堕天使のちょこっとした冒険   作:コトリュウ
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時は少しばかり遡り、
忠誠の儀が終わった頃のナザリック。

モモンガ様は何を見て、何を聞き、何を行うのでしょう。



異世界-6

「……あいつら……え、何あの高評価」

 

 六十七体のゴーレムに囲まれていた骸骨魔王ことモモンガは、自分の中で渦巻く奇妙な感情に戸惑い――そして抑え込むのに苦労していた。

 NPCが自らの意志で動き出したかと思えば、異常なまでの忠誠心で付き従ってくる。命を断てと冗談でも言おうものなら、即座に自らの首を刎ね飛ばさんばかりの勢いだ。

 そんな忠誠を捧げられた経験など未だ嘗て無い。

 平凡なサラリーマンに何を期待しているというのか。NPC達との今後の付き合いを想像すると、無い胃がキリキリと痛むような錯覚すら覚える。

 

「――――タブラさんに顔向けできない……」

 

 もう一つの懸念材料が頭に浮かぶ。

 やってしまったことは仕方ないが、今後どのような変化をアルベドに与えてしまうのだろうか――不安しかない。色々あって最後の最後なのだから何やっても構わないだろう、と暴走した結果がコレなのだから運命とは恐ろしいものだ。

 

「はぁ、……まぁ身の安全は保障できたと言って良いだろうから、次の用事を済まそう」

 

 精神抑制が働かない程度の微妙な動揺と戦いながら、モモンガは広くて絢爛豪華な魔王城の一区画とでも言うべき回廊を歩き、ゆっくりと階段をのぼった。

 本当ならわざわざ歩いていく必要は無い。先程のように指輪の力を使えば一瞬で目的の場所まで行ける。しかし今、モモンガはその力を使いたくなかった。と言うより結果を先延ばしにしたかったと言う方が適切であろう。

 モモンガが向かう先は円卓の間。

 数時間前まで自らも身を置いていた、ギルドメンバーのみが足を踏み入れる事の出来る空間だ。

 

(誰も居ない、なんて事は分かっている。ギルドメンバーの気配が無いのは承知の上だ。それでも――それでも自らの目と足で確認しない訳にはいかない。誰も居ないと分かっていても……)

 

 自らに言い聞かせながらも、足取りは重い。

 出来る事なら――居るかもしれない可能性だけを残して、見て見ぬふりを続けたい――と言うのが本音であろう。

 この異常事態に独りぼっち。見知らぬ世界に唯一人。リアルの事情を知っている存在が誰も居ない――という現実。

 モモンガは自分を愚かだと言い聞かせながらも、円卓の間の扉を開いた先で誰かが声を掛けてくれるのではないかと、ほんの少しだけ希望を抱いていた。

 

(……馬鹿な事を……)

 

 第九階層へ足を踏み入れたモモンガは、大きなため息をつく。

 骸骨の身でありながらそんな仕草をするのは、やはり人間であった頃の残滓が残っているからなのであろう。少しだけほっとするも、その残滓が何時まで残っているのだろうと不安も出てくる。

 

(やれやれ、なんて気の弱い死の支配者(オーバーロード)なんだ。こんな事ではNPC達に見限られてしまうかもしれな――)

「モ、モモンガ様! 御一人とは如何なされたのですか? セバス様は? 近衛の者は?」

 

 モモンガの目の前に現れ、眼鏡の奥で大きく目を見開くその者は、黒髪を結い上げた美しいメイドであった。たった一人で階層を歩いているモモンガの姿に狼狽しているらしく、即座に近衛の(しもべ)を呼び集めようとしている。

 

「(ああ、そういえば第九階層の警備を命じていたなぁ……。ん~、確かやまいこさんの……あるふぁ……え~っと、うん、ユリ・アルファだったかな)――うおっほん、ちょっと待つのだユリ。近衛の者を呼ぶ必要は無い。……そ、そうだな、お前が傍に居てくれれば良い。分かったか?」

 

「は、はい、モモンガ様。身に余る光栄でございます。このユリ・アルファ、全身全霊をもってお傍にお仕え致します!」

 

