覇王炎莉のちょこっとした戦争 作:コトリュウ
<< 前の話 次の話 >>
最後の砦に全戦力を結集させ最終決戦。
はたして、竜王国はビーストマンを撃退できるのか?
しかし統率とは無縁のビーストマンが、集結して大軍勢となるなんて……。
餌場を滅ぼしてどうすんのかな?
竜王国最大にして最終防衛戦となる東の砦、その名は『エリュシナンデ』
あまりにも大規模なソレは、砦というより城塞都市に近いモノがあるだろう。谷を塞ぐその幅からすると、エ・ランテルより大きいのではないだろうか?
平和な世であれば、こんな巨大な砦を造るなんて税金の無駄遣いと言われたのかもしれない。だが今は命綱そのモノであると言えよう。
ビーストマンが竜王国の首都へ大軍を送るために、絶対通らなければならない要所がここなのだ。
そして、文字通り最後の砦でもある。
「ゴブリンが援軍?! なにを言っているんだっ? 女王陛下は気がおかしくなられたのか?! くそっ、もう駄目か」
大隊長たるその男は、女王からの通達書を戦死した将軍に代わって受け取ったものの、その子供らしい文章の中からは絶望しか
「大隊長殿。ゴブリンの軍勢が、首都を襲ったビーストマンの別働隊を壊滅させたのは事実です。私もこの目で見ました。見たこともない電撃の魔法を扱うゴブリンもいたのです」
「まさか、そんな馬鹿なことがっ」
生まれる前から殺し合っていた化け物が助けにくる、なんて言われても困惑しかできないだろう。
しかも連日ビーストマンとの死闘を繰り広げていたのだ。今日死ぬか、明日死ぬかの現実に振り回されて、大隊長の精神状態は危うい領域へ陥ろうとしていた。
「大隊長! 来ましたっ! ビーストマンです!!」
「くっ、朝早かろうがお構いなしか! 鐘を鳴らせ! 皆を起こして配置に付かせろ! 相手は飯が足りていない獣どもだ! 喰われたくなかったら殺して殺して殺しまくれ!!」
ビーストマンの襲撃がこれで何度目になるのか、なんて誰も覚えていない。
既に砦前面の深い堀は膨大な獣の死体で埋まっており、堀としての機能を失っている。本来なら引っ張り出して砦の防衛機能を回復させるところなのだが、まともに寝ていない兵士たちにそんな過酷な命令を下せば、肝心の戦闘でモノの役にも立たなくなるだろう。
これから始まる防衛戦も、何時間に渡って続くのか誰にも分からない。ビーストマンの軍勢は戦い始めると際限がないのだ。かと思えば、小腹を満たすために突然どこかへ散ってしまうこともあり、誰にも予想なんてできない。
「今度は何万だ?! 三万か? 四万か? 前回減らした分をどこかで掻き集めてきたなら四万近くにはなるだろうが、このエリュシナンデ砦なら撥ね返せる! 大丈夫だ!」
どんな状況でも勝算あり、と宣言しなくてはならないなんて指揮官の辛いところではあるが、負傷兵の数や矢の残数を暗い顔で語っても士気は上がらないし無駄なだけだ。
今は少しでも兵士たちを鼓舞し、ビーストマンへ戦いを挑んでもらわねばならない。
そう、決して勝算がゼロというわけではないのだから。
「か、確認した軍勢の数は……、は、八万です」
「なっ? なん……だとっ」
指揮官は暗い顔を見せてはいけない。
たとえ勝算がゼロであっても。
防壁の上から眺めるビーストマンの軍勢は、その背を照らす朝日の美しさも相まって、ある意味一見の価値ありと言うべき光景なのかもしれない。
直立した肉食獣が八万も集まって押し寄せてくるのだ。
立派な毛並みの者、色付きの液体で身を飾っている者、人間から奪った装備を見よう見真似で無理やり身に付けている者。
そして、人の腕のようなものを齧り続けている者。
姿は多種多様であり、行動もバラバラだ。統率なんて概念は欠片も無いのかもしれない。ただ、向かう先だけは決まっている。
餌場だ。
腹いっぱい食うことのできる、人間という餌が蠢いている場所だ。
死んだ仲間の肉も転がっているから、たらふく食うことができるだろう。
ビーストマン達はそのような統一概念で、そんな単純な考えだけで襲い掛かってくるのだ。
自分が死ぬことなんて眼中にないのだろう。
