魔導国建国後、初の年の瀬。
この日、エ・ランテルの王城では守護者全員に加えて、白銀の鎧姿のツアーや漆黒聖典隊長及び番外席次が揃っていた。
漆黒聖典隊長ノワールが連れてきたハーフエルフの少女、番外席次はエ・ランテルに到着するなりコキュートスに戦いを挑み、敗北した。
この世界の人間にしては極めて高い戦闘力に興味を持ったコキュートスは、彼女を弟子に取ることにした。
前世での彼女を知るアインズは、何か欲しいものが無いか、と気楽な気持ちで聞いてみた。
少女は、ノワールと同様、新しい自分の名前が欲しいと言ってきた。
法国のしがらみに囚われた名前ではなく、自分の名前が欲しいのだと。
「コキュートス、彼女は弟子としてどうだ?」
「ハッ、コノ世界ノ人間トシテハ、非常ニ高イ戦闘力ヲ保持シテオリマスガ、戦闘経験ガ足リマセン」
確かに、この世界では強者との戦闘経験を積むことは不可能に近い。
もし、彼女がツアーやそれと同格の竜王たちとの戦闘経験があれば、前世において、魔導国も相当な打撃を受けたことだろう。
それでも、今世では自分の配下となったのだから、出来る限り良い労働環境を与えてやらねばならない。
戦闘経験は、コキュートスに師事することで、それなりに積むことが出来るだろう。
魔法もそれなりに使えるようではあるが、近接戦闘の方が得意なようだ。
アインズも模擬戦を行ってみたが―守護者ほどではないが―十分な実力があると感じられた。
それにしても、この少女も名前が欲しいとは。
法国の流行か何かなのだろうか?
「さて、新しい名前だったな」
アインズには、コキュートスに娘が出来たら、と前世から考えていた名前がある。
前世では、コキュートスが独り身を貫いたせいで使うことは無かったが。
「お前は本日よりジュデッカと名乗るがよい。愛称はジュディだ」
「魔導王陛下、感謝いたします。本日只今より、私の名はジュデッカ。貴方様に絶対の忠誠を捧げます」
コキュートスだからジュデッカとは安直な名前ではあるが、前世だったら“白黒ちゃん”とか付けていたかもしれないことを考えると、相当な成長だと言える。
「うむ、お前には期待している。コキュートス、師匠として良く指導してやるがいい」
「ハッ、ゴ期待クダサイ。アインズ様カラ頂イタ名ニ恥ジヌ、見事ナ戦士ニ育テテ見セマショウ」
「それと、コキュートス様の良き妻になることをお約束致します」
「ん? ははは、それは良い。コキュートスは私の子供も同然。ならばジュディ、お前も私の娘だ。コキュートスを頼むぞ」
「ア、アインズ様! コレハ弟子デシテ」「はい、お任せください!」
二人の返事は対照的だが、悪い気はしない。
ナザリックの者で結婚したのは、前世ではセバス一人だった。
今世でもセバスは妻を娶ったが、前世もあんな感じの女性だっただろうか?
