Decipit exemplar vitiis imitabile   作:エンシェント・ワン
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§005 残される者へ

 冒険者の仕事そっちのけで『サトル・スルシャーナ』は面接を。

 『キーノ・ファスリス・インベルン』は読書による知識の蓄積を続けた。

 共に異形種であるゆえか、時間の使い方がのんびりし過ぎて日付を確認しなければあっさりと一年くらい経過しても気付かないのではと思わせる。

 最初にその事に気づいたのは宿代を支払う時だった。

 食事代がいくらかからないとしても一日いくらの世界だ。延々と泊まれるわけがない。

 

「……キーノ。やはり働いた方がいい」

 

 サトルの提案に彼女は断る理由が無かったから――というよりは話かけてくれた事が嬉しくて頷いた。

 会話がここ数日無かった。その事にキーノ自身は少し前から気付いて焦っていたところだ。

 丁度いい機会が訪れた事を六大神に深く感謝する。

 

(……おいおい、貯蓄が減り続けている事に気付かないっておかしいだろう、俺)

(サトルがこのまま帰ってこないと思ってたから……。ちょうど良かったのかな? でも……、頑張って働くサトルの邪魔はしたくないし……)

 

 二人共、それぞれ思うことはあったけれど互いに話合う機会を失っていた。特に彼女はその事に敏感だった。

 サトルは単に活動における不都合に気付いたのみで、彼女の気持ちは理解していない。

 

「君の蔵書も部屋に置いておくのは不味い。……かといって……」

 

 宿ではなくちゃんとした自宅を用意すればいいのだが――購入資金が枯渇気味だ。これはサトルが面接で無駄に時間を浪費した事が原因だった。

 キーノに働いておけよ、なんていう酷い事は当然言えない。

 男として――かは自信が無かったけれど――仲間を大切にするサトルにはそんな無責任な言葉が出せなかった。――そう。愛着など感じているわけでもないのに――

 

◇ ◆ ◇

 

 資金調達を始めるにあたって冒険者の仕事をすればいい、という簡単な答えに行き着けるほど世の中は甘くない。

 あれをすればこれが出来ない、という問題が往々にして存在するものだから。

 世間体を気にする性格のサトルとしては昇進した手前、地味で面白くない仕事は受けたくない気持ちが強い。だが――ここはあえて我慢する選択を取らなければ首が絞まるのは自分の方だ。

 

(貴族の護衛ばかり……。それと高額の依頼が……ほとんど無い)

 

 あるにはあるが今のサトル達には請け負えないものだ。

 無理な背伸びをギルドは許さない。

 規則という盾は意外と強力であった。

 キーノに任せようにも彼女は満足な魔法を覚えていない。未だに妖巨人(トロール)には歯が立たない筈だ。

 実力不足の者を使い捨てにすれば名声に傷がつく。ここはさすがに譲れない。

 いくら愛着が湧かないとしてもキーノは既にチームの顔となっている。それを今更変える事も捨てる事も出来ない。

 ――不慮の事故として処理する案も無いわけではないが――

 それはそれで不審の元だ。――自分ならとことん疑う。

 

(……クソ。なんて邪魔な女なんだ。あの時、殺しておけば……。……なんて言うのは三流の悪党くらいだ)

 

 聞き覚えのある文化(カルチャー)を引き合いにしたところ苦笑が漏れた。

 善人とは思わないが口汚い言葉を言うほどの悪人とも思えない。けれども――邪魔だと思う自分が居るのは確かだ。

 だが、多くの手が欲しい事もまた事実なので、キーノを失う事は結構な損失である、と思っている。

 

(投資した資金の事ではなく……、なんというか……。俺は慕われるのが好きなんだろうな。……随分と安いプライドだな、おい)

 

 高いとは思わないが、その安っぽいプライドが今はとても邪魔だった。

 小心者特有の病気ではないかと――

 何に対して自分は怯えているのか。実力がある事は誰もが認めているのに。

 最上とは言わないけれど、少なくともキーノは認めてくれている。

 

 たった一つの拠り所だけで人は強くなれるものだ。

 

 これは誰の言葉だっただろうか。

 こんな臭いセリフが言えるのはそう何人も居ない。

 

(たっちさんはもっと正論に近いし、案外……ウルベルトさんだったり……。意外な枠とてベルリバーさんかな? ぷにっと萌えさんは論外だ。あの人は殲滅級のバカ(戦略家)だから)

 

 間違った方向に賢いメンバーの名前と姿が脳裏を物凄い勢いで駆け巡っていく。

 間違いなく外れるメンバーが半分以上居るのは理解した。

 

