堕天使のちょこっとした冒険 作:コトリュウ
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はたしてどのように対応するのでしょう。
まともな人が出て来てくれると良いのですがね。
「ウルベルトさんまで! ってかその童話に出てきそうな三角黒帽子の悪役魔法使いみたいな装備は何ですか?」
「何って、記者が来ているのに手の内明かす奴が何処に居るんです? ――そんな事より、今日の俺はそのまま悪い魔法使いなんですよ! 覚悟しろ、堕天使!」
「えっ? 私? な、なんでなんで?」
突然の乱入者は変身アイテム使用済みの道化師と、攻略サイトで手の内晒されまくりの最強魔法使いだ。
しかもマイクしか持っていない堕天使記者に狙いを定めている。
隣でワタワタしているギルド長は役に立ちそうにない、骸骨だし。
と言ってもパナップ自身、化け物集団アインズ・ウール・ゴウンに戦いを挑まれる覚えはまるで無いので、同じ様にワタワタするしかないのだが……。
「うひゃははは、モモにゃっち気付かなかったのかぁ? 俺様が記者を連れてきた時、客人設定にしないで強引に連れ込んできたのは何でだと思うぅ!」
「教えてあげますよ。今現在、記者の設定は部外者――つまり招き入れた後に放置となりPK可能な状態で晒されているって事ですよモモンガさん。取材中の記者をギルド内でPKしたってそいつに記事にされたら、ギルドの悪名も一気に上がるでしょう」
道化師に扮したるし★ふぁーは可笑しくて仕方がないようだ。
格好つけて解説している悪の魔法使いウルベルトの隣で、闘技場の壁をバンバン叩きながら哄笑している。
「うひひ、流石のギルド長も俺がログアウトして気が緩んだんだろう? リアルで連絡取り合ってまで準備していたんだから見破れるはずもないけどなぁ、ひひ」
「なんでそこまで? ぷにっとさんを騙す訳でもないのに……ってもしかしてこの計画は――」
「やっぱりモモンガさんは素質がありますね。ぷにっと萌えさんが注意しろって言うわけです。……でもまぁ、設定変更の時間は与えませんよ。そこの記者はナザリック地下大墳墓第六階層で無残に殺され、その悲惨さを記事にしてアインズ・ウール・ゴウンとギルド長モモンガの悪名を撒き散らすのだ!」
「ち、ちょっ、何で私が悪いことに! ってヤバい! 本気だあの二人、パナップさん私の後ろに」
何が何だか訳が分からないよ。
運良く取材出来たと浮かれていたらPKされそうになっている。
しかも骸骨に庇われているし……。
このままだとデスペナくらってレベルダウンの上、アイテムドロップまでしちゃうよ。
「は、ははは……、やっぱりこのギルドは危険度最悪だ。噂では妻と子供が待っているって言ったらフラグが立つらしいけど」
何のフラグだよ! っとパナップは自分に突っ込んでしまう。
でも、それぐらいしか出来ないのだ。
装備を整えようにも取材用のノーマル装備――いわゆる布の服だし、武器は見た目マイクの最下級鈍器。
そんなまな板の上の堕天使であるパナップの面前では、くねくね動く道化師野郎と自称悪の魔法使いが嫌がらせの展開を始めていた。
「いーっくぜぇ! スキル発動『
「逃がさんぞ! 〈
「いやいや念の入れ過ぎでしょ! どこまでPKしたいんですかあんた達は!」
もはや魔法やアイテムでの逃走は不可能だ。
とは言ってもナザリック自体転移阻害のシステムが組まれているのだから、やるだけ無駄な行為である。なお、モモンガが持つ
それなのに何故?
聞くまでもない――楽しいからだ!