大昔のことだから記憶が曖昧だが、もう少し線が細かった気がする。
まあ、丈夫そうだし、健康であれば問題は無いだろう。
何はともあれ、コキュートスが結婚することになれば二人目だ。
彼らに子供が出来るかどうかは分からないが、もし欲しいというなら始原の魔法を使えばどうにか出来るだろう。
竜王国の女王のように前例もあるのだから。
まあ、コキュートスの様子を見るに、まだまだ先の話だろう。
「では、今日の本題に入ろう」
年の瀬とくればクリスマスだ。
今世でも国民全員巻き込んで、盛大にお祝いをやりたいところだ。
「魔導国を挙げて、クリスマスを盛大に祝おう」
部屋内の温度が一気に上がった気がする。
守護者全員と漆黒聖典の二人の目には、何故か闘争心が伺える。
と、ツアーが低い声でアインズを咎める。
「アインズ! 見損なったよ! 君はそんな奴だったのか?」
その声には明らかに怒りが籠っている。
「は? いや、ツアー、お前こそ何を言ってるんだ?」
「クリスマスだって? 君が幸せな恋人たちを八つ裂きにするような、そんな残酷な祭りをやりたいと言うなんて思わなかったよ」
「ちょっと待て、お前はクリスマスを何だと思っている?」
「僕はスルシャーナから聞いたよ。恋人たちを見つけたら無条件で血祭りにあげる悍ましい祭りだと」
スルシャーナの野郎、異世界に間違った知識を広めやがって。
「やれやれ、ツアー様。貴方は勘違いしておられるようですね」
デミウルゴス、やはりこういう時には頼りになる奴だ。
「良いですか? クリスマスとは、魔人サンタクロースが“リア充”と呼ばれる富裕層たちを惨殺して回る日なのです。ですから、慎ましく暮らしている一般人には影響がありませんよ」
「真白な衣装を返り血で赤く染める魔人サンタクロース。正体は貧困層の怨霊とか言われているけど、恐ろしい不死の怪物という話ね」
やめてくれ、お前たちの中のクリスマスはどうなってるんだ?
「ちょっと待て、お前たちはクリスマスの話を誰から聞いたのだ?」
「アインズ様、私とデミウルゴスはタブラ・スマラグディナ様とウルベルト様の会話を聞いたことがございます」
「ああ…ウルベルトさん、クリスマスの時にはヒートアップしてたからなあ。嫉妬マスク被ってない奴は見付け次第PKしてたっけ」
そう言えば、タブラさんとウルベルトさん、一緒にサンタクロースの設定を考えてたなあ。
他にも誰かいた気がするが、誰だったかな?
サンタの衣装が赤いのは、流した血の涙と富める者たちの返り血だとか。
武器は鉈で、切り落とした両親の生首をプレゼントとして子供の枕元に置いていくとか。
……何かのホラー映画の設定だったっけ?
「ふう、皆様方はクリスマスを誤解しておられるようですな」
呆れ声で言うのはセバスだ。
流石に、リア充のたっちさんが作っただけのことはある。
良かった、正しいクリスマスを教えてやってくれ。
「セバス? 誤解とはどういうことかな? まさか、ウルベルト様の仰ったことが間違いだとでも?」
デミウルゴスにしては珍しく不快感を隠さずにセバスを問い質す。
「良いですか? サンタクロースの赤い衣装は悪人の返り血なのです」
セバス、お前まで何を言ってるんだ。
「クリスマスとは聖なる夜。つまり、悪人にとっては望まざる悪夢の日なのです」
「なるほど、サンタクロースを利用して、アインズ様に敵対的な富裕層の粛正と財産の没収を纏めてやってしまおうという訳だね?」
「左様でございます。悪人は次の年を迎えることが許されない裁きの日。それがクリスマスという日なのです」
「なるほど、魔導国の統治を考えると、その方が良いかも知れないわね」
「その通りでございます。それがアインズ様の公正な統治の証明にもなりましょう」
「では早急に、粛正するべき貴族や商人をリストアップさせましょう」
「治安や統治の不安を招かないよう、事前の準備を万端にしておかなくてはならないわね」
「ふふふ、サンタクロース役を誰がやるか、今から楽しみになってきましたね」
違うんだ、そんな日じゃない。
というか、たっちさんもいつそんなこと教えたんだ。
「あ、あのう、僕たちはぶくぶく茶釜様から、クリスマスにはプレゼント交換やパーティをするって聞きました」
流石ぶくぶく茶釜さん、アインズ・ウール・ゴウンの良心だ。
「そうそう、一年間良い子にしてたら、朝起きたら可愛い男の娘が枕元に置かれているんだって」
……駄目だったか。
「そうじゃないでありんす。枕元にいるのは可愛い幼女でありんすえ」
うん、ぺロロンチーノは分かってた。
「私ガ聞イタノハ、ツアー様ト同ジダ。カップルヲ八ツ裂キニスル日ダト」
おかしい、建御雷さんはそんな人じゃなかった筈だ。
戦闘好きな人だったが、幸せな人間を素直に祝福するような度量のある人だった。
「弐式炎雷様トオ話サレテイタナ。懐カシイ」
弐式ぃいいいい! お前のせいかぁああああ!
