堕天使のちょこっとした冒険 作:コトリュウ
<< 前の話 次の話 >>
その場に残るは懐かしい思い出だけ。
はるか昔の……仲間達との激闘の記憶――。
裏切り-1
其処はとても長い通路であり、薄暗く、猛毒が立ち込めていた。
何の耐性も付けていないプレイヤーであったなら、激減していく己のHPに大慌てする事だろう。左右に展示されている
二体の異形種が歩き進めているこの場所は、ナザリック地下大墳墓の宝物殿。完全な独立空間であり、入り込むには特別なアイテムが必要となる重要拠点である。その特別なアイテムとは、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーのみが手に出来る独自製作の指輪で、百個しかない希少品だ。
「此処の通路を二人だけで歩くのも恒例になっちゃいましたね~モモンガさん。前はもっと大勢で――」
「千五百人討伐の時ですか? あの時は大量のアイテムを入手しましたから、整理するのも一苦労でしたよ……」
パナップの隣を歩くギルド長は、懐かしい思い出を振り返るかのように少しだけ嬉しそうな声で答えてくれた。その口調には二度と経験することが出来ないであろう――過去への羨望も含まれていたかのように思う。
そう、全ては遠い昔の出来事だ。
「ふふふ、あの時はあまりにもアイテムが多過ぎて源次郎さんが悲鳴を上げていましたよね~」
「源次郎さんですか……あの人は何故か宝物殿の管理に情熱を燃やしていましたけど……。そんなに整理整頓が好きな人じゃなかったと思うのですが――」
「ん~、アイテムコレクターとか? 見知らぬアイテムの設定とかを見るのが好きなのかも?」
「それは私も好きですよ。アーティファクトアイテムとかコンプリートしたくなります」
「モモンガさんったら欲張り過ぎ。ってパンドラの設定がマジック・アイテム・フェチなのはその所為ですか?」
パナップが疑問の声を上げた丁度その頃、前方に宝物殿の中心部が見えてきた。
そこは何も無い白くて広い空間であり、対面する二つのソファーと一つのテーブルのみが空虚な部屋のアクセントとなっている。
――いや、まだ存在していた。それはいつもの場所で直立していた。どこかの親衛隊を思わせる軍服に身を包んだドッペルゲンガー。モモンガが仲間の協力を得て作り出した拠点防衛用NPCである。
その名は『パンドラズ・アクター』
「パンドラは宝物殿の領域守護者ですからね。設定としては似合っていると思いますよ。まぁ、私の趣味なのは否定しませんが……」
モモンガが歩を進めると、その挙動に反応したのであろうか。不動であったパンドラは突如踵を打ち鳴らし、骸骨魔王に対しビシッと敬礼を行った。
一瞬だけ仰け反ったように見えたギルド長であったが、特に何かがあった訳でもないだろう。自分がヘロヘロと入念な打ち合わせをして決めたAI制御なのだから、その一挙手一投足に問題があるはずがない。
「モモンガさん、今日で……何人目なのですか?」
「……そうですね。……三十六人目です」
パナップの問い掛けに対しギルド長は寂しそうに呟いた。そして何かのコマンドを口にして面前のパンドラを変身させる。
その姿は今日――引退を告げに来たギルドメンバーのものであった。
「仕方のない事です。リアルでの事情は人それぞれ、中にはゲームなどやっていられない深刻な状況の人もいます。大きな仕事を得た人も、家族を優先する人も、当然ゲームをしている場合じゃありません。此方から送り出したいくらいですよ」
それは確かに本音であろう、モモンガの言葉に嘘は無い。
引退していった仲間達は皆、最後までアインズ・ウール・ゴウンを惜しみながら去っていったのだ。サービス開始から十年以上経過した古いゲームであるとは言え、まだまだ未知の部分は多く、飽きて辞めるような事は無かった――と思いたい。
「そ、それはまぁそうとして、モモンガさん聞きました? あの噂……」
「ああ、サービス終了の件ですか? たぶん……本当でしょうね。今年で十二年目になるのですから、よく続いた方だと思いますよ」
仲間達の引退に歯止めが掛からないのも、ヘロヘロ達のように名前だけギルドに残し一年以上もログインしていないのも、全てゲームとしての寿命が近付いているからであろう。
モモンガは分かっていながらも、仲間達が戻ってくるのを待ち望んでいた。帰ってこない事を理解し、納得していながら、それでもナザリック地下大墳墓を維持せずにはいられなかったのだ。
傍に居たパナップの目に映るその姿は、とても寂しそうで泣いているように見えた。
(私は最後の方に参加した身だからなぁ。モモンガさんに比べれば思い出も少ないし……、それでも皆と世界を駆け抜けたあの日々は忘れられないな~)
特に千五百人がナザリック地下大墳墓へ攻め込んできた拠点防衛戦は大イベントだった。
『戦闘は始める前に終わっている』――そう語ったぷにっと萌えの指示で、侵攻の噂が出始めた頃から、パナップは敵方のギルドへ情報をばら撒きに行っていたのだ。
