覇王炎莉のちょこっとした戦争   作:コトリュウ
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やってきました最終回!
毎日更新の全22話。
最初からリアルタイムで閲覧できた人はいるのでしょうか?

更新が早過ぎて困る――なんて言われたい今日この頃です。

さてエンリ将軍の演説。
とくとご覧あれ!



第22話 「血濡れの覇王」(最終話)

 豪華な客室で一人、エンリはアインズ・ウール・ゴウンの紋章が刻まれた蔦型のサークレットを眺めていた。

 

(あ~うぅ~、どうしよう、ホントどうしよ~)

 

 ゴウン様の名代として恥じない働きを! そんな気構えを持ってビーストマンと戦ってきた。だけど昨日の入浴あたりで緊張の糸が切れてしまったのだと思う。

 今はもうすっかり普通の村娘だ。

 万を超す群衆の前へ身を晒し、口上を述べるなんて度胸はどこにも無い。

 

(でもでも、行かないとぉ。ゴウン様に迷惑が……)

 

 竜王国国民の前に姿を見せるなら、それ相応の態度と演説が必要だ。でなければ魔導王陛下の威信にかかわる。だが何もしないのはもっと問題であろう。

 エンリは血濡れ鎧のままベッドに腰掛け、何とか己を奮い立たせようとし――突然、パタリと横に倒れ込んだ。

 

 ――〈抵抗突破力上昇(ペネレート・アップ)睡眠(スリープ)〉――

 

 強力無比な眠りの魔法をその身に受け、エンリは静かな寝息を立てはじめる。

 そんな彼女の前に現れ、ひょいっとサークレットを取り上げたのは山羊頭の悪魔……ではなく、埴輪顔の軍服男であった。

 

「(儚き人間のお嬢さまっ、後はお任せください)」

 

「(……パンドラ様、お伺いしてもよろしいでしょうか?)」

 

 エンリ以外誰もいなかったはずの部屋に、ツルっとした卵型の顔を持つ軍服姿の男が一人。そしてエンリの傍からは、一目で忍者と判るモンスターが姿を現していた。

 軍服の人物は、ナザリックの宝物殿領域守護者“パンドラズ・アクター”であり、忍者型モンスターは、エンリとンフィーレア、ルプスレギナ及びハムスケに一体ずつ配置されていた隠密護衛“ハンゾウ”である。

 

「(これはこれは……護衛の任、御苦労様ですハンゾウ殿。で何か?)」

 

「(勿体無い御言葉ありがとうございます。それでですが、私の任務は“実験体エンリ・エモット”の護衛となっております。ですので)」

「(ああ、御心配無く。“実験体”は眠らせただけで、危害を加えるつもりぃなど微塵もありませんっ。私の目的は、父上たるアインズ様に息子としての成長をお見せすることなのです!)」

 

「(成長……でございますか?)」

 

「(そうっです! 息子は父を超えるもの、とアインズ様は仰いました! 無論、アインズ様を超えるぅなど天地がひっくり返っても有り得ぬことっ! なれどそれぇは成長を否定するものではありません! 故に私はっ父の想像を超える“何か”を成すことによって、息子としての成長を見せんとしているのですっ!)」

 

 シュバっとマントを振り払い、パンドラは力説する。

 その内容はハンゾウにとって意味不明ではあったが、アインズ様にとって益のあることなのだろうとは推測できた。だから邪魔をするつもりなどまったく無く、むしろ何を成そうとしているのかを知りたいほどである。

 

「(では、パンドラ様は今から何を?)」

 

「(ふふふ、舞台の幕が上がろうとしているのですから、俳優(アクター)として颯爽と登場しないわけにはいかないでしょう)」

 

「エンリィ、もう一言挨拶するだけでイイって女王様も言っているからさ。顔だけでも出そうよ。ねっ」

 

 扉の外からは実験体の恋人である人間の声が聞こえてくる。

 ハンゾウはチラッと扉の方を一瞥し、「パンドラ様の魔法で眠らされたのだから、いくら声を掛けても無駄だろうに」と軽く同情していたのだが、

 

 ――視線を戻した先で、我が目を疑う羽目へと陥っていた。

 

「(変身、エンリ・エモット)」

 

「(パ、パンドラ様?)」

 

「(ハンゾウ殿はっそのまま任務を続けてください。私は舞台へと行ってまいります。あぁそうそう、外見だけなら血濡れ装備同様サークレットもコピー可能なのですが、さすがに父上の紋章を偽装するのは気が引けます。なのでサークレットはお借りしていきますよ。ではっ)ンフィー、大丈夫よ。今行くわ」

