いまや将棋ソフトがトッププロより強いことは周知の事実ですが、プロ集団の棋力の個人差はどれくらいあるのかについて今回は考えていきます。
将棋の棋力を表す指標としてイロレーティング(Elo rating)があります。以降、この記事では単にRと呼びます。
トッププロと底辺プロとの間のR差は600程度。まず、これがどの程度の差であるのか考えてみます。
将棋ソフトでは、2倍の思考時間を使うとR200程度上がります。R200は勝率で言うと約76%。
つまり、思考時間の対数に比例してRは向上し、4倍でR400、8倍でR600、16倍でR800…。トッププロと底辺プロとの差はR600なので、つまり8倍の差しかないわけです。
実際は大局観や知識・経験で差がつく部分もあるわけで、それを考慮すると、読みの速度に関してはそれよりさらに小さい差(おそらく3、4倍程度?)しかないことになります。
これは、将棋が読みが中心のゲームであり、いかに大局観が優れていようと読まなければ頓死してしまうのでしょう。そして、人間はそれぞれ同じ脳の仕組みである以上、神経伝達速度などの限界により律速されているのだと思われます。
藤井聡太さんと底辺プロ(名前はあえて出しません)とが読みの速度に3、4倍程度の差しかないというのはにわかに信じられませんが、とりあえず計算上はそうなるようです。
まあ、人間の場合も2倍の思考時間を使って、R200上がるかどうかはそういう研究がなくて実際のところよくわかりません。ある時間以上使うと人間の場合、コンピューターと比較するとかなりの部分を忘れていくので、コンピューターよりは時間が増えたときの効率は悪くなりそうです。
いずれにせよ、将棋ファンの大多数(99.99%以上)は、底辺プロにも遠く及ばない存在ですから、人間の限界がどうだとか言う前に、どうやれば、その領域に到達できるのかを考えるほうが有意義かも知れませんね。
底辺プロという言い方はあまりにも品がないのでは。
最後の一文には同意しますが。
「底辺プロ」という言葉に蔑む意図はありません。この記事では「下位のプロ」ぐらいの意味で使っています。「下位のプロ」という言葉自体、ほとんど用例がないので、用例の多い(よく使われている)前者の言葉にしたにすぎません。
底辺の2文字は数学的でもあり統計的でもあり、蔑む意味はまったくないですが、数学や統計以外での用例としては蔑む目的で使う人が多いですから、わたしもひと目ビクッとしました。
でも、それを言い出すと究極的には言葉狩りになりそうですね(´ω`)
(順位上の)topの反意語はlowestですが、これに対応する訳語が日本語にないんですよね。あえて訳すなら「最下位」ですが、「最下位プロ」などという言葉は聞いたこともなく…。まあ「底辺」自体に世間的には良い語感がないので、公式な記事では但し書きを入れるなりなんなりしないとまずいんでしょうね。
功なり名を遂げた引退直前のC2ひふみんを「底辺プロ」と言わないでしょう。
「最弱(級)プロ」でよろしやん。
加藤一二三先生は、引退時のレーティング順位的にも「底辺」ではなかったような…。
もとい、「プロ最弱級」ですね。
これなら人ではなくて、抽象的な「強さ」
を問題にしてるから誰も傷つけない。(?)
おっと、比較対象も「藤井7段と同等の強さ」とする必要ありますが。
ボトムプロにしようぜ☆(*´ー`*)
下から上位プロで大丈夫
ということはアインシュタインやジョンフォンノイマンやラマヌジャンのような究極の天才と私の思考速度の差はせいぜいが10~20倍程度??
ある事象から何を連想するかが異なるだけで、思考速度自体にはほとんど差がない可能性すらあります。
(同じ)人間だもの。
うらお