ほかの日本企業に対しても成長戦略の範を示すような買収になるだろうか。日立製作所が、発電所から家庭や工場に電気を送り届ける送配電システム事業を、世界最大手のスイスABBから買収すると発表した。同事業の株式8割を約7千億円で取得し、最終的には100%傘下に収める計画だ。
今回の動きが注目されるのは、買収対象の事業の売上高が年間1兆円を超える規模の大きさだけではない。M&A(合併・買収)を多用して事業のグローバル化を加速する。欧米では当たり前の経営手法が、日立のような日本の伝統的大企業でも定着するかどうかを占う試金石になるからだ。
かつては「沈む巨艦」と呼ばれた日立だが、2009年3月期の巨額の赤字計上を機に、構造改革にカジを切った。川村隆前会長と中西宏明現会長の2人のリーダーがしがらみを断ち、テレビや半導体など競争力の回復の見込めない事業を大胆に整理した。
非中核事業の売却先として、「ハゲタカ」などと警戒されることも多かった米コールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)のような投資ファンドを利用したのも、斬新な試みだった。
一連のリストラによる収益回復後の14年に就任し、成長戦略を託されたのが今回の買収を決めた東原敏昭社長だ。世界の重電メーカーは原子力発電や石炭火力発電への逆風で苦戦が続く。東芝は経営危機に陥り、米ゼネラル・エレクトリック(GE)でも業績不振で経営トップが解任された。日立自身が進める英国の原発新設プロジェクトも難航している。
同じ電力関連設備でも送配電分野はブレが小さく、安定成長が見込める。ABBはこの市場で世界首位の製品や技術を多数持つ。GEなどの経営が順調なら激しい買収合戦になった可能性もあり、東原社長の「いい買い物ができた」という言葉は本音だろう。
とはいえ、ABBの事業を日立の全社的な成長や収益力の向上につなげるには課題も多い。買収に伴う混乱や優秀な人材の流出を防ぐ必要性はいうまでもない。
長期的には日立の得意な情報技術とABBの事業を融合し、再生エネルギーを含む多様な電源を網羅するスマートグリッド(次世代送電網)など新たな成長領域を創造できるかどうか。日本の電機を1世紀にわたってリードしてきた巨大企業の底力が問われている。
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