堕天使のちょこっとした冒険 作:コトリュウ
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これからはきっとのんのんびりびりできるはず!
化け物に咬まれたり、死に戻ったりしないはず!
そう――薔薇色のハーレム展開になるはずだ!
ちなみに青(蒼?)のバラの花言葉は「不可能」だぜ!
ふはははは!!
「パナップさん」
「あ、はい」
思わず返事をするパナップであったが……同時に思い至った。「まだ諦めるのは早い、言葉が通じるのなら情報をもらうべきだ」――と。
しかし考えている事は相手も同じようだ。
「此処まで来れば話し声が聞こえる事は無いでしょう。それで先程の続きなのですが……」
「いやちょっと待って、後ろの原っぱで身を伏せている人はイイの? 貴方の知り合い? だったら遊んでないでこっちに来てもらえば?」
「えぇ?! そ、そんなどうして?」
パナップには最初から――ラキュースが門を潜ってやってきた時から、真後ろの草原でコソコソしている女性を目にしていた。何をやっているのか理解する必要も無いと思い放っておいたが、内緒話がしたいのなら声を掛けるはずなのに――ラキュースは誰も居ないかのよう振る舞っていた。つまり知り合いという事なのだろう。
しばらくして草原からゆっくりと身を起こした細身の女性は、かなりの軽装であった。黒っぽい衣装を身に纏い、敏捷性を意識するかのように最小限の防具を装着し、手に持つは赤い短剣。歩く様はしなやかで、周囲の草花を揺らすこともなく、未だ驚き冷めやらないラキュースの後ろへと進む。
ただ――警戒の視線がパナップへ張り付いたままだが……。
「申し訳ありません、この者は私の仲間で名前はティナ。いざと言う時の為に近くで警護してもらっていたのです」
「ああ、そうなんだ。後ろであっち行ったりこっち行ったりしていたから、何してんのかな~って思っていたの」
「おかしい……分かるはずない。隠密状態で衛兵の影を転移しながらお前の背後へ潜んだ。見破られるはずがない」
頭を下げるラキュースとは違いティナという名の若い女は、殺気交じりの視線と共に淡々と疑念をぶつけてきた。余程己の技量に自信があったのだろう。大した力も持っていない亜人程度に存在を知られた、という事が何よりも許せないようだ。
そう――ラキュースもティナも、目の前の黒い羽を持つ亜人を強者だとは感じていない。身に着けている武装は美麗勇壮で中々の逸品だと見て取れるが、冒険者が持つマジックアイテムのような魔力の気配は一切感じられず――故に脅威になるとは到底思えなかったのだ。
衛兵や他の冒険者の力を借りずとも十分対応できる、一人で亜人を説得できる、もしもの時もティナが居るから大丈夫。――そんな風に判断していたのだが。
「ちょっとティナ、貴方は少し黙って――」
「えっとティナさんは
「む、なんか偉そう。それに私は忍者。――鬼ボス、ちょっと痛めつけてイイ?」
「ティナ! さがってて!!」
「了解、ボス」
細く鋭い目を更に研ぎ澄ませたティナではあったが、リーダーの命令には逆らえないのであろう――その場から数歩下がった。もちろんパナップから視線を外しはしないが。
一方、パナップには疑問が浮かぶ。
ティナは自分を忍者だと言い、パナップも即座に
(忍者になるには六十レベルは必要なはず、私も忍者なのだから間違いない。でも……獲得したのは結構昔だから、途中でアップデートでもして条件緩和が成されたのかも? む~ん、それとも世界が違うから別の忍者とか?)
