覇王炎莉のちょこっとした戦争 作:コトリュウ
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ビーストマンの死体も生体も大量ゲットだぜ!
ちなみに回収したビーストマンの死体は数日後、
迷惑な話ですね。
ってか、こんな化け物連中相手にどないせっちゅーねん!
ほんまにもぉ!
戻ってきた暗殺隊による報告は、相変わらず常識を逸脱していた。
曰く、都市内にビーストマンの姿なし。
曰く、百体ほどの
曰く、多量の血痕が都市全体で確認されたものの、ビーストマンの死体は一体も見つからず、埋葬や焼却の痕跡もなし。
曰く、ビーストマンが都市奪還に舞い戻ろうとも、落とすことは不可能と思われる。
エンリはただ、深いため息を吐くことしかできない。
「やっぱりここと同様に、シャルティア王妃様が片付けてしまったのね。でも……、ビーストマンの死体を大量に持って行ってどうするんだろ?」
少し前に実験とか餌とか聞いたような気はするが、それならあれほど大量に必要とはしないだろう。
それに実験なんて……。
エンリには雲霞のように消えてしまった死体の山がどのように活用されるのか、まるで見当がつかなかった。
「ほほっ、それ以上の詮索は御身のためになりませんぞ、エンリ将軍。我らは目の前の戦いにこそ全力を傾けるべきかと」
「そ、そうですね軍師さん。ではまず……」
軍師としてはあまり深入りしてほしくないのだろう。魔導王陛下を始め、シャルティア王妃や引き連れているアンデッドたち。それら全てがゴブリン軍団の脅威であり、エンリ将軍に害をなせる圧倒的強者なのだ。
余計な秘密を知ってしまい、エンリ将軍に危険が及ぶなんて、軍師としては絶対に回避したい事案である。
既に首まで浸かっており魔導国軍の一翼として認識されてはいるが、できることなら取るに足らない亜人の部隊である――と無関心でいてほしい。だけどあまりに興味を持たれないとゴミ同然に排除されたりするので、匙加減が大事ではあるが……。
エンリは軍師と協議を行い、ゴブリン軍団を十に分割した。
部隊を小分けにして掃討戦を行うつもりなのだ。範囲は副首都から国境の砦まで。森の中や洞窟などに隠れている敗残のビーストマンを駆除し、今後の安全性を確保することが目的である。
部隊の拡散は各個撃破が懸念されるため普通は行わないが、現状ビーストマンの大部隊は確認されていない。度重なる敗退で自国拠点へ逃げ戻ってしまったのだ。
後は逃げ遅れたビーストマンを探し出して潰すだけ。それだけの簡単なお仕事である。
「副首都から出発し広範囲を捜索駆除。再合流は国境の手前、砦が目視できる程度の位置にしましょう。シャルティア王妃様の話では、崩れた国境砦にビーストマンが住み着いている、とのことですから注意して向かいましょう」
「左様ですな。まだまだ油断は禁物です」
ゴブリン軍師は深く頷くと、部隊編成へと足を向けた。これからレイナースを含めた各部隊長と打ち合わせを行い、戦力や補給のバランスを考慮した小部隊を作らなければならない。
エンリはそんな軍師の後ろ姿を見送り、「小難しいことはみんな任せっきりだな~」と力無く呟く。
(私も色々勉強しないといけないなぁ。戦争のこと、部隊のこと、補給のこと……。ん~、本当なら軍師さんに教えてもらうべきなんだろうけど、これ以上負担をかけるのもなぁ。レイナースさんは個人的な相談に乗ってもらっているし、ンフィーは文字とか計算とかだし)
よくよく考えてみると、人に頼り過ぎなのでは? とエンリは自己嫌悪に陥ってしまう。と同時に「素人村娘だから仕方ない」とも言い訳を重ねてしまう。
(ゴウン様からはゴブリン軍団に武器防具、帝国皇帝からは支援物資とレイナースさん。ンフィーには無報酬で付いてきてもらって……、あっ、ルプスレギナさんにハムスケさんも派遣してもらっていたんだ。となると私の存在意義って?)
考えなければよかった、と後悔しても始まらない。
加えてシャルティア王妃様の尽力具合を加味してしまうと、この地に何をしにきたのかと自問自答してしまいそうになる。
(竜王国の人々を助けるため、ゴブリン軍団の食糧事情を改善するため。でも私は、もう一つ意味が欲しくなってきちゃったかも?)
エンリは思う。
この戦いの果てに何が得られるのか?
そんなことは分からない。
だけど、願うならもう一つ。
エンリ・エモットに価値が欲しい。ゴウン様の恩に報いるだけの、ゴブリン軍団の忠義に応えるだけの、ンフィーに愛してもらえるだけの……。
そんな価値が欲しい。
我儘かもしれないけれど。
翌日、エンリ率いるゴブリン軍団は十の部隊に分かれ副首都を出発した。
エンリはハムスケに跨り、ンフィーとルプスレギナを連れ、周囲を警戒しながらビーストマンの国へと向かう。
そんな女将軍の姿は、血塗れの鎧を纏いながらも朝日の中で美しく輝く。
全身から放たれた赤いオーラに禍々しさはなく、むしろ天女が朱色の羽衣を揺らめかせているかのように周囲を魅了する。
また一段と神々しくなられた。
傍にいたレッドキャップスの呟きであろうか?
