堕天使のちょこっとした冒険 作:コトリュウ
<< 前の話 次の話 >>
絶体絶命のプレイヤー達を前にして、骸骨魔王の伝説が始まる。
「首ちょんぱ!!」
不意打ち状態からのクリティカル。叩き出すダメージはあまりに圧倒的で、HPが満タン状態でないのなら一撃死待ったなし――故に首ちょんぱ。
パナップの命名センスは何処かのギルド長並みに酷い。
「次、もらったー!!」
パナップの一撃を即時蘇生アイテムで生き永らえたにもかかわらず、そのプレイヤーには無慈悲な二撃目が与えられる。刃を振り下ろすのは、パナップ以上のダメージをぶち込めるアインズ・ウール・ゴウンが誇るアタッカー、弐式炎雷である。
この者は不意打ち状態からの一撃で、百レベルプレイヤーをも轟沈させることが出来る化け物だ。無論――相手が茶釜のようなガチタンクでないならの話だが。
「よし、
「弐式さん、撤退しましょう!」
二人の役目は――ヴィクティムの束縛で動けなくなったプレイヤー集団の中を掻い潜り、『スピネル』改め『ルベド』の範囲攻撃に晒されている
ちなみに、もう一人の所持者もフラットフット達が襲撃する手はずだ。
『え~っと、あとはお願いします。たっちさん』
『任せて下さい、パナップさん。――――ぬーぼーさん、私達の出番ですよ』
『はは、ようやくこの日が来ましたね。盛大に御披露目といきますか!』
アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバー間通信は、指揮官系
たっち・みーの役目は敵方のワールドチャンピオンを抑え、倒す事。そしてもう一人、ぬーぼーの役目とは……。
「さあ、
千人もの集団がルベドの範囲攻撃に晒され、パニックになりながらもその場から逃げ出そうとしている面前へ、ぬーぼー率いるゴーレム集団は――地面に激突するかのごとく降り立った。
爆風のような衝撃波が周囲に放たれ粉塵が舞う。その一瞬、喧噪が無くなったかのように静寂が訪れた。
誰もが息をのんで見つめていたのだろう。粉塵の中で起き上がり、全長十メートルにもなる巨体を晒す十数体の存在。全身が鉱石である為にゴーレムであることは疑いようもないが、目に映る姿は天使、昆虫、騎士、悪魔等々――同じ形状の個体は存在せず、脈動する赤い鼓動と共に異様なまでの危機感を感じさせてくれる。
「絶望するのはまだ早い!
ぬーぼーが使用した
支援型ではあるがプレイヤーに影響をもたらすものではない。そう――NPCにのみ効果を発揮するぶっ壊れアイテムなのだ。
効果は単純、対象となるNPCに
とは言え経験値を消費して攻撃力を上げるだけの効果としても、
例えるなら『ルベド』の広範囲特殊攻撃を、ゴーレムの両手両足に備えさせるようなものだ。一度に多くの敵を殺すことは出来ないが数撃当れば木端微塵であろう。百レベルのガチビルドプレイヤーでさえ生き残れるとは思えない。
しかしながら――
アインズ・ウール・ゴウンの目であり監視能力に長けたぬーぼーは、本来ゴーレム使役を受け持つ立場にない。それでも役目を与えられたのは、ぬーぼーがユグドラシルに存在しないリアル技能を所持していたからだ。
――『
自慢の目を使って全ての戦況を把握し、指揮官系
たった一人で十数体のゴーレムを縦横無尽に指揮する事で、他のメンバーは別の行動を選択でき、総じて戦力の大幅な増強を可能とする。
まさにゴーレムを率いるぬーぼーは、この時点でユグドラシル最強と言っても過言ではないだろう。ワールドチャンピオンもレイドボスも、
「さぁて、生きて帰れると思うなよ。――侵入者どもが!」
ぬーぼーの言葉は、その場に居た全員に理解されたことだろう。
誰が生き残れると思うのだろうか。
全長十メートルの巨大ゴーレム達が次から次へとプレイヤーを砕き、何の抵抗も無く押し寄せてくる。