ラキュースがプレイヤーでないのは先程の態度で判明したが、となると当然仲間のティナもプレイヤーではないのだろう。それなのに忍者であると言うのは興味を引かれる案件だ。色々聞いてみたくはあるが――。
「パナップさん、話を戻しても宜しいですか? 貴方は先程『ぷれいやー』と言っておられましたが、もしや貴方はその『ぷれいやー』なのですか?」
「あ、うん。そうだよ、ユグドラシルのプレイヤーだよ……って! うっそ!? まさかプレイヤーを知っているの? うわっ凄い! 諦めていたのが馬鹿みたいだよ! ――っで、何処に居るの? 他のプレイヤーは?」
渡りに船とはこの事か? 期待が掻き消えていただけに、パナップは勢い余ってラキュースへ詰め寄ってしまう。
「ま、待って下さい。私はそんなに『ぷれいやー』の事を知らないんです。何処に居るかなんて……実際に存在しているのかすら知りません。第一『ぷれいやー』に出会ったのは今が生まれて初めてなんですよ。もちろん――パナップさんが本物であるならですが」
縋るような瞳で見上げてくるパナップを抑えながら、ラキュースは核心に迫る言葉を口にしていた。
『ぷれいやー』は一般人が知るような存在ではない。ある一定以上の高位機密を入手できるような強者だけが持ち得る情報なのだ。ただ――秘匿されているという訳でも無いので、耳聡い者なら知り得る可能性はあるのだが……。
とは言え『ぷれいやー』の中身については多くの者が真実に辿りついていない。ラキュースにしても仲間からの情報を発端に自身で集めた分を加味して、憧れるべき伝説上の英雄として認識している。
そうなると、パナップが己の事を『ぷれいやー』と言っていること自体が眉唾だ。アダマンタイト級冒険者の目から見ても脆弱にしか感じられない亜人が、山をも砕く神話級の豪傑だとはどうやっても思えない。
故に聞いたのだ――本物か? と。
「なにそれ?! 実際に存在しているか知らない? 出会ったのは私が初めて? 何言ってんの? 私が此処に来たのは今日……て言うか今朝なんだよ。他のプレイヤーだってそうでしょう? なのにプレイヤーの事は知っているって……どゆこと?」
この場所――この世界に来てからまだ一日も経っていないのに、初めて出会った現地人がプレイヤーの事を知っている。自身が本物かどうかを問われた事より、その事実の方がパナップにとっては重要だった。
ラキュースの言葉は、まるで遠い昔にプレイヤーが存在していたかのような物言いだ。物語か御伽噺か、それとも吟遊詩人の歌にでも流れているのか、現実には顕現し得ない空想上の偉人を指し示しているかのようである。
「……えっと、その」
「なに? どうなってんの?」
「ボス、不毛な議論。一度皆と合流すべき」
言葉は通じるのにお互いの言っている意味が分からない。ラキュースとパナップの心情はそのようなものであっただろう。見かねたティナが口を挟むのも仕方がないと言える。
「そ、そうね。イビルアイに話を聞いた方が早いかも知れないわ。……パナップさん、ちょっと宜しいですか?」
「は、はい?」
「街の宿屋に私の仲間が居ますので合流したいと思います。その方がパナップさんの疑問に答えられるかもしれません。――とは言え、どうやって街へ入るかですが」
疑問が詰まって頭がくらくらしているパナップを余所に、ラキュースは素早く次の行動へと移っていた。仲間のティナと相談し、亜人のパナップをどうやって街中へ入れようか――又は仲間を街の外まで連れてきたほうが良いか等々、その迅速な頭の切り替えには称賛の気持ちすら浮かんでしまう。
(なんか軍人さん? とまでは言わないけど、決断したら迷いなく突っ走りそうな女性だな~。男勝り? 勇敢? ん~、さっきアダマン何とか冒険者って言っていたし職業柄なのかも? でも冒険者かぁ。この世界でもナザリックみたいな地下ダンジョンに挑戦したりするのかな~? 面白そうだけど……死んだらどうするのだろう)
「あの、パナップさん聞いてます?」
「えっ? ごめんなさい、聞いてませんでした」
パナップが顔を上げると、其処にはちょっとだけ口を突き出したラキュースが此方を見つめていた。ティナとの打ち合わせが終わったのだろう、その結果を口にする。
「仲間を呼び出して合流した方が問題無さそうではあるのですが、出来れば話し合いは宿の中で行いたいのです。そこでパナップさん、ティナの隠形を見破った貴方なら見つからないように街へ入れませんか?」
「んふふふ、良くぞ聞いて下さいました。何を隠そう私は隠密特化偵察用プレイヤーなのです。街への潜入もギルド拠点への偵察も、何でも私に任せなさい!」
いえ潜入というようなものでは――と言っているラキュースにも気付かず、パナップは得意分野の提案に胸を張る。もちろん張るような胸は存在しないし、潜入偵察以外に関してはまったくの駄目駄目なのだが……。
「少し心配。私が見つかったのも偶然?」
