堕天使のちょこっとした冒険 作:コトリュウ
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役立たずは最後まで役立たず。
ならばどうする?
最後の時にどう動く?
「まるで荷物置き場だ……、こんな場所でいったい何を――」
無造作に置かれた武具とアイテムの山を眺め、源次郎が言っていた汚部屋なる存在を頭に浮かべるものの、人の事を言える立場では無かったと思い直す。そう言えば自分の部屋を整頓したのは何時の事やら……。
「人をブロックしておいて、やりに来たことが自室の整理だと? 何をいまさら……そんな事をして何にな……ん?」
床に散らばっていたアイテム群から視線を上げると、違和感を覚えるほど整理された道具棚が見える。その横には武具を纏った一体のマネキンが、モモンガを迎え入れるかのように控えて居た。
「これは――
深い怒りが胸に宿り、モモンガの足を進ませる。
マネキンが身に着けている
この装備は仲間との絆そのものと言っていい。他の誰にも渡せない、パナップの為だけに仲間が協力した、他の何物にも代えがたい至高の逸品なのだ。
だが一つ足りない。何時も手にしていた忍刀が何処にもない。ユグドラシルのサービス終了を前にして、武装の全てを置いていったとするのなら――何故あの武器が無いのだ。
「まさか、アインズ・ウール・ゴウンに……ギルド加入後に入手したものだけを選別して置いていったのか? ――何故だ?! いったい何のつもりだ! アインズ・ウール・ゴウンと決別するとでも言いたいのか! 俺を! 俺を――裏切ったのか!!」
言うまいと思っていた。
相手の事情が分からないのに勝手な妄想を積み上げるのは愚かな行為と言っていい。しかし目の前に形として――ちっぽけなデータに過ぎないが――現れてしまうと、抑えていた想いが口から溢れてしまう。
最後まで一緒に居ると誓ったのに、ギルドメンバーとしてギルド長を支えると張り切っていたのに、それらは全て虚構だったというのか。
「あの時だって――『燃え上がる三眼』と内通していると三眼自身に暴露された時だって、ギルドメンバーの誰一人として貴方を疑わなかったのに!」
『燃え上がる三眼』というスパイを使って他所の情報を盗み出していたギルドは、当然アインズ・ウール・ゴウンにもスパイを送ろうとしていた。とは言え、外から送り込むにはハードルが高過ぎる。それ故にパナップへ白羽の矢を立てたのだ。
スパイとしての実績があり、ギルド内部では実力が不足していて浮いている存在。そんなパナップに接触して、情報を買い取ろうと持ちかけたのだ。無論、断られても接触した時の動画と音声を加工して
パナップはこの時、どっちに転んだとしてもアインズ・ウール・ゴウンと敵対するしか道は無い――はずであった。
『害にならない軽い情報を流しつつ、ここぞという時に大きな偽情報を与えましょう。上手くやれば小遣い稼ぎになりますよ』
三眼の噂を耳にしていたぷにっと萌えは、いずれ来るであろうパナップへの勧誘に対し――取るべき方策を与えていたのだ。
パナップは三眼の信用を得る為に小さな真実を売り捌き、その後、ギルド攻略を狙っていた敵対集団を釣る餌として大きな嘘を――身を引き裂かれ心を痛めているという演技と共に――流した。
その結果、パナップの内通情報は『燃え上がる三眼』によって怒りと共に暴露される事となる。
コイツは情報を流していた裏切り者だぞ。
これが証拠だ。
アインズ・ウール・ゴウンのメンバー達よ、盗まれていた情報を見るがいい。
そのようなメッセージと共に公開された情報を見て、モモンガを始めとするギルドメンバーは大爆笑したものだ。
危険な防衛用NPCとして晒されたのは、メイド服を着たマーレ。
強力な広範囲攻撃を放つシャルティアの武器は、形状が大人のおもちゃ。
他にも、たっち・みーの『
見る人が見れば、聞く人が聞けば、笑いを堪えきれずに吹き出してしまっただろう。アインズ・ウール・ゴウンのメンバー達を見れば、その事がよく分かる。
『うんうん、やっぱりメイド服は
『あはは、ある意味危険なNPCなのは間違ってないかも』
『動画で流してくれれば、あのおどおどとした挙動でファンを増やせたのになぁ』
『ちょっとシャルティアの武器、あれはマズイでしょ! 何考えてんだ弟!』
『違うって! 冤罪だ冤罪!』
『いや~、あのアイテムは第二階層の死蝋玄室で見たような気が……』
『……ってか、たっちさんのあのスキル――白刃取り出来たの?』
『お~い、ここに騙されている人がいますよー』
『除草剤か……試してみようかな?』
『やめてー!!』
パナップの流した内通情報はそれなりにウケた。加えて『燃え上がる三眼』との接触に口を挟む者は一人も居らず、むしろ感心されるほどであった。
『そういえば、少し前に攻略戦を仕掛けてきたギルドだけど……。あいつ等が全力でデストラップに突っ込んでいったのは偽情報の所為なのか? 結局、誰も迎撃に出ることなく終わってしまったけど……』
『まぁ、予想通りと言うか――予想以上の結果で嬉しい限りですよ、パナップさん』
