堕天使のちょこっとした冒険 作:コトリュウ
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メタボになるのだろうか?
骸骨魔王は変化しないでしょうけど……。
飲食可能な者はどうなるのか?
贅肉がついた天使――人はそれを堕天使と言う。
異なる世界へ転移して一番感動するものは何だろう?
特殊な能力を使える事か? 広大な自然か? 生き生きと動くファンタジーの住人達か?
パナップに関して言えば、其れのどれでも無い。
この黒い羽を隠したことで田舎娘にしか見えない――でも妙に立派な装備を着込んでいる一人の女性は、街見物の途中で立ち寄った食堂に於いて最大の感激を味わっていた。
「美味ひ! 美味ふぎるおほれっ! なむなろほろ肉汁! ひむひはれなひ! 天然もろろお肉を頬張へれるなんれっ! んぐんぐ……ちょっと美味しいんですけど?! どうなってんの?」
「はぁ、その台詞はこっちが言いたいぜ。今のお前さんは、辺境の村からやって来たおのぼり娘そのものだっつーの。もう少し落ち着いて食べろって」
「可哀そう、かなり食うに瀕していた様子」
「でも悪くない、口もとを拭いてあげたい」
「そんな事言っている場合か? 私達の分も無くなってしまうぞ」
「……え~っと、私の話聞いてますか? パナップさん」
大きな木製テーブルの上に並ぶ様々な料理は、パナップの理性を狂わせるのに十分な破壊力を持っていた。天然ものの肉と野菜、そして穀物。一口齧れば口の中に広がる刺激的な香辛料と肉汁&煮込み汁。そのどれもがパナップにとって初めての経験であり、映像でしか見た事のない超高級料理そのものであった。
工場で造られた液体食料ではない。
チューブから吸い出す餌ではない。
それは本物の――汚染されていない本当の食事であったのだ。
「ぷはー! 飲み物も美味い! 原料なんかさっぱり分からないけど美味しい。柑橘系の香りが爽やかで何杯でもイケるわ~」
「はぁ、落ち着いたらちゃんと情報交換しましょうね」
やれやれと言わんばかりに深く息をつくラキュースは、周囲の注目を必要以上に集めている現状に後悔していた。
平常であっても『蒼の薔薇』である五人は目立ってしまうと言うのに、今は何処の田舎からやって来たのかと疑問に思われるような女性を連れているのだ。しかも村娘らしきその女性は、軽装ながらも防具を身に付け、背中には短い刀剣のようなものを備えている。傍から見ると――辺境から出稼ぎに来た素人女剣士が、偶然見かけた超級冒険者に弟子入りでも志願しているかのようだ。
周りに集まっている見物人からは様々な憶測が聞こえてきて、ラキュースとしても頭を抱えたくなる。
(ありゃ~、あの娘さん、泣きながら飯食ってるぞ)
(という事は、弟子入りを断られたんだろうなぁ)
(そりゃ当然だけどよ、相手が『蒼の薔薇』だって知らなかったんだろうから大目に見てやろうぜ)
(まぁまぁ可愛いしな。冒険者は止めといて、この店の店員にでもなったら人気出るんじゃないか?)
(いや~、村でなら評判の美人って言われるかもしれないけどよ。この街じゃ~大して目立たねぇだろ)
(まずはソバカスを何とかしねぇと、看板娘にはなれね~なぁ)
周囲の噂話もパナップの食欲も、収まるには少しばかり時間を要するようだ。
身に付けているアイテムの中に
『蒼の薔薇』の皆には全く分からない感情であろうし、事情だろう。理解してもらうにはまず、異世界転移の話から始めなくてはいけないのだが……。
はたして通じるのだろうか?
不安と疑問は募れども、とにかく今は食うしかない。パナップにとっての優先順位は――食堂の入口に足を踏み入れ、焼けた肉の匂いを嗅いだ瞬間から決まっていたのだ。
「ふんふん、なるほどな~。つまり『ぷれいやー』というのは異世界でゲームをして遊んでいた奴等が、そのゲームの存在のままこの世界にやって来たと……。ほ~、そうかそうか、要するに真面目に答える気は無いってことなんだな――貴様!」
口にモノを頬張りながら喋るという眉を顰めたくなるマナー違反状態のパナップは、突然怒り出したイビルアイの心情が分からなかった。と言うより食事に夢中で配慮できなかったと言うべきだろうか。
普通に考えればゲームの話など通じる訳がない。十三英雄だか何だか知らないが、この世界では英雄と称えられる存在が――たかが遊びの中のちっぽけな生き物であると告げられたなら、はたしてどんな対応をしてもらえるのだろうか?
