―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~ 作:NEW WINDのN
<< 前の話 次の話 >>
深夜……先程まで明るかった
ナイトクラブとは言っても、基本的に就寝時間の早いこの世界では、せいぜい午前0時というのが営業の限界時間といえた。
「じゃあ、お疲れさまです」
「お疲れ様でしたー」
ルクルットとニニャは、仕事を終えて店を出るところだった。
「気をつけろよ」
店長のルーイが、笑顔で二人を見送る。
「はい」
「店長も気を付けてくださいね」
ルクルットとニニャは、大きく手を振った。ルーイもそれに対し軽く手を振って応える。
(どうも嫌な気配がするな……“雨”でも降るかもしれないな)
ルーイは、何か不穏な気配を感じていた。
「今の見ました? 初めてですよね」
「ああ。あの店長が手を振るなんてなー」
店がオープンしてからの付き合いで、いつもこのような形で見送ってもらっているが、今までルーイが手を振ったことはなかった。
「もしかして、明日は大雨かもしれませんね。ははっ」
「あははっ! かもしれないな」
気心しれた二人は笑いあう。これもまたいつもの平和な光景と言える。
「それにしても今日はすごかったですね、あの“蒼の薔薇”のラキュースさんが来るなんて」
ニニャは今日一番インパクトのあった来客を話題に出した。
「一人だけで来たけどな。すっげえ美人さんだったぜー。くーっ、ああいう人を嫁にしたい!」
「ルクルット……いいんですかー、ナーベさんに怒られますよ」
ニニャは苦笑しながらたしなめる。
「そういうなよ。ナーベちゃんのことは愛しているけどさー。他にも美人の双子姉妹もいるって話だったよな、“蒼の薔薇”には」
「そう聞いていますけどねー。実際には見たことないですから、何とも言えませんよ。それにしても、そんなにあっちこっちに浮気して。……それよりブリタさんとはどうなんですか?」
「ぶーっ! どうしてここで、あんな“へちゃむくれ”の名前が出てくるんだよ。俺のストライクゾーンから外れて…」
楽しそうに笑い合っていた二人は不穏な気配を感じて足を止め、ルクルットはニニャの前に出て剣を抜いた。
「〈
ニニャも念のために持っていた杖を構え防御魔法を発動させた。二人の経験が、危機を教えてくれている。
そして角から、二人の行く手を阻むように10人の男たちが姿を見せた。全員黒い服装で身を固め、黒い頭巾で顔を隠している。手にはすでに剣を握っていた。
「
一行の先頭に立った者が、低く聞き取りにくい声で尋ねてくる。
「そうだけど、もう閉店だぜー? 明日の夕方からオープンだ。出直してくれよ」
ルクルットはいつもの調子で答えながら、相手の武装を確かめる。
(切れ味鋭そうな剣と、鎖帷子か。そろいの衣装といい……まともな職業の奴じゃなさそうだな)
ルクルットの背中を冷たい汗が流れる。この相手は危険だと本能が察知しているのだろう。
「そうか。それは残念だ」
まったく残念と思っていない声が返ってくる。
「ちっ……やっぱり、今から店を開けてくれってわけじゃなさそうだな」
「ですね。〈
ニニャは先手で魔法を放つ!3つの光の矢が男たちを襲うが、一人を除いて全員に避けられてしまう。
「こいつら……やっぱり、やり手だ。油断するな、ニニャ!」
ルクルットの顔が緊張に満ち、声にも力が入る。
「わかっています。……不利な状況ですね……〈
ニニャは、もう一度魔法を発動させる。
「そんなもの無駄だ」
リーダーと思われる男が、頭巾の下で嘲笑しているのがニニャ達には伝わってくる。
「それはどうでしょうね!」
再び男たちを狙って2本の光の矢が飛ぶが、全て回避されてしまう。
「ふっ……だから無駄だと……なにっ?」
男はまるで違う方向に光の矢がひとつ飛んでいくことに気が付いた。
その、光の矢は、黒頭巾の男たちとは逆方向、
(早く、だれか来てください!)
