“Searching”
Director : Aneesh Chaganty
US, 2018
SNSやウェブサービスなどPCの画面だけでつくられた映画。
失踪した娘を探す親、というアメリカ映画でよくあるシチュエーションなんだけど、捜索にあたってネット/SNSを最大限に駆使し、その画面だけですべてを描写するというところが斬新で野心的*1。
原題の “Searching” という語が、失踪者の「捜索」とネット上での「検索」とを掛けている。タイトルロゴで、語尾の点滅するカーソルがいかにもPC画面らしさを醸し出すとともに、そこにどのような物語・映像が続くのかを強く訴求するようなデザインとして働いている。
PCの画面だけで進行する、という最大の特徴は成功していると思う*2。
Facebook/Twitter/Messenger/FaceTime/Google/Youtube/YouCast/Tumblr/Instagram etc……。映画内で個々のウェブサービスの説明をあらためておこなうこともなく*3、現代のこうしたテクノロジーを視聴者が当然知っていることが前提とされている。映し出されるPCの画面上では、複数のアプリが同時に作動していて、主人公がメッセンジャーを見ながらその場で内容を検索したりといったことがおこなわれる。主人公はIT関係の職種らしく、テキストのタイピングも速いし、さまざまなアプリの操作もまったく澱みがない。つまり、説明もないままにテキストや画像の移り変わりが非常に高速で進行していく。目で追っていくのが大変、と一瞬思うけど、でも実際は容易についていくことができる。視聴者もこうしたものに日常で慣れていて、だから何がおこなわれているかがすぐわかるし次に何をおこなうのかという予測も立てやすいからなのだろう。要するにこの映画は、現在のわれわれにとって基幹となっている生活風景やアクティビティに限りなく近づいたものとしてできている。
「PC画面だけでつくられた映画」というのは必ずしも伊達ではない。
たとえば、異なるウェブサービスで共通点のないはずのものに同じ画像が用いられていると気付くところでは、主人公の表情をまったく描写することなく、ウィンドウをアクティブにしたり画面がクローズアップされたりといった動きだけで胸中を描くことができている。
まあ全体的にちょっとFaceTime画面に頼りすぎ(そうしないと主人公の姿がわからないからだが)というのはあるし、上述のシーンでも画面のクローズアップというのは映画編集側の次元に属することだったりするように、実際には映画的な演出や編集といったものもかなり施されて成り立っているのだけど、「PC画面で映画を物語る」ということは充分に達成できていると言っていい。
最後のシーンは特に象徴的。
このシーン、台詞もなければ役者が映されているわけでもなく、単に壁紙を変えるという完全にPC上の操作を追っているだけなんだけど、にもかかわらず視聴者はそこから登場人物の思いをはっきり読み取ることができる。人間の「意図」や「内面」といったものは、このようなほんとうにちょっとした行為からも把握できるのだということがよくわかる。“Like” をつけたかどうかだとか、フォローしたり外したりだとか、あるいはテキストもなしに投稿された一枚の画像だとか、そういったデジタル上のわずかな行為だけからもわれわれは喜怒哀楽を感じ取り、共感したり争ったりするわけだ。
けれどもこのシーンは、やはり映画の文法上に沿って提示されたものでもある。メッセンジャーのテキストによる即時的なやり取り、マウスポインタの動き、クリック動作、シャットダウンをためらって壁紙を変える、という一連の操作。そこに演者の姿は映っていないのに、でもひとつひとつの行為のタイミングや間といったものが、ふつうの映画で役者がおこなうときとまったく同じように存在していることがわかる。
何気ないPC上の操作だけど、そこには「映画」としての脚色・編集が慎重に施されていて、だからこそ物語として成り立っている。
「すべてがPC画面でつくられている」といっても、一方で、これは紛れもなく「映画」でもあるのだ。
- テーマ面で言うと、「父と娘」「母と息子」という対比が明確。
- きちんと伏線を張って後で回収するタイプの映画。
厳密には無理がありそうなものもあるけれど、こういうものは物語上、伏線と回収という関係が成り立っていればそれで充分だと思っている。
- パスワードリセットかける際に登録アドレスへ再設定メールを毎回送信する面倒、みたいなインターネットでありがちなことがおもしろい。どこかで見たような画像素材とか。親が紛れ込んだ動画ストリーミングで、常連ユーザーがチャット入室したけどすぐ退室したり、とか。(ただしこれはあとで伏線だとわかる)
- IMDbあたりを読んでると、本編で認知されてこないような細かいディテールがあるようだ。
パムのFacebook のアドレスに載っている人物だとか、よく読み解けば物語の詳細がもっと判明しそう。また、基本的にPC画面はすべて一からつくり直したフェイクらしいのだが、Facebook のトレンドトピックがちょうど作中時間の2015年時点で実際にそうだったものとなっていたり、といった遊び的な部分も多く混じっているとのこと。