まぁ、まず間違いなく狂言であると言われるだろう。
「落ち着いてイビルアイ。……パナップさんも、もう少し分かるように説明してもらえませんか? 流石に話が飛躍し過ぎて付いていけません」
「ん~、ゲームってあれか? 鬼ごっことかかくれんぼとか……」
「たぶんそう、スレイン法国から伝わった遊び」
「六大神が広めたという噂、だけど嘘っぽい」
それが『ぷれいやー』とどんな関係が――と頭を捻るガガーランであったが、忍者娘達が加わっても答えは出そうにない。
これはパナップの失態と言って良いだろう。よく考えもせず、現実的に理解出来ない話を口にしてしまったが故の衝突だ。
「えっと、あの、ごめんなさい。……んっと、あの世界の事情を説明するのはちょっと難しいから、私がこの世界に来るまでの話をするね」
パナップは極力現代用語を排しつつ、四十人の仲間と共に世界の謎を解明する壮大な冒険を行っていた――と説明した。途中でアインズ・ウール・ゴウンの名を口にしそうになったが、ギルド長を裏切って姿をくらました自分には『そんな強大なギルドの一員であった』とはとても言えるものではない。
ギルド長のモモンガも、そんな奴はアインズ・ウール・ゴウンに所属していないし、していた事実も無い――と言うのではないだろうか。コンソールが出ない今、自分がギルドに入ったままなのかも確認できないので不安が募る。もしかすると最後の最後で、ギルドの脱退手続きが行われたのではないだろうか。ギルド長がそんな事をする訳ない――と思いつつも嫌な汗が流れる。
「ふ~ん、要するに約束を破ってチームを離れたって事か? んで、どんな約束だ?」
ガガーランに責めているつもりは無いのだろうが、何となくパナップは下を向いてしまう。
「その……最後まで一緒に居るって……」
「おお、大胆な発言」
「うらやまけしからん」
「お前らな~、話の流れを聞いていたのか? その約束は破ってしまっ――」
完全におふざけモードに入っている忍者姉妹に呆れつつ、イビルアイは少しだけパナップのフォローに回ろうかと優しさを覗かせていたのだが、どうやらそうもいかないようだ。
目を輝かせた貴族娘が横やりを入れてくる。
「パナップさん! イイですっ! 素晴らしいですよ! それは恋ですね愛ですね! お相手はどんな殿方なのですか? 出会いはどんな感じで? デートとかはされたのですか?! も、も、もしかして一緒にお泊りをしたりなんかしたりしてー! きゃーー!!」
「あ、あの、ラキュースさん? 周りの人達がこっち見てますけど……」
「…………はっ?!」
化けの皮が剥がれたとはこの事か?
ラキュースは今の今まで伝説的な英雄『ぷれいやー』を前にして、立派なアダマンタイト級冒険者チームのリーダーたる威厳を損なわないよう行動してきた。それがこの瞬間、完膚なきまでに崩れたのは間違いないだろう。
とは言っても、世間に流れている噂で結構ハチャメチャな貴族娘である事は伝わっているので、あまり気にしなくてもよいのだが……。パナップに至っても――凛々しくて美しい女性が、普通の可愛らしい女の子であったというだけの話だ。
「ごご、ごめんなさい、私ったらちょっと興奮してしまって……」
「大丈夫だよ、それに……、デートなんかする前に私の事情でまったく会わなくなってしまったの……。最後の最後になっても勇気が出なくて、挙句の果てに別の世界に来ちゃって――」
「それで、お前は此れからどうするつもりなんだ?」
イビルアイは――仮面越しではあるが――パナップを真っ直ぐに見つめ問いかける。その声はどこか優しげで、己の境遇を重ねているかのようであった。
「……分からないよ、どうしたらイイのかさっぱり。でも……、会いたいなぁ。許されるなら会って謝りたい――モモンガさんに」
「ふ~ん、モモンガって言うのかお前さんの想い人は。……だったら話は簡単じゃねえか! これから考えりゃ~いいんだよ。ソイツに会いに行く方法をよ!」
「この全身筋肉、簡単に考えるにも程があるぞ」
「仕方ない、ガガーランはモンスター並みだから」
「きっと血の色も緑とか青とかになっている、間違いない」
何だか酷い言われようだが、ガガーランもイビルアイも忍者姉妹も――どこか嬉しそうで楽しげに見える。どうやら言葉にしなくとも意思の疎通は図られているようだ。私達『蒼の薔薇』も解決に至る道を一緒に考えよう――と。
「おっほん、それでは……私達が持つ『ぷれいやー』の情報についてお伝えしますね」