◇ ◆ ◇

 

 特定しても不毛なので現実に意識を戻す。

 目の前には無数の依頼が張られた木製のボードがあり、側に居るキーノがサトルを不思議そうに眺めていた。

 突然、苦笑すれば気になって当たり前かもしれないけれど――

 

「……しばらく仕事から離れていたから……。低賃金でも受けてみようか」

 

 街の清掃はいくらでもあり、また昇進した冒険者にとってはつまらないと判断されてしまう案件でもある。

 それをあえて受ける事にキーノは文句を言わなかった。

 お金が必要なのに大金を得る仕事を放棄する――その心境について一番知りたい筈ではないのか、とサトルはキーノに顔を向けつつ思った。

 こういうシチュエーションの場合はどういう選択が考えられるのか、とサトルはゲーム的に思考する。

 

(エロゲーの選択画面でもあれば暗転するのだが……。そういう仕様は無いのか? 出来ればあってほしいところだが……)

 

 ここが本当のゲームの世界ならば何らかの表示が出てほしいと――本気で――願った。

 異空間のインベントリ(アイテム倉庫)や魔法があるのに、どう考えたっておかしい。その筈なのに――

 

(見えないだけでステータス画面とか実は出ているんじゃないのか? おかしな光るエフェクトがたくさんあるんですけど!)

 

 と、天井に向かって声無き抗議をあげてみる。――数分待ってみたものの何も返答は無かった。

 当たり前かもしれないけれど当たり前ではない事態について誰か教えてほしいと思うのは本当だ。

 首の運動と称して軽く誤魔化しつつ仕事を選んでいく。

 いくつかの昇進を遂げていたとはいえサトルの内心では恥ずかしさが襲っていた。見栄を気にする性格が行動を阻害する。それを今回は無理矢理に押さえ込むのだから難題極まりない。

 ――どうしてそんな性格になったのか――と、原因を探れば『ギルドランク』という言葉が出て来た。

 一度上げたランクは下げたくない。それがプレイヤーとしてのプライドのようなもの――

 

 なんてみみっちいプライドだ。

 

 改めて考えてみるとそう思わざるを得ないくらい()()()()()

 仲間と交わした高尚な目標であるならばまたしも、だ。

 日銭にあくせくする労働者に過ぎない分際がプライドを口にする。

 

(一度上がった冒険者のランクは早々下がりはしない。……規則にだって一週間サボったら下げますよ、なんて書かれてはいない)

 

 そこは何度か確認した。

 余計なゲーム感覚が行動の障害となるのは勘弁願いたいものだ。しかし、染み付いたクセは中々に無くせないのももどかしい。

 

◇ ◆ ◇

 

 この世界の冒険者は『総合ポイント』なる概念で競うシステムは存在しない。

 それゆえに他者との小競り合いは主に私闘に限られる。――早い話が喧嘩に類する事だ。

 他人を妬む事はあるかもしれないが、昇進を決めるのは冒険者組合の人達だ。そこに人となりも含まれるので単なる力自慢では最上に昇れはしない。

 仮に昇れたとしても白金(プラチナ)級以上ともなると責任問題が付随してくる。

 単に報酬が多く貰える、だけが冒険者ではない。そこがサトルにとって厄介なシステムだ。――だからこそ面接を早めに(おこな)っている。

 低いうちに仲間を集め、時間をかけて上に昇る。

 最上(アダマンタイト)からだと仲間としての親密度が低そうだから。所詮は『虎の威を借る狐』――または『烏合の衆』が関の山。

 切り捨てる分には問題ない。だが、それは今のサトルの目的に合致していないという話しだ。

 信頼の蓄積はとても大事だ。それが愛着を持てない相手だとしても。

 

(……今は小銭でも稼いでおかなければな……)

 

 自分に小さく活を入れつつ依頼書をボードから剥ぎ取る。

 簡単な仕事は多く、頭を整理する上でしばらく請け負ってみる事にした。

 亜人が住民として多く住まう『アーグランド評議国』において人間の姿に偽装しているサトルは割り合い喧嘩を売られる対象――または下等生物扱いされやすい。

 この清掃の仕事も今のサトルだからこそ何の疑念も抱かれないメリットがある。

 

(この国は小金を稼ぐ上では過ごし易い。名声を積み重ねてしまうと人間である事が逆にデメリットになる)

 