 跪いてキラキラ輝く瞳を向けてくるメイド服姿の美女は、モモンガにとってあまりに眩しい。先程まで超絶美女のアルベドや偽乳美少女のシャルティアなどとキャハハウフフしてはいたが、支配者ロールと精神鎮静化のお蔭で平静を保っていたに過ぎない。

 実態は普通のサラリーマンなのだからユリのような美女に付き従われても息苦しいだけ、と言うか――とても喜べる状態ではないのだ。ハーレム状態のラノベ主人公に嫉妬していた過去も、今では憐れみさえ覚えてしまう。

 

(むぅ、出会ってしまった以上は仕方がない。このまま連れ歩くとしようか。でもなぁ、気が休まらないんだよな~。支配者ロールは疲れるんだよぉ、そっとしておいてくれないかなぁ)

 

 モモンガは心の内だけでため息をつき、ユリを従えたまま歩き進んだ。

 ほどなくして円卓の間――その扉の前で足を止める。

 

「ユリ、お前はこのまま扉の近くで待っていてほしい。中に誰も入って来ないように見張っておいてくれ」

 

「畏まりました、モモンガ様。円卓の間へ足を踏み入れるような愚かな(しもべ)はナザリックに居ないものと確信してはおりますが、もしそのような不心得者がおりましたなら、命を懸けて阻止いたします!」

 

(お、重い! 重いよユリさん! なんでこんなに忠誠マックスなの? やまいこさんってば、この娘にどんな設定仕込んだんだよ!)

 

 精神抑制が働くギリギリの線で興奮の波を乗りこなそうとしていたモモンガは、そんな醜態を気付かせないよう支配者の空気を漂わせながら円卓の間へ入っていった。

 とは言え、ほんの一瞬であろうと中へ入るかどうかを戸惑ってしまったのは隠せない事実なのだが……。

 

 

「……そうか、そうだよな。……誰も、居るはずがないよな」

 

 視界に入る四十一の空席を前にして、モモンガは呟く。

 見回しても何もないし、誰も居ない。分かっていたはずなのに、心の一部が欠けたかのような感覚に陥ってしまう。

 一人であることを認識し確信する。それはとても嫌な確認作業であった。

 

「ヘロヘロさん、残っていれば今頃のんびり遊べていましたよ……」

 

 ほんの少し前まで古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)が座っていた空席に触れ、モモンガは囁く。まるで其処にギルドメンバーが居るかのように……。

 

「たっちさん、貴方が居なくて良かった。奥さんと子供さんが悲しむでしょうし……」

「ウルベルトさん、魔法が使えると知ったら、やっぱり暴れるのですか? やめて下さいよ」

「ぷにっとさん、こんな時こそ貴方の知恵が必要なんですけどね。頼らせて欲しいです」

「建御雷さん、コキュートスは強そうですよ。絶対手合せしたくなると思いますね」

 

 ゆっくり歩きながらメンバーの席に触れ、昔を懐かしむように一人一人に対して想いを語る。その様子はまるで、二度と会えない相手へ別れを告げているかのようであり、また一方で――何処かでまた巡り合えるのではないかと期待を込めているかのようでもあった。

 

「ブルー・プラネットさん、ナザリックの外は草原らしいですよ。見たかったんじゃありませんか?」

「茶釜さん、アウラとマーレは凄く可愛いですよ。会えないなんてもったいないと思いますね」

「ペロロンさん、シャルティアはなんというか……やり過ぎでしたね。責任取ってくださいよ」

「やまいこさん、ユリがすぐ傍に居ますよ。とても綺麗な女性です。会って欲しかったですね」

 

 静かな空間に響くのはモモンガの声だけだ。誰も答えてくれないまま、モモンガは最後となる『三十九人目』の名を口にする。

 

「タブラさん、アルベドの件は本当に申し訳ないです。出来る事なら会って謝りたいところですが……何処かに居てくれますか? また……会えるでしょうか?」

 

 そんなわけは無い、会えるわけがない――そう思いながらも問い掛けずにはいられない。何も分からないまま自身も化け物になってしまった今、この先に何が起こるかなんて分かる訳がないのだ。

 だから思う、信じられない奇跡が起こる事を――それを望むのも有りなのかもしれないと。

 

「ふぅ~、居ないなんて諦めるのはまだ早いですよね。もしかしたらこの世界の何処かに……」

 