ようやく落ち着きを取り戻したのか、ラキュースは少しばかり顔を赤らめながらも本題について口を開く。
『蒼の薔薇』が持つ『ぷれいやー』の情報は、イビルアイが元アダマンタイト級冒険者リグリットから聞いたものが主体であり、量についても質についても一部を除いては噂話の域を出ないものが多い。それでも今のパナップにとっては重要な内容であろう。現時点では全くと言っていいほど他のプレイヤーに関する情報を持っていないのだから――。
(十三英雄……、しかも二百年以上前って……)
パナップの頭は混乱に満ちていた。
二百年も昔に、この世界に登場したプレイヤーとはいったい何者なのか? その時代のリアルにはネットゲームなんて存在しないし、ユグドラシルの元ネタすら無いだろう。と言うよりテレビゲーム自体が登場していないのではないだろうか? だとすると一つの可能性が見えてくる。
異世界へやってきた時間自体が大きくズレているのではないかと。
(それでも数百年異なるって、何がどうなったらそうなるの?)
パナップの混乱を余所に、イビルアイは伝説を語り、神話を紐解く。
これより先は実際に出会った事のある相手ではないので、イビルアイ自身も確実なことは言えないと前置きしながらも、御伽噺に登場する伝説上の王達を――神殿に祀られる神々を『ぷれいやー』であろうと語り始める。
「五百年前の八欲王、六百年前の六大神――。どちらも突然この世に現れ、その強大な力で大陸中を巻き込む大規模戦争を起こしたと伝えられている。もっとも八欲王は己の欲を満たす為であり、六大神は人間の国を興すためだったりするが」
「概ねちびっ子の言う通りだけどよ、実際にそんな化け物が居たかどうかは眉唾だぜ。なんせ五百年も前の話だからな、吟遊詩人どもが内容を誇張している可能性の方が高いと思うぜ」
ちびっ子言うな――と言うイビルアイの抗議を無視し、ガガーランは酒の入ったカップを片手に自己流の解釈を加える。
「そうね、当時の事なんて
ラキュースは自らの黒い剣に軽く触れ、強い瞳でパナップを見つめる。
その瞳はまるで――貴方がその英雄たる『ぷれいやー』なのでしょう、そうなのでしょう? ――と訴えているかのようであった。
「そ、その王様と神様がプレイヤーなのかは私にも分からないよ。だってユグドラシルには王も神も腐るほど居たのだから――ってまぁ、有名な人なら分かるかもしれないけど」
「おいおい、腐るほど神様が居る世界ってなんだよそれ? 俺の常識が壊れるっつーの」
「大丈夫、こっちは既に壊れてる」
「同意」
双子姉妹は早々に話し合いから逃げ出し、そこにガガーランも加わった。追加の料理を注文し始め、後の事はラキュースとイビルアイに任せたと言わんばかりだ。
「ん~名前かぁ。八欲王はどの文献でも破壊王とか残虐王とか書かれていて、名前が載っているのは見た事ないな」
「そうねぇ。でも六大神なら一人だけ……っていうか一柱だけ名前が伝わっているわね。ほらっ、骸骨の姿をした死の神様――」
一瞬だけ息が止まる。
パナップの周りだけ時間がゆっくり流れているかのように時空が歪み、ラキュースの口から次の言葉が紡ぎ出されるまで数多の思考が飛び交う。
名前を聞きたいような、そうじゃないような……。
想像通りの名前が出てくれば同じ世界へ来たことに歓喜し、そして六百年前であることに絶望する。違う名前であれば世界の隔たりに心を砕かれながらも、僅かな可能性への希望が灯る。
ただ、先程想い人の名前を口に出しているのだから違うとは思うのだが……。
「――スルシャーナ……だったかしら?」
「はふぅ……似てもいない名前だ、……良かった」
「おっ、なんだお前、もしかしてモモンガって言うと思ったのか? ってかお前の好きな奴って骸骨野郎なのか? ちょっと待てよ、流石に亜人でも特殊すぎる趣味だろ。骨相手にナニするっていうんだよ、んがははははは!」
「下品な奴だな、人の趣味をどうこう言うのは感心しないぞ」
自分がヴァンパイアだから擁護するのか――それは分からないが、イビルアイは酔っぱらった筋肉ダルマに釘を刺す。それでも此の筋肉しかない巨漢戦士は、男を口説き落とす手法について薀蓄を披露するのを止めない。イビルアイとしては何の役にも立つまいと――女の弱さをアピールしてどうするのかと憤慨するばかりだ。弱いなら強くなれば良い、男どもに頼る必要が無いほどに……。
そうだ、御姫様抱っこに憧れる女などくだらない。己が絶体絶命の瞬間、空から華麗に舞い降り、身を挺して庇ってくれる――そんな漆黒の英雄なんてこの世に居るものか!