その昔、七日間で世界を滅ぼしたという化け物が居たらしいが、漫画やアニメの話ではなかったのだ。そいつ等は此処に、ユグドラシルのゲームに――ナザリック地下大墳墓にこそ存在したのだ。
「なんだよこれ! 運営ふざけんな! 無茶苦茶だろが!!」
「
「どうやったら勝てるってんだよ! 運営仕事しろ!!」
「上位ギルドが軒並み断ってきた理由がこれか?! 知ってたのかよアイツら!」
「バランスおかしいだろーが! これって違法改造だろ? なぁ、そうなんだろ?!」
ヴィクティムの束縛に始まり、ルベドの広範囲特殊攻撃による大ダメージと状態異常、後方からの暗殺部隊による
加えてアインズ・ウール・ゴウンのメンバー達が姿を現し、
手心は加えない。
最後の最後まで徹底的に殺し尽くす。それは言葉にするまでもなく、第十位階の魔法が繰り出す爆裂によって語られた。
「一度にこれ程のプレイヤーを殺せるなんて……魔法使い冥利に尽きるというものです!」
「あ~ぁ、ウルベルトさんってば張り切っちゃって。ボクの回復が届かないところまで突っ込まないでよ」
「皆さん油断しすぎですよ~。まだ二百人程度しか排除出来ていません。ほぼ全員が蘇生アイテムを持っていますので、一人に付き二回殺さないといけませんから頑張ってくださいね~」
全力戦闘モードのウルベルトやウキウキしながら援護に向かうやまいことは違い、ぷにっと萌えは冷静に第八階層の荒野を見つめていた。
阿鼻叫喚の地獄絵図――石化したまま武人建御雷に破壊される者、麻痺状態でブルー・プラネットに潰される者、タブラやるし★ふぁーの第十位階魔法を連続で喰らって光の粒子になる者、死角から襲い掛かってくる弐式炎雷とフラットフットに首を刎ねられる者――まさに地獄の名に相応しい光景だ。
ぷにっと萌えが気に掛けるほど戦況に問題があるとは思えない。
ぬーぼーが率いるゴーレム部隊は異常なほど強力であり、まともに戦えるかもしれない相手はたっち・みーが抑えているのだ。タブラやベルリバー、朱雀達と組み上げた作戦が滞るとは思えないが……。それでも数の暴力は想像を超える。
見れば――、一体のゴーレムに対し五十人、百人が群がってその巨体を押し留めようとしていた。ルベドにも何十人ものプレイヤーが襲い掛かり、広範囲攻撃を打たせまいと妨害を行っている。
その間隙を縫って、アインズ・ウール・ゴウンのメンバー達と正面から交戦に入っている者も居るようだ。
「そろそろ……かな?」
高い位置に陣取り戦況に応じて指示を出していたぷにっと萌えは、侵入者達が命の削り合いをしている頭の上――遥か上空で
『残りは七百人程度、蘇生アイテムはほぼ全員が使用したようです。……ではモモンガさん、やっちゃってください!』
『はい、いきます!』
ギルドのトップたる存在がこの一大事に姿を見せていないのは奇妙な出来事であっただろう。侵入者達に余裕があれば、その事に気付いた者も居たかも知れない。
だが誰も――誰にも気付かせない。
それこそがぷにっと萌えの描いたシナリオであり、最終局面の一手なのだ。
「
侵入者達の頭上高くに姿を見せた骸骨魔王は、身に宿す赤い宝玉から焼けるような光の束を放射すると、天使と悪魔のガントレットを装備した両手を高くかざした。
その姿は禍々しくも神々しくもあり、人の目を引き付けてやまない神話の壱ページ。
使用した
今から何が起こるのか。
動き出せたのはほんの一握り。だがそれもぷにっと萌えの予想通りであり、パナップと弐式炎雷が対処する。
「――愚かな侵入者どもよ! 我が力の前にひれ伏すがよい!!」
ロールプレイだとは思うが、黒いオーラを噴き上げる大魔王モモンガの迫力に――その場に居たプレイヤー達は息をのみ、そして――
――粉々に吹き飛んだ。
「ふっざけんなーーーー!!」
「な、なんだよこれ?! 見た事ねーーー!!」
「ちょ、アイテムが!