「ティナ、貴方は少し口を慎みなさい」
ラキュースとしてはため息をつきたくなるが、今は気を引き締めなければならない。『ぷれいやー』であることが本当なら国家規模の重大案件だ。即座に身柄を確保して、王都へ連行する必要があるだろう。幸い黒い羽の亜人は強そうに見えない。アダマンタイト級冒険者でなくとも、後方に控えている
ただ妙な特殊能力を持っていそうで警戒してしまう。
本当なら街へ入れるのは安全上愚策と言えるかもしれないが、外では逃げられる可能性が高い。街中なら他の仲間を含め多くの冒険者が近くに居るし、無数の建物が逃走を阻むだろう。衛兵達も門を固めているので時間が稼げる。
ラキュースとしては、なんとしても『ぷれいやー』の可能性があるパナップをエ・レエブルの街に閉じ込めてしまいたいのだ。無論、虚言であったとしても。
「んじゃ、いこっか?」
少し前まで落ち込んでいたはずなのにパナップの声は軽い。ラキュースとしては一瞬、食べ損ねていた朝食を一緒にどうか――と言われている気になってしまう。
見た目が男っぽく無く、女声なのでナンパではないと自覚出来るのだが、胸が平らなので違和感ばかりが募る。
後で確かめる? というティナの進言を極力無視し、ラキュースはこれから起こるであろう頭を抱えそうな騒動に――人知れず深呼吸を行うのであった。
◆
『煙幕!』
エ・レエブルの南門から少し離れた場所で、小さな爆発が起こった。砂煙が空高く舞い、現場にいた冒険者二人と亜人一体が巻き込まれる。
門の近くに居た衛兵と
街へ入ろうとした亜人を平和的に退去させる為、偶然街を訪れていた冒険者の最高峰――アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』のリーダーが一人で説得を行っていたのだが……。
その人物は途中で何処からともなく現れた『蒼の薔薇』の仲間一名と合流し、その後穏やかに話し合っていると思ったら――謎の爆発によって粉塵の中に埋もれてしまった。当人はもちろん、仲間の姿も亜人も見えない。
ただ舞い上がる噴煙の高さにしては、爆発音も飛び散る砂塵も少ないように感じるが。
「アインドラ様! 如何されたのです?! 無事ですか?」
「おい! お前ら突っ込むぞ! 防御魔法を掛けろ!」
「ま、待ってください! けほっけほ――大丈夫ですから、こほっ」
咳き込みながらではあるが、聞こえてきた声は間違いなくラキュースのものであった。衛兵と冒険者の間に安堵の空気が漂うも、武装を解除しようとする気配は無い。爆発の原因が不明なのだから当然であろう、肝心の亜人が出てくるまで気は抜けない。
「……ん? アインドラさん、あの亜人が居ないようだけど、何処に?」
砂煙が晴れた後、
「あの亜人には帰ってもらいましたよ。道に迷っていただけなので周辺地理を教えたら直ぐに出発してくれました。話の分かる相手で良かったです」
「え? ってことは……今の爆発はいったい?」
「照れ隠しの煙幕ですよ、ただの悪戯です。何の問題もありません。――皆さん、力を貸して下さいまして有難うございます。冒険者の方々も御助力有難うございました」
「いえ、そんな……」
ラキュースのような超絶美人に――格上の冒険者に手を握られてにっこり微笑まれたら、どんな疑問も取るに足らないちっぽけな事象に変化する。こればっかりは世界が変わろうとも不変の理なのであろう。
誰だか知らないが、うんうんその気持ちわかるよ~っと頷いている何者かが居るようだ。
「それでは私達は失礼します。衛兵の皆様も引き続き、お仕事宜しくお願い致しますね」
「は、はい。アインドラ様」
美人は得だよね~――誰にも聞こえないようそんな言葉を呟いたのは、門を潜るティナでもラキュースでもない。とは言え、冒険者や衛兵達が見送った先には女性二人の美しい後姿しかなかった。
衛兵達は見事に事態を収めた『蒼の薔薇』の手際に感嘆の声を漏らし、突如として現れ、そして去って行った亜人に関する憶測を呟き始める。
あれはバードマンだったのか? 何処から来たのか? 何処へ行ったのか? 羽が無かったら人間にしか見えないな、まぁまぁ可愛かった――等々。しばらくはそんな話で盛り上がったそうだ。
「……もうすぐ宿屋につきます。こっちです」
「ボス、私を案内しているみたい。人に見られたら不自然」
「あっ、そうだったわね。ごめん」
仲間であるティナを宿屋に案内する、という行動は確かに奇妙であろう。何度も足を運んでいるのだから案内する必要はない。
ラキュースは少しだけ後方を気にすると、後はただまっすぐ前を見ながら戦場に居るかのような緊張感をもって歩き続けた。
直ぐ傍を小柄な何者かが歩き、肘先を黒い羽が掠めても、まったく気配を感じられないのだから恐ろしい。加えて空気の流れや体温、魔力の残滓や足跡も発見できない。