 根拠は無くとも希望は作れる。

 それはとても強引な考えであったかもしれないが、今のモモンガには相応しいと言えるのではないだろうか。モモンガは今――魔道を極めた死の支配者、ナザリック地下大墳墓の絶対君主であるのだから。

 

「待たせたなユリ、問題はなかったか?」

 

「はい、モモンガ様。他の(しもべ)にはこの近辺に近付かないよう通達を出しておいたので何の問題もありません。それに御主人様をお迎えできる栄誉を与えて頂いているのですから、私には『待つ』などという意識はございません。他の者が羨む傍仕えを命じて頂いたことは、(しもべ)として最高の誉れでございます」

 

「そ、そうか(あれ? 別に近付くなとは言ってないんだけど……。ん~、なんと言うか天井知らずの忠誠心が不安だな~。変な方向へ突っ走らなきゃいいけど……)」

 

 これ以上会話を続けると面倒なことになりそうだ――と直感したモモンガは、そっけない感じだと自分で思いつつも次の目的地へと足を進めた。

 向かう先はギルドメンバーの自室が連なる区域だ。

 全ての扉を押し開けて中へ踏み入りたい衝動に駆られるが、今はそんなことをしている場合じゃない。目的の場所は一つで、そこはほんの少し前まで足を踏み入れていた部屋だ。

 中に何があるのか、何が居るのかはしっかり覚えている。

 そこでどんな怒りを宿したのかも――。

 

 モモンガは見事な花の彫刻が施された扉の前で足を止めていた。

 

「(……NPC達が自らの意思で動き始めた。ならばコイツは何を知っている? 何を覚えている?)」

 

 無言で足を止め、不動の体制を続ける主の姿は、ユリにとって不安を募らせるものだったのかもしれない。何か不快な行為を自らが行ってしまったのか、と早合点するのも致し方ない事であろう。

 

「モモンガ様? どうかなされたのですか? ……この部屋は確かパナッ――」

「その名を口にするなあああぁっ!!!!」

 

 死神さえ狂う恐怖の一声。

 死を超える絶望がナザリックを覆い、血の涙を流すほどに怯え戸惑う。

 それ程までに恐ろしく、強大な怒りを内包した怒号であった。異なる階層に居た者であっても即座に(こうべ)を垂れ、死を覚悟したに違いない。

 だがその恐怖の根源が目の前であったなら、自らに向けられたものであったならどうしただろうか?

 そう――ユリ・アルファに迷いはない。

 

「申し訳御座いません! この失態は自らの死でもって償わせて頂きます! モモンガ様万歳!!」

「しまった! ちょっと待て!!」

 

 涙に溢れたまま即座に跪き、両の拳で頭を叩き割ろうとするメイドに対し、モモンガは即座に手を伸ばしてユリの頭を掴み上げた。

 ほんの少しでも遅れていれば――又はモモンガとユリとの間にレベル差が無かったのなら、今頃木端微塵の肉片がその場に飛び散っていたことであろう。

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)のステータスとは言え、百レベル分を積み上げればそれなりに早く動けるものである。とは言え、この時ほどレベルを百にしておいて良かったと思う瞬間は無かったに違いない。

 ただ骸骨が骨の手で――美人メイドの生首を掲げている光景は酷いものだ。まさしく魔王の称号に相応しい外道行為であろう。

 

「モ、モモンガ様?」

「はぁ、……いや、その、すまなかったな。お前は何も失態などしていない。ただの、そう……私の八つ当たりだ。何も気にする必要はない、と言いたいところだがいきなり自決するのは止めてくれ。これは――命令だ」

 

 心臓に悪いから――と言いたいところだったが、元より無いので口には出さなかった。

 それに原因を作ったのは間違いなくモモンガであり、悪いのはモモンガだ。それは自覚しているし、言い訳の余地は無い。

 自らに付き従う罪の無いメイド相手に大声で怒鳴るなんて、やまいこさんにフルボッコにされても文句の言いようがない最低案件だ。

 

「も、申し訳ありません、モモンガ様。此の身、此の命は御方の所有すべきもの。勝手に処分しようとした愚かな身に罰をお与えください」

 

