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未来の紅茶っぽい銀河帝国に転生したチートが無双するだけの話 作者:猫弾正
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3-2 オベロン号

 惑星ザラに赴任する雷撃艇海尉艦長ピアソン大尉とその乗組員クルー輸送の任に就いたのは、第七辺境管区の鎮守府に属する輸送船オベロンであった。

 軍属であるデミトリー・アンドロビッチ艦長は、当年38歳。若干の不老処置を施した肉体はまだ若々しさを保っていた。

 アンドロビッチ艦長は一度、ピアソン大尉の夕食に招かれたのだが、大尉の好むクレラットはアンドロビッチにとってはアルコール分が弱すぎたし、材料は上質だが素朴で薄味な子牛の料理も、たっぷりの香辛料をかけた熱い料理を好む彼の好みには全く合わなかった。

 辺境宇宙へ赴くのに召使いやらメイドやらを連れているのも気に食わないし、そのメイドが船長好みの美人なのも気に入らない。質実剛健であるべき彼の神聖な宇宙船の一番いい客室に入りながら、ロココ調の猫足ソファとやらを設置して「殺風景で狭いが仕方あるまい」などと評価するに至っては、許しがたい所業であった。

 また、大尉が食後に誘ってきたホイストやらチェスなども全く気に入らなかった。ホイストに至ってはルールさえチンプンカンプンであった。ただ、サイコロをふるうだけのバックギャモンだけはそれなりに楽しめたが、それもノマドの小娘が空気を読まずに船長を7連敗させるまであった。

 そういう訳でデミトリー・アンドロビッチ船長としては、鼻持ちならないピアソン大尉。この気取ったログレス人貴族士官を好きになる要素は、最初から素粒子の欠片ほども存在していなかったのだ。


しかし、アンドロビッチ船長がピアソン大尉を好かないといっても、それはまだ虫が好かないといえる範疇に収まる問題であり、乗客の名士と輸送船の士官たちが集まる日曜の夕餉で出会えば、礼儀正しく挨拶できる程度には許容範囲の存在であった。


 士官といえば、オベロンには、もう一人海尉艦長が乗り込んでいた。

 アンソニー・クイン大尉も、ザラへの赴任を命じられた海尉艦長であり、ピアソン大尉にとっては先任となる。32歳の彼は、新世界領域との境界を守る警備艦隊で大型巡洋艦の何番目かの海尉を務めていたのだが、偶々、彼より序列が上の海尉たちが留守の時に、艦長から打診された辺境赴任と引き換えでようやく悲願であった艦長就任のチャンスを掴んだのだった。


 初めて顔を合わせたとき、クイン大尉は好意を示してピアソン大尉にこう告げたものだ。

「ピアソン君。40人はいささか少ないな。俺のほうから幾人か水兵を廻そう」

 クイン大尉の言葉に少し考えてから、ピアソン大尉は首を横に振った。

「クイン君、ありがたいが遠慮しておこう。だが、君の好意は忘れないよ」

 素っ気なく断られたクイン大尉は、いささか気分を悪くして、巡洋艦から艦長付き艇長としてついてきたハンフリーズに後でこう愚痴った。

「あのピアソンというのは、何を考えているんだ。最近の若いものは分からん」

 ハンフリーズは半世紀近くを王立海軍で過ごしてきた男で、クインが右も左も分からぬ士官候補生の頃からの付き合いてあったから、思わず苦笑いを浮かべつつ気安い口調でこう言った。

「貸しを作るのを嫌ったんじゃないですかね。若い者には良くあることです」


 ピアソン大尉がオベロンに同乗してから2か月。クイン大尉は各々の寄港地で若干名の志願兵を募っていたが到底、質がいいとは言い切れなかった。

 彼らはいずれも貧しい惑星の出の無教育な連中か、さもなくば問題を起こして数年は地元から姿をくらましたいような連中。一番上等な志願兵でも、恋に破れて自暴自棄になった青年で、水兵としての規則以前に集団生活の基礎を叩き込むところから始める必要があった。

 ピアソン大尉が見るところ、ログレスで募った強制徴募兵よりも遥かに質が落ちる連中で、頭数だけは小型の戦闘艇を動かすのに十分な数が揃っていたけれども怠け者や乱暴者、下手をすれば言葉も通じない外国人も多かった。