ラキュース自身探知能力に長けている訳ではないので仕方ないのかもしれないが、隣を歩くティナの苦渋に満ちた表情からも自分の不安が本物であることを確信する。
最初から知っていなければ絶対に分からない、いや知っている今でも分からない――冒険者の最高峰であるアダマンタイト級が出した結論は、完全なる敗北であった。
「――来た。二人とも無傷」
「おいおい、こっちは完全武装で合図を待っていたのに結局何も無しかよ」
「だから言ったんだ。迷い込んだ亜人なんか衛兵で十分対応できる。私達が出向くような相手じゃない」
貴族が出入りしそうな豪華で巨大な屋敷の前に居たのは、三名の武装した人間であった。一人は何処かの宝物殿に生息しているドッペルゲンガーかと思うようなティナそっくりの女性、もう一人は長大な
確認するまでもなくラキュースの仲間達なのであろう。
ティナが忙しなく両手を動かすと同時に、見た目そっくりの女性も奇妙な手の動きで答えているので、何かしらの意思疎通が可能な相手だと言うのは間違いない。もちろん何をしているのかはさっぱり分からないが……。
「三人とも待たせて御免なさい」
「――ボス、今は言えないとは何? その娘に何か口止めした?」
「聞くなと伝えたのに何故聞く? 先に教えた意味が無い」
「なんだティア、どうかしたのか?」
「……変だな、妙な緊張感を感じる。ラキュースもどうしたんだ? 南門で何かあったのか?」
同じ顔の女性二人が不穏な空気を見せる中、鎧の巨漢が間に入り、仮面の子供がラキュースへ問い掛ける。その声は聞き取り辛く、感情の無い平坦な響きであり、子供であるにも拘らず老人の声と聞き間違えてしまいそうだ。
「ちょっと三人とも詳しい説明は宿の部屋に戻ってからよ。いいわね」
ラキュースは何か聞きたそうにしている仲間達を振り切り、宿の正面口に居る案内人の下へと進む。冒険者が泊まる宿には様々なグレードが存在するが、最高級ともなると部屋への案内係や馬車の預かり場などが用意されており、値段に見合ったサービスを提供しているものである。
ラキュース達『蒼の薔薇』も数日前からエ・レエブル最高の宿に宿泊しており、既に案内人とは顔見知りになっていた。と言うより、アダマンタイト級冒険者は王国に二組しかいないので泊まる前から知られているのだが……。
「ティア、貴方もむくれてないで早く行くわよ」
意識の擦れ違いでも感じたのだろうか、リーダーであるラキュースの言葉に仲間の反応は少し鈍い。
「むくれてない、この娘が隠し事するから悪い」
「鬼ボスの命令は絶対。分かっているはず」
ふむふむ、この女性はティアというのか、ティナさんとそっくりだから双子なのかな? という何者かの思考が届いたかどうかは知らないが、鎧の巨漢と仮面の子供は普段とは違う違和感をもってリーダーの後を追った。
ラキュースが何かを隠しているのは間違いない。それも南門であった騒動に関係しているのだろう。それは分かるが、隠している内容に関してはまったく想像が及ばない。
仮面の子供は誰にも気付かれないよう自身を強化し、周囲への魔力探知も行った。さらにはラキュース達に良からぬ魔法でも掛かっていないかと探りを入れ、何の手応えもないことに安堵すると共に――疑問だけが残る。
(何だ、何があった? ラキュースの奴、気を張っているのは分かるがちょっと嬉しそうな感じもするし……よく分からんな)
部屋へと向かう道中、仮面の子供は思いつく限りの手を打とうとしてはいたのだが、戦闘が始まっている訳では無いし、仲間の身に危険が及んでいる訳でも無い。そんな状況でいったい何をすれば良いのか?
仮面の子供は四人の仲間が部屋の中へ入っていくのを最後尾から眺めつつ、何かもめ事を抱えたのだろう――と小さくため息をつくしかなかった。自身が『六番目』に部屋へ入ったことなど露ほども知らずに……。
「――で? 情報を集め終わったから早いとこ王都に戻らねぇとって時に……俺達に隠し事ったぁ、どうなってんだ?」
「そう、鬼ボスに隠し事されて傷ついた。回復する為にイビルアイの協力を要請する」
「却下だ、其処で寝てろ」
「はいはい、まずは座って。飲み物でも用意するから落ち着いて頂戴」
武装した五人が足を踏み入れた大きな部屋は、血生臭い戦いとはまるで無縁の豪華で美しく――物語に登場するお姫様が宿泊するような要人専用の一室であった。
とは言え、ラキュースの外見ならば似合いの場所と言えるのかもしれない。仲間に紅茶を用意する仕草からも気品を溢れさせており、出生が高貴なものであることを語っている。
「さて……と、ティアが無理なのは分かっていたけど、まさかイビルアイまで気付かないなんてビックリだわ」
「私も驚いた、信じ難い事実」
ラキュースとティナが何を言っているのか――最初は分からなかった。しかし六個目のティーカップに紅茶が注がれた瞬間、仮面の子供を含む三人はその場から一斉に飛び退く。
「そんな馬鹿な! 私が見落としただと!!」
「くそっ! 脅されてんのか?