ニニャは援護が来ることを願った。
「しまった! くそっ……早く殺せ!」
男の指示で4人がニニャに、さらに4人がルクルットに襲いかかる。
「ニニャっ!」
4人の男に包囲されたルクルットは、援護にいけない。
「くっ……」
ニニャは、一人目の剣先で服を斬られながらも、ギリギリ無傷で回避してみせた。
「なっ!」
ひ弱な
「〈
その隙をニニャは見逃さない、
「がはっ……」
近距離からの4つの光の矢が、男の体を直撃! そのまま男を数メートル勢いよく吹き飛ばした。後頭部から地面へと突っ込んだ男はもはやピクリとも動かない。
「バカがっ! なにをやっているんだ!」
二人目の男が舌打ちをしながら斬りかかる。
「くっ……〈要塞〉」
ニニャは、二人目の剣を、武技を発動して杖で受け止めてみせた。
「なっ……なんだと?」
これには仕掛けた方が驚き、目を見開いた。もっともルクルットも同じようにビックリしていたが……。
まあ
これは、ニニャの努力の結晶だ。魔法の修練をしながらも、最低限身を守れるように武器戦闘の修練も行っていたのだ。
“漆黒”からの戦闘訓練と、ペテルの指導、そしてクレアとレイとの実践稽古の成果が出たといえる。
「死ねっ!」
しかし両手がふさがった状態での、3人目の剣は躱せそうにない。タイミングを合わせることができれば〈要塞〉は鎧などでも発動できるが、タイミングはシビアである。
専門職ではないニニャは、そこまでの修練を積む時間はなかった。
「くっ……姉さん……」
ニニャはこれを避けられないと判断する。どうやら連れ去られた姉との再会は果たせそうになかった。
「くそっ! ニニャ!!」
ルクルットが悲痛な声を上げる。だが彼は攻撃をかわすのが精いっぱいで救いにはいけない。
「やらせないよー」
ニニャを貫こうとした剣は、聞き覚えのある声の持ち主によって弾かれる。
「クレアさん!」
ニニャの待っていた援軍がやってきた。
「はーい、ニニャちゃん。ねー、だいじょーぶ?」
クレアことクレマンティーヌは、警棒を片手に疾風のような動きで剣を叩き落とし、2発目で頭巾男の顔面をぶんなぐり意識を奪う。さらに舞のように華麗な動きで残りの頭巾男の剣をかわしながら、あっという間に残り2人を片付けてみせた。
「すごっ……。ありがとうございます、クレアさん」
「この程度当然。待たせてごめんねー」
クレマンティーヌは涼しい顔であった。
また、その間にルクルットは、レイことブレイン・アングラウスに助けられていた。
すでにルクルットを囲んでいた4人は、全員意識を失って地面に倒れ込んでいる。全員いずれかの腕や足をへし折られていた。ブレインがレイとして活動する際に持っている警棒は、オリハルコンをアダマンタイトでコーティングしたもので、軽く扱ってもこの威力である。
「ありがとうございます。レイさん」
「気にするな。これが俺たちの仕事なんだからな」
ブレインは楽しげに笑う。相手の弱さは不満だったが、何もないよりもこういうハプニングがあった方がいい。
「くそっ……援軍か……ひけっ!」
リーダーらしき男と、副官らしい男二人があわてて逃げ出す。
「そうはいかないわ。発動、
ラキュースの言葉に反応して、白銀の鎧の後ろに六本の黄金の剣が浮かび上がる。
「……いけっ!!」
ラキュースが、右手をバッ! と横に振りかざして大見得を切ると、六本の黄金の剣が射ち出され、意識を持ったようにリーダーと副官に襲いかかった。
「あばっ……」
「おらっ…ぐえっ……」
あっという間にリーダーと副官は戦闘力を奪われてしまった。
「ふん……偉そうにしていた癖に、あっけないわね」
役目を終えた六本の黄金の剣は、ラキュースの背中へと戻っていく。
「ラ、ラキュースさん!」
「ラキュースちゃん、愛しているぜー!」
ルクルットは、投げキッスを3つほど飛ばす。
「……それはいらないですけどね」
笑いながらラキュースは手を振って、ルクルットの投げキッスを全部弾いた。
「しょぼーん」
哀れルクルット……。
「貴女が……“蒼の薔薇”のラキュース・アルベイン・デイル・アインドラか。助太刀感謝する。私は用心棒のレイ。そして、こちらも同じく用心棒のクレアだ」
ブレインとクレマンティーヌの二人が頭を下げる。
「いえいえ。そこまで感謝される必要はないですよ。……もっとも私の力なんて必要なかったかもしれませんけど。……ね、アローさん!」
ラキュースは右手の建物の屋根の上を見る。そこには緑のフードの男、“緑衣の弓矢神”アローが弓を片手に立っていた。
「……さすがは“蒼の薔薇”のラキュースさんだな。気づいていたか」
「ええ。剣を射出する直前に気付きました。……それに正義の味方は高いところから登場するそうですしね。もっとも私が余計なことをしなければ、その前に矢で射ていたのでしょう?」
「別に余計なこととは思っていないが……」
実際攻撃のタイミングを外したのは確かだった。
「それにしても、ラキュースさんは何でこんなところに?」
ニニャが、代表して全員が思っていた疑問について問いかける。
「見回りに出ていたら、不穏な連中がいたので後をつけてみたのです。そうしたら、ニニャさんとバーテンさんを襲い出したので……」
「ルクルットですー」
しょんぼりしながらも抗議の声をあげる。ただ、声に元気はない。
「あ、ごめんなさい。つけてきたら、いきなりルクルットさん達を襲い出したので、助けようと思ったところで、レイさんとクレアさんが駆け付けてくださったので。変なタイミングでの登場になってしまいました」
ラキュースは頭をかく。
「まあ、真打は最後に登場するっていいますしね。とにかく助けていただいたことに感謝します」
ラキュースさん意外と早い再登場。
残り3話で、シーズンフィナーレです。