―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~   作:NEW WINDのN
<< 前の話 次の話 >>

41 / 70
シーズン3第8話『姉妹』

 城塞都市エ・ランテル。夜の闇に包まれた都市の大半はすでに眠りについていた。

 

 この時間帯にまだ活気があるのは、一部の飲み屋と、ナイトクラブVERDANT(ヴァーダント)くらいであろうか。

 そのVERDANT(ヴァーダント)から、それほど離れてはいない暗く薄汚い路地を裸足の少女――顔立ちはまだ幼く、10代半ばといった印象を受ける――の二人が必死の形相で走っている。二人とも金色の髪が美しく、どちらも整った顔立ちだが、服はほこりまみれであり、顔もところどころ煤けていて、全体的には薄汚れた印象を受ける。

 

「お姉ちゃん!」

 妹が、恐怖に震える声で叫ぶ。背は姉よりも5cmほど低く、肩幅は逆に広い。その肩のあたりまで髪が伸びている

「駄目、止まらないで、苦しくても逃げて!!」

 姉は、肩甲骨のところまで伸びた長い髪を邪魔そうに右手でかきあげながら、後ろを振り返る。

(距離が縮まっている……)

 その瞳には、追手の男二人の姿がハッキリと見えた。

 

「待てえ、こらあっ!」

 男の一人がしゃがれた声で叫ぶ。

「待てと言われても、待つわけないでしょ!」

 姉は叫び返し、重くなりつつある足を一生懸命に動かす。

(走れ、走れ、走れっ! なんとか、あそこまで行かなくちゃ!)

 遠くにパールホワイトの建物が見える、そこに逃げることができれば、助かると彼女は考えていたが、後ろから追いすがる二つの影は着実に近くなってきていた。

 

「この先は二股に分かれるが、先で合流する。……回り込め!」

 しゃがれ声の長髪の男が指示を出す。

「OK!」

 指示を受けた坊主頭の、目つきの鋭い男は左側の道へ走る。

「逃がさん!」

 長髪の男は、前を走る少女二人を追いかけ、右手の道へ。

「あと、少しだから! 頑張って!」

「うん、お姉ちゃん!」

 姉妹は心臓が飛び出そうなくらいに苦しくなっていたが、一縷の望みを託し、目的地へと走る。走る。走る。

 

「きゃっ……」

 だが、あと少しというところで、姉が足元に転がっていた木を思いっきり踏んでしまい、足を滑らせて転倒してしまった。

「お、お姉ちゃん!」

 妹は足を止め、振り返る。

「サラ、逃げてっ! 走って!!」

 姉は、妹にとにかく走れと命じ、自分も急いで立ち上がって、後を追って走り始める。

「うっ……」

 だが、足が止まってしまった。彼女の右足の土踏まずからは、鮮血が流れだしている。どうやら、先程木を踏んだ時に足の裏を切ってしまったらしい。

 

「くっ……あと少しなのに……サラ、こうなったら貴女だけでも逃げて……」

 歯を食いしばって痛みをこらえるが、とてもではないが走ることはできなかった。

 

「ヘヘヘッ……どうやらここまでのようだな」

 ついに追いつかれてしまった。男はニヤニヤと下品な笑みを浮かべている。

「くっ……」

 姉は、ギュッと右拳を握り込んだ。

(……こうなったら、戦うしか……ない)

 少女は、決意を込めて瞳で、顔全体に“王”という漢字のような傷跡の残っている、凶悪そうな男を睨みつけた。

「へっへっへ……お嬢ちゃん、もう逃がさないぜ」

 笑みを浮かべながら、少しずつ距離を詰めた男は、スピードを上げて掴みかかった!

「この―!!

 カウンターの要領で、少女は右拳を捻り込むようにパンチを放った。肩口まで捩じり込む想いのこもった一撃は、いわゆるコークスクリューブローと呼ばれるもので、放つタイミングは最高であった。

 だが、残念なことにここ数日ろくな食事をとっていない彼女には、もうパンチを打ち抜くだけの体力が残っていなかった。

 

 ペシッ……。

 

 情けない音とともに少女の想いを込めた拳は、男に軽々と受け止められてしまった。

 

「へっへっへ、くそ生意気なガキんちょだぜ。……売り払う前に少しオシオキが必要なようだな。なかなか立派なものを持っているようだしな」

「くっ……はなせっ!」

 左手でもう一度パンチを放とうとするも、その前に男は、片手で少女の胸元を掴み、ボロくなっていた服を引き裂いた。

「きゃあっ……」

 白い肌が露出し、年齢のわりには発達した乳房と、まだ男を知らない桃色の突起が、男の眼前に晒されてしまった。

「……ほーう。ガキにしちゃ、いいもの持っているじゃねえか。ヘヘッ、俺が味見をしてやるよ」

 舌なめずりをしながら、男は左手を右の乳房へと伸ばし、荒々しく揉み、ピンク色の突起物を摘んで、弄り始めた。

 

「や、やああっ……やめてっ」

 もはや妹のことを考える余裕もなく、姉は恐怖で涙を流し、叫ぶことしかできなかった。

 

 

「そこまでだっ!!」

 声と同時にシュン! という空気を切り裂く音が聞こえた。

「うぎゃあああっ!!」

 次の瞬間、男は左手首を抑え鳴を上げていた。よく見るとその腕は、黒い矢に貫かれ、手首から先は、宙を舞っていた。

“姉”が矢の飛んできた方へ眼をやると、そこには“フードの男”が立っていた。

 

 

「あ、アロー様?」

 男の姿は、噂に聞くアダマンタイト級冒険者“緑衣の弓矢神”そのものであった。色は黒で緑とは違うのだが、彼女にはそこまでの知識はない。

 

