堕天使のちょこっとした冒険 作:コトリュウ
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悪のギルドが行う、とても楽しいお遊びです。
きっと新人さんも喜んでくれるはず……。
いや、それは無理かな?
世界級-1
ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』に引きずり込まれてしばらく、私ことパナップは常識というものに疎くなったのかもしれない。
第一階層から第三階層までの狂ったような迷路とデストラップ、第四階層の巨大ゴーレム、第五階層の氷河地獄、第六階層は比較的まともだったけど……、まぁその先は考えただけで頭が痛くなる。それに第十階層まであったなんて――。
このナザリック地下大墳墓を造り上げたギルドメンバーは絶対まともじゃない――とは思っていたけど……まさかここまでとは。
誰か何とかしてほしい……。
「
ぷにっと萌えの発言がぶっ飛んでいるのは、今に始まった事じゃない。
今までだって第九階層の円卓において、実現不可能と思われる計画を――まるで三時のオヤツにはこれを食べましょうと言わんばかりに提案してきたのだ。
私としては突っ込みたくて仕方がない。
(それはシステム上不可能です! 絶対無理です! 何を考えているんですかアンタはー!)
そう言いたいのはやまやまだ。
というか、私じゃなくとも誰だって同じように突っ込むだろう。いやもしかすると、不可能であることが当たり前なのだから突っ込むまでもない――と考えるのかもしれない。
ただ、ここはアインズ・ウール・ゴウンなのだ。
残念なことに。
「面白そうですね、なんだか運営への挑戦って感じがしますよ。ねっ、ペロロンさん」
「だよね~モモンガさん。でも捕縛するなら可愛いタイプが――」
「くたばれ弟! そんなことしたら真っ先に一名脱落するでしょ!」
「言えてますね。下手をしたらペロロンチーノさんが自ら洗脳されに行って敵に回るかもしれない」
「ウルベルトさん厳しい~。んでぷにっとさん的にはどいつを狙ってんの?」
弐式炎雷の問いに対し、その場に居た全員の意識が集まる。
捕縛しようとしている
「朱雀さん、タブラさん、ベルリバーさんとの協議の上で決めさせて頂きました。――狙うは天使系
「え?」
自信満々で発表したぷにっと萌えとは対照的に、モモンガからは驚きの声が漏れる。慌てて驚愕アイコンを付け足したほどだ。
その理由はパナップにだって分かる。相手がアインズ・ウール・ゴウンにとって天敵とも言える危険なモンスターだからだ。
天使系の最上位種である熾天使、それも
天使系であるならば、階級が三つ下の弱いとしか言いようのない主天使の攻撃でさえダメージを受けてしまうのだから、その危険性が窺えるだろう。
「ぷにっとさん酷いです!
「ははは、大丈夫ですってモモンガさん。今まで攻略を避けてきた相手ですが、この度完全攻略の目途が立ったので……ついでに捕縛しちゃおうかと思いましてね」
ぷにっと萌えの言葉と共に朱雀とベルリバーが頷く。どうやらかなり前から準備を進めていたようだ。その姿勢には確信的な何かを感じる。
「では本格的な説明を始めましょうか。――タブラさんお願いします」
「はい、ぷにっとさん。……皆さん、今から他のギルドが行った
タブラがコンソールを操作すると、円卓中央に巨大なモニターが浮かび上がった。と同時に大きな――身長がやまいこ二人分程度の――白い天使と三十名のプレイヤーが激しくぶつかり合う戦闘映像が流れ出し、皆の目を引き付ける。
「おお、イイ胸してるね~。ってちょっと身体とか色々デカ過ぎるかな?」
「良かったですね、ペロロンチーノさん。近くに寄ったら間違いなくペチャンコですよ」
「やめて餡ころさん! そんな光の無い瞳アイコン出さないでー!」
「ん~、モンク系天使って珍しいよね。ボクとしては一度正面から殴り合ってみたいなぁ」
「なんて恐ろしいことを……。第一そんなに近くに寄ったら、大ダメージと状態異常がセットになった広範囲攻撃喰らって即瀕死ですよ」
相も変わらずな仲間の調子に、青ざめた顔のアイコンを出して答えるモモンガは、映し出されている悲惨とも言える光景へ意識を集中させていた。
再度の確認も必要無く、
そもそも運営が倒される事を前提に設計していないのでは? と苦情が出るほど通常のやり方では倒せない相手なのだ。
何度も挑戦して情報を集め、武装を整え仲間を集め、戦略を組み立てながら微かな勝利への糸口を辿る。それが
そして今モモンガが見つめている映像の中では、強大な広範囲攻撃がモニター全体に映し出されていた。
「御覧の通り一番の問題はこの広範囲特殊攻撃です。
タブラの言葉は、アンデッドでさえ即死するという事を示している。無論、スライムのヘロヘロであっても例外ではない。
「うわー、このぷにぷにとした身が石になるなんてマジ勘弁です~」
「そうよそうよ、スライムがぷにぷにしなくなったら即死と同じことなのよー!」
「まあまあ、そうならないように今回はある作戦で広範囲特殊攻撃を回避します。――出番ですよパナップさん」
「はひぃ?」
粘体二人の抗議を横目に見ていたパナップは、完全に部外者の気分でいた。なぜなら、今回の
アインズ・ウール・ゴウンのメンバー構成から言って、脆弱過ぎて偵察しかできないパナップは、生産系ビルダー達と一緒に留守番組になるのが当たり前なのだ。
別に自分を卑下している訳では無い。本当は討伐に参加したいのに我慢している訳でも無い。
パナップは本当に、自分の役に立てる場所で活動したいだけなのだ。
それなのに――
「ちょっとタブラさん! 私の能力値知っているでしょ?!
