堕天使のちょこっとした冒険   作:コトリュウ
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ド素人にして最強!
田舎娘にして無敵!

誰にも捉えられず、何者も逃げられない!
その一歩は雷鳴の如く――
その走りは神の如く――

生涯不敗の真剣勝負!
その名は『鬼ごっこ』!!



異世界-8

 では明日~、というギルド長の言葉を受けながら『蒼の薔薇』と田舎娘は一階へ続く階段を下りようとしていた。

 

「さてと、ガガーランとティナに御土産でも買って帰りましょうね。食べ物がいいかしら?」

 

「あのモンスターは何でも食べる。お蔭でもうすぐ進化するかも?」

「仲間をモンスター扱いするなっ。まぁ、見た目は確かにオーガみたいだが……」

「あっ、私はガガーランの事とは言ってない。イビルアイは酷い奴」

「このっ、わ、私だってガガーランの事とは言ってないだろ!」

「ん? という事はティナの事を言ったのか? なんて外道」

「く~、揚げ足ばっかりとるな!」

 

 階段を下りながらじゃれ合う二人の姿は、パナップにとってとても眩しい。それは遠い昔に手放してしまった仲間達との思い出――二度と手に出来ない過去の宝物だ。

 

(いいなぁ。違う世界だけど、一緒に旅をする仲間の存在はどんなレアアイテムより価値があるよ。……でも私は、……私はこれからどうすればいいんだろ)

 

 生きていく上での必要な情報を『蒼の薔薇』から貰い、活動し易い様冒険者ギルドへ登録した。しかし、それからどうすれば良いのか? プレイヤーの情報を集め、同じ境遇の人達と接触し、日本へ帰る。可能かどうかは別として――本当にそれで良いのだろうか?

 逢いたい人が居るのは確かだ。

 それは疑いようのない事実であり、帰還への動機となり得る。

 ただ、帰ってもハッピーエンドにはならないだろう。当たり障りのない言葉を幾つか交わし、サヨナラをして御仕舞いだ。裏切り者にはそれでも過分だろう。

 

(私が帰ってもあの人は喜ばない。それなら……帰らない方が私にとって幸せなのかも? この世界なら私はパナップ――強力な堕天使なんだから……。でも――)

 

 仲の良い『蒼の薔薇』を眺めれば眺めるほど、心の内にどす黒いものが湧いてくる。

 どんなに願っても手に入らないモノ、其れをお前達は持っている、たかが人間ごときが何故持っているんだ、憎くて苦しい――幸福な笑顔を潰したくて堪らない。

 変身で隠していた黒い羽が、もぞりと動き出しそうだ。

 

(違うよ違う! そんなこと考えてない! 私は人間、日本人! 悪いことはしない、犯罪・絶対・ダメ!)

 

 暗示のように言い聞かせ、パナップはイビルアイの後を追った。その先で睨みを利かせた集団が待ち構えている事など、まったく気にもしないで……。

 

「アインドラさん、少しイイですかね?」

 

 冒険者ギルドの一階では、多くの武装した集団が『蒼の薔薇』へ視線を向けていた。その中から(ゴールド)のプレートを身に付けた一人の男が前へ出て、ラキュースに声を掛ける。

 

「あら? 貴方は南門で御一緒した方ですね。何か御用ですか?」

 

「ええ、貴方と言うか――まぁ、そっちの新人さんに用がありまして……。なんでも白金(プラチナ)級に推薦されるほどの凄腕だとか……。良かったら裏の訓練場でその実力を見せてもらいたいのですがね」

 

 先輩冒険者としては引くに引けない案件なのだろう。目の前で「お前たちより強いから上位プレートを渡すけど構わないよな」と言われたようなものなのだ。普通ならば「ふざけるな」と、怒りをぶつけてきて当然の揉め事になるだろう。新人への洗礼とは全く違う、己の冒険者人生を掛けた厳しい一撃を放って来るに違いない。

 其れも此れも、全てはラキュースの一言が原因なのだが……。

 

「あの、それはちょっと……」

「うん、いいよ! やろうやろう!」

 

 空気を読んでいるのかいないのか、田舎娘の声は軽い。十組近くの荒れくれ者に取り囲まれても、何ら危険を感じていないようだ。

 

「あ、あの、パ、パナさん何を――」

「大丈夫だってラキュースさん。ちゃんと手加減するから……それに、私も色々試してみたい事があるしね」

 

 実際の戦闘でどの程度戦えるのか、特殊技術(スキル)の有用性は、ユグドラシルの時のように俊敏な動きを再現できるのか――等々、パナップにとって訓練場で相手をしてくれるという話は、結構有難いモノであった。とは言え、手加減云々の言葉を目の前で聞いてしまった先輩冒険者にとっては、頭の血管が破裂しかねないほどの暴言を投げつけられたに等しい。