 

 ハンゾウの前を通り、扉の外にいる人間に声を掛けたのは、血濡れ装備を着込んだエンリ・エモットその人であった。当然声も本人ソックリであり、思わずベッドで眠りこけている本物を確認したくなる。

 

「(いってらっしゃいませ、パンドラ様)」

 

「エンリ?! ええっと、イイの? 無理してない?」

 

「なに言ってるのよンフィー。貴方が出てこいって言ったんじゃない」

 

「あ、そ、そうだね。ごめん」

 

「さっ、バルコニーまで連れていってちょうだい。妻のエスコートは夫の役目でしょ?」

 

「ふえっ? そ、それって?」

 

 ンフィーレアは訳も分からず恋人の手を取り、竜王国王城の通路を歩き進んだ。

 エンリの手を握るのは初めてではないはずなのに心臓は酷く高鳴り、顔まで熱くなる。軽く恋人の姿を覗き見れば、相変わらずの勇ましき戦乙女。真っ赤な血濡れ装備に黄金のサークレット。そして十代半ばの美しき少女が優しく微笑む。

 ンフィーレアとしては、バルコニーに着くまでの一時が夢の時間に感じられたのではないだろうか。

 ただ……、薬師少年は不思議そうに恋人の背後を見る。

 

 一目で上質だと判別できる真紅のマント。

 

 雨避けマントは行軍中にも使用していたが、あんなに高貴で上物の、魔法でも込められていそうなマントをエンリは持っていただろうか? とンフィーレアは己の記憶を遡ろうとしてしまう。

 

「さぁ、ンフィー! 私の大舞台よ、しっかり見ていてね!」

「うん! もちろんだよ!」

 

 バサァァ――っとマントを翻す、恋人の勇壮なる姿を見てンフィーレアは思う。「まぁ、マントの一つぐらいどうでもイイか、カッコイイし」と。

 

 

 ◆

 

 

 その日は竜王国にとって歴史的な一日であった。

 開放された王城の中庭には溢れんばかりの国民が押し掛け、はみ出た者たちがバルコニーの見える場所を確保しようと立入禁止の区域にまで入り込む有様だ。

 城壁の上にも兵士と一般市民が混在し、今か今かとその時を待っている。

 

「うむむ、エンリ将軍はまだなのか? これで出てこないとなると、国民の気力が洒落にならないところまで落ち込んでしまうぞ」

 

「現在、バレアレ殿が説得に当たっております。まぁ最低でも顔を出して、手を振ってくれるなりしていただければ助かるのですが……。うちの陛下ではどうにもなりませんしね~」

 

「おいこらっ、宰相の立場を忘れているのか! 私は女王なんだぞっ!」

 

「あ、形態はそのままでお願いしますね。エンリ将軍には幼い女の子で通っているんですから」

 

 竜王国の女王はいつものように「形態言うなっ!」と突っ込むつもりだったのだが、場の空気がそれを許さなかった。

 一瞬にして静まり返る王城中庭。

 カツンカツンっと鳴るのは血濡れの鉄靴(サバトン)――材質は鉄ではないが――だろう。

 誰もが一言も発せず、バルコニーに現れるであろう伝説を想像しゴクリと喉を鳴らす。

 

 来る。

 もうすぐ。

 あと数歩。

 

 期待に満ちた瞳の前に、最強無敵の血濡れ将軍が――

 

 カツン!

 バサッ!!

 

 踵を打ち鳴らし、真紅のマントを派手にはためかせて姿を現した。

 

「「「うおおおおおおおぉぉおおおぉぉおおあああああぁぁ!!!」」」

「「あああああ!! うわああああああぁぁ!!!」」

「「おおおおおおうおぉぉ!! おおおおおおおおお!!!!」」」

 

 声にならない声が場を満たし、誰もが思いの丈を爆発させた。

 本来ならエンリ将軍の名を叫び、感謝の言葉を添えるつもりだったのだろうに。それが一瞬にして崩壊だ。

 真紅のマントを纏った真っ赤な鎧の英雄様。

 可憐な少女でありながらビーストマンを打ち倒した救世主。

 アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の紋章が刻まれたサークレットを頭上に備え、勇猛なる魔獣とゴブリン軍団を指揮する稀代の大将軍。