「モンガっち~、骸骨が堕天使を庇っている姿は何か変だぞぉ。まぁ、二対一じゃ庇いようがないと思うけど――」
「ならば二対二ならどうだ!」
闇を切り裂く一筋の希望。
まさにその通りだと、モモンガとパナップは思いを一つにしたに違いない。
気合と共に闘技場へと乱入してきた輝ける騎士は、ウルベルトに睨まれながらも、背後に設置した懐かしいエフェクトをユラユラさせていた。
「そのエフェクト久しぶりに見ましたよ、たっちさん」
「出会った頃の状況に似ていた感じがしたので引っ張り出してきました。ではモモンガさん、ぷにっと萌えさんからの伝言です――『後は頼んだ』」
「ぷにっとさーーーーん!!」
あの諸葛孔明、三度訪問して三度ともぶっ飛ばす。
最強の骸骨は絶叫アイコンを連打しながら、絶対許すまじと決意を新たにしていた。
「あ~ぁ、ぷにぷにの奴裏切ったぜ。どーすんのよウルっち」
「ウルっち言うな。……まっ、別に問題無い。倒す相手が記者から聖騎士に変わっただけだ。っという訳で――るし★ふぁーはモモンガをぶっ倒せ!」
「あのー、私ギルド長なんですけど……」
トレーニングPvP中は
威厳が欲しいと頭蓋骨をポリポリ掻きながら、モモンガは聖騎士の隣に並ぶ。
(別にイイかな。たっちさんとコンビ組めるし……っとその前にパナップさんを逃がさないと)
忘れていた訳ではないが、色々想定外の事があって後回しになっていただけだ。
言い訳では無い――実際にそうなのだから。
故に、振り向いた先に肝心の堕天使記者が居なくても仕方がない。
ぷにっと萌えの指示で、静かに動いていた別のプレイヤーが居たのだから。
「こっちこっち、そこに居たら死ぬよ。急いで」
「はっ、はい。すみません」
どうして私が謝る必要があるのだろうか――それは分からないがとにかく一心不乱に走りに走った。
闘技場の端にある格子で閉じられた入退場口らしき場所へ、触手のような細長いモノをぴょこぴょこ振っているピンク色の粘体が居る場所へ……。
「あはは、色々とごめんね。すぐに外へ連れ出すから許してね」
「はぁ……」
なんて可愛くて綺麗な声なんだろう……ピンクの肉棒の癖に。
堕天使記者パナップは失礼だとは思いつつも、羨望と嫉妬に塗れた本音を胸に溢れさせていた。
闘技場の格子門を開けて、そのまま外に連れ出してくれるピンク色には覚えがある。
攻略サイトで『硬すぎて危険』と記載されていた前衛タンクのプレイヤーだ。
出会ったら相手にしてはいけない。
攻撃しても殆ど効かない上に、一撃後の隙を狙って超遠距離から別の攻撃手が属性爆撃を仕掛けてくるからだ。
かと言って逃げようとすると即死魔法が別の方角から襲い掛かってくる。抵抗しても追加効果でまともに動けない。
その間にピンクの肉棒が迫ってくる。
ただ硬いだけではないのだ。出会った瞬間から完全撃破までのシナリオを組めるプレイヤー。それがぶくぶく茶釜である。
「さ~て、お客様設定にして――っと。一気に一階層まで転移するからね。はい、掴まって」
差し出されたピンクの触手を軽く握り、パナップは背後を振り返る。
四方を石で組み上げられた入退場用通路の先では、見た事も無い閃光と聞きたくもない悲鳴のような爆音が荒れ狂っていた。
恐らくあの骸骨と道化師、聖騎士と魔法使いが楽しく殺し合っているのだろう。
こんなやり取りを日常的に経験しているから、モモンガは強いのだろうか?
