堕天使のちょこっとした冒険 作:コトリュウ
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でもMMO関連はちょっと温度差が激しい気がします。
これはゲーム、……ゲームですからね。
スパイ-1
どんなゲームでも――たとえDMMO-RPGであったとしても――三年もやれば大抵遊び尽くせると思う。
もちろん廃人レベルでレイドボスを狩りまくったり、どうやって倒すのかと苦情が来るほどの
パナップはそこそこ楽しんでいた。
天使族で始めて信仰系
一時期は報道ギルドに所属し、記者として方々を取材したり……。
別のギルドではレイドボス討伐にだって参加して、レアなデータクリスタルを手にする事もあった。
その情報を購入した異形種ギルドは最初の一回で、私達が狙っていた
ギルド長には感謝のメールが――
『うひゃひゃ、ねぇどんな気持ち?! 全ての努力が水の泡になった気分はどう? 俺様の為に貴重なアイテムと時間を使い潰してくれてサンキュー! あっそうそう、三体セットの最後を倒せたから
――本当に素晴らしい感謝のメールが届いたそうだ。
私はそろそろ違う遊びを始めようと思う。
このゲーム『ユグドラシル』では、発想次第で様々な「遊び」が可能だ。そう――かなり悪どい事も出来る。
たとえば……。
◆
「その武器格好イイですね~。
狙いをつけたギルド構成員の中で最も軽そうな――でも決して愚鈍ではない――とある一人に接触し、軽く言葉を交わす。
基本は羨ましがる事だ。
DMMO-RPGを遊んでいるプレイヤーの多くは、自分の武装を自慢したいという想いが強い。
と言うか、どんな破壊力を持ちどんな特殊機能を有していて、どうやって手に入れたのかを話したいのだ――明かしたいのだ――誰かに聞いてもらいたいのだ。
パナップは自然に、それでいて相手が自慢したいであろうポイントを正確につつく。
仲良くなってギルド拠点へと招待してもらう為に……。
「私もいつか拠点を持ってみたいんですよね~」
「おいおい、ソロプレイヤーじゃまず無理だぜ。最低でも城レベルの拠点を制覇しないといけねぇんだからな」
標的として選んだ相手はパナップの夢に呆れているようだ。
俺達には出来るけどお前みたいなソロでは不可能だろうと、まぁ俺たちの拠点を見学して自分の無謀な夢を実感するといいさ――なんて思っているに違いない。
「四階建ての居城ですかぁ。はぁ~、凄い大きさですね~。これだと侵入者に対する備えも凄まじいのでしょうねぇ」
「まぁ~な、以前五十人程度のカンストプレイヤーを追い返したことがあるんだけどよ。その時活躍したトラップってのが、またスゲーんだよ!」
ケラケラ笑いながら、ドヤ顔アイコンと共に当時の活躍を口にする標的A。ギルドに所属してもいないソロプレイヤーに対しては、大した警戒も見せない。
目をキラキラさせれば――そんなエフェクトを装備してはいないが――侵入者に手痛い一撃を与えたという強力なトラップを自慢してくれる。
「これは強力な冷気属性トラップなんだけど費用が凄いんだよな~。あまり使いたくはないけど、鼻っ柱にガツンと一発かましてやろ~ってヤツだよ」
「へぇ~、やっぱり強力なトラップほど金貨が多量に必要なんですねぇ」
こんなの初めて見ました――と言わんばかりに頷き、ギルド拠点の素晴らしさに感動する。もちろんトラップの位置、起動条件、その威力を頭の中にメモしながら……。
「それでこの先に居るのが拠点防衛用NPCだ。さっきの冷気属性トラップに対して侵入者が耐性を付けてきたら、火属性の此奴が襲い掛かるって寸法さ」
「ああ、対極の属性をぶつける訳ですね。なるほど~、単純に強いNPCを配置するだけでは駄目なんですね~」
パナップの相槌は「勉強になります」っと言っているように聞こえる。
実際、先輩面している相手の男は調子に乗り始めているようだ。
炎を纏うミノタウロスのような悪魔型NPCの肩に手を乗せ、設定した火属性の魔法について軽い口がさらに軽く回る。
「そのNPC百レベルなんですか? うわ~、私より強いってなんだか怖いですねぇ」
「お~い、自分の拠点を持ちたいって奴がNPCを怖がってどうすんだよ。ってかうちのギルドには全部で九体の百レベルNPCが居るんだぜ。一人目でビビんなよ」
機嫌が良さそうな笑いを漏らす男に対し、パナップは素早く頭を働かせていた。
この拠点規模に対し百レベルが九体ということは、NPC作成ポイントのほぼ全てを使い切っているのであろう。
課金や特定アイテムの効果によりポイントを増やしている可能性は多分にあるが、この男の装備品から推察するとギルド拠点よりは自分に課金するタイプのようだが……。
まだ情報が足りない。