所詮獣だ。
人とは相容れない。
「くそっ! せめて、せめてスレイン法国の助けがあれば! まだ希望はあっただろうに……。第一弓隊! 放てっ!!」
無理だと分かっていても、竜王国の国民が辿るであろう悲惨な運命を想像してしまっては、大隊長も腹をくくるしかない。
最初の一手はいつも通りの弓矢だ。
毛皮と厚い筋肉があるためビーストマンには不適、なんて言われているが、毒矢なので問題はない。というか、竜王国のビーストマン対策は徹底した毒攻撃が主流なのだ。
大きな戦闘能力の差を埋めるにはそれしかない。
仲間の死肉すら食おうとする獣相手なのだから、二次的被害も期待して丁度良いとすら思える。
「投石くるぞー!! 身を隠せ!」
ビーストマンの遠距離攻撃は、主に石を投げる、だ。
多少知恵が回る奴になると拾った剣や槍を投げてきたりもするが、大抵のビーストマンは拾った石を投げながら砦へ近付き、次に防壁をよじ登って人間へ襲いかかろうとする。
しかし石を投げると言っても、それは人間の場合とは随分異なる。
威力も、到達距離もだ。
獣が全力で投げつけてくる拳大の石は、たとえ兜の上からぶつかったとしても生半可な衝撃ではない。生身であれば言うまでもないだろう。ただ、コントロールが悪過ぎて「下手な鉄砲数撃ちゃ当る」状態なのは幸いである。
「魔法部隊、密集地帯を狙え! 間違っても頭を前へ出すなよ! お前たちが最後の希望なんだからなっ!」
竜王国の全
なにせ魔力さえ回復すれば、ビーストマンを木端微塵に吹き飛ばせる強力な魔法を放ってくれるのだ。
まぁ、魔力が無くなれば一般兵以下の存在であり、戦闘中もビーストマンの攻撃一つで軽く首が吹っ飛んでしまうくらい脆弱なのだが……。
「冒険者にはよじ登られそうな場所の救援をお願いする!」
「おう! 任せろっ!」
統一された武装の中に混じっているのは傭兵集団のごとき冒険者達だ。
本来なら戦争に参加しない者たちではあるが、国家存亡の危機ともなると黙っているわけにもいかない。と言いながらも、大隊長に声を返してきたのは僅か数チームのみだ。他の冒険者は既に竜王国から脱出し、この場にはいない。
しかしそれも致し方ないことであろう。分の悪い戦争に参加し命を落とすなんて冒険者の辿るべき道ではない。家族や親しき者が竜王国にいるのなら別であろうが、そうでないならさっさと逃げるが勝ちである。
もちろん先陣を切って動き出すアダマンタイト級冒険者のように、自分の愛すべき対象を護るために残るというのは立派な理由になるだろう。
「後は援軍か……。ふん、ゴブリンの援軍だと? たとえそんな奴らが助けにきたとしても、ビーストマン相手に手も足も出まい。女王様もいったい何を考えて……いや、我らが負担をかけ過ぎたがゆえの結末か? 仕方がない」
大隊長は奇声を上げて迫りくるビーストマンの大軍勢を睨みつけ、覚悟を決める。
「誰かっ、早馬を頼む! 女王様へこの手紙を渡してくれ!」
「は、はい! 大隊長!」
伝令要員の中で手紙を預かったのは、隊員の中で最も若い新兵だ。
というより他の隊員達が、一番若い後輩をこの場で死なせないよう任務を押し付けたのである。
――首都にいる女王様へ手紙を届けると同時に、女王様と共にこの国から逃げろ――
皆が言いたかったことは、そして大隊長が用意していた手紙の内容とは、そのようなものであったのだろう。
八万ものビーストマンを押し返すのは、深く考えるまでもなく不可能なのだ。
竜王国の滅亡は決定し、砦の兵士達は皆ビーストマンの食糧となる。だから今は、女王様を始めとする竜王国国民の避難時間を稼ぐしかない。ただそれだけのために命を懸けるのだ。
とはいえ、一般兵士の中には希望を捨てていない者もいるだろう。
だがそれでイイのだ。
負け戦を自覚してなお、命を捧げられる者は少ない。
今は総崩れにならないよう希望をチラつかせて戦うのが肝要だ。たとえ騙すことになったとしても……。
◆
数万ものビーストマンが動き出せば、遠く離れた場所においてもその存在を感知できよう。
地響きや雄叫び、血生臭さに鉄を打ち叩く衝撃。