『な~んだ、ぷにっとさんも一枚噛んでいたんですか。どうりで……』
『いやいや、以前に少しアドバイスしただけですよ』
当時のアインズ・ウール・ゴウンは情報を盗み出そうという輩に対して対策、というか方針を決めていなかった。昔のパナップみたいに攻撃を仕掛けて来る者が居れば、それはそれで面白かろう、と言うのが理由だ。主張していたのはウルベルトとかるし★ふぁーぐらいだったが……。
『パナップさん経由で情報を盗めないとなると、三眼も次の手を打ってくるでしょう』
『それって四十二人目って事?』
『そうそう、近い内にPKされる寸前で助けを求めてくる異形種プレイヤーが現れるよ、たっちさんの前にね』
『うっ』
『あ~そうだねぇ。
『ぐぬっ』
『それでギルドに勧誘するのでしょうねぇ。正義の味方ですから当然でしょう、相手は困っているのですから――情報を盗めなくて、ね』
『くっ』
『ちょっと皆さん、たっちさんを弄るのはそれぐらいにして下さい。たっちさんのHPがゼロになってしまいますよ』
『だ、大丈夫ですモモンガさん。分かっていますから、今後のメンバー勧誘には十分な注意を持って当たりますから……』
そう言いながらもたっち・みーは後日、累計三人の異形種をPK集団から救いギルドへ勧誘する事になるのだが――。PK集団の後をつけ、三眼から報酬をもらっている状況を撮ってきた弐式炎雷及びパナップの手によって止められてしまう。
此れが――アインズ・ウール・ゴウンが四十二人以上に増えなかった理由の一つである。
「あははは、あの頃のたっちさんは珍しく気落ちしていたなぁ。逆にウルベルトさんは絶好調だったけど……」
楽しかった思い出がモモンガの気分を浮上させてくれる。
誰も居ないメンバーの自室で一人、気分を沈ませたかと思えば嬉しそうに声を弾ませる――そんなギルド長は少しばかり怪しかった。
「……誰も、ギルドメンバーは誰も裏切ってなんかいない。そうだよ、パナップさんだって何か理由があって此処に来たんだ。そうに決まって――」
頭を振って嫌な憶測を振り払おうとしていたモモンガは、視界の端で赤く光る何かを見つけていた。メンバー全員の寝室に置かれている天蓋付きのキングサイズベッド、ふかふかの寝具の上で仰向けで倒れるかのように横になっているNPC、その者の胸の上で――モモンガの視線は止まる。
「パナップさん……、貴方は何を考えているのですか? ギルドの指輪まで置いていくなんて……」
ギルドのメンバーに配布された
それを手放すという事は……。
「決別ですか、もう――不要だという事ですか」
もう怒りすら湧いてこない。全てが無に帰す最後の日に、これほどの落胆を味わう事になろうとは……。
静かな空間に、モモンガのため息だけが響く。
「もう何がしたかったのか分かりませんよ、パナップさん。……このNPCにしても自室で待機状態のまま閉じ込めて――って俺も人の事言えないか」
八つ当たりのように文句を言おうとしたが、モモンガ自身も同じような真似を宝物殿で行っていたと思い出してしまった。人目につかないようにしておきたい心理は人一倍分かってしまうのだろう。パンドラの箱は開けない方が良いのだ。
ふと、モモンガはコンソールを開く。
「このNPC何て名前だったか、ん~『UROTAS』? うろたす? ……変な名前だ。パナップさんもセンス無いなぁ。それでっと竜人の騎士でレベルは九十。遠距離戦も中距離戦も魔法戦も出来ない接近戦特化型……か」
コンソールに表示されたNPCのデータを閲覧しながら、モモンガはその当時を思い出していた。確かパナップのNPC製作にはペロロンチーノが一番協力していたはずだ。という事は――泣いているのか怒っているのか形容しがたい表情を装飾過多なぐらい彫り込まれている――奇妙な仮面でNPCの顔を隠している理由が自ずと分かってしまう。
パナップにとっての黒歴史なのだろう。
誰にも見せず、るし★ふぁーの執拗な追跡を振り切ってまで顔を隠し続けたその理由は、恥ずかし過ぎて悶絶するからに違いない。
「まったく、どんな顔にしたのやら……まぁ、最後だし、見ても構いませんよね、パナップさん」
今日で最後なのだから多少の我儘は許されるだろう。何もしなくともあと三十分もすれば、全てのデータが削除されてこの場は無と化してしまうのだ。それに文句があるのなら――この場に来て自らの口で言って欲しいとも思う。叶わない願いだが。
モモンガは手を伸ばし、NPCの顔から通称『嫉妬マスク』を外した。
「――――」
言葉にし難い奇妙な感情が渦巻く。NPCの顔はそれほどまでにモモンガを驚かせた、と言うか疑念に惑わせた。
よく知っている顔だった。
ゲームの性質上、多少美化されてイケメンになってはいるが、モモンガにとって忘れるはずもない顔。何十年も付き合ってきた黒髪黒目の日本人顔――そう、自分の顔だ。
「……パナップさん、貴方って人は本当に……何を考えているんですか。俺にはもう、さっぱり分かりませんよ」
意味が分からなかった。
それならばなぜブロックしたのか? メールに返信もしないのか? 今日この日、姿を見せようとしないのか?