「百レベルが九体って、それだけで十分防衛出来るんじゃないですか?」
「いやいや無理だって。NPCはAI制御だから対策が簡単に出来るんだよ。役に立つのは初見の相手か、凄いAIを組み込んだ場合だけど……そんなAIを作成出来る奴うちにいねーからなぁ」
男の台詞から、使用されているAIは運営が配布している基本バージョンであると分かった。ついでに配布されている数十種類の内、何を使用しているのかを口から零してもらい頭のメモに加える。
これであと八体。
スキルや魔法の使用属性に装備の内訳、設置されている場所にその意図、加えて行動AIの中身まで分かれば――百レベルNPCであってもマネキンに過ぎない。
突破するのは容易い事であろう。
「しかし、これ程の拠点となると課金の額も凄い事になるんじゃないですか? 私は少しだけなら課金してますけど」
「確かに課金はなぁ~。やればもっとNPCも増やせるし、トラップも増設できんだけどな~。来るかどうかも分からない侵入者の為に課金するのもちょっとなぁ」
今のままでも問題ないから課金は別の目的に使用したい――彼の言いたい事はこのようなものであろう。
分からなくもないが……拠点が突破されギルド武器が破壊されると、全てが終わってしまうのだからしっかり対処すべき所は対処した方が良い。ギルド拠点を打ち滅ぼされ、宝物殿にある全てのアイテムを持っていかれたら目も当てられない惨状となる。
だけど今は都合が良い。侵入者が来るかどうかも分からない――そう思っていてくれた方が有難いのだ。
内情を探ろうとしているパナップにとっては……。
◆
パナップは一ヶ月以上の時間をかけて情報を集めた。
レベル九十のソロプレイヤーとして、将来自分の拠点を持ちたいという夢見がちなプレイヤーとして――パナップはくだらない自慢話に付き合い続けた。
そして今日は全く別のギルド……そのギルド長が居る執務室らしき場所で、新しい遊びの続きを行う。
「突然の来訪にもかかわらず御会いして頂き感謝します」
「ああ、なんか面白そうな話みたいだからな。っと他のメンバーには聞かれないから安心してくれ」
パナップの前――会社の応接室にあるような六~八人用木製テーブルの向かいには、五十人規模(アクティブメンバーはその六割程度だが……)のギルドを率いるギルド長がそわそわしながら座っていた。
今から始まる密談に期待しているようでもあるし不安のようでもある。
「まずはこちらをご覧ください」
差し出したものはマッピングデータだ。
何処かの四階建て居城の内部構造を詳細に表し、トラップの位置までが記載された関係者以外閲覧禁止になるようなものである。
「うおっ、マジかこれ?! NPCの配置まで載っているじゃねえか。なんだよこれ、本物か?」
「もちろんです。それとNPCの詳細は此方に……」
「おいおい、ギルドを抜けた奴から聞いたってんなら意味ねーぞ。周りに言いふらすこと前提で色々配置換えしているだろうし、内部構造もイジるからそんな情報聞いても役に立たねぇ」
ギルドの内部情報は非常に重要なものだ。
故に情報漏れに関しては何処のギルド長も注意しているし、それは辞めていった元メンバーに対しても同じである。
だからこそ気になる――目の前に提示された情報が死んでいるのか生きているのかを。
「大丈夫です、この情報は私自身が入り込んで得たものですから。十回以上拠点に足を運び、現役メンバーから聞いた情報ばかりです」
「マジかよ……」
驚きのアイコンを打ち忘れるほどギルド長は困惑していた。
本物の情報なら、生きている情報なら――美味しくて仕方がない内容なのだ。
中身を晒されている哀れな標的の名は、一年前五十人のカンストメンバーで攻略に挑み撃ち返された恨みのあるギルド名である。逆恨みなのは分かっているが、未だに再戦の機会を狙っていた。
その機会が今、目の前にある。
「マジか~、本当にマジか~。信じらんねぇ。すっげえイイじゃん。マジで!」
「御待ち下さい、重要なのは此処からです。相手の情報が分かってもプレイヤーが待ち構えていては結局のところ負けてしまいます。だからこそ……」
パナップが次に提示したデータは、いわゆる時間割表だ。
学生時代に――誰もが学ぶ機会を得られない厳しい学習環境であろうとも――見かけたであろう横に曜日、縦に時間が記載されたものである。
しかしよく見ると縦の時間は二十四時まであり、所々に何かしらの人数が表示され、一般的な時間割ではないことを示していた。
「これはギルドメンバーのログイン状況です。拠点を攻め落とすなら最も敵の少ない曜日、時間帯を選ぶべきでしょう。無論、あなた方の事情も加味しての事ですが」
ギルド拠点を攻め落とすなら誰もが思いつくであろう。プレイヤーが一人も居ない時間帯を狙えば良い――と。