 もはや言葉では言い表せない存在だ。

 感謝の気持ちなどは、魂を捧げるつもりでなければならない。

 群衆の中には、救国の英雄様がどの程度の人物なのか――を見定めようとする者達も少なからずいたはずだ。それなのに一目見た瞬間、神を崇めるかのごとく涙を流して絶叫する。

 救国の英雄は英雄ではなかった、神であったのだ。

 

「静まりなさい」

 

 神が片手をあげると同時に静寂が訪れた。

 兵士や一般市民はもとより、貴族や王族、ゴブリン軍団やハムスケ、女王すらも信徒の如く崇め奉る。

 ちなみにルプスレギナまで真剣そのものだ。いつものふざけた感じは一片も無い。

 

「この場に集う全ての者たちへ告げる。我はアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下の命により竜王国を救った、血濡れの覇王――エンリ大将軍である」

 

 大声でもないのに、誰もがその御声(みこえ)を頭の中で感じていた。

 まるで神託であるかのように、神に包まれているかのように、竜王国の国民はもう祈りを捧げることしかできなかった。

 なお、「王なのか将軍なのかハッキリしろ」とか「自分で大将軍って」「口調が変だぞ?」なんて突っ込みを入れているのは、どこかの骸骨魔王様ぐらいしかいないのであしからず。

 

「竜王国の臣民達よ、そなた達は選ばれた。魔導王陛下の加護を受けるに値すると選ばれたのだ。故に何も恐れる必要はない。汝らは常に勝利し発展する。今日この時から未来永劫、汝らに敗北が訪れることはない。勝利と栄光……魔導王陛下の加護ある限り、竜王国は楽園となるであろう」

 

 神のごとき存在に直接言葉を掛けられ、選民意識を植えられる。それが幸なのか不幸なのかは分からない。ただビーストマンの胃の中よりはマシだろう。

 

「我が声を聴きし全ての存在よ。我が父、魔導王陛下を崇めよ。魔導王陛下に命ある身を感謝し、幸福に満たされながら天寿を全うせよ。死に至るその時まで魔導王陛下へ祈りを捧げ、死した後は肉体を捧げよ。父上の為に生き、父上の為に死に、父上の為に蘇るのだ。理解する必要はない、汝らは幸せに包まれながら意図せずして魔導王陛下のお役に立てるのだ。臣民達よ幸福なれ、今日からそなた達は父上の、魔導王陛下の加護を賜るのだ」

 

 祈らずにはいられない。

 膝を突いて崇めなくては己の魂が許さない。

 それは神からの御言葉。

 巫女や神官など一部の者が独占していた神託。

 竜王国の女王ですら涙を流さずにはいられない。己が知る最強の生命体――竜王(ドラゴンロード)である曽祖父――よりも遥かに強い存在を前にして、女王の立場など投げ捨てたくなる。

 最初に出会ったときのエンリ将軍は、強者足り得ても絶対者ではなかった。

 それなのに今は、神の領域へといたる至高の存在。

 身を置いているバルコニー全体が、神域となって輝いているようにすら見えてくる。

 

「さて、竜王国の臣民諸君。我が偉大なる父、魔導王陛下は近いうちにこの地を訪れることになるだろう。その時、皆には正式な挨拶で歓迎の意を示してもらいたい」

 

 正式な挨拶……神から正式と言われたならば、誰が拒絶するというのであろうか。

 一挙手一投足を見逃すまいと、瞬きすら忘れてしまう。

 

「それはこうです――――敬礼!」

 

 カツンッと踵を打ち鳴らし、ビシッと右手を頭の右斜め前へ添える。直立不動で指先は真っ直ぐ、右ひじは高く身体の横へ。

 それはまるで神が降臨した神像のごとく神聖で神々しく、人の世では創り出せない天界の宝物であるかのよう。

 この姿の前では、骸骨魔王すらも頭を抱えてのた打ち回るに違いない。

 

「さぁ、臣民諸君。我が姿を真似るのです――――――敬・礼!!」

 

 そのとき、生命体は進化した。神から正式な挨拶を授けられ、一段進化の階段を上がったのだ。

 見れば、視界に入る全ての者たちがエンリ将軍と同じ敬礼をしていた。

 幼い子供から老人、ゴブリンや竜の血を引く女王、そして魔導王陛下の忠実なるメイドまで。事情を知らないものがこの光景を視界に収めたなら、あまりの異様さに脱兎のごとく逃げ出しただろう。

 まぁ、事情を知っている骸骨魔王様でも逃げ出したくなるのであろうが……。

 