イビルアイは酔いが回り始めている筋肉モンスターを横目に、男に媚を売るような弱々しい女の行為を、聞く価値もない戯言だと馬鹿にしていた。
とは言えパナップの探している相手が性別の枠を超える異形種であった事には、少しばかり動揺してしまうのだが……。
「そ、それよりこれからの事だ。『ぷれいやー』に関する情報をこれ以上集めるにはリグリットを探すしかないが、あのばばぁは未だに
「うん、だからパナップさんには冒険者ギルドで登録してもらおうと思うの。身分証代わりのプレートを支給してもらえば王国内で動き回るのに便利だわ。羽を隠せているのだから、私達が推薦すれば何の問題も無いだろうし……」
ラキュースは自身の思惑もあって冒険者への道を推し進める。もっともその行動におかしな点は無く、パナップにとっても利点のある選択だ。この世界でプレイヤーを探し回るなら余計な騒動に巻き込まれないようにすべきであり、己の身分を確立しておくのは悪い話ではない。
「冒険者かぁ……。モンスター退治専門の傭兵集団って聞いたときはがっくりしたけど、やっぱり何処かの集団に属しておくのは悪くないね。ソロプレーは何事においても危険だもの、特に――(死ぬ訳にはいかない今なんかは……)」
パナップが口にする最後の言葉は、あまりに小さくてラキュース達には聞こえなかったかもしれないが、その悲壮な感じは表情からも読み取れる。
そう――この世界では簡単に死ねない。
ユグドラシルでの復活が適用されるのか、それともそのまま死亡してしまうのか、とても試せるような内容ではないのだ。
指に装備している即時蘇生の指輪ですら、必要な時に効果を発揮してくれるのか疑わしい。いや――感覚では間違いなく魔力の籠ったアイテムなのだが、死に瀕したその時になって『ごめ~ん、この場合は適用外なんですぅ』なんて事になったら取り返しがつかないのだ。
まだ死ぬ訳にはいかない。
故にトラブルは極力避けて通る。
モモンガさんに――悟さんに会えるその時までは――。
「では行きましょうか。エ・レエブルの冒険者ギルドまで案内しますよ」
ラキュースは明るく声を掛け、懐から支払いの為の硬貨を取り出す。
そういえば――とパナップは思い出していた。この世界の流通硬貨を説明してもらった時、自分は無一文であったと。異世界の硬貨はもちろん、ユグドラシルの金貨も全く持っていなかったのだ。
全ては自室に放り込んできた。あの日、あの時に……。
「うう……、奢ってもらう立場なのにちょっと羽目を外し過ぎたかも。あぁ、どうにかしてお金を稼がないとな~」
異世界でも生き残るためにはお金が必要――パナップは世知辛い現実の空しさを思い出していたのか、胃が重くなるのを感じていた。決して食べ過ぎたからではない。そう――今後の金策について、言い知れぬ不安に包まれていただけなのだ。本当に食べ過ぎが原因なのではない。
――それだけは主張しておきたいところである。女子として。
モモンガさんの名前が蒼の薔薇に知られたよ。
これで探し出すのが楽になったね。
すぐに合流出来るから不安な日々も終わりだよ。
さぁ、モモンガさん早く有名になってね!
……ちなみに次回はモモンガさん登場なのです。