から選ばれた熟練の騎士百名を率いて駐留している。
共に【北の双剣】と呼ばれた今は亡きザルツベルグ伯爵の指揮の下で猛威を振るっていた武将だ。
そんな彼等を二人共屋敷の警備に回している段階で亮真の本気度が良く分かるだろう。
何しろこれから行われる晩餐会には多くの貴族が招待されている。
本来であれば、家督継いだ若き領主をローゼリア王国の貴族社会に紹介する絶好の機会なのだ。
それを理解していながらも二人が裏方に回っているのは、可能性が低い事は理解していながらもルピスの命令で王都の近衛騎士団が屋敷を急襲してくる最悪のシナリオまで想定しているからだ。
ちなみにその場合は、ロベルトとシグニスの二人が殿を務めつつ、王都郊外に潜ませているリオネ率いる五百の兵と共にウォルテニア半島へと帰還する計画になっている。
正に、微に入り細を穿つ。
打てる手は全て打ち尽くしたと言い切っても良いだろう。
「さて、それでは始めるとしましょうか」
その言葉と共に重々しい扉が左右に開かれ、亮真は広間の中へと足を進める。
その瞬間、無数の視線が亮真へと注がれた。
それ等の多くは燃え上がる様な熱を帯びた暗い目だ。
地球の常識で考えるならば、今回の宴を催した主催者の登場に拍手で迎えられるべきだろう。
いや、ローラ達から聞いた大地世界における貴族の作法でもそうなっている。
だが、現実は亮真に対して厳しいらしい。
(蔑み、妬み、怒りにほんの少しの警戒……多少は友好的なのもあるが、大半は俺が気に入らないって人間ばかりか……確かにそう言う人間がローゼリア王国貴族に多いのは咲夜の報告からも上がってはいたから驚きはしないが……そんなに、成り上り者は嫌いか……やだねぇ、器が小さい人間ってのは)
そんな言葉が脳裏に浮かび、亮真は周囲に悟られない様に気遣いながらも小さくため息をついた。
自分がローゼリア王国の貴族階級から歓迎されていない事は最初から理解はしていたのは確かだ。
とは言え、此処まで露骨に嫌悪を向けられれば流石の亮真でも嫌気がさす。
勿論、亮真とてそれが人間の持つ普通の感情であることを否定しようとはしない。
事実、亮真の言うところの器の小さな人間というのはこのローゼリア王国の貴族だけに限定される話ではないのだから。
普段見逃してしまうような日常にも、人の心の闇はある。
それこそ、心の底から他人の成功を祝える人間などそうは居ないのが普通だろう。
(まぁ、あの二人みたいに自分の気持ちに折り合いが付けられる人間というのは意外に少ないからな……)
亮真は自分の背後に付き従う二人の中年へ軽く視線を向けた。
先日亮真に忠誠を誓ったベルグストン伯爵やゼレーフ伯爵の心にも多少の妬みや嫉妬は存在して当然だ。
貴族派の首魁であるゲルハルト元公爵に疎まれ長い間不遇をかこってきたとはいえ、二人はローゼリア王国において名門と言える貴族階級であり、民を指導する地位にあると同時に、様々な嫌がらせに合いながらも己の領地を維持してきたという自負を持っている。
実力も実績も兼ね備えていると言って良いだろう。
貴族という特権階級に胡坐をかき、日々享楽に勤しむ貴族が多いローゼリア王国の中では、まず第一級の人材だ。
だが、だからこそ亮真に二人は御子柴亮真に対して複雑な感情を持っている。
それはそうだろう。
ベルグストン伯爵は四十も半ばを過ぎているし、それはゼレーフ伯爵も同じ。それに対して歳不相応に老けた顔をしている青年はようやく二十歳になったかならないかと言った年頃。
それはつまり、年若いうちに結婚する事の多い大地世界の常識に当てはめた場合、息子どころか孫であっても不思議ではない年齢差という事になる。
そんな年若い青年が、自分達を長年苦しめて来た敵を倒された二人の胸中はどうだろう。
確かに二人は本心から感謝はしているだろう。
だが、その一方で御子柴亮真という人間に対して敵意の様な反発心を抱くのは人として当然の事だ。
ベルグストン伯爵が亮真に仕えると決断するのに時間が掛かったのも、単にローゼリア王国への忠義心というだけではないのだ。
しかし、亮真はそんな二人を蔑む事も無いし、嫌悪を持つ事も無い。
表面的にどんな態度をとるかは人それぞれだが、基本的に人は他人の成功を妬み自分の不遇を恨むものなのだから。
重要なのは、それを表面に出すか心の奥に閉まっておけるかという違いであり、その恨みや妬みと言った負の感情を他者の足を引っ張り批判するという使い方をするか、それとも己自身の発奮材料として用いるかというだけの事でしかない。
そう言う意味からすれば、大地世界だろうと、裏大地世界だろうと人間の根本的な要素は変わりはしないのだ。
後は、自分がそう言った狭量な人間達とどのように接していくかという事だけだ。
(一番いいのは関わり合いにならない事だけれども……な)
ややこしい人間とは関わり合いにならないというのは、処世術として非常に有効な対処法と言えるだろう。
端的に言うならば、緩やかな拒絶とでも言ったところだろうか。
何故なら、感情論では両者に歩み寄りはないし、理詰めでも相手の反発を招く可能性の方が高い。
下手に拗れれば、刃傷沙汰に発展する可能性も出てくるかもしれない。
結局、理性を保つ側の人間が譲歩を迫られる事になる。
勿論、話し合いの場を設ける事に因って交流が進み、その結果として問題が解決する場合もあるだろう。 だが、その場合は大抵時間が掛かる。
第三者の仲介も必ずしも有効とは限らないし、時間も費用も掛かって来るだろう。
そう考えると、一番有効なのは関わり合いにならないという事だ。
現実的な対応としては引っ越しや転校、転職などか。
とは言え、この関わり合いにならないというのも、ストーカーの様に相手側から絡んでくる可能性が有るので絶対とは言えないのは確かだ。
また、何らかの理由で逃げる事が出来ないという場合もある。
今回の亮真の様に。
そうなると、取れる方法は極めて限られてくる。
すなわち、敵の物理的な消去か威圧し服従させるかのどちらかくらいだろうか。
とは言え、ローゼリア王国の貴族社会に属する人間を皆殺しにするというのは、あまりにもリスクが高い。
また、仮にそれを実行した場合、支配階級を根こそぎ失ったローゼリア王国全体が機能不全を起こす事になるだろう。
(まぁ、あの女がどうなろうと知った事じゃないが、使える物は使わないとこっちも手が回らないし……な)
亮真は会社に例えれば起業したての状態。
これから、事業を拡大しようとしている段階だ。
こういった状況で最も大切なのは何よりも人材。
どれほど素晴らしい高性能な機材を買い集めようと、それを適切に運用管理出来る人間がいなければ宝の持ち腐れでしかない。
だが、人材を育てるには適切な教育と共に長い時が必要になる。
となれば、最も簡単な解決策は優秀な人材を勧誘するという事になるだろう。
(さてと、それでは始めますかね)
広間の片隅で待機しているメイドに一人に亮真は軽く目で合図をした。
すると、準備していたメイド達が再び盆の上に並べたグラスを客に配っていく。
「亮真様……どうぞ」
何時の間にか側に待機していたローラがグラスを差し出すのを無言のまま受け取ると、亮真は立ち並ぶ客に向かって口を開いた。
かなり更新が遅れました。申し訳ございません。
活動報告も更新しておりますのでそちらもご覧いただければと思います。