「十分知っているからですよ、パナップさん。今回の肝は貴方の全力疾走にかかっているのです」
タブラの言いたい事はこうだ。
広範囲特殊攻撃を誘う特定位置に『パナップのみ』を配置し、攻撃が放たれたら全力疾走で効果範囲外まで逃げて空振りさせる。
まぁ、はっきり言って無謀の一言だ。
「無理ですって! ほ、ほら、この動画の人達も似たような事やっているじゃないですか! でも全然逃げ切れていませんよ! 攻撃態勢から発動までの時間が短すぎて、全員吹っ飛んでいるじゃないですかー!」
「その点は任せてください。確かに攻撃態勢を確認してからでは三秒しかないので逃走不可能です。しかしターゲティング完了から攻撃態勢に入るまでは二秒ありますので、合わせて五秒――これならギリギリ可能です!」
うわ~、ギリギリって言ったよこのブレインイーター。パナップとしては開いた口が塞がらないどころか、この先一生閉じないのではと思うほどだ。
タブラの言い分はまるで問題が解決したと言わんばかりであり、最も大事な事から目を逸らしているかの様でもあった。
そう、一番大事な点。
今まで誰一人として見つける事が出来なかった瞬間――
「ん? ということはタブラさん。見つけたのですか?」
「もちろんですよモモンガさん。
タブラ達四人の賢人は、入手した複数の動画を分析しターゲティング終了のタイミングが何時なのかを探っていたのだが、膨大なMPに対し消費される量があまりに少ない為、肉眼では判別できない状態であった。
本来なら
魔法を用いても判定が成功しないのだ。タブラやぷにっと萌えが行っても精々ステータスバーと色彩表示が限界であろうし、数値の表示など未だかつて誰も成功していない。まぁ、
他のギルドも無理を承知で
「もはや人間の目では不可能だと判断したので、それ専用のプログラムを組んでアイテム化したのです。これならば
「「おおーー」」
タブラが奇妙な効果音と共に胸ポケットから取り出した瓶底メガネは、一見値打ち物とは思えない
ちなみに違法プログラムの使用行為になるかどうかは不明だ。まぁ、オシャレ機能かジョークアイテムとしておけば問題ないだろう……たぶん。
「あのー、感心するのはイイんですけど~。私としては嫌な予感しか……」
「大丈夫! ぷにっと萌えさんに朱雀さん、ベルリバーさんも計算上逃げ切れると太鼓判を押してくれたから!」
タブラは語る。ターゲティング終了から攻撃態勢に入り、広範囲特殊攻撃が放たれるまでの五秒間なら、スキルと課金アイテムで速力を上げたパナップを効果範囲外まで逃がすことが可能だと。
「ああ、もちろんスタートダッシュでコンマ一秒でも遅れたら、跡形もなく吹き飛ばされるとは思うけどね」
「ぐぬぬ、恐るべしアインズ・ウール・ゴウン。
ブレインイーターの言いたいことは分かった。とにかく合図と共に全速力で逃げろという訳だ。攻撃なんて一切する必要はない。
多くの情報から導き出した広範囲特殊攻撃が放たれるであろう特定箇所まで一人で赴き、敵の目を引いて――生きるか死ぬかのスタートダッシュを切る。
失敗したらその場で終わり。
なんて分かりやすい。
「パナップさんには
「じゅ、十五回! その内失敗は一度のみって!」
広範囲特殊攻撃を空振りさせた瞬間、他のメンバー全員が突撃し全力攻撃を仕掛けるのだから、当然
そして時間が来れば一気に退却し、逆にパナップが一人で所定の位置へ向かう。
近くても遠くてもいけない絶妙な位置。相手がAIだからこそ成り立つ戦略だ。
「役に立つことなら何でもやるって言ったけど……」
「んふふ、何でもやるって言ったよね♪」
全身蔦で構成されたギルドの軍師が、何時かのレイド戦で隠密堕天使が口にした一言を繰り返す。