ふと考えて――頭を振る。
(もういいや、ここは私が来るような場所じゃなかった。身の丈に合った取材場所を選ぶべきだったよ。うん、そうだね)
自分を納得させて前を向く。
今回の取材は失敗だったかもしれないけど、今後に生かせば良い。
そう自分に言い聞かせ、記者パナップはナザリック地下大墳墓第六階層から姿を消した。
「はい、お疲れ様。ここから先は沼地だけど大丈夫? 物凄く厄介な巨大カエルとか出るけど……」
「大丈夫です、拠点から少し離れればアイテムで転移出来ますから……。あ、あの、私はパナップと言います。有難うございました、ぶくぶく茶釜さん」
石棺が並ぶ墳墓を抜け、横にも縦にも長い石階段を上がると――その先には樹海と沼地を混ぜ込んだような絶対寄り付きたくない深淵の闇地獄が広がっていた。
「あれ? そういえば自己紹介してなかったね。パナップさん今後ともよろしく。今回は問題児と厨二病が乱入してきたけど、これに懲りずまた取材に来てね」
「え、ええ……。よろしくお願いします」
お互いに笑顔アイコンを出し合うものの、その内実は全く正反対であろう。
死地から逃げるように歩き出すパナップと、その死地を居心地の良い拠点にしているピンクの肉棒ことぶくぶく茶釜ではあまりに立ち位置が違う。
そしてもっと立ち位置の違う者も居たりする。
「そこの堕天使ちゃん、ちょっと待ったぁ! この毒沼にはでっかいツヴェーグが出て危ないから送っていくよ。ああ、俺はペロロンチーノ。とりあえずフレンド登録しようね」
「このバカ弟! 底無し沼に沈んでこいやー!!」
ピンクのスライムが迫力ある怒声と共に飛び蹴りをかます光景――それはとても珍しく、記者であるパナップとしてはスクショを撮りたくなってしまう。
蹴り飛ばされて沼地に頭を突っ込むバードマンには悪いと思うけど……。
「あはは、嬉しい申し出ですけど――私、男ですよ。……それではお二人とも、お世話になりました。さようなら」
「ああ、うん。バイバイ」
「ちょっ、男? マジで? 声や仕草から性別を看破できるこの俺が間違えたってかー?!」
「弟、黙れ!」
棘しかない厳しい一声と共に――潰されたカエルが放つ悲鳴のようなものが聞こえるが、この沼地に生息しているというモンスターのものであろう。
私は何も見ていない、聞いていない。
スライムお姉さんに踏まれるのが大好きな鳥野郎なんて、べ、別に珍しいものでもないしね。
性的嗜好は人それぞれだし……。
(さてと、帰ったらどんな記事を書こうかなぁ。……とりあえずモモンガさんは悪の首領にしておこう。このギルドではそんなロールプレイをしているみたいだし――)
パナップはアインズ・ウール・ゴウンが悪のロールプレイをしているのだろうと判断していた。
二人組が襲ってきたのもその一環だろう。
ならばその意向には沿っておくべきだ。
モモンガさんは嫌そうだったけど――まぁ、あの人なら許してくれそうだし大丈夫でしょう。
あとは購読者を増やす為のキャッチコピーだけど……。
――「悪の巣窟で絶体絶命の記者を救う純銀の聖騎士」――
あの聖騎士さんにはファンクラブもあるから上手く利用させてもらおう。
パナップはゆっくりと沼地を進みながら、悪くない取材だったかもしれないと今日一日を振り返るのであった。
◆
「うっひょー! モモりん、前より強くなってね? このままだと、俺ヤバくね?」
「なにやってんだ、るし★ふぁー! 押し切るぞ!」
吐き出す台詞の割には、嬉しくて仕方がないように笑い声を上げる道化師。
悪役ロールプレイ口調のウルベルトが放つ発破にも、モモンガを弾き飛ばして答え、自身が劣勢に立っているような素振りすら見せない。
ここはナザリック地下大墳墓、第六階層円形闘技場。
ギルドメンバーが行うトレーニングPvPという名の――殺し合い真っただ中である。
「そんな事言っている割には余裕じゃないですか。外観を遊ばせていてもオーバーロード対策はしっかりしてきたんでしょ?」
「もっちもちよっ! 本番はこれからだぜ!」
「モモンガさん、もう少し堪えて下さい! 今邪魔者を倒して駆けつけますからっ」
「邪魔者とは言ってくれますね。――行かせる訳ないでしょ、たっちさん!」
事前に対策済みのるし★ふぁーにとって、モモンガはそれほど怖くない。
じっくり時間を掛ければ、道化師の変身を解くまでもなく勝利へ辿り着けるはずだ。
一番の問題はたっち・みーだが、ウルベルトが時間を稼ぎながら抑えてくれているので問題は無いだろう。
そう――いつも通りならモモンガの惜敗で終わりそうな光景であった。
いつも通りなら……。
「スキル発動『
瞬間、モモンガの背後に十二の時を示す時計が浮かび上がった。
そして魔法を発動させる。
「〈