「HP全とびって! おかしいだろーーー!!!」
「ありえん! こんな事がありえるかー!!」
「モモさん、ありがとうございまーーーす!!」
「たっちさんどこーー?! 会いたかったのにーーー!!」
「ひゃっはーー!! アインズ・ウール・ゴウンさいこーーー!!」
文句なのか賛美なのか……。
瞬間的に広がった力の波動は、その場で何かを叫んでいる全てのプレイヤーを掻き消しながら第八階層全体を満たした。もしかしたら第八階層の荒野ごと――世界ごと吹き飛ばせたのだろうか? そんな想いさえ抱いてしまいそうになる。
それほどまでに強大で、信じられない一撃であった。
残っているのはアインズ・ウール・ゴウンのメンバーとルベド、それにゴーレム達。他に目に付くものと言えば――千人分のドロップアイテムだ。
侵入者は誰一人として勝利を疑わなかったのだろう。其処彼処に
「よっしゃー!! 俺達の勝利だーー!!!」
自慢の弓――ゲイ・ボウを高く放り投げてペロロンチーノは叫ぶ。史上空前の千五百人撃退、これはユグドラシル速報に流れるほどのビッグニュースであろう。
誰だって興奮は抑えきれない。
「うんうん、私達凄い! ホント凄い!!」
「だね! ボク達サイコー!!」
「やったね、やったね! みんな頑張ったね!!」
ピンクのスライムを交えた女性異形種三人組が、お互いに飛びつきながらピョンピョン跳ねている。過度な接触が禁止行為に抵触しなければよいのだが……、運営は同性のアバターでも容赦しないので肝が冷える。
「はぁ~、やりました。やりましたよ、ぷにっとさん」
「お疲れ様です、モモンガさん。予想以上に上手く行きましたね。最初の
アインズ・ウール・ゴウンは、そんな
決して、ぬーぼー率いるゴーレム部隊の情報を持っていた訳では無いだろう。ただ単に割に合わないと考えていただけだ。千五百人集めても、
「そういえば、たっちさんの勝敗はどうなったのですか?」
「ああ、モモンガさんの一撃が放たれる直前まで斬り合っていたのは見ていたけど……」
辺りを見渡す骸骨と人型植物であったが、二人とも結果を確信していたのだろう。一人の騎士が悠然と姿を見せても当たり前のごとく頷くだけだ。
「御心配無く、勝ちましたよ。結構危ないところでしたが……」
「冗談でしょたっちさん。貴方が苦戦する姿なんて、ナザリックが攻略されるより想像できませんよ」
「あ~ぁ、モモンガさんのたっちさん贔屓は相変わらずですね~」
一人のプレイヤーを持ち上げ過ぎるギルド長はちょっと問題だとは思うが、今更なのでぷにっと萌えとしては肩をすくめるだけだ。
それよりも今は、戦後処理をしなければならない。
被害状況の把握、死亡したNPC達の復活作業とその費用、露見したであろうトラップや迷路の変更。加えて――無いとは思うが――別働隊による拠点侵略も警戒する必要があるだろう。
「まっ、今は勝利の余韻を味わうとしましょうか」
既に情報戦では勝ちを得ている。
ぷにっと萌えが指示を出し、パナップと弐式、チグリス達が収集し、そしてバラ撒いてきた情報によって他のギルドは動けない。
千五百人の侵入者が持ち込んできた
上位ギルドでさえ防備を固める有り様だ。
無論、千五百人に攻め込まれて壊滅するであろうギルドが何を言っているのか、と呆れるギルドも多かったが、そんな輩は警戒するまでもない。
ぷにっと萌えが危機感を持っていたのは、アインズ・ウール・ゴウンの勝利を確信しながら、その直後に攻め込めば攻略できそうか? ――と思案する者達だけだ。
「ルベドは動かないし、
ぷにっと萌えは最悪を想定し、その局面をひっくり返そうと策を練る――そんな性格だ。しかし今はもっと騒いでも良いだろう。
ユグドラシルの歴史に残る大規模攻略戦だったのだから。
「あははは、やったよやったー! モモンガさんぷにっとさんやりましたよ! 私、
実際に止めを刺したのは弐式なのだが、それは些細な事だろう。蘇生アイテムに阻まれたとは言え、HPを一度ゼロにしたのは間違いなくパナップなのだから……。
ギルド長も称賛の声は惜しまない。
「はい、お疲れ様です。今回はホントにパナップさん大活躍でしたよ」
「えへへ、今日だけでPK勝率めちゃくちゃ上昇したと思いますよ! なんてったって第一階層から襲撃し続けましたからね~。弐式さんよりは少ないと思いますけど、今回のPK数はギルド最上位間違いなしです!」
テンションマックスなパナップは余程嬉しかったのだろう。ギルド長の周りを何周も駆け回っては自身の活躍を自慢げに報告している。
しかしながらパナップは目の前の骸骨が何をしたのか忘れていた。いや、派手過ぎて個人の行動とは判断できなかったのだ。知識として聞いていても頭が勝手に切り離してしまったのかもしれない。
そう――モモンガのPK数。それは……。
絶対無敵のぬーぼーさん。
ところが、自分自身では一人もPKしていないのです。
それを最強と言うのかな?