「やれやれ、私の失態だというのに……。お前の全てを許そう、ユリ・アルファ。――首を取ってしまってすまないな。さぁ、大丈夫か? 立てるか?」

 

 もしこの場にアルベドが居たらどんな惨劇が起きたのであろうか。

 身体を抱きかかえられ、涙を拭われるユリの姿は、ナザリックの(しもべ)にとってあまりに衝撃的な光景だ。

 今の今まで、そのような経験をした(しもべ)など何処にも居ないのだから仕方のない事だろう。ユリ自身、己の身に何が起こっているのか自覚するのも難しい。

 

「そ、そんな、モモンガ様。ボ、わ、私のような身には恐れ多い、あまりにもったいない栄誉で、ご、ご、ございますぅ」

 

「ん? 大丈夫……のようだな。それではまたこの場で待っていてくれ。中には誰も通さないようにな」

 

「はい、モモンガ様。御命令のままに」

 

 必死に落ち着きを取り戻そうとするユリではあったが、両手で頭を固定したままお辞儀をしているところを見ると、まだまだ動揺が収まっていないのだろう。外れたチョーカーを手早く直せるほど心は冷静でないようだ。

 その理由はよく分かる。なぜなら――ユリは生れて初めて異性に抱きかかえられたのだから……。

 ユリのようなNPC達は皆ユグドラシルで生まれ、その後異世界転移に巻き込まれた存在だ。ユグドラシルではプレイヤー同士はもちろん、NPCに対してもセクハラ行為は御法度であり、誰かに抱きしめてもらうなどの経験は絶対に有り得ない。無論、シャルティアのように『そうあれ』と設定されている場合は例外なのだが……。故に今回、モモンガとの接触はあまりに刺激的で興奮冷めやらぬものだったはずだ。

 アルベドが胸を揉まれた時と同じ――とまでは言わないが、似たような感覚に陥ったとしてもおかしくは無いだろう。

 当のモモンガはその事に気付いていないようだが……。

 

 扉を開けて歩み進んだその先は、まるで新鮮味のない空間であった。

 つい先程――数時間前に来て居た場所なのだから当然と言えば当然なのだが、それはナザリックが異変に巻き込まれる前の話。モモンガが視線を向けた先で――機能停止状態で眠りについているNPCも、前に訪れた時は唯のデータだったはずだ。

 それが今は違う。

 完全な自立意思を持つ、リアルな生命体となっているはずなのだ。

 

(コイツは何を知っている? あの人が何をしに来たか知っているのか? それとも他に何か……)

 

 床に散らばるアイテムを無視し、キングサイズの天蓋付きベッドまで押し進んだモモンガは、NPCの胸に置かれた指輪を手に取ると一つのコマンドを口にした。

 

「目覚めよ、ウロタス」

 

 ユグドラシル時代に機能停止状態のNPCを起動させるコマンドであったが、どうやら今でも通用するようだ。モモンガの声に応じ、NPCがゆっくりと上半身を起こす。

 

「あ、はい。……お久しぶりですね、モモンガさん。どうしたんですか?」

「――えっ?」

 

 その声を耳にし、口調を理解し、モモンガは強制的な精神抑制に襲われる。これは驚くとかそういう問題ではない。頭を抱えてゴロゴロ転がりながら悶え苦しむ、真っ黒な歴史そのものだ。

 

(おいおい! これって俺の声か?! 動画とかで自分の声を聴いた事はあるけど、それよりもなんだか妙な感じが――でも間違いないよな?! 話し方まで俺そっくりなんだけど?! どうなってんの? どうなってんだよーー!!)

 

 ユグドラシル時代にぷにっと萌えやたっち・みー達と話していた口調が、そのまま目の前で展開される様は何とも言いようがない。照れるような、苦々しいような、ムズムズするような――何とも言い難い感覚が背筋を這い回り、宝物殿に居るアイツを思い起こさせる。

 

(何してんだよあの人は! いったいどんな設定を仕込んだらこうなるんだよー!!)