ほんの数分『モモンガ』の為に時間を作れないのか? それほど切羽詰まった状況に置かれているというのか? それならばなぜ三日前にログイン出来たのだ?
疑問は幾らでも湧く。聞きたいことは山ほどある。しかしもう後の祭りだ。パナップが来たのは三日も前の事、そしてユグドラシルに――モモンガに残された時間は三十分。
全ては終わりなのだ。
何もかも……。
「――行くか、最後は玉座の間で……いや、先に円卓へ寄って『あれ』を持っていこう。……誰も文句は言わないよな。ふふ、もし言いたい事があるなら……言いに来てほしいものだよ、ねぇパナップさん」
誰も居ない――NPCしか居ない――仲間の部屋に向けて皮肉めいた言葉を呟く。もし最初から非難の声を浴びせていたなら、釈明の為に訪れてくれたのだろうか。そんなどうしようもない後悔を胸に、モモンガは仲間の部屋を後にした。
残された空虚な空間に静けさが戻る。
その場には、一体のNPCとギルドメンバーの証とも言うべき指輪が、元の状態のまま残されていた。まるで何も見なかった、知らなかったと言わんばかりに……。
◆
終わりを迎えたユグドラシルは、各世界で盛大な花火が打ち上げられていた。
まるで表示限界を試すかのような大がかりで連発、そしてあまりに美しい、皆の青春が一時の煌めきと共に散っていく幻想的な光景である。
多くのプレイヤーが別れの挨拶を行い、次の出会いを約束してログアウトしていく。その約束が守られるかどうかは知らないが――。
「誰も出てこない……か」
ナザリック地下大墳墓の真正面にその堕天使は居た。待機状態になっているツヴェークの近くで、何をするわけでもなくナザリックの第一階層入口を見つめ――ため息をつく。
どうやら誰かがナザリック第一階層の正面口からひょっこり顔を出して、自分を見つけてくれるのではと期待していたようだが――それは無理な話だろう。隠密スキルと課金アイテム大盤振る舞いで誰にも発見できないよう隠れていたのだから……。この状態ならモモンガはもちろん、探査能力特化のNPC『ニグレド』であったとしても見つけ出すことは不可能だ。ぬーぼーかフラットフット、弐式炎雷にチグリス・ユーフラテスなどを連れてこないと痕跡すら発見できまい。
「なにしてんだろ、私……。来るつもりじゃなかったんだけどな~」
フレンドリストに登録していた全てのデータをブロックリストにぶち込み、フレンドリストを初期化した。故にログイン情報は誰にも届かない。
それなのに……未練でもあるのだろうか。
「モモンガさんは確実に来ているだろうけど……、会いたいなぁ。会いに行きたいな~。あああぁ、時間が無い。どうしよう――いや、今更どんな顔して会いに行けばいいっていうのよ」
表情が変わらないアバターだから関係ないだろ――とるし★ふぁーなら言うだろうが、そういう問題じゃない。
モモンガは三日前にログインしたパナップの行動に気付いただろうか? 気付いたとしたら部屋へ足を向けただろうか? 足を向けたなら置いていった武装と指輪を発見しただろうか? 発見したなら横になっているNPCにも興味を向けただろうか? それなら……。
「違う違う! あの状況を見たら誰だって怒るよ! 何やってんのよ私!!」
装備品や指輪を置いてきたのは自分に対する戒めであり、罰であり、ギルド長を裏切った自分がアインズ・ウール・ゴウンの恩恵を受けていることが許せなかったからだ。
でも、つい先ほど気が付いた。
活動ログを見られたら、パナップの行動が分かってしまうのではないかと……。
「最後の最後でヘマばっかり……、モモンガさんもきっと呆れているだろうな~。それとも私の事なんか忘れて――」
沼地に佇む堕天使のはるか後方で一際大きな花火が炸裂した。そろそろ時間が迫ってきたという事なのか、広域メッセージにも多くの別れの声が流れる。
パナップは左手首へ視線を向け、残された時間で何が出来るのか考えていた。
無論、何も出来ないのだが――。
「ごめんなさい、モモンガさん。ほんとうに……ごめんなさい」
時間は無情に流れ、そして最後の時を刻んだ。
長かったユグドラシルの世界が終わり、
異世界転移の始まり始まり~。
でも次回は眼鏡っ娘に御登場願います。