はっきり言って、私ことパナップの能力を有効活用するのは難しいと思っていた。弱過ぎるし特化したものは隠密と逃げ足のみ。流石のぷにっと萌えもぎゃっぷ萌えも、手に余る案件で頭を抱える難題だと――悲しいかな確信していた。
私としてはそう思い悩んでいたのだけど……甘かった。
(
情報をかみ砕きながら目の前に映る戦闘映像を見つめ、そして他のメンバーを見渡す。
円卓の間に集結した異形のモノ達は、誰一人として失敗の事を考えていないかのように好き勝手騒いでいた。いや、失敗しても面白いとさえ考えているのかもしれない。
「……馬鹿の言いだした無茶振りでも笑ってこなす……か」
「おや? 覚悟は決まったのですか、パナップさん。……大丈夫ですよ、一緒に
「ふふ、天敵なのに――ですか?」
「え? えっとまぁ、なんとかなりますよ~。あはは」
恰好良く決めたつもりが、汗流しアイコンでごまかそうとする骸骨さん。
熾天使を相手にするという事がどれだけ大変なのか分かっているのだろう。それは他のメンバーに関しても同じことだ。
もしかするとパナップより不利な条件のメンバーも居るのかもしれない。
だとするなら……。
「うん、分かりました! こうなったら全力で走りまくりますよー!」
「おお、よく言ったパナちゃん! おねえちゃんは嬉しい!」
「いつから姉になったんだ~? ん? いや、ということは俺に兄弟が増えた?」
「弟ざけんな!
「それイイですね、何かあったらぺロロンさんを囮にしましょう」
「ひでぇ! ギルド長が魔王になっちまった! 討伐だ討伐!」
騒ぎ出す異形を前に、パナップはギルド加入直後に教えてもらった言葉を振り返る。
『このギルドは馬鹿の集まりだ。多くのプレイヤーから嘲笑されて憎まれて、それでも馬鹿を貫き通そうとする無茶苦茶な奴等が集まったギルドなんだよ』
(弐式さんだったか……いや、建御雷さんだったかな? まっ、どっちにしても……本当にその言葉通りだったとは)
今になって気付くなんて遅過ぎだろ! って自分でも本当にそう思う。
今回の
「あ、でも、
パナップは一番肝心な――最重要案件について思い出し、タブラに問い掛けた。
ところが……隣に居たぷにっと萌えが静かに笑い、死獣天朱雀は深く頷き、ベルリバーは「ん~それは」と言葉を濁し、タブラがその言葉を引き継ぐ。
「そうですね、今は秘密にさせてもらいましょうか。その方が面白いでしょ? ああ、別に戦闘行為に影響するモノではありませんから、モモンガさんも心配しないで下さい。ただ……
「
「は~い」
「面白そうですね~」
「やっぱりそれ使っちゃいますか?」
「いいんじゃない、アイテムなんて使ってナンボでしょ?」
「うん、ボクもそう思う」
「別に二度と手に入らないわけじゃないしね~」
「俺達なら問題無いな」
アインズ・ウール・ゴウンの意思決定ルールは多数決だ。
とは言えモモンガの手慣れた呼びかけに、メンバーから異議が上がる事は無かった。誰もが分かっているのだろう、何をどのように用いるのか……。
何ともなしに手を挙げているパナップ以外は。
「……だそうですよ、パナップさん。後の楽しみにとっておきましょうか?」
「モモンガさん……。あぁ~、ホントにもう~、この人達は~」
駄目だこりゃ。私はまだまだアインズ・ウール・ゴウンの神髄が分かっていない。こうなったら最後の最後まで付き合って、他の誰よりもこの戦いを楽しんでやるしかない。
「いっちょやったりますかい!」
「「おおーー!!」」
威勢よく拳を突き上げて周囲からの拍手をもらうパナップの前では、ちょうど三十人のプレイヤーが
十二枚の白い羽を持つ美しい熾天使は最後まで神々しく、その身が放つ光の束は誰の手にも染まらないと宣言しているかのようである。
さあどうなる
っていうか『スピネル』って何者?
くふー、妄想が捗るよね!