 

「……成敗」

 フードの男が低い声で命じると、彼の影から赤い影が勢いよく飛び出し、手にした刺突武器で眉間を的確に貫いて、串刺しにした。

 

「串カッツ、一丁あがりー♪」

 赤いフードの女(スピーディ)ことクレマンティーヌはニイ~ッと口が裂けるように大きく歪んだ笑みを浮かべた。

 

 

「コッチも片付いたぜ」

 青のフード男(アーセナル)ことブレイン・アングラウスが、サラと呼ばれていた少女を伴ってやってきた。

 

 今までこのことは伝えていなかったが、アインズ達のこの活動で出た死体は、不可視化して周囲に伏せてある隠密能力の高いシモベ影の悪魔(シャドウデーモン)らによってナザリックに回収され、有効に活用されている。

 

「サラッ!!」

「お姉ちゃん!!」

 金髪の美少女姉妹がお互いの無事を確か、抱きあって、涙を流す。

(これ以上美しい光景にはなかなか巡り会えないだろうな)

 ブレインは、ガラにもなくそんなことを思っていた。

 

 

「あ、ありがとうございました、アロー様」

「ありがとうございます」

 姉妹は、深々と頭を下げた。

「少女よ、私はアローではないのだよ」

 アローと呼ばれた黒いフードの男は頭をふる。

「私はローレルといいます、アロー様」

「いいかい、ローレル。……私はアローに憧れて、彼の真似をしているニセ者だ。彼らの手伝いができれば、できればいいなと勝手に活動しているのさ。いわば自警団(ヴィジランテ)だよ。……まあ、名前は特にないがね。いくぞ!」

 アインズはそういうと、クレマンティーヌとブレインを引きつれ、屋根へと飛び上がった。

「すごっ……」

 自分たちにはとうてい出来ない動きに、二人の少女は目を見開いてその姿を見ていた。

 

「気を付けるのだぞ、ローレル、サラ」

 

 アインズの言葉だけが響き、彼女たちの救世主は、闇夜に消えた。

 

 

 

 

 

◆◇◆  ◆◇◆

 

 

 

 

 

「また、やられたわ」

「お前のところもか、うちもだ」

 謎の女と男が困り切った顔をしている。

「また、エ・ランテルか」

「ええ。最近、あそこでの取引はほとんど全て潰されてしまっているよ」

 麻薬取引をすれば取引現場を襲撃され、人身売買のために人を攫おうとすれば、逆にこちらの人員が行方知れずになるという状況が続いている。

「それと、うちの生産場の方は、“蒼”が狙っているようね」

 蒼とはアダマンタイト級冒険者チーム“蒼の薔薇”のことだ。

「王都では“蒼”が邪魔をするのは以前からあったことだが、エ・ランテルの方はどうなっている?」

「そうね。怪しいのは同じくアダマンタイト級の“黒”かしら」

「ああ。“漆黒”のことか」

 しばらく前に突如現れた“漆黒”。情報が少なすぎるため、組織としては手を出していない存在だ。もちろん取り込めるのであれば取り込みたいのだが、伝え聞く人柄からすれば、無駄足に終わる可能性が高い。

 

「何人かの貴族が接触を図ったようだけど、全て失敗していると聞くわね」

「“漆黒”が絡んでいたという証拠はないのだろう?」

「そうね。怪しいと思った理由は、我々の商売にとって邪魔になりそうなのよ。自分たちで店を立ち上げていて、その影響で我々の支配化にある店舗のほとんどが潰されたわ」

「ああ。それでそいつら、勝手にその拠点に乗り込んでやられたって話だったよな」

 勝手なことをした挙句、組織の名前を出したと聞いている。

 

「そうなのよね。それでわかったのだけど、そこにはかなり腕の立つ奴が集まっているわね」

「そうなのか?」

「ええ。店員たちは元冒険者で構成されているようね。といっても(シルバー)が最高だけど」

 その言葉に男は邪悪な笑みを浮かべていた。

 

「なんだ、それは。(シルバー)程度なら、あいつらなら楽勝じゃないか」

「話は最後まで聞いた方がいいわね。店員はそれなりだけど、店長は底が知れない強さだという話よ。聞いたことのない名前だったけど、力はミスリル以上。それと二人の用心棒はそれを遥かに上回るって話よ」

「ミスリル以上の強者が3人か……」

「それだけじゃないわ。その店は3階建だけど、その3階は漆黒が拠点として使っている」

「その店を襲うのは無理じゃないのか?」

「だから、その店から出たところで潰そうと思っているのよ」

 こうして悪の組織が動き出してゆく。

 

 アインズ達の自警団(ヴィジランテ)活動は、目論見通り徐々に八本指にダメージを与えつつある。

 

 

 

 

 

 




 

 今回登場するゲストキャラクター金髪の美人姉妹……今話のヒロインですね。このローレルとサラの姉妹は、ARROWに登場するダイナ・ローレル・ランスとサラ・ランスの姉妹から名前をいただいています。
 たぶん、知っている人はすぐに気付いたと思いますが、数は少ないはず……。

 ローレルは、シーズン2終盤にシャルティアがコスチュームを着用して、一時的に名乗らされていた“ブラックキャナリー”の正体ですね。
 妹のサラは、ARROWでは先に“ブラックキャナリー”になっていましたが、今は“ホワイト・キャナリー”として別作品(レジェンド・オブ・トゥモロー)に登場しているようです。二人ともオリバーと恋仲だった時期があり、ちょっと複雑な関係ですね。 

 本作では、今後アローの恋人になったりはしません。あくまでも、ゲストヒロイン扱いなので。







※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。