 

 そういえば名前とステータスをチラ見しただけで、詳しい設定までは読み込まなかった――そんな後悔を胸に、モモンガは奇妙な仮面をつけたNPCを穴が開くほど見つめていた。

 

「あ~、うおっほん。ひ、久しぶりだな、ウロタス。長い間停止状態だったが、体に不調は無いか?」

 

「はい、問題ないですよ。……と言うより、モモンガさんに名前を呼んでもらうのは初めてかもしれませんね。はは、そっちの方に違和感を覚えてしまいますよ」

 

「そ、そうか……」

 

 他のNPC達と異なる非常に軽い受け答えに若干気が楽になるのを感じるが、同時に忠誠心的に大丈夫なのかと不安も募る。

 裏切るような気配は今のところ無い。

 無いのだが――。

 

「ウロタス、少しばかり聞きたい事があって此処へ来たのだ。答えてくれるか?」

 

「もちろん大丈夫ですよ。私に分かる事なら何でも聞いて下さい」

 

「ではまず……」

 

 モモンガは一度間を取り、必要のない深呼吸をすると用意していた質問を口にした。

 

「お前は周りで交わされていた会話の内容を覚えているか? ……お前の造物主が交わしていた会話の内容だ」

 

「それは――そうですね。おぼろげながら曖昧に、といった感じです。ですが私が居た時はモモンガさんやペロロンさんも同席していたので、特にお話しするような内容ではないかと思いますけど……」

 

 ウロタスの仮面の奥から帰ってくる答えは、モモンガの期待するものではなかった。だがそれも当然かもしれない。ウロタスが起動していた時は、当たり前のようにモモンガも一緒に居たのだから。

 ならば次の質問だ――モモンガは緊張を携えて一歩踏み入る。

 

「お前が機能停止状態だった時はどうだ? この部屋で何か聞かなかったか? 何か言っていなかったか?」

 

「……申し訳ないです。私は機能を停止している状態だと何も聞き取れないのですよ。我が主が私に何かを話しかけていたとしても、一切内容を耳に出来ず、覚える事も適いません。……残念ながら」

 

「くっ、そ、そうか……」

 

 モモンガは、自分でも未練がましいと思っていた。

 NPC達が自分の意思で動いていると知った時点で、もしかして――と思ってやって来たのだが。それが空振りに終わった今、己の情けない行動に呆れてしまう。

 今更何かが分かったとして、どうなるというのだ。

 あの人はもう居ない、何処にも居ない。この地を――ナザリック地下大墳墓を切り捨ててしまったのだから。

 

「まぁ、どうでもいいことか。……ウロタス、これからはお前にも働いてもらうぞ」

 

「はい、お任せ下さい」

 

 一瞬このまま閉じ込めて機能停止状態にしてやろうかとも思ったモモンガだが、レベル九十で比較的まともそうなNPCなら色々使い道は有りそうだと思い直す。前回ステータスを確認した時は、カルマ値や特殊技術(スキル)まで目を通していなかった為どの程度役に立つのかは不明なのだが、それは後で確認すれば良い事だ。アルベドなら全NPCを統括しているという名目上、上手く用いてくれるだろう。

 

「それとこの指輪を預かっていてもらおう。お前の主人が置いていったものだ。もし――もしも出会う事があったら……渡しておいてくれ」

 

 そんな事は有り得ないだろうがな――と小さな声で付け足すが、モモンガの呟きはウロタスには聞こえなかったようだ。

 目の前の奇妙な仮面を被った竜人は、特に何かを思い至る訳でも無く、自然な感じで拠点内(リング・オブ・)転移用指輪(アインズ・ウール・ゴウン)を受け取ると懐へ仕舞い込む。

 

「では私はもう行く、お前は別命有るまでこの部屋で待機していろ。――ああ、それと……」

 

 身を翻し、モモンガはその部屋から出て行こうとするが、何かを思い出したように足を止める。

 

「ウロタス、お前は先程から自分の造物主の名を口に出していないが……それは何故だ? もしかしてお前……私が部屋に入る前に起こした騒動を聞いていたのではないか? 停止状態だと何も聞こえない――と言うのは嘘だろ?」

 

 振り向かないまま背中で語るモモンガは、会話の中で感じていた違和感をウロタスへ放った。部屋へ入る前、モモンガは別階層にまで響き渡るような怒号を発し、ユリを自決寸前まで追い詰めていたのだ。それを耳にしていたのならウロタスの行動にも納得がいく。だがそれならばなぜ嘘を吐いたのか、それが気になる。