『最初に侵攻したギルドが、全ての
同盟を組んだギルドが競い合うように誘導し、互いを疑心暗鬼に陥らせる。
アインズ・ウール・ゴウンを陥落させた後の報酬は山分け――なんて取り決めをしていても、最初に入手したギルド連中がアイテムを隠してしまえばどうしようもない。信頼なんて最初から存在しない同盟だ。あるのはアインズ・ウール・ゴウンに対する敵対心だけ……。
だからこそ千五百人は分散することなく、互いの抜け駆けを監視しながらナザリックへ侵攻してきたのだ。
彼らはこの時、勝利しか頭になかった。
そう――千五百人が侵攻して攻略できない拠点など有るはずがない。故に隊の後方で死んでいくプレイヤーや傭兵NPCを見ても、邪魔な輩が減った程度にしか感じていなかったのだ。むしろ、もっと減ってくれたなら取り分も増えるのに――と思っていただろう。
(千五百人が侵入した後で、その背後を突くようにこっそりプレイヤーを狩っていっても、あんまり反応しなかったもんな~)
間延びした隊列の後方に居たのが、物見遊山な野次馬連中であったのも一つの要因であろう。防衛用モンスターの陰に隠れて弐式炎雷と不意打ちしまくったのは、パナップにとって鮮烈な思い出である。
(それでもなぁ、敵が第八階層に着くまでトラップと防衛用NPCをフル活用したのに――五百人程度しか減らせなかったんだよね~。……無理なものは無理だよ)
数の暴力とはまさにこの事であろう。後方に居る遊び感覚のプレイヤーは簡単に殺せても、前方のガチビルドプレイヤーはかなり厳しい。
第七階層突破の時点で退場させる事が出来たガチプレイヤーは僅か十数人だ。特にワールドチャンピオン一人と、
(あ~ぁ、今思い返しても第八階層になだれ込んできたアイツ等との戦いは……本当に面白かったなぁ~)
◆
そこはあまりに広い荒野であり、千人のプレイヤーが入り込んでも、ほんの少しも空間を占拠できない巨大な大陸であった。
遠方には岩山や山脈が立ち並び、いったいどれ程の時間を掛ければ辿りつけるのか――
「ちっ、まだ多過ぎるな。後五百ぐらいは死んでもらわねぇと、面白くもなんともねぇ」
男はそう言うと、自分宛に使われていた多量の
『どうして蘇生してくれないんだ』『援護してくれてもいいだろ?』『アイテムを分けないつもりなのか?!』『楽勝だと思ってついて行ったのに、どうして置いて行ったんだよ!』
一緒に侵攻してきた連中は、誰もが打ち合わせでもしたかのように協力しなかった。死亡する奴を見ては嘲笑い、トラップに引っ掛かる奴を見ては中指を立てた。蘇生なんかもちろんしない。無能で馬鹿な邪魔者が減ったと言わんばかりに皆で笑った。
それでもまだ千人のプレイヤーが第八階層に立っている。
「多過ぎんだよな~。こんな大人数で攻め込んだら苛めているようなもんじゃねえか。勝つのが分かっている勝負なんて自慢にもなんねえよ」
自身がワールドチャンピオンである為か、何の名誉にもならない戦いにうんざりしていたようだ。率いているギルドの総意で同盟を結び、ナザリックに攻め込むことになったのだが……。勝ち馬に乗ろうとする馬鹿がこれほど多いとは――。
人数が増えれば増えるほど、勝ちイベントに参加しようとする有象無象が集まってきて嫌気がさす。
「後ろの方では交戦していたみたいだが、あれで本気じゃないだろうなぁ。頼むぞアインズ・ウール・ゴウン。このまま手も足も出ませんでした~なんて止めてくれよ」
軽く笑って荒野の中を歩き出す。特に警戒を見せる訳でも無い。千人のプレイヤーはそれほどまでに強大だ。どんなトラップがあろうとNPCが居ようと、さらにはギルドメンバーが来ようとも――軽く叩いて終わりだ。
本当につまらない。
「そういえば、此処には元
「ああ、三十分しか起動しない残念な奴ですね」
「聞いてるぜ~、途中で止められないってんだろ? 一度動かして三十分後に来たらガラクタ状態って、なんかもったいないってなぁ」
周囲のギルドメンバーが言うように、この第八階層に居ると公表された元
捕縛には
「いっそ正面から戦ったら面白そうなんだが、誰もやらね~だろうなぁ」
他の奴らが真正面からぶつかって、大勢死んでくれたら分け前も増えるだろうに――。その場に居た多くの者が同じように思っていたが、もちろん自分から挑戦しようとするプレイヤーはいなかった。分け前がもらえなくなるのは嫌なのだろう、誰でもそうだ。
「ん? なんか居るぞ。……赤ん坊?」
聞こえてくる誰かの言葉に警戒の匂いは無い。
防衛用のNPCではないのだろうか、視線を向ける先には――小さな肉の塊がふよふよと浮いているだけであった。
「おいおい、なんだあれ? こんなところまで来て自動POPのモンスターかよ。ふざけるのも大概に……」
不満を重ねながら同時に疑問も湧いていた。こんな場所に何故、弱そうなモンスターが一体だけ配置されているのか?