 ざわっ、と殺気混じりの空気が広がる。

 

「――では行きましょうか。こっちです」

 

 それ以上口を開くと罵声しか出ない――そんな気配を感じさせる(ゴールド)級冒険者のリーダーは、既に許可を取っていたらしく冒険者ギルド本部の裏手にある訓練場まで先導する。

 それに続きパナップと『蒼の薔薇』一同、そして他の冒険者達が動き出すのであった。

 

 

「おいおい、イイのかラキュース。このままだとロクでもない事にしかならんぞ」

「分かってるけど……他にどうしようもないでしょ?」

「死人が出るかも、今のうちに逃げる?」

「イビルアイにティアも――いざという時はお願いね」

「ちょ、おまっ」

「さすが鬼ボス、非道に外道」

 

 わいのわいの――と騒いでいる『蒼の薔薇』の前では、短めの木剣を手にしたパナップが、簡単な柵で囲まれた広場の中央で対戦者を待っていた。

 その姿は異様の一言に尽きる。

 嫁に行き遅れたであろう二十歳程度の――南方の辺境からやって来たと思われる短い黒髪の田舎娘が一人、小奇麗な様で木剣をブンブン振っているのだ。誰もがオカシイと思う光景であろう。柵の外で怒りに身を震わせている武装集団の様子からも、ただならぬ状況が始まっているのだと分かる。

 

「んじゃ、俺から行かせてもらうぜ! (シルバー)級とか(ゴールド)級が出たら直ぐ終わっちまうだろうし、大怪我させると面倒だからなぁ!」

「そんなこと言っている場合か? 相手の嬢ちゃんは手加減してくれるってのによっ!」

「一人目で終わるのは無しにしてくれよ! 俺まで回してくれ!」

「いやいや、どう見ても一人目で終わるだろ。無理だって」

「何言ってんだ? アダマンタイトのお墨付きだぜ! 楽勝だろ?!」

 

 喧騒の中から進み出た大柄の男は、首に掛けるプレートからすると(アイアン)級冒険者のようだ。パナップ同様木剣を所持し、悠々と広場の中央付近まで歩いてくる。その様相は完全に勝利を確信したモノであり、頭の中では――どのように遊んでやるか――としか考えていないに違いない。

 しかしその思考は当然であろう。

 訓練場で向かい合った二人の体格差からしても勝敗は明らかだ。

 (アイアン)級冒険者は小鬼(ゴブリン)達と死闘を繰り広げている戦闘経験者であり、そこらに居る一般兵よりも強い。無論、比較の相手が帝国兵となると話は違ってくるが、王国の田舎娘ならば負ける要素は皆無だ。アダマンタイト級冒険者が知り合いだからと優遇しようとしても、(アイアン)級冒険者に打ち勝つのは偶然や奇跡でも不可能だろう。たとえ油断という要素があっても同じことだ。

 

「パナッ……の構え、どう見る? 感想を聞かせてくれ」

「そうねイビルアイ。私の感想は……、貴方が思っている事と同じだと思うわ」

「同意、まるでなってない。素人丸出し」

「やはりそうか、となるとアイツが『ぷれいやー』である可能性は無しか……。隠密や変身の能力、話の内容からして本物かと思ったんだが……」

「仕方ないわ、私だって本物の英雄だと――」

 

『蒼の薔薇』が分析を行っている最中、その勝負は始まった。(アイアン)級冒険者が「さぁ、いつでもイイぜ、お嬢ちゃん!」と挑発し「は~い、それじゃ~行きますね」とパナップことパナが答え、その一歩を踏み出すと同時に――

 

 ――勝負は終わった。

 

「はぁ?」

「え?」

「……」

 

 イビルアイ達が見つめる先で、パナは男の背中に軽く木剣を当てていた。

 訓練場が静寂で満たされ、物音一つ聞こえない。

 パナが何時背後に回ったのか、誰もがお互いに顔を見合わせて首を振る。

 ティアもラキュースも――、イビルアイであっても開いた口が塞がらない。まさに一瞬の攻防……いや攻であった。

 

「はい、おっしま~い。次の人どうぞ~」

 

 肩に木剣をトントンと当てて元の位置に戻るパナは、まるで何事も無かったかのように自然体だ。戦っている――訓練していると言うよりは、遊んでいると言った方が的確であろう。

 

「ちょ、ちょっと待て! お前、今どうやったんだ! 一瞬でどうやって背後に回った? 私でも見えなかったぞ!」

「魔法かしら? でも魔力の発動は無かったようだけど……」

「転移……闇渡りでもない、速過ぎ」

 

「何って……、走って後ろに回っただけだよ。言わなかったっけ? 私って素早く動くことに関しては自信があるんだよ」

 