その言に多くの者が頷く。
――血濡れのエンリ将軍――
その者の価値が定まるのは、まだ先の話なのかもしれない。
当人が自覚するのも、今しばらくは無理そうだ。
◆
そもそも人の往来がある場所ではない。
ビーストマンが住まう地域との国境線は、基本的に魔獣が蔓延る危険地帯の防衛線なのだ。荷物を積んだ商人の馬車を検問する必要もなければ、外からきた旅人に挨拶を交わすなんてこともない。
たまに無謀な冒険者が出ていくことはあったが、その者たちを迎えることは比較的少なかった。
今、再集結を果たしたゴブリン軍団、そしてエンリの眼には、半ばまで崩れ落ちた三基の見張り塔と、塔を連結していた防壁の残骸が見える。
周囲には砕かれた防御柵が散らばっており、ビーストマンの侵攻を阻んでいたのが遠い昔であることを知らせてくれていた。
「エンリ将軍へ報告。廃墟の中にビーストマンを確認。総勢約五百。我々の接近に気付いてはおりますが、戦う気配も逃げる様子もありません。どうやら女子供の集団であるかと」
「戦うつもりは無いのに逃げないのですか? それってどういう」
「ほっほっほ、我らが掃討戦で戦闘要員を排除してしまったからでしょう。それと餌の問題でしょうかな? 掃討したビーストマンは狩りをしていたようですから、同部族の女子供へ食糧を与えようとしていたのでしょう、もはや無理ですが」
空腹で動けない――そんな結論を提示するゴブリン軍師は、再集結するまでに仕留めたビーストマンの情報をエンリへ伝える。
それらは少数で分散しており、皆飢えていた。森に潜む動物を捕らえようと駆け回っていたのだ。自分で食うために、同部族の女子供に食わせるために。
共食いですら平然と行う獣でありながらも、同部族ともなるとやはり助け合うのだろうか?
エンリはそんな疑問を持ちつつ、国境線を見すえる。
「空腹だとしてもこの場にいたら間違いなく殺されるのですから、這ってでも拠点へ戻るべきだと思うのですけど……、う~ん」
エンリには獣の心情など分からない。
だからこの場合はビーストマンを捕まえて尋問でも行えばよいのだろうが、取り押さえても死ぬまで暴れ狂う獣相手には中々上手くいかなかった。
「エンちゃん、エンちゃん、聞いてきたっすよ~。私を褒めるっすよ~」
「えっ?! 三体とも死にかけていたのに? どうやって?」
道中捕らえたビーストマンは僅かでしかなく、それも皆重傷者だ。
下手に傷を癒せばこれ幸いとばかりに反撃してくるので治療行為もできない。ビーストマンは両手両足、牙に爪、四肢五体が全て凶器なので捕虜とするのも一苦労なのだ。
エンリの部隊にはレイナース率いる帝国兵支援部隊やンフィーレアもおり、ビーストマンが脱走すれば容易く殺されてしまうだろう。
そんな危険を冒すぐらいならさっさと始末するべきなのだ。
だからもう、捕まえたビーストマンは喋ることもできないはずだった、が。
「大したことはしてないっすよ。両手両足を切り取った後、腹の中を片手で抉りながらちょっと回復しつつ、お話を聞いただけっす」
「あ、はぁ、そうですか」
「ん? なんか反応が薄いっすけど、まぁイイっす。崩れた塔の中にいるビーストマンは、拠点から追い出された部族らしいっすよ。部族間抗争に敗れたってことっすね。んで仕方なくここにいるわけっす。本当なら竜王国の中で新天地を見つけるはずだったのに、追い返されてこのザマなんすよ、ダサいっすね~」
きゃははは、ザコっす~、と軽やかに笑うルプスレギナの姿は、エンリから見ても震えるほどの美しさであった。
幻想的ではなく野性的。
月ではなく太陽。
満開の花畑で元気に踊る、イタズラ好きの妖精。
とても戦場でお目にかかれる光景ではないだろう。まぁできれば、もう少し発言を大人しくしてほしい、ホントもったいない――と、エンリはそう思わずにはいられなかった。
「そ、それでだけど……エンリ、どうするの? ここまで近付いているのに動く気配はないけど」
「立て籠もるつもりかな? なら好都合だけど」
ンフィーレアの言葉に、エンリは戦術的優位性を語る。
崩れかけた塔の中に籠城しても意味は無いのだ。ボロボロの壁面は防御力なんて皆無に等しい。しかも衝撃で崩れて、中にいるビーストマンを押し潰してしまうだろう。エンリにしてみれば、少し離れた場所から遠距離攻撃でもすれば事足りる相手なのだ。無論、どこからも援軍を期待できない状態で籠城すること自体、無謀そのものなのだが……。
ただ、エンリが見ていた方向は正反対であった。
ンフィーレアが言いたかったのは戦術的なモノではない。無抵抗で立て籠もる女子供の処遇について、その者たちを殺そうとする思想についてなのだ。