Exzellent(素晴らしい)! これならば挨拶の言葉も覚えられるでしょう。よく聞きなさい、魔導王陛下の忠実なる(しもべ)達よ。父上への拝謁が叶ったときは、このように挨拶するのです!」

 

 血濡れの鎧を纏うエンリ将軍は、真紅のマントを大袈裟なまでに跳ね上げると、再度見事な敬礼を行いつつ神言を啓示する。

 

Wenn es meines Gottes Wille(我が神のお望みとあらば)!!」

 

 

 

 伝説に残る一日であった。

 竜王国にとっては救国の日であり、救世主誕生の日であり、神降臨の一日であったのだ。

 今日この日、神の姿を見た者達は例外なく、敬礼をしながら幾度も未知の言葉を叫んだ。涙を流しながら、感謝を捧げながら……。真っ赤な神の姿を瞳に焼きつけようと仰ぎ見て……。

 

 ただどこかの大墳墓では、精神的動揺を受けぬはずの骸骨魔王様が瀕死状態であったという。

 部下に心配されながらも当人は「だだだ、大丈夫だ、問題ない。だがなんでアイツが?」と口にするばかり。

 いったい何があったのか? 疑念は尽きない。

 

 ちなみに翌朝慌てて起きてきたエンリ将軍は、敬礼する恋人を見て「なにそれ?」と、のたまったそうな。直後にルプスレギナによって部屋へ連れ込まれ、しばらく二人で話し込んでいたようだが……。

 こちらも何をしていたのやら。

 エンリ将軍の神のごとき気配が静まっていたことと、何か関係があるのだろうか? 謎は深まるばかりである。

 

 

 ◆

 

 

 竜王国の復興速度は尋常ならざるものであった。

 国民の意識が非常に高く、誰もが完全なる復興を信じてやまず、ビーストマンを含む外敵への対応に国力を割く必要が無かったからであり、且つ多くの支援を受けることができたからだ。

 最も比重が高かったのは、魔導王陛下が送り出したエンリ将軍を筆頭とするゴブリン軍団と力仕事専門のアンデッド部隊、及びバハルス帝国からの復興支援物資であっただろう。

 中でもエンリ将軍は、滞在中の食糧や諸費用を竜王国側で負担してくれることを理由に、救国の英雄でありながら市民と一緒に汗を流す毎日である。食糧支援は当初の約束事であったのだから復興にまで全力を傾ける必要はないと思うのだが、それはそれ。

 英雄が英雄と呼ばれるには、それ相応の理由があるのだ。

 

 ビーストマンらは国として、特に大きな騒動は起こさなかった。

 新たな王を中心にして拠点である神殿に集結しているとのことだが……、個体数が大幅に減ってしまったからこそ、種としての存続を危惧して身を寄せ合おうとしていたのかもしれない。

 ともあれ南方からは牛頭人(ミノタウロス)どもが入り込んでいるらしいので、近々一戦やらかす可能性は高いのだが……。

 まぁ、竜王国にはなんの影響もないだろう。ビーストマンに限らず、神の加護を得た竜王国には誰も手を出せないのだから。

 これは理想でも願望でもない。

 純然とした事実なのである。

 

 

 

「エンリ将軍が男であったなら、強引にでも妾にしてもらうのに……残念だ」そう語ったのは、見送りに来ていた幼女、竜王国の女王陛下であった。

 エンリ達一行は数ヶ月に渡って竜王国の復興に尽力し、そして今日、カルネ村で大規模に展開していた畑の収穫時期がやってきたので、帰還することとなったのである。

 予定通りの行動であるとはいえ、長期間寝食を共にしてきた――そう、何故かエンリと女王は同じベッドで仲良く寝起きすることが多々あった――女王陛下と別れるのは辛いのであろう。

 エンリと女王は姉妹の如く抱き締め合い、別れを惜しむ。

 なお、帰還の式典は既に済ませてあり、国中の人々から膨大な花吹雪と涙ながらの感謝を浴びていたので、国境付近まで見送りに来ていたのは女王と近衛の者達だけである。

 余談だが、許可するといつまでも付いてきそうな熱狂者達を、少しばかり強引に押し留めてきたのは仕方がないことであろう。

 

「私はカルネ村へ帰りますが、竜王国には魔導王陛下の加護があります。不安を感じる必要はありません。何かあれば私とゴブリン軍団が駆けつけます。……それでは」

 

 後ろ髪をひかれる想いでエンリは軍団を進めた。

 そんな血濡れの覇王率いる最強ゴブリン軍団を、竜王国の重鎮たちは見事なまでの敬礼で見送るのでありましたとさ。

 

