しかし改めて、さんざんHPVワクチンと反ワクチンの記事を織り交ぜて、HPVワクチン→反ワクチン、社会から排斥されて当然という空気を作り出したのに、手のひら返して反ワクチンと反HPVワクチンを混ぜるのはどうかと、と言い出したバズが本当にゾッとする。
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なんとなくわかります(わかってない部分もあるのだと思います
) 現代の日本には、多くの人が意識せず「科学‐エライ」「ちゃんと主張できる‐正しい」その他、一直線の価値判断への誘導があるので、 MizuhoHさんの知見の部分については、どうしても弱さが生じると感じています。ダメじゃんといえば、
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それはその通りかもしれませんが、その部分は学問的研究に値するだけの難しさや複雑さがあるわけで、その意味で私は、影響力のあるメディアあるいは行政、政治が「うまくやれなかった」ことを強く批判することはできません。 「影響力を行使するなら、それに値する見識を備えるべき」との批判は、
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たしかにそうかもしれません。かなり広範囲な人たちに適用される印象はあります。「せめて認めてはいかがか」について、詳しくない分野について理解なしに把握することは容易でないと感じます。年月や知る機会を経て、何か理解・認識が変わることがあるとしても、それはそういったものかと。
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メディアや行政、医療者がうまくやれなかったのは、どういった部分の理解が不足していたからか。どこがマズかったか。それは(ポジティブな効果とは別に)どういったネガティブな効果を生んだのか。現時点を起点として、今後良好な社会を紡いでいくためには、どう認識を改め、何をすべきか。
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といったことに関する MizuhoHさんの論考を、ぜひ読んでみたいです
私はワクチンや医療のエモーショナルな側面を、文学的なものとしてではなく、社会に関するものとして考えたいです 「対立・分断」ではなく「指摘と説明、理解」は、私は可能だと思っています。メンドクサイと思われたらごめんなさい
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すいませんちょっと話が長くなるので熱下がったらかえします。
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すいません
体調のお悪い時にごめんなさい
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