 羨望は亜人や異形種なら受けるが人間では物凄く悪目立ちする。だからこそ面接に来る者は大抵サトルを軽く見ている。

 ――それくらい粋がった相手でないとあっさり死ぬ可能性がある。

 冒険者として何かを自慢しているほうが心強い。

 逆に気弱だと気になって仕方が無い。あっさり死んだ日には多くの者達から疑いの目を向けられる。

 ――そういう注目度は必要としていない。

 

「……サトルが決めたらいい」

 

 そう言われるだろうとは思っていた。しかし、時と場合によれば全責任を負いかねない問題となる。

 ――キーノはそれでも文句は言わないと思うけれど、時々彼女の意見が欲しくなる。

 

 君は俺に何をさせたい。または何を望むのか、と。

 

 たまたまの出会いで今に至るが――彼女は元々は貴族の令嬢――お姫様だ。

 類稀な魔法の才能を持ち、それに目を付けられて今に至る。――大幅にはしょったのはいちいち回想シーンに没入するのが面倒だからだ。

 それでもちゃんと聞いておかなければならない気がした。

 得体の知れないアンデッドモンスターと共に居て()()()いいのか、と。

 

◇ ◆ ◇

 

 モヤモヤとした思考に耽ったところで決断力が凡人以下の自分には話かける事が意外と難しかった。

 別にコミュ障(コミュニケーションが出来ないわけ)ではない。

 女の子とお話するのが苦手なところがあるだけだ。

 肉体があれば顔を赤くしたり、肌が触れただけで叫びだす厄介な冴えない主人公なのだが――アンデッドモンスターの恩恵で精神的に取り乱す事が少なく済んでいる。

 気持ち的には色々と一般の人間と大差が無い筈だが。

 ――実はこっそりキーノの胸に手を置いた事がある。

 幼い身体ゆえに平坦で掴みどころが――

 即座に精神が沈静化し、しばらく呆然となってしまった。だが、同じくアンデッドである筈のキーノは女性としての恥じらいが無いのか――種族の特性のお陰か――全く気付いていない――気配や素振すらも感じなかった。

 サトルの知る文化(カルチャー)はこの世界――というかアンデッドにはビクともしないようだ。鉄よりも尚硬い『七色鉱』で出来ているんじゃないのかとさえ思う。

 

(自分という存在が人間であるのか、アンデッドモンスターであるのかの確認だったが……。意識は人間なのに精神がアンデッドになったり人間になったりと忙しい。……それが本来は正しいあり方なのかな)

 

 知識にある創作物とはまるで違う。

 創作者が実際の生物に詳しくなく、単なる想像で作り上げているせいもある。

 本物のモンスターは実際にはこういう存在だ、と知れば文化(カルチャー)に革新的な変化が起きる筈だ。

 それを地球に届けられないのが残念であり、余計な争いの種が広まるかもしれないが、あんな世界(地球)が混乱する程度は毛ほどにも気にならない。むしろ、より楽しい世界になるかもしれない。

 ――出来れば自分の能力の恩恵も持ち帰れたらいいのだが――そこまで都合は良くない筈だ。

 

(思考の脱線もまた……アンデッドの特性なのかな)

 

 軽く溜息をつきつつ剥ぎ取った依頼書を受付に持っていく。

 目下の目的は日銭を稼ぐこと。だが、野望は大きいに越した事はない。

 

◇ ◆ ◇

 

 後ろからサトルを眺めていたキーノは彼が色々と悩んでいる事には気付いていたが、声をかける材料が無かった。

 アンデッドモンスターだし、一日中起きている生活は精神的にきついかな、と思っていた。だが、勉強と瞑想で時間が潰せている。むしろ覚える事が多くて四苦八苦していた。

 

(魔力系はまだ第二位階に届く程度だけど……。その魔力系についてサトルは書物以上の知識を持っているところが凄い)

 

 どうやって覚えるか以外の知識では雲上の存在であった。

 細かい特殊能力(スキル)の事にも造詣が深い。――時々、彼の本気はどの程度なのか知りたくなってしまう。

 もちろん、異常な能力を見せると周りが騒ぎ出す。

 サトルは大騒ぎするような事態を好まない性格のようだから無理は言わないけれど――一度は拝んでみたいと思うのは魔力系魔法詠唱者(マシック・キャスター)だからか。

 

(……サトルはきっと優しい人だ。英雄というものは目立つ存在だけれど、孤独でもある。誰からも尊敬され、けれども……誰からも助けてもらえない)

 

 世に知られている英雄譚の主人公の最期はどれも悲惨なものが多い。

 悲劇作家が多いせいもあるし、喜劇はなかなか民衆受けしない。

 キーノも勉強の合間に読んではいるけれど、名声を得る多くの者達の最期は孤独との戦いだ。

 