モモンガを中心として円形闘技場全体に、女の絶叫が波紋のごとく広がり満ちる。
それはあまりに強力な即死の効果を持った叫び声。
当然、るし★ふぁーとウルベルトも逃げ場なく範囲の中に飲まれてしまう――全く焦る様子も見せないままに。
「ざーんねん、モモンちゃんの切り札は対処済みだよぉ。蘇生アイテムはこの通り」
「分かっているだろうに……何故です?」
十二秒以内に蘇生系アイテムを使用しなければ逃れる事の出来ない――初見殺しの切り札ではあるが、仲間内で通じるはずもない。
だからこそウルベルトからは訝しげな台詞が発せられる。
そう――モモンガは分かっていて使用したのだ。
「このトレーニングPvPはいつも通りデスペナ無効ですけど、アイテム消費は有りに変更しちゃってますよ。この勝負を始める前にギルマス権限で」
「「は?」」
針が六秒を通過した時、道化師と悪の魔法使いは悟った。
ギルド内で行うトレーニングPvPではデスペナ無効はもちろん、アイテム消費も無しになっているのが通例――無論、アイテム効果は勝負後に全て無効――である。
高価なアイテムの効果を確認したいが消費するのは勿体ない。それは全プレイヤーの要望であり請願だ。
だからトレーニングPvPと言えばアイテム使い放題が常識なのだが……。
「きったねぇー!! このままじゃ蘇生アイテムの無駄遣いじゃん! つっても使わねえと負けちまうー!」
「どちらでも構いませんよ。私とたっちさんは勝っても負けても何も失いませんから」
「ぐっ、たっちさん。最初からモモンガさんの意図に気付いていたから、何もアイテムを使わなかったのですか?」
「おや、ウルベルトさん――」
ちょっと遅かったですね――たっち・みーの最後の言葉が放たれるより先に、時計の針は一周を終え、再び天を指す。
その瞬間、世界が死んだ。
るし★ふぁーとウルベルトも死んだ。
――少し遅れてトレーニングPvP終了の表示が円形闘技場に流れる。
「毎回これじゃ身がもちませんよ……」
ついでにギルド長の愚痴も流れた。
◆
ここはナザリック地下大墳墓第九階層、円卓の間。
「あ~ぁ、なんかズルくね? せっかく色々準備して、ウルっちと作った新作外装の御披露目をしようとしたのに~」
「その宣伝も兼ねて記者をPKしようとしたのですか? やめて下さいよ、私が悪の首領扱いされてしまいます」
「それも目的の一つだったんですが……。それにしてもトレーニングPvPの設定を弄るのはどうかと思いますね」
「相手の都合も考えず、ギルド長と無抵抗の記者を襲った二人が何を言っているのですか? 正義に反する行いですよ」
「まぁまぁ、たっちさんが間に合って良かったよ。二人が暴走すると手に負えないから協力しつつ制御しようと思ったんだけど、何とかなったみたい――」
「聞いて聞いてー! 弟が男をナンパしてたよー!」
「いやちょっとねえちゃん、違うって!」
「おや、エロゲーイズマイライフと言っていたのに男とは……。いや、その設定はなかなか面白いかも――う~ん、これもギャップの一種と言えば一種なのかもしれない」
「おとこねぇ……。となると男の娘用メイド服が必要ですね。はい、分かってます。ペロロンチーノさんの気持ちは十分に理解してます。気合を入れてデザインさせて頂きますよ!」
「それじゃ~、俺は男の娘用AIを創るとしますかぁ。元気タイプとおどおどタイプのどっちにする?」
「絶対おどおどタイプの男の娘がイイ! それで巨大樹に連れ込んで着せ替え大会しよっ! ね!」
「あ、ボクは別に……興味が無い訳じゃない……けど、ど、ど……」
「教師にあるまじき目の輝きだね――でもまぁ協力するよ。男の娘に似合いそうなアイテムなら宝物殿で見かけた気がするし……」
「商人ギルドにも声掛けてみる? 面白そうな装備があるかも――」
「いやいや、この前葉っぱのマントを作ってみたんだけど……どうかな? 葉の一枚一枚に葉脈を表現させて、裏表の造形まで完璧に――」
「ちょっと待ってください。大事なのは大浴場に入るとき男湯なのか女湯なのかでしょう? それによって設計変更も有り得ます」
「ちょっと皆さーん、話の方向性が危険な感じになってますよ~。それより新しいNPCを創るのですか? ペロロンさんの二人目? ポイントならまだ有りますから決を採りましょうか」
「だめだめ、弟のNPCにしたら可哀そうよ。ん~と、アウラの双子にしようと思うんだけど――どうかな? モモンガお兄ちゃん♪」
「「げふっ!」」
この日から数週間後、第六階層に二人目の拠点防衛用NPCが誕生した。
骸骨とバードマンの犠牲のもとに……。
これにて取材は終わりです。
しかし堕天使の小さな冒険はこれからも続いていきます。
危険度最悪のギルドと少しばかり関わり合いながら。