 ピアソン大尉は、二人きりになった時、ソームズ中尉に対してこう尋ねてみた。

「クイン君からの提案をどう思った?」

「ある程度、集団が均質化して高い水準を保っていたのに、今ここで新兵を入れるのは、全く意味がありません」

 ソームズ中尉の返答は、まったくピアソン大尉の思惑と一致していたので満足そうにうなずいた。

「ミュラ君も同じことを言っていたな」

 ソームズ中尉の顔が強張った。

「不安か。ソームズ」ピアソン大尉は尋ねた。

「あの女の目には、大尉殿を利用しようとする色が見え隠れします」

「君の忠誠には常々感じ入るものがあるよ。ソームズ」

 ピアソン大尉はソームズ中尉を宥めようと言葉をかけた。

「不要になることはない」

 ピアソン大尉が頬に手を添えると、ソームズ中尉は安心したように目を閉じた。

 その言葉だけで今は十分だった。

 ソームズ中尉は、しばし言葉もなく幸せに浸っていたが、突然に顔を上げて、扉を見た。

 数秒して、ノックが鳴らされた。

「なんだ?」とピアソン大尉が怒鳴った。

「船長が士官の皆様にご一緒に夕食はいかがかと」扉の向こうからボーイの声がした。

「喜んでご一緒させていただくとアンドロビッチ船長に伝えてくれ」

「分かりました」

 ピアソン大尉がソファから立ち上がった。

 目的地に着いたら、総督府の属領兵やザラの船乗りなどから良さそうな連中を引き抜いて、練度を維持しつつ、乗組員を増強する予定であった。

 どうせ5年から8年はザラで過ごすのだ。第七辺境管区は海賊は出没するとはいえ平時であり、十分な時間もあるはずであった。すべてはザラについてからの話だった。


 さて、オベロン号には、ピアソン大尉とクイン大尉、そしてその部下たちが乗り込んだのだが、乗客は彼らだけではない。この700メートルほどの巨大な船のコンテナには他にもザラへと向かう乗客や積み荷が満載されていた。ザラへの駐屯を命じられた総督府の役人に軍人、ログレス辺境勅許会社の社員とその家族、鉱山会社の社員に一山当てるつもりの山師、宇宙放浪者に貧しい星からの移民など広大な1等客室から雑魚寝の7等船室まで、数千人を超える人々を悲喜こもごも人生とともにオベロン号は載せていたのだけれども、一区画を借り切るような一等客のうちでも、アンドロビッチ船長が全く我慢ならないのは奴隷商人のニーソン氏とその積み荷であった。

 地球時代の古代から連綿と続く奴隷制という野蛮な悪習は、いまだに銀河で根絶えることなく各地に連綿と受け継がれているのだが、このニーソンという人物。辺境で奴隷売買を営み、財産を築き上げている男ほど、アンドロビッチ船長の生理的嫌悪感を刺激する相手はいなかった。


 ログレスにおいては奴隷の所持も売買も建国時から禁止されており、ログレス船籍の輸送船も奴隷を積み荷として扱うことはないのだが、物事には須らく抜け穴が存在している。

 召使いや養子、社員などと装って輸送船に奴隷を同行させる小口の奴隷商人は後を絶たず、中央ならいざ知らず、外縁領域や未踏領域に近い辺境では一々、取り締まってられないのが実情だった。


 恐らくは宇宙艦艇に乗るのも初めてであろう、未開惑星で買い付けられたと思しき連中たちが獣のような半裸姿に素足で彼の船の廊下を歩き回り、物珍しそうに機械にペタペタと手あかをつけまくる。

 浚われてきたと思しき麗しい乙女や壮健な男たちが倉庫に積まれた檻の中で、聞いたこともない言葉を喚き散らし、すすり泣いている。

 言葉が通じないながらも、恐らくはそれなりの文明世界の市民から海賊の襲撃で奴隷に転落しただろう者たちが、監禁用の個室から必死に法律に基づいての救済と解放を訴えかけているのを無視しながら業務に励むのは、乗組員の精神状態にとってまことよろしくない状況で、アンドロビッチ船長はニーソン氏が借り切った区画の担当職員に特別割り当てを弾んだのだが、なおも渋られて、怒鳴り散らすことでようやく彼らを業務へと戻らせることができるほどだった。


 土曜の夜には、乗客のうちでもよい客室に寝泊まりする名士たちが集まり夕食会を開くのだが、ニーソン氏はログレスの貴族士官が乗り込んでいると知って以来、彼を避けて夕食会に姿を見せなくなった。きっと実利的なログレス政府の外交方針の転換によって、友人から忌むべき奴隷商人へと転落した経験が一度ならずあったに違いない。ログレス人の芸術的な二枚舌外交についての批評ともかくとして、それだけでもアンドロビッチ船長がピアソン大尉を毎週、夕食会へと招く理由になっていた。


 今日の夕食会は、常にもまして規模の大きなものであった。数十人の一等客が招待されており、思い思いに集まって談笑している。

 クイン大尉も、ザラへと向かう辺境勅許会社の夫君に放置された役員婦人に何やら熱心に話し込んでいた。若く魅力的な役員夫人がころころと笑うたびに、クイン大尉も相好を崩している。

 隅のほうにニーソン氏も出ていた。熱い惑星の人間が好んで着ているだぶだぶの装束を纏っており、アンドロビッチ船長が可愛がっている小さなナターシャと話していた。熊の人形を抱えた船長の姪っ子が、ニーソン氏の言葉になにやら言うと、周囲の乗客たちがクスクスと笑いだした。ニーソン氏は憮然としていたが、アンドロビッチ船長が恐ろしい表情で歩み寄ってくるのを目に入れると慌てて陰になったところへと移動していった。