「不明! 隠れている気配は無い! ――正直誰かが居るとは思えない!」
戸惑いの言葉と共に三人は部屋の隅々まで視線を這わせる。のんびりと紅茶を口に運ぶティナとは対照的な様子であり、同じ部屋の中に居る仲間同士とはとても思えない。
最もその違いがより一層、鎧の巨漢――ガガーランに焦りをもたらすのであろう。
「おいリーダー! 何があったってんだ?! 敵か?」
「いやちょっと待て……これってもしかすると私達を引っかけたんじゃないか?」
「イビルアイに賛成。鬼ボスのブラフに違いない」
ラキュースに対する保護者的意識の強いガガーランは、自身の探知能力が低い事もあって見えない敵の存在に殺気交じりの警戒を見せるが、他の二人はそうじゃない。
技術的・魔法的な探知能力に自信を持つが故に、何の気配も無い周囲の状況からリーダーの自作自演と判断したのだ。恐らくティナと協力の上で見えない敵の存在をアピールし、慌てふためく仲間の醜態を楽しもうとしたのであろう。
なんとも酷いリーダーである。
「うおっマジか? 思いっきり引っ掛かったじゃねえか!」
「お前は全身筋肉だから仕方がない。と言いたいところだが、私も騙されたようなものだからあまり大きい口は叩けんな」
「叩いてる、偉そうな口叩いてる」
この瞬間、三人の警戒心は完全に解かれてしまった。とは言え、それも致し方ないと言えるだろう。アダマンタイト級冒険者が揃いも揃って――何も居ない、誰も居ない、隠れ潜んでいる者など何処にも存在しない、と太鼓判を押してリーダーの戯言だと判断したのだ。
その行為の何処に疑念を挟む余地があるだろうか? いや、にっこり笑顔のラキュースが後方の何もない空間に向かって目配せをしている妙な行為に関しては、おかしいと言えばおかしいのだが……。
「ふふ、あんなこと言ってますよ、パナップさん。そろそろ――出てきたら如何ですか?」
明後日の方角に声を掛けるラキュース自身も、実はちょっとだけドキドキしていた。あまりに気配が無さ過ぎて本当に誰も居ないのではないかと――自分の方から一緒に来てもらえるようお願いしたものの、途中で何処かに行ってしまったのではないかと心配していたのだ。
もちろんその心配は杞憂に終わる。
「ふはははは~い! 呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ~ん! 初めましての私パナップ! 宜しくお願いだよっ!!」
多重使用の
「「「…………」」」
パナップの挨拶に答えたのは静寂だけだ。先程までの騒がしい言動がまるで幻想であったかのように静まり返り、誰一人として――なぜかラキュースだけは目がシイタケだが――口を開く者はいない。
ただ視線だけが忙しなく動き回り、何かの糸口を探っているかのようであった。
「あ、あれ? もしかしてスベった? ん~おっかしいなぁ、前やった時は結構ウケたんだけど……」
アインズ・ウール・ゴウンで潜入スパイをやっていた頃、ギルドメンバーをこっそり招き入れて拠点攻略を始めるという裏切りの瞬間――自らの正体を明かすネタとして、るし★ふぁーに教えてもらった一発芸だったのだが、世界が変わると笑いのセンスもおかしくなるのだろうか。
当時は悲鳴やら罵声やら雄叫びなどが噴き出して其れなりに盛り上がったものだが、静かになってしまうとはちょっと意外で傷付いてしまう。
ただ――パナップは知らない。
この一発芸がるし★ふぁーのイタズラであり、周囲が盛り上がっていたのはスパイ行為に対する怒りの声だったという事に、パナップ自身未だに気が付いてはいなかったのだ。
残念な子はやっぱり駄目だったよ……。
レベル100でも役には立たないんだよ。
ステータスで知力が桁違いに高くても、異世界では無意味なんだね。
しかもカンストだからこれ以上は上がらない。