偶然は無い。
プレイヤーが手を加えている拠点でのモンスター配置は、必ず人の意志が介在しているはずだ。もちろん適当に配置したという意志も含めて――だが。
「待てよ、これはまさか、おい! ちょっとま――」
「せーの、おらっ!」
命令系統がバラバラの状態では、一人の警告など誰の耳にも届かない。別ギルドのメンバーであるなら尚更だ。ワールドチャンピオンであるが故に攻略の柱と期待されてはいても、千人ものプレイヤーが集まっていてはその価値も低くなる。
警告は聞き流され、何処の誰とも分からぬ戦士によって宙に浮く赤子のような肉の塊は真っ二つにされた。
『あおぎゃあああああああああああああ!!!』
「ちょ! なんだこれ?!」
「悲鳴か? 断末魔の悲鳴ってやつか?」
「うるせーー!!」
「ちっ、悪趣味な設定だぜ。これって悲鳴と赤ん坊の泣き声を合成したヤツだろ?」
「わざわざ音声を発生させるなんて手の込んだ演出だな……ってあれ?」
悲鳴を上げるという珍しいNPCの存在に誰もが感想を呟き始めるが、同時に誰もが気付いてしまった。己の身が全く動かないという事に。
「なんだこれ?! 耐性付けてるだろ、バグか?」
「束縛? 呪い? 自爆型トラップか?」
「マジかよ! くっそ~、やられたなぁ」
「関係ないだろ、しばらく待っていれば良いだけだ」
そこら中から文句とも自虐ともつかない騒音が飛び交い、不動の身を何とか動かそうとピクピク震えるプレイヤー達がコンソールと格闘している。
現在身動きできるのは
目の前に開く闇の淵――それは
「まずい、まずいぞ! あれはスピネルだ!!」
言うが早いか、身動き出来ない千人のプレイヤーは光の波動に包まれ切り裂かれた。
小さな天使の広範囲特殊攻撃は、圧倒的なダメージを与えた後に絶対耐性でも抵抗できない状態異常を与える
光に包まれた哀れな存在は――圧倒的な力の前にHPの五割以上を失い、その後麻痺になり、または混乱し、石になり、別の者は即死する。
逃れるにはヴィクティムの束縛を防御した時同様、
「くそが! 使ったばかりだぜ!」
まだ
「はっはー! 絶景だねこりゃ」
「百人以上が石になっていく光景なんて、滅多に見られませんよ」
「ほらほらやまちゃん、すっごく綺麗だよ~」
「確かに凄いですね~。人がゴミのようです」
「うっわー、何気に酷い」
場違いだ。
なんという砕けた物言いなのか。今この場には軽口を叩けるものなど居るはずがない。この場のプレイヤーは誰もが動けず、圧倒的な力をまともに受けた上、状態異常のギャンブルに晒されているのだ。
ギリギリで持ちこたえるか、それとも即時蘇生のアイテムを使わされるのか? それは分からないが――とにかく動けるようになれば皆逃げ出すだろう。
そんな中で笑い声を上げられる者が居るとすれば、それは――
次回は最強のプレイヤーが登場。
アインズ・ウール・ゴウン最強ではなく、ユグドラシル最強の御方が御降臨されます。
その御方とはいったい誰なのでしょう?