「あ……はん」とアンドロビッチ船長が咳払いをすると、乗客たちが船長に道を開けてくれて、ナターシャが寄ってきた。

「お前、あの人がどんな商売をしているか知っているのかね?」アンドロビッチ船長が非難するようにナターシャに言った。

「あの方は自分の星では司法官なんだって言ったわ。トロン星の大統領閣下直々に金色のバッジを貰って悪人を護送しているんだって」

「なんだって?では、やつは犯罪者を野放しで私の船で歩かせていると言ったのか」アンドロビッチ船長が仰天した。

「聞いてみたわ。彼は人材派遣の仕事もしているの。廊下を裸同然でうろついたり、火を焚こうとしたのは、貧しい辺境惑星の出稼ぎの人たちで、教育してから仕事を探してあげるんですって。やさしいわね」

 ナターシャは、くすくすと笑った。

「檻に入れられているのは野蛮人の犯罪者で、監禁されている人は、宇宙海賊の船に乗っていたから、本当に捕虜だったか調べてからでないと釈放できないんですって。国で発行している書類にもそう書いてあるのよ」とナターシャが言った。

「それが奴隷商人のやり口なんだよ、お前」アンドロビッチ船長は口ごもった。この幼い娘にどこまで説明していいものか分からなくなり、途方に暮れてうなだれた。


 その時、会場に流れていた曲が止まった。アンドロビッチ船長が楽隊のほうを見てみれば、ピアソン大尉が何事か厳しい口調で楽隊に命じており、音楽家たちは当惑しつつも曲を中断して、別の曲を演奏し始めた。

「あら、素敵な曲だったのに。あの人はみんなが楽しんでいても、自分一人の好みのほうが大事なんだわ」非難するようにナターシャが言った。

「お前のおすすめの曲だったね。なんて曲だったんだい?」

「古いSF映画のテーマ曲よ。悪の皇帝率いる帝国を共和主義者たちの反乱同盟軍がやっつけるの。とっても面白い映画なのよ」

「まあ、おまえ。今、陛下の軍隊が共和主義者の反乱軍に手を焼いているのを知って、私の楽隊にそんな曲を演奏させたのかい?」

「映画はただの映画だわ。それに楽隊の演奏を止めさせたからって、現実の反乱軍に勝てるわけではないのに。折角、みんなで練習したのにひどいわ」

 アンドロビッチ船長は妹の忘れ形見であるこの姪っ子を、この世の何よりも愛していたが、それでも時折、それに劣らないぐらい憎たらしく感じることもあった。

「とにかく、もうニーソン氏に近づいてはならないよ。彼は奴隷商人で危険な人間なんだ」アンドロビッチ船長が言った。

「あの偉そうな将校さんの連れているあの人たち。あの人たちこそ、奴隷ではないの?無理やり攫われてきたって言ってたわ」

 ナターシャがピアソン大尉を見つめながら首を傾げた。

 祖国ヴォルガの年中行事でもある政変から、妹夫婦の忘れ形見とともに必死に逃げてきて、ようやく船長職にありついたアンドロビッチ船長としては、貴族の不興を買うことはとにかく避けたかった。

 ログレスでは、海軍のお偉いさんと貴族というものは大変に畏怖されており、貴族で士官ときたら、どこに顔が利くか分からないのだ。船長職を首になったら路頭に迷ってしまう。

「あれは水兵だよ。お前。奴隷なんてとんでもない。立派な職業だ」とアンドロビッチ船長がいった。

「今日も鞭で打たれて可哀そうだったわ」頬を膨れさせたナターシャが言い張った。

「あのカペー人の将校さん」とナターシャが言葉を続ける。

「ミュラ少尉かね?」

「そう、あの女の人。部下を苦しめて喜んでいるみたい。猪みたいなおじさんと一緒に、動きの遅い水兵さんをいじめてチシャ猫みたいに笑ってるの」頬を膨らませるナターニャ。

「チシャ……なんだって?」とアンドロビッチ船長。

「チシャ猫よ、不思議の国のアリス。知らないの?」とナターシャが非難するように言った。

「あいにくとアニメは見ないのだよ。お前」

「アリスは、アニメじゃないわ。おじさんったら、子供のころになにを読んでいたのかしら。

 とにかく、部下にはえばりんぼなのに、上役の人が来ると二人ともぺこぺこしてるの。いやらしいっていったらないわ。それで一番偉い将校さんは、また下の将校さんがしてることを偉そうにふんぞり返りながら見てるのよ」

 ナターシャがぷりぷりとしながら、糾弾した。

「嫌な人だわ。貴族っていやだわ。学校のリンデン先生みたいに、みんな、えばりんぼなんですもの」

「まあ、おまえ。共和主義者みたいな口を聞くんじゃないよ」

 リンデン先生のことは知らないが、アンドロビッチ船長はたしなめた。

「まあ、おじさん。共和主義の何が悪いの?共和主義って素敵だわ」

 ナターシャが素早く切り返した。アンドロビッチ船長は、天を仰いだ。

「ねえ、おじさん。注意してあげてよ。部下には優しくしてあげなさいって。じゃないといつか後から刺されちゃうわ。船長は船の中で一番偉いんでしょう?」

 アンドロビッチ船長はむにゃむにゃと口ごもった。



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