姿は見えなくとも、視界に入ってきた巨大な砦の向こう側で何が行われているのか、エンリにも容易く想像できてしまう。
まぁそれより砦から首都へ向かおうとしていた伝令兵に出会えていれば話は早かったのだが、当の青年は土埃を上げて迫りくるゴブリン軍団に恐れをなして逃げてしまったのだからどうしようもない。
今頃は大きく迂回して首都を目指しているのだろう。
「砦まであと少しです! 皆さん、頑張ってくださいね!」
「大丈夫でさ、姐さん。もっと行軍速度を上げても問題無いと思いますぜ」
振り返って檄を飛ばすエンリに声を返したのは側近のジュゲムだ。
その口調からすると確かに息が上がっている素振りは微塵も無く、徒歩での長距離行軍に疲れを感じていないように見えるが……。
「ほっほっほ、無理は禁物ですぞ。砦についてから即座にビーストマンとの戦闘を行う必要があるやもしれません。余裕を持った状況を維持しておかねば、エンリ将軍を危険に晒してしまいますぞ」
「おっと、それもそうだな」
「あ、いえ、私のことは何とかなりますよ。ハムスケさんもいますし」
指揮官用の大型馬車に乗って快適状況にあるゴブリン軍師が、「無理」とか「余裕」について語るのはどうかと思うが、結局のところ重要なのはエンリ将軍にとってプラスかマイナスかだけのようだ。
でもエンリとしては――ゴブリン軍団の皆を疲労困憊の状況にさせては戦闘で大きな被害を出してしまう、と心配せずにはいられない。
「エンリ将軍、戦況報告です」
「は、はい! どうぞっ」
影から出てくる暗殺隊の行動は、彼らにとって普通なのかどうなのか? エンリは未だに慣れなくて――緊急時は別だが――思わず背筋が伸びてしまう。
「ビーストマンの軍勢が砦に攻撃をかけて、既に数刻が経過している模様です。竜王国側は殆どが負傷兵で、突破されるのも時間の問題かと。先ほども数体のビーストマンが防壁をよじ登り、砦内部へ侵入しておりました。すぐに冒険者によって撃退されておりましたが、次第に手が回らなくなることでしょう」
「あっちゃ~、もう駄目っすね~」
「まだですよ、ルプスレギナさん。私たちが来たんですから……。えっとビーストマンの軍勢ってどの程度の数か分かりましたか?」
「はい、正確ではないかもしれませんが、七万から八万は集まっているのではないかと思われます」
「は、八万?! エ、エンリィ」
「ンフィーったら情けない声出さないの! ここまで来たら五万も八万も大した違いじゃないでしょ? 大丈夫よ、ゴブリン軍師さんとしっかり打ち合わせしたんだから」
泣き言を漏らしたいのはこっちなのに――と言わんばかりの非難を込めて、エンリは恋人をたしなめる。
エンリ自身、八万の軍勢なんて初対面なのだから仕方のないことだろう。
王国軍との戦いでも、ゴブリン軍団と合計して一万の戦闘だったのだ。それが攻撃側だけで八倍。
頭の中でどんな想像をしても役には立つまい。
「エンちゃん、そんなことより砦の中へ入れてもらわないと何も始まらないっすよ。もっとも、入れてもらえる雰囲気じゃなさそうっすけどね」
「え? 女王様から通達が届いているから、協力してもらえるはずですけど……」
不穏な呟きを漏らすルプスレギナが視線を向ける先では、見張りをしていたと思しき数名の兵士たちが、勢いよく鐘を鳴らそうとする光景があった。
――カンカンカンカンッ!――
「襲撃襲撃! 後方にて亜人の軍を確認! 数は五千! どこからか回り込まれた模様! 至急部隊を送れ!!」
「大隊長へ報告を! 後方には数名の見張りしかいない! このままではっ、全滅だぁ!!」
「無理だ!! ビーストマンと対峙している部隊は動かせない! むしろ足りないぐらいなのにっ!」
絶望と混乱を混ぜ込んだように、兵士たちは防壁の上を駆け回る。
その姿はルプスレギナが「壊れたオモチャっす~」と笑い声をあげてしまうように滑稽なモノであったが、エンリとしては微塵も笑えない。
自身が殺されそうになったあのときも、同じように駆け回っていたのだから……。
エンリには分かる。