 素早いって言葉の意味を調べたくなる『蒼の薔薇』一行であったが、そんな事をしている暇はない。パナの前には正気を取り戻したであろう次の対戦者が進み出て、微かに震えながらも木剣を構えているのだ。見逃す訳にはいかない。

 

「んじゃ~、色々と試させてもらうね」

 

 田舎娘の軽やかな一言が何を意味していたのか、それは誰にも分からない。何故なら進み出た対戦者は一人残らず、自分が何をされたのかも分からずして負けたのだから……。気が付けば背中に、首に、脳天に木剣を当てられ――果ては知らぬ間に倒されて失神する有様だ。

 これほど訓練にも経験にもならない勝負は珍しいだろう。何も分からず対策すら思いつかないなんて、悪夢でしかない。

 

「これで全員? そんじゃ~もうイイかな?」

 

 満足げなパナの言葉を最後に、無意味な勝負は終わった。

 パナとしては人間に変身した時の動きを確かめられ、戦闘時の特殊技術(スキル)発動を一通り試すことが出来たので充分な収穫であった。そして『蒼の薔薇』にとってもパナの能力を目に出来たのは――実際には目に映らなかったが――良かったと言うべきであろう。これで『ぷれいやー』である確信が持てたのだから……。

 

「信じられん……、十三英雄のリーダーでもこんな動きは不可能だ。あのばばぁが見たらなんていうか……」

 

「(超高速瞬歩……いえ、神速雷鳴俊転移なんてイイかも……。でも雷鳴より電撃のほうが攻撃的で速そうかしら? 神速は必須だし……、となると暗黒はどうしよう。私にとって暗黒は外せない要素だし……。んん~、そうそう、この場合は移動してから技名を叫んだ方がカッコイイわよね♪ ――ふっ、止まって見えるわよ。私の超神速暗黒雷――)」

「ボス、どうかした?」

「――えっ?」

 

 余程衝撃的であったのだろう、ラキュースの思い悩む様子からも抱えている苦悩の大きさが分かる。なにせパナが動き出せば誰も止められないのだから、王国を守護するアダマンタイト級冒険者のリーダーとしては頭を抱えてしまう絶望的案件だ。

 イビルアイもティアも、リーダーの負担を軽くしようと心に誓い傍に寄り添う。宿に帰れば頼りになる仲間が更に二人も居るのだ。一人で悩む必要はない。きっと解決策はあるだろう。幸いパナは友好的で人間に危害を及ぼそうとする気配は見られない。ならば希望はある。

 ラキュースの肩に手を置き、イビルアイは決意を持って頷く。――大丈夫だ、私がきっと護るから、たとえ相手が最上級悪魔だろうと虫の魔神だろうと必ず――。

 

 訓練場から出てきたパナは、化け物でも見るかのような視線を避けつつ『蒼の薔薇』の下まで歩を進めていた。

 なにやら重い空気を感じるが、ラキュースの目がキラキラしているので特に問題は無いだろう。これで他の冒険者達から妙な言い掛かりを付けられる事も無いだろうし、街中で動き回るには最適な行動だったに違いない。

 パナは己の能力確認に加え、周囲の状況まで改善した見事な手際に――むふふん、まるでぷにっとさんとかモモンガさんみたいな頭の冴えだね、私ってば賢い! ――なんて自画自賛を行っているみたいだが……。

 

 この日からエ・レエブル、そしてリ・エスティーゼ王国内では、信じられない武技(ぶぎ)生まれなが(タレ)らの異能(ント)を併せ持つ田舎娘が、アダマンタイト級推薦の逸材として冒険者活動を開始したと人々の噂に上り始めた。

 なぜ武技(ぶぎ)生まれながらの異能(タレント)だと勘違いされたのかは不明だが、噂の発端を探してみると其処には必ず――全ての指にアーマーリングをはめた見目麗しい金髪美女の姿が有ったとか無かったとか。

 色んな所からせっつかれて仕方なく己の想像を話したのかもしれない。田舎娘の出生が、二十年ほど前にドラゴンに滅ぼされた亡国の王女様――になっていたのはただの勘違いだろう。

 その金髪美女は時折謎の書物を手に取り、何かを書き込んでいるらしいのだが……忘れないようにメモを取るのは良い事だ。

 その結果、とんでもない虚像が生み出されたとしても……。

 




ふっ、止まって見えるわよ。
私の超神速暗黒雷撃超俊転移からは、何者も逃れる事は出来ない!
我が神をも超える速さの前に、時間すらひれ伏すがイイ!
あはっ、あははははは!!


(どうしてこんなになるまで放っておいたんだ!)
(駄目だこれは、早く何とかしないとっ)





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