学生や社会人が主体のギルドでは、平日の午前中なんて誰も居やしない。フリーターや無職、ニートが主体のギルドにとっては餌場のようなものであろう。あっという間に蹂躙される。
ところが『ユグドラシル』の運営は、拠点監視システム・アリアドネに一つの申請機能を追加した。
それは――休眠閉鎖機能。
――休眠閉鎖――
十二時間以上前に申請する事で、ギルド拠点を完全に閉鎖できる機能である。
閉鎖期間中はギルドメンバーであろうと使用できないし、使用していた場合は強制排出されてしまう。
当然攻略も出来ない。
一週間(百六十八時間)の内、規定以上の時間閉鎖してしまうとギルドランキング低下の要因になってしまうが、常識的な範囲なら問題ない。
ちなみに閉鎖が反映されるまで十二時間も掛かる為、ギルド拠点が攻め込まれたからと言ってシステムへ申請しても即座に実行される事は無く、防衛対抗手段としてはまったくの無意味だ。
「私が調べたのは、ギルドの休眠閉鎖時間帯とギルドメンバーのログイン状況です。お勧めとしては月曜日の午前五時から閉鎖される六時までの一時間。この間なら四人、攻め込まれた相手が呼び集めても八人が上限でしょう」
「うわ~、お前何もんだよ。このギルドに何か恨みでもあんのか? ちょっと引くわ~」
先ほどまで喜んでいたはずなのに、目の前のギルド長は呆れ気味である。
遊びなのに何マジになっちゃってんの? と言った心境であろうか。
「ふふ、……お遊びですよ。ただのスパイごっこです。中々面白そうな感じでしょう?」
「あ、ああ、まぁ、俺としては有難い話だけどな。んで? 見返りとして何を希望する? 言っておくが
余程の見返りを希望しているに違いない、でなければどうしてこれ程の情報を――何十日も掛けて地道な作業が必要な苦難の労務結果を――持ってくるというのか。
ギルド一つを確実に潰す為の情報。
それはとても魅力的で危険な香りがする。
「まず一つは、私の存在を明らかにしない事。その情報は貴方自身が、ギルド長自ら集めてきた情報であるとして下さい。それと二つ目、報酬は成功報酬で
「明らかにしないって……逆恨みされるからか? ん~だが失敗したら何もいらんって、俺たちがヘマしたらお前は骨折り損って事かよ。いいのか、そんなんで?」
「はい、その方が私の用意した情報の信憑性が高まるというものでしょう」
パナップは確信していた。ここまでくれば確実であろうと――。
このギルド長が手にした情報を過信し、少ない人数で相手の有利な時間帯に突撃でもしない限り成功するだろう、間違いなく。
「はは、そこまで言われたら失敗する訳にはいかねーな。まっ、任せておきなって。ここまでお膳立てしてもらって返り討ちにでもされたら笑いものだぜ。対策ばっちりで突撃してやる!」
「成功する事をお祈りしています。……では失礼」
全てのデータをその場に残し、パナップは執務室を後にした。
次の標的を何処にしようかなぁ~っと、腹の中で小さく笑いながら……。
◆
新しい遊びは結構上手くいった。
運営がパナップの行為を想定していなかったからか、それとも想定して対処するまでもない普通の事だったからか。
とにかく八回挑戦して五回成功した。
失敗した三回は、情報を渡したギルド長が思った以上に馬鹿だったからに他ならない。人数が集まらなかったからと言って、パナップの提案を無視した少ない人数で攻略に挑むなんて――想定外だ。
まさしく骨折り損のくたびれもうけ三回分である。
「はぁ、苦労した割に成功率はあんまり良くないな~。でもまぁ、私の存在を誰も広めていないからその点では良かったと言うべきか……」
攻略に失敗し無様な敗走を見せたギルド長でも、パナップの情報を外に出す事はなかった。と言ってもパナップの行為を表に出せば、十分な情報を貰っておいて失敗した――己の恥を晒す事になるのだから当然なのかもしれない。
まぁ、潜入していたギルドからは少なからず疑われたが……。
「しっかし、レベル九十だとほんとに初心者扱いで警戒心が薄いな~。装備も
パナップは初心者のソロプレイヤーを演じ、潜入を行っていた。
レベルもデスペナを利用して下げ、装備品もわざわざ弱いもので統一。効果は予想以上だったと思える。
「そんじゃ~そろそろ本命と行きますか」
目の前に広がる光景は昔見たことのあるものだ。
樹海と沼地の混合地帯。気味の悪い巨大カエルの――呪いでも込められていそうな鳴き声が響く場所。
そんな魔界のラストダンジョンとでも言いたくなる様相を見せるのが、危険度最悪の廃人ギルド、アインズ・ウール・ゴウンの拠点――ナザリック地下大墳墓である。
やり方によっては倒せないこともないかな?
外側からが駄目なら、内側から崩していく。
とは言っても、頭の良さそうな人が複数いますからね~。
――無理か?