 

「待って下さいよモモンガさん、私は嘘なんか吐いていません。ただ……空気を読むのが上手いだけです。我が主に『そうあれ』と創造されたのですから――ねっ」

 

 何ら気負うことなく、緊張を見せる事もなく、ウロタスは平然と答えた。その姿はまるで――厄介なギルドメンバーを纏める為に、様々な優しい嘘を使いこなしていたかつてのギルドマスターであるかのよう。

 モモンガとしては苦笑するしかない。

 

「ふん、言えないという訳か。――くそっ、あの人が創っただけあってお前も相当な問題児だな」

 

「酷い言われようですけど、私は結構温厚な性格ですよ。何かとお役に立てるのではないですか?」

 

 ウロタスが嘘を語り、それを隠すつもりが無いのは明白だ。それでもナザリックに――モモンガに敵対するような気がある訳でも無いらしい。ただ単に、モモンガの問い掛けに応えることが出来ない――という事なのだろう。それならばもう追及する意味は無い。

 

(誰にも言わないでよ! 絶対だからね! ――ってペットに言い付けるみたいに、NPC相手に言ってたんだろうなぁ。それならたとえ殺されたってコイツは喋らないだろう。さっきのユリを見ていれば分かる。NPCの忠誠は絶大だ。ウロタスが何を聞き、何を記憶しているのか気になるが……仕方ないか)

 

 記憶操作(コントロール・アムネジア)を試してみるか――そんな危険な考えを振り払うかのように、頭を左右に振り回す。

 ほんの少しだけ足を止め、沈黙し、ため息をつく。

 死の支配者(オーバーロード)らしくない所作ではあるが、自分の声と口調で軽く嘘を吐く――若干黒歴史っぽい存在を相手にしたのだから仕方がないと言えよう。疲労を感じないとは言え、元人間なのだから精神的な疲弊は有るのかもしれない。

 

「では、またなウロタス」

 

「はい、また御会いしましょうモモンガさん」

 

 モモンガは仮面の竜人をその場へ残し、部屋を後にした。

 

 それからほどなくして、ウロタスは守護者各位へ紹介され、第九及び第十階層の警備体制へと組みこまれた。

 ただその時、守護者統括とウロタスはユリ・アルファを交えた会合を持ち、一つの禁忌について重要な決定を下す事となる。それは有る御方の名を『禁句』とするあまりに危険で不敬な行いだった。

 誰もが許されざる行為に怯え、至高の四十一人に対する背信行為だと顔を青くする。――たとえアンデッドであっても、死よりも重い罪であろうと表情に影を落とす有り様だ。しかしながら主人の御意志であるのなら、不可能な事であってもやらなければならない。

 ユリが語る当時の様子からも、最も反対すべき立場であるウロタス自身の進言からも、絶対の主人であるモモンガ様がそれを望んでいるのは間違いないのだから。

 

『守護者統括の責任において其の御方の名を禁句とする事を、ナザリック全域へ厳命します。なお、この決定はモモンガ様には御伝えしません。なぜなら我々配下の(しもべ)は、直接命令を受けなくとも主の真意を汲み取り、最高の結果を御渡しするのが使命だからです。モモンガ様が不快になるのであれば、至高の御方の名であろうと口を閉ざさねばなりません。たとえ――身を刻まれる想いに晒されようとも!』

 

 悲しみに満ちた守護者統括の言葉は、ナザリックに遣える全ての(しもべ)達へ伝えられ、そして実行された。この瞬間をもってナザリック地下大墳墓では、至高の御方々の一人である六枚の黒い羽を持つ堕天使の御名が――完全に掻き消える事となる。

 誰も彼もが口にすることを許されず、永久に『禁句』とされてしまったのだ。

 ただ、厳命通達完了の報告を受けた守護者統括の表情は――恐ろしいほどの喜びに満ちていたという。自らの行いが、愛する主人を喜ばせる最上の行為だと信じているからなのか、それは分からないが……。

 




ウロタス→『UROTAS』
サトル →『SATORU』

設定欄には何が書いてあるのか……。
きっとゴロゴロ転げ回るような酷い内容だったのでは?
見なくて良かったと思うべきでしょうね。





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