 

 

「はぁ……」

 

「……? どうしたのさ、エンリ。疲れたの?」

 

 ンフィーレアは、精強なる魔獣の上で浮かない顔をしている恋人へ声を掛けていた。

 

「う~ん、なんて言ったらイイのかなぁ。国を滅亡から救ったのは確かだけどさ、竜王国の人たちは私を英雄どころか神様みたいに扱うし、ちょっと変だな~って」

 

「ま、まぁ、それだけ感謝してるってことだよ、うん」

 

「そうそう、エンちゃんは胸を張っていればいいんすよ。“血濡れの覇王様”なんすから」

 

 カッポカッポと動物の像(スタチュー・オブ・アニマル)戦闘馬(ウォー・ホース)をゆっくり歩かせながらルプスレギナは恋人たちの会話へ割って入る。

 エンリが嫌がっているであろう一言を添えて。

 

「それですそれ! “血濡れの覇王”ってホントに私が言ったんですか? 将軍呼びだけでも頭が痛いのに~。おまけにゴウン様を父上ってっ! なんでそんなことをー! そ、それにあの敬礼だって~」

 

「ホントっすよ、全部エンちゃんが言ったしやったんす。色々追い込まれた挙句、盛大に爆発しちゃったんすよ。あ~ぁ、可哀想なエンちゃんっすね~。ンフィー君が慰めてあげるっすよ」

 

「は、はい! もちろん!」

 

 エンリが部屋に立て籠もったあの日、相当に混乱していたのは確かだ。だから僕のことを『夫』って呼んだりしたんだよね~、とンフィーレアとしては嬉しかったはずなのに残念な気分になってしまう。

 竜王国にいる間もエンリが仲を深めたのは女王様とで、僕とじゃない。

 故にンフィーレアはカルネ村への帰途を誰よりも喜んでいたのだ。

 

 

 

「姐さーん! エ・ランテルに寄り道するなら、この辺りで進軍方向を変える必要がありますぜ。どうしやすか?」

 

「ああ、もうそんなところまで。そうですね~、せっかくだから買い物でも行きましょうか? レイナースさ……」

 

 気が付けばもうエ・ランテル近郊だ。

 ジュゲムからの問い掛けに応え、エンリは仲良くしていた帝国の女騎士へ寄り道の同意をもらおうとするが、そういえば朝一番で帝国へと去っていったのを忘れていた。

 朝食後に涙を浮かべて抱き締め合ったというのに……、気が緩んでいる証拠であろうか?

 

「え~っと、どうしようかなぁ? 少人数だけで寄り道して必要なモノを買い込んできてもらおうかな? ねっ、ンフィー」

 

「そう、だね」

 

 現在のエ・ランテルは魔導王陛下が統治しているので、ゴブリンが買い物へ出向いても何ら問題は起きない。だからエンリは、ジュゲム達にカルネ村では入手できない希少な素材などを買い込んできてもらおうと思ったのだ。

 ンフィーレアに声を掛けたのは、そんな希少な素材を扱うのがリィジーさんぐらいだからなのだが、当の優しき恋人は何かの覚悟を決めたかの如き剣幕で答えてくる。

 

「けけけ結婚式に必要なモノとかっ! いい今のうちに揃えておいた方がイイもんね! そそそう、そうだよね! エンリ!!」

 

 四散爆裂しろ、とどこかの魔王様なら突っ込むかもしれないが、ゴブリンたちは密かにグッと拳を握った。

 ルプスレギナは「やるっすねぇ」といやらしい笑みを浮かべて高みの見物。

 ハムスケは「ほほぉぅ」と羨ましそう。

 そしてエンリは――

 

「あれっ? 誰と誰が村で結婚式を挙げるの? いえそれより村長の私が知らないって?! えっ? もしかしてブリタさん? 私が竜王国へ行っているあいだに誰かイイ人が?!」

 

 このとき、エンリは心臓掌握(グラスプ・ハート)でも使用したかのようにンフィーレアの心臓を握りつぶした。

 もちろん比喩である。

 実際は、馬上にて「ははは、う~ん、だれだろ~ね~、あはは」と涙声で呟く天才薬師ンフィーレア・バレアレの哀れな姿があるのみ。

 状態異常によりステータスが低下しているのであろう。

 回復にはしばしの時間が必要だ。

 

