花澤雄一郎
Text by Yuichiro Hanazawa
中国当局は2018年10月、ウイグル族など少数民族の「再教育」を法制化した。強制収容が国家により正当化されたのである。新疆ウイグル自治区ではすでに100万人もの人々が不当に拘束され、収容所に送られているが、そこから無事に出てこられた人は、確認できている範囲でわずかに数十人という。
そのうちの1人が11月に来日。NHK BS「国際報道2018」の番組内で、弾圧の実態を涙ながらに語った。彼が命がけで日本のメディアに訴えたこととは、そして今、私たちができることとは──。
そのうちの1人が11月に来日。NHK BS「国際報道2018」の番組内で、弾圧の実態を涙ながらに語った。彼が命がけで日本のメディアに訴えたこととは、そして今、私たちができることとは──。
2年前、突如始まった強制収容
「目の前で2人死にました。私たちは死を待っているかのようでした」
ウイグル族のオムル・ベカリさん。42歳のオムルさんは新疆ウイグル自治区出身で、現在の国籍はカザフスタン。中国政府による強制収容所での拘束から解放された数少ない1人だ。そのオムルさんにじっくりとインタビューする機会を得た。
ホテルの一室で会ったオムルさんはスーツ姿で頭には伝統的な帽子をかぶっていた。大柄でがっしりとした体型のオムルさんは穏やかでいながら、体全体に一種の緊張感をまとっていた。そして私に語りかけるその目には意思の強さが表れていた。
オムルさんの口から語られたのは、ウイグル族が見舞われている恐るべき実態だった。
新疆ウイグル自治区は現在、中国の最も北西に位置する自治区で人口は2000万人余り。そのうちウイグル族は1100万人。ほとんどがイスラム教徒だ。しかし、40%余りを占める漢族が政治や経済の面で圧倒的な実権を握り、ウイグル族への締め付けを強めてきた。そもそも漢族がここまで増えたのも政府主導での入植の結果だ。彼らは政治と経済を支配しながら大規模な開発を進め、「中国政府による統治は素晴らしい」という教育をおこなってきた。
しかし2016年から突如、ウイグル族の人々が次々と拘束され強制収容所に送られるようになった。その実態が今年に入って徐々に明らかになり、国際社会の非難が強まっている。
国連や米国政府、人権団体は、収容されている人の数をウイグル族の1割にあたる「100万人」と指摘している。そして今もその数は増え続けている。国連は調査団の受け入れを繰り返し要求しているが、いまだ実現はしていない。
これに対し中国政府は「テロ対策」だと反論している。収容所に関しては、過激思想の影響を受けて犯罪に関わった疑いのある人たちを対象に「職業訓練」をおこなっているとの説明だ。
7ヵ月間、鎖につながれたまま
番組ではこれまでも、日本など中国国外に住むウイグル族の人々にインタビューし、収容された家族についての証言、さらに研究者の指摘などを繰り返し取り上げてきた。しかし、今回、初めて収容されていた本人から話を聞くことができたのだ。
収容所から出てきたとされる人々は、オムルさんを含め20人余りしか確認されていない。ほとんどがカザフスタン国籍の人々で、カザフスタン政府の働きかけで解放されている。普通のウイグル族の人々には外に出る術(すべ)がないということだ。
オムルさんは、旅行会社を経営しながら故郷ウイグル自治区とカザフスタンの間を行き来してきた。外国に行った経験がある人、外国との連絡を取っている人、外国人の友人がいる人。中国当局はそうした人を特に危険視している。
そして2017年3月、自治区のトルファンにある実家を訪れた際、突然拘束された。
「5人の武装警官が突然逮捕状もなく家の中に入ってきました。後ろ手に縛られ、頭に黒い袋をかぶせられて車に乗せられたんです。拘束の理由についての説明などありません。
最初に血液検査やあらゆる臓器の検査をされましたが、それも頭に黒い袋がかぶせられたままでした。その後、またそのまま別の場所に連れて行かれて、気づいたら45人がいる部屋の中にいました。それから手足が鎖でつながれたままの生活が7ヵ月続きました」
両手、両足をそれぞれ鎖で縛られた上、その手と足も鎖でつながれ、極めて不自由な状態が昼も夜も食事中も24時間続いたという。オムルさんは、鎖を使って実演して見せてくれた。体を伸ばすことはできない。それだけでも恐ろしい苦痛だ。
「狭くてほとんど光の入らない部屋に45人が収容されていて、トイレも食事も寝るのもすべてその部屋です。空気は淀み常に異臭がしていました。食事は1日3回、中華まん1個とおかゆです。朝は3時半から4時に起こされ、寝るのは夜中0時頃です。
その間、徹底的に管理され、中国の国歌や共産党を讃える歌を歌わされ、『国家に感謝、共産党に感謝、習近平主席に感謝。国の繁栄と習近平主席の健康を祈る』などと、みんな一斉に大声で言わなければなりません。声が小さければ罰を受けます。
午前、午後と政治学習がおこなわれます。中国の政策や法律、中央政府の会議の内容を勉強させられるのです。習近平主席の発言を学び、ウイグル人に対する政策の素晴らしさを教え込まれます。心の底から共産主義を愛するロボットになりなさい、と。何もかも共産党のおかげで、共産党があったからこそ自分の今がある、とつくづく思うような洗脳教育がおこなわれるんです」
生きる希望も、人間としての機能も失い
収容所での拷問は過酷を極めたという。
「拷問は日常的におこなわれていました。何が何でも『テロ行為に加担しました』あるいは『テロを起こした者をかくまっていました』と自白させようと、必死に迫ってきます。別室に連れていかれて、数日から1週間拷問を受ける。そうした期間が繰り返し訪れました。
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PROFILE
花澤雄一郎 NHK BS1「国際報道2018」キャスター。NHK入局後、ロサンゼルス支局、ワシントン支局、ソウル支局の特派員を歴任し、アメリカ担当デスクに。2017年4月より現番組のキャスターを務める。