「お前たちはクリスマスを知っているか?」
ほんの少しの期待を込めて、漆黒聖典の二人に聞いてみる。
「はい。大体、皆さまの仰る通り、神々の世界の血生臭い祭りと聞いております」
「そうですね。何でもその日は、特定の仮面を被っていないものは、世界中全てのぷれいやーを敵に回すことになるとか」
お前たちが聞いたのはユグドラシル限定での話だ。
六大神も何てこと伝えやがったんだ。
「流石は魔導王陛下。常在戦場を心得させる為、神々の祭りをこの地に再現されるということですね」
「私はいつでもどこでも戦えます。先陣はこのジュディにお任せ下さい」
「仮面を被っていない者は全員敵という訳ですね」
「ふふ、兵舎の連中も、周りが全て敵という戦いが出来るというのは良い経験になりましょう」
おかしい。前世では、毎年盛大ではあったが、それでも普通のお祝いだった筈だ。
それにしても、この世界の人間の意見が欲しくて呼んだのだが、漆黒聖典の二人はもう駄目だ。
狂信的すぎて、こちらが何をやっても良いようにしか取ろうとしない。
いくら復活させられるからといっても、どう考えても感覚がおかしい。ここはゲームの世界ではないのに。
まともな感覚を持ってるのはツアーだけか。
次回はジルクニフも呼ぼう。もうこいつらだけが頼りだ。
「はあ、お前たち、私がやろうとしているのはそういうものでは無い。説明しよう」
数時間かけて、クリスマスの成り立ちから説明することになったが、どうやら皆、理解してくれたようだ。
「つまり、元々は救世主の誕生を祝う日だったものが、紆余曲折を経て、商業的なお祭りになっていったという訳ですね」
「そうだ。家族でお祝いをしたり、恋人と過ごしたりと、人によって様々だ。私は、国を挙げて、一年の締めに相応しい祭りをやりたいのだ」
魔導国建国元年の締めに相応しい、盛大な祭りを。
「本当だね、アインズ? カップルたちに呪いがかかるような祭りではないと約束してくれるね?」
「ああ、間違いない。アインズ・ウール・ゴウンの名に懸けて約束しよう」
疑り深い奴め。まあ、これまで好きにやり過ぎた気もするし、合わせておこう。
六大神も碌でもないことを伝えやがって。
全く、過去のプレイヤーもそんな連中ばっかりか。
……まさか、転移の条件に、嫉妬マスク保持者とかいう条件は含まれていないだろうな?
―エ・ランテル―
クリスマス当日、王城のバルコニーに姿を見せた魔導王は大勢の群衆に語り掛ける。
「魔導国の民たちよ。今日は建国後、初のクリスマス、救世主の生誕祭だ。また新たな年に向け、英気を養おう。今日は仕事を忘れ、思い切り楽しんでくれ」
魔導王が中空に手を振ると、魔法陣が展開される。
魔法陣が砕け散ると同時に魔法が発動する。
その日、魔導国全土で雪が観測された。
不思議なことに、結構積もったはずのその雪は、一日経ったら跡形もなく消えていた。
豊かになった生活に感謝し、魔導国の民は“魔導王の”生誕祭に熱狂した。
各国から、魔導王へ山のようなお祝いが届けられるのは、この後すぐである。
ウルベルト「リア充はいね~が~」
ぺロロンチーノ「モテる奴はいね~が~」
弐式炎雷「ヒャッハー! 良いリア充は死んだリア充だけだ!」
三人「「「死ねええええ! たっちぃいいいい!!!」」」