(はぁ……、結婚式かぁ。ぅ~、ンフィーったら人のことより私たちのことを考えるべきなんじゃないのかなぁ? いつになってもプロポーズはしてくれないし、遠征中は二人っきりになってもさっさと寝ちゃうし。女王様とレイナースさんは女のほうから積極的に仕掛けるべきだって言ってたけど、それってどうなのかな~? ンフィーに嫌われたら意味ないしなぁ。ルプスレギナさんに相談……は止めとこ)

 

 一応名誉のために言っておくが、ンフィーレアはさっさと寝てなんかいない。むしろ興奮して寝られないくらいだったのだ。

 しかしながら必死に心を静めて決断したときには、エンリのほうが爆睡。またはルプスレギナがわざと覗きを見つかりにいったり、エンリがレイナースや女王様のところへ行ってしまったりして擦れ違いばかりだったのだ。

 決してンフィーレアがヘタレだったわけではない。

 むしろビーストマンの血飛沫を浴び、死臭に満たされてなお、最後の最後までエンリ将軍に付き従ったのだから、その根性は凄まじいモノがあろう。

 エンリへの愛も、口先で語るようなまがい物ではないのだ。

 

 ただどこかの骸骨お父さんが、彼のラックを下げる超位魔法でも使用していたのだろう。

 うん、そうに違いない。

 絶対そうだ。

 

 だから負けるなンフィーレア! 頑張れンフィーレア! 

 実戦使用せずしてアレを失くした骸骨魔王様の嫉妬なんかにくじけるなー!

 

 君と血濡れ将軍の未来には、血生臭い死臭混じりの地下大墳墓が待っている!

 

 

 ◆

 

 

 村へ戻った私ことエンリ・エモットは村人総出で出迎えられましたが、その中に山小人(ドワーフ)やら吸血鬼(ヴァンパイア)やら堕天使やらが増えていたのには驚いてイイのか戸惑うべきなのか、普通に挨拶してしまう自分の神経にビックリでありました。

 加えて、村が多量のマジックアイテムで整えられていたのには唖然としてしまいます。

 〈永続光(コンティニュアル・ライト)〉式街灯、魔法のランタン、無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)冷却の容器(デキャンター・オブ・リフリジレイト)湧水の蛇口(フォーセット・オブ・スプリングウォーター)などなど……。

 ネムが魔導王陛下におねだりして設置してもらったらしいのですけど、いやちょっとゴウン様、なにしちゃってくださいやがりますのん。

 戦争中、ゴウン様の力をお借りすることに悩んでいた私っていったい……。

 ネムが戦闘訓練(チャンバラ)で使用していた忍刀は堕天使さんから貸してもらったモノらしいですけど、いやそれって私の血濡れ装備より上等なんじゃ?!

 ユリさんが心労で倒れそうですから止めてあげてほしいです。ホントにっ!

 

 でもまぁ、カルネ村周辺の畑は見事なまでの実りを見せていて、それに関しては感謝の言葉もありません。

 これでゴブリン軍団を含むカルネ村の食糧問題は解決です。あとは復興当初にお借りしていた食糧及びレンタルゴーレムの利用料金を返却するのみ。これも余剰食糧の売上金をお渡しすることで解決するでしょう。

 未来はとても明るい、と言えますね。

 それもこれもゴウン様の御蔭です。

 

 本当に……偽装騎士の剣で背中を斬られたときには、思いもしなかった光景です。

 柵ではなく防壁と言える二重の外壁。

 数百人収容可能な巨大集会所に数多の家屋。

 中央広場には魔法で水を循環させているゴウン様像付きの噴水。

 村の中を行き交うは、死の騎士(デスナイト)骸骨(スケルトン)小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)石の動像(ストーンゴーレム)山小人(ドワーフ)蜥蜴人(リザードマン)吸血鬼(ヴァンパイア)、堕天使、人間、メイドさん。

 

 そして愛しい妹と……愛すべき旦那様。

 

 はいそうです――私、エンリ・エモットは、結婚して“エンリ・バレアレ”になりました。

 

 でもやっぱり、エンリ・バレアレは大変です。

 とてもとても……とぉ~っても大変なままなのです。

 

 

 【おしまい】

 




さて皆様、お疲れ様でした。
エンリ将軍の活躍劇は如何だったでしょう?

現地勢相手にはちょっと強過ぎる軍団でしたかね。
まぁそれでもビーストマンは頑張った。
色々妙な出来事はありましたが、結果オーライでありましょう。

それにしても……。
カルネ村はどうなっていくのでしょうねぇ?
末恐ろしいです。





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