兵士の気持ちが、死に瀕した弱者の気持ちが。
故に行動するのだ、大恩人であるゴウン様のように。
「兵士の皆様、落ち着いてください! 私たちは援軍です! 女王陛下にも認められた救援部隊です! こちらの指揮官には女王陛下からの通達が届いているはずです! 確認してください!!」
「なっ? 人間? あれは返り血か?!」
「ゴブリンの中にぃ、人間がっ? しかも全身血塗れ?」
「なにかの罠か? そんな知恵がゴブリンに?」
「駄目だこりゃ」と両手を上げるルプスレギナをなるべく見ないようにしながら、エンリは次の手を考える。
言葉での説得は難易度が高過ぎて時間もかかりそうだ。その間にも多くの兵士たちが命を落とすだろうから、迅速な行動を選択しなければならない。
とはいえ、いったいどうしたら良いのか。
「う~ん、仕方がありません。レッドキャップスさん!」
「はっ! 御傍に!」
困ったときにレッドキャップスを頼るのはエンリの常套手段になってきたようにも思うが、当の赤い帽子をかぶったゴブリン軍団最強の十名は、嫌な顔一つしないどころか嬉しそうなので問題はないだろう。
「八名ほどで砦の防壁を越えて、向こう側のビーストマンを攪乱してください。そのときに竜王国の兵士達に力を見せつけながら救援にきたってことをアピールしちゃってください。無理な戦闘はなしですよ。要するに強い援軍がやってきた、って指揮官に伝わればいいんです」
「分かりました。エンリ将軍の慈悲を広めてまいります」
あれっ? とエンリが首を傾げるよりも前に、レッドキャップスは軽々と防壁を駆けのぼり視界から消え去ってしまった。
竜王国の兵士たちは、一瞬にして防壁を突破されてしまった――と気付くのにしばしの時間を要し、気付いてからは先ほど以上の混乱に陥ってしまう。
「し、侵入者だ! ゴブリンが攻め込んできたぞ!」
「何処だ?! 見えないぞ!」
「大隊長に、ほ、報告! いや、報告してイイのか?!」
「あははっ、ダメダメっす、おバカっす。こりゃ~、ビーストマンに滅ぼされるってのも当然っすね~」
「ルプスレギナさん、なるべく相手に聞こえないようにお願いしますね」
文句ならエンリも色々と言いたいところなのだが、ギリギリのところで踏み止まっている最前線の兵士には相応の苦労があるのだろう。
エンリのように、神のごとき御方から手を差し伸べられているわけでもないだろうから。
「それにしても、私の慈悲って何のことだろう?」
レッドキャップスが去り際に放った一言。広めてくる、と言っていた慈悲とは何なのか? その答えは、ゴブリン軍師から語られる。
「ほほっ、それは人間に対する慈悲でございましょう。エンリ将軍に対する門前払い、普通ならば我ら全軍でその愚かさを刻み込むところですが、エンリ将軍は許された。そして救援を行うと……。我ら一同、エンリ将軍の慈悲深き御心には胸を打たれる想いであります」
「えーっと、あ、はい。そういうことだったんですね。あはは」
家族のように暮らしているから錯覚してしまうが、やはりゴブリン軍団の思考は特殊だ。
エンリに忠実過ぎる。
エンリが絶対過ぎる。
エンリが死ねと言えば、本当に命を捧げかねないほどだ。
ゴブリン軍団は人間や他の亜人に敵対心があるわけではない、と理解はしている。ただエンリの敵に殺意を抱くだけなのだ。
エンリとしても他の例として王国兵ぐらいしか知らないのだから断言し難いが、こんな調子で大丈夫なのかな~? っと今更ながら不安が募る。
(はぁ~、このままだと私の間違った指示でも平気で受け入れてしまいそう。駄目なときはちゃんと拒否して反論してほしいけど……。ジュゲムさんなんかは結構意見してくれるんだけどなぁ。もっと一緒にいる時間が増えれば改善されるのかな~? う~ん)
巨大な砦の頑丈そうな防壁を前にして、エンリはため息と苦悩を漏らす。
その行為が「人間の対応にイラついている」からなのだと、ゴブリン軍団に誤解されるとも知らず……。
エンリ将軍門前払い。
ゴブリン軍団大激怒。
でもエンリ将軍超優しい。
ゴブリン軍団感無量。
だけど……、次は無いぞ竜王国!