 死んだら受け継ぐ者達で争い始める。

 

 サトルの場合は簡単に死なないと思うけれど、遥か先を見据えているのは理解した。

 富と権力を得た後、争いによって全てを失っては困る。

 そんな事を考えていたら受付からサトルが戻ってきた。

 

「今日一日……と言いたい所だが……、世知辛い世の中は何処でも一緒のようだ」

 

 人間の姿に偽装している彼は表情豊かに苦笑していた。

 無理して宿に泊まる必要は無いとしても仕事に対して律儀な一面は嫌いではなかった。

 そんな彼の力になれるのであれば――身体がバラバラなるようなものでもないかぎり――協力したいと思っている。

 

(……そんな彼とて自分の目的の為に動いている筈だ。いつか……きっと別れる時が……。……その時は……考えたくないな)

 

 一生供として生活するのか、出来るのかは分からない。

 甘えられる今が――たぶん――一番幸せではないのか、と。キーノは痛みを感じない筈の胸にチクリと針が刺さった。

 精神的に強靭だと言われているが、それはあくまで一般論に過ぎない。

 心はまだ幼い少女である――

 

◇ ◆ ◇

 

 惰性のように依頼を受け、一日から一ヶ月と時間が過ぎていく。

 それ自体は他の冒険者や住民も同じ――

 キーノも焦りを覚えるような気持ちは湧かない。

 ――ただ、サトルだけは現状を打破しようと色々と考えているようだった。

 

(資金調達は順調だが……。他に金を稼ぐ手段は無いものか……。商人か貴族にでもなるしかないのか? 農民とか経験は無いし、手続きが面倒なものはちょっと勘弁願いたい)

 

 ゲームであればモンスターを倒したり、アイテムの売買で生計はいかようにも出来た。

 だが、ここでは現実的な問題として様々な手続きが障害となっている。

 売るものはあるにはある。それとて無くなればまた苦悩の毎日が訪れる。

 それには自分ひとりでは駄目だ、という結論にすぐ至る。

 

(経済の事は音改(ねあらた)さんが居れば任せられるのに……)

 

 必要な人材が居ない以上、自分ですべて考えるしかない。だからこそ仲間がどうしても必要になる。

 そういう堂々巡りの思考が行動を狭めていく。

 面接はどうしても必要だ。自分の要求水準は落とせない。

 金も必要だ。――薄っぺらい自尊心の為に。

 

(……俺が我慢すればもっと選択の幅が広がる気がするけれど……、それが出来れば苦労はしない)

 

 一歩前に進む決断力が自分にはまだ足りなかった。

 キーノに顔を向ける。

 何かを期待している雰囲気を醸し出している。何を聞いてもサトルが決めればいい、としか言わない。

 いや、そう思い込んでいるだけで彼女の気持ちをまともに聞いたためしがあっただろうか、と。

 聞けるのか、と尋ねてくる自分が居る。――小さな女の子に声をかける度胸があるのか、と。

 あるから一緒に連れ歩いているのではないのか。そうでなければ――

 

 なんだというのだ。

 

 自分は人間ではなくアンデッドモンスター『死の支配者(オーバーロード)』だ。大抵の精神的な攻撃は無効化出来る。――自分の小さな葛藤すらも。

 それを何故、十全に活用しない、と激を入れるもう一人の自分――

 

(乳首くらい平気だろう、鈴木(すずき)(さとる)っ! 相手は単なる幼女っ! 妹みたいなものだ。……俺、一人っ子だけど……)

 

 小さな子供に話かけるのは大人としては別に出来なくはない。

 周りからの視線は人間の男であれば痛いと感じる程度――アンデッドの身体でも痛いと思ってしまうけれど。

 それを『幻肢痛』として処理してしまえばいいだけだ。

 たかが女の子の一人や二人――

 そう強く思いつつキーノの頭に手を置く。

 

「?」

 

 突然の行動に小首を傾げるキーノ。それと言葉が続かない大人の男性――人間に偽装しているサトル。

 ――中身は人間なので偽装しなければならない事態がおかしい――

 子供の頭を撫でるくらい平気だと思ってしまったが、実際はそう簡単に他人の頭に手を乗せるなどとんでもない行動ではないのか、と思った。しかも他人だ。上司の頭に手を乗せる奴は見たことがない。

 だいたい意味があるのは誉める時くらいであって挨拶で頭を撫でるとは何事だ。完全に子供扱いしているじゃないか、と。

 もし、自分の妹であれば他人からそんな事をされたら激高する自信がある。勝手に触るんじゃねぇよ、殺すぞ、と。

 