「あの、エンリ、イイのかい? 相手は、その、子供らしい……けど」
「もしかして、ンフィーは同情しているの? ビーストマンに?」
赤いオーラを揺らめかせ、エンリは信じられないとばかりに己の恋人を見つめる。
「ンフィー、ビーストマンの子供たちが何を食べて成長しているのか、分かって言っているの? そして成長したビーストマンが誰を殺すか、理解しているの? それにンフィー、ビーストマンは私と戦ったのよ。ゴウン様のサークレットを装備したこの私とっ。それはゴウン様に牙を向けたと同じことなのよ。ンフィー分かってる? 相手が子供とかビーストマンとか、そんな次元の話じゃないの。魔導王陛下と敵対したビーストマンは滅ぼさなければならないの。誰かの感情が入り込む余地は無いわ」
エンリは静かに、そして淡々と言葉を紡いだ。
最初は食糧支援に関連した軍事支援であったのに、魔導王の名代となった今は『アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下』の名を汚さない立ち居振る舞いが要求される。
勝利は当然であり、どのように勝利するかが問題になる。
敵に同情するなんて己の首を絞める愚行だろう。
とはいえエンリ自身、ネムのような竜王国女王に感情移入しているし、誰かを殺すことに忌避感を覚えていないかというと、そうではない。
また食い殺された竜王国の国民に深い悲しみも覚えているし、それを成したビーストマンを憎くも思っている。
そして……ンフィーレアの言いたいこともよく分かっていたのだ。
「ンフィーはカルネ村が襲われたあの日、私の両親が殺されたあのとき、その場にいなかったよね。私は背中を斬られて、ネムも死ぬ寸前だったあの瞬間、助けてくださったのはゴウン様よ。敵は、襲ってきたのは人間だった。女子供関係なく、多くの知り合いが殺されたわ」
エンリが何を言わんとしているのか、ンフィーレアにはよく分からない。
だけど、カルネ村の虐殺を持ち出されると肩身が狭くなる。エンリが窮地に陥っていたそのとき、その場にいなかったのは確かなのだから。
「ンフィー、よく聞いて。私たちは死ぬの、簡単に死ぬのよ。相手が人でもビーストマンの子供でも、私たちはあっさり殺されてしまうの。でも今、私たちはゴウン様に生かされている。角笛に村への支援、ルプスレギナさん、そして今回の竜王国救援。もはや私たちは、自力でこの世界を生き抜くなんてできないのよっ。そんな私たちが『可哀想だからビーストマンの子供を助けたい』なんて傲慢にもほどがあるわ!」
ギリリっとハムスケの背中を掴みながら、エンリは叫ぶ。
「ビーストマンに食われた竜王国の子供達は放っておいて、ビーストマンの子供を気に掛けるなんてふざけた態度は許さない! それはゴウン様の顔に泥を塗る行為よ! 竜王国を助けるべく派遣された私達が成すべきはただ一つ、完璧な勝利のみ! ンフィー、分かった?!」
「う、うん、わかったよ。……ごめん」
悲しそうに俯くンフィーレアを見て、エンリはハッと気を取り直していた。
色々言葉を並べながらも、実態は自分に対する言い訳を並べていたに過ぎないのだろう。ンフィーレアへの苦言なんて方便だ。
己を納得させるため、八つ当たり気味に怒りをぶつけただけである。
もっとも、一軍を率いて戦争している恋人の苦悩を理解してほしかった、という願望が多分に含まれてもいたようだが。
「まぁまぁ将軍殿、ンフィーレア殿にも悪気があったわけではないと思うでござるよ。それと、背中がちょっと痛いでござる。掴む力を緩めてほしいでござるよ」
「あっ、ごめんなさいハムスケさん! ンフィーもごめんね。偉そうなこと言っちゃって」
「ううん、僕が甘かったよ。エンリの肩に多くの責任が圧し掛かっているってことを理解してなかった。今、戦争をしているんだ、って自覚が薄かったんだ」
舐めていたわけではないのだろう。ンフィーレアとしても、ビーストマンとの殺し合いに必死だったはずだ。
それでも初経験の戦争なのだ。理解の及ばないところも多いだろう。
まぁ戦争を理解できる人物がマトモかどうかは、議論の分かれるところかもしれない。
相手がビーストマンとはいえ、殺し続けていると何かが壊れてしまいそう。
普通の人間には厳しい試練ですね。
まぁンフィーの兄さんは姐さんの伴侶となるべき御方ですから、これからも頑張ってもらいやしょう。今よりずっとタフな精神を持ってもらわねぇと、魔導王相手に手も足も出なくなっちまいますからね。
いつ