(……なんだ……。俺、愛着が湧かない、とか思っておきながらキーノを大事にしてるじゃん。正確には大事に思っている、か……。吊橋効果も妙な力を持つものだな)

 

 そういう現象を研究する者を深く尊敬する。

 軽く息を吐きつつ――折角なので――キーノの頭を撫でる。深い意味は無いけれど――

 

「……こんな俺について来てくれてありがとう」

「!? ……うへぇ……、急に言われると……恥ずかしいな」

 

 照れつつ仮面で顔を隠すキーノ。

 異形種の国なのだから別に可愛い顔は隠さなくてもいいのに、とサトルは思ったが言葉には出さなかった。

 

(……うわぁ。なんか相当恋愛フラグが溜まってません!? 思ってたのと違うような……)

 

 サトルとしてはもっと子供らしい無邪気な反応を予想していた。それが顔を赤らめるところまで来てしまった、と予想外の事に驚く。

 大人っぽい反応に思わず言葉に詰まるサトル。――もちろん精神が即座に抑制される。

 小さな身体だからといって甘く見ていたのかもしれない。

 年齢で言えばキーノも既に立派な成人女性と大差がない、筈だ。老化しないから実年齢が分かりにくい。

 アンデッド化によって時が止まっているのは肉体年齢だけであり、内面は今も成長中――たぶん。

 

◇ ◆ ◇

 

 そうしてサトルとキーノの二人の生活が末永く続きましたとさ、めでたしめでたし。

 穏やかな日常が続けばありえなくはないグッドエンディング。――しかし、ゲームとは違い、画面が暗転する事無く日常は決して幻にならない。

 金貨を数十枚ほど稼いだところでサトルは変化しない景色に――擬似的に――溜息をつく。

 この世界に来て結構な日数が過ぎた。それなのにゲーム会社からも仲間からの連絡も一切無い。

 

(元より『伝言(メッセージ)』は今もノイズしか伝えてこない。……これは接続が切れている時に起きる現象だが、誰かに繋がったりしないものか……)

 

 試しに召喚魔法によって呼び出したモンスターに接続を試みると鮮明に伝言(メッセージ)が機能した。だから不具合はありえない。

 魔法の機能は今も健在である。それが分かってしまうと寂しさが襲ってくる。

 この世界に仲間が居ない、という事実を受け入れなければならない事に。

 元の世界である日本に大した愛着は湧かない。けれど、それでも自分の育った環境をすぐに忘れられるわけがない。

 朝四時に起きて会社に行かなければならないのだから。――とっくに解雇か捜索願を出されているか――後者はあまり期待していないけれど――

 

(帰り道を塞がれた俺はこの世界でどう生きるべきか。……無駄を承知で仲間を探す旅に出るのもありだが……)

 

 その前にこの世界に居るプレイヤーが自分ひとりなのか、という疑問がある。

 少なくとも数万人規模のプレイヤーが居た。その中のごく少数でも居てくれれば互いに情報交換のやり取りが出来る。

 問題があるとすれば自分には敵対者が多かった事だ。

 サトルのギルドはそれなりに悪党として有名だった。そういうプレイスタイルで臨んだから仕方が無い。

 

(ゲーム内のいざこざをこっちの世界まで持ち越す幼稚さはさすがに無いと願いたいものだ)

 

 悪のギルドといっても誰とも同盟関係を結ばなかったわけではない。

 時に敵対し、時に手を取り合うこともあった。

 願わくば同盟関係にあった関係者と接触したい。

 

(そんなピンポイントな人材が都合よく見つかるとは思えないけど……)

 

 仮に居たとしても元の世界に戻る手段は持っていない。

 であれば何が出来るのか――

 

 それはその時、色々と話し合うしかない。

 

 空論ばかりでは不健康なのでこの世界に来て気づいた事などを書物にまとめようと思った。

 恨み言ばかりになりそうだが――

 いざという時が来ないとも限らない。――せめてキーノが寂しくないように。

 

(俺が彼女にあげられるものなど大して無いのだから。……それと……突如として元の世界に戻されたら……、きっと泣くよな。吸血鬼(ヴァンパイア)だから泣かない、とか言われそうだが……。精神面は今も人間のままの筈だから……)

 

 自分だったら確実に路頭に迷う。または泣いたり、叫んだり――とにかく、当り散らす事は確実だ。――すぐに高ぶる感情は抑制されてしまうけれど――

 受けた恩に対してきちんと返すのがサトルの流儀だ。それはたとえ敵対者であっても。

 





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