―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~ 作:NEW WINDのN
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エ・ランテルの市街地と、スラム街の境目にある、アダマンタイト級冒険者“漆黒”の拠点があるナイトクラブ
店を先頭に人々は長い行列を作って、きちんと並んでいた。それを一目見たアインズ――今はアイテムの力により、アローの姿であるが――は、日本人の行列魂と似たものを感じる。下は乳飲み子から、上はアンデッドのようになっている老人まで、老若男女問わずに自分の順番が来るのを、首を長くして待ち望んでいた。
お目当ては、“漆黒”の紅一点“美姫”ナーベである。実際にはハムスケも雌なので、紅は2点なのだが、それは数には入っていない。
「なぜでござるかー」とハムスケがわめいていたようだが、しょせんは使役している魔獣という立場であるし、ハムスケの性別などは誰も気にしたことがないのだから仕方ないことだろう。
「列からはみ出さずに、順番にならんでくださいねー」
「具合が悪くなった方や、飲み物を買うために列から外れる際は、係員までお声掛けください」
今日は
実際ブリタが体調不良で欠勤した際は、ニニャが
「こちらがナーベさんの列になります。まもなくアローさんの弓矢教室が始まりますので、参加される方は、お早めにこちらまで移動をお願いしまーす」
額に浮かんだ汗を袖で拭いながら、ニニャが声を張り上げていた。
◆◇◆ ◆◇◆
今回のイベントにおけるナーベの一人目の相手は、あのルクルット・ボルブであった。
「……ありがとう」
「くうー、生きていてよかったーーー♪ ナーベちゃん愛しているよー」
ナーベは、ややぎこちないながらも笑顔を浮かべ、ルクルットと握手を交わすことに成功する。
遠目から見ていた
(やればできるじゃないか。いつもやってくれればいいのにな)
(さすがですぞ、ナーベラル殿。それでよいのです)
二人は初めての学芸会を見に来た親戚の叔父さんのような気持ちでいたようだ。
「ナーベちゃん、リクエストです。俺の事褒めてください」
これはいきなりの難題といえた。アインズの心は滝のような汗を流している。
「あなたは……
若干棒読み気味であったが、概ねよい対応といえた。
(結局下等生物扱いは変わらないのかよ!)
アインズは褒めていいやら、ツッコミをすればいいのかわからなくなってきていた。
「くうー。ありがとうございます。今後も励みます!」
ルクルットは感激の涙を流し、名残惜しげにその場を去って行った。ここから彼は急いでスタッフに戻ることになる。列に並んでいる人に飲み物を売る担当業務が待っているのだ。
(これで俺は生きていけるぜっ!)
ジトっとした目で遠くから見ているブリタには気が付かないルクルット。彼は今幸せであった。
身内が最初の一人というのは、厳しい意見を頂くかもしれないのだが、これは予行演習も兼ねており、言ってみれば始球式のようなものだ。……握手会だから、始握手式とでもいうのだろうか。知っているだけに上手く反応できないことも考えられたが、先日のパンドラズ・アクターの説得が功を奏したようで、とてもナーベラルとは思えないよい対応であった。
「次の方、どうぞ」
静かに誘導をするのは
彼は次の人からチケットを受け取り、素早く枚数を把握する。今度の客も、リクエスト券を持っていた。
「ナーベさんいつも応援しています」
「……ありがとうございます」
冒険者風の男が顔を真っ赤にしながらナーベと握手を交わす。ナーベは信じられないことにニコニコと笑顔を浮かべている。
(ニグン風にいえば、ありえない……光景だな)
アインズはそんなことを思いながらも、ナーベの対応に満足感を覚えていた。
握手を終えた冒険者は、しばし躊躇った後、決意を秘めた表情でナーベの顔を見つめた。
「ナーベさん、冷たい目で俺を見ながら、どうか俺を罵倒してください!!」
その顔は真剣そのものであり、彼の心からの願いであることは間違いない。
(おいおい、それでいいのかよ。そういえば……常連さんが、
アインズは一瞬ずっこけそうになっていたが、アローとして動いている以上はここでは顔にも出さず体勢を崩さずにいた。
ナーベは笑顔をひっこめ、表情を引き締める。気合を入れているのが見てとれる。
「……この
握手はニコヤカに行い、そしてリクエストにはしっかりと応えて、本当に虫を見下すような冷たい目で冒険者ケモニンを見て、嫌悪感たっぷりに全力で罵倒してみせる。ナーベはとにかく一生懸命であった。
(……お金を払ってこれでいいのか?)
アインズにはわからない世界であったが、当の本人は、歓喜に震えながら、名残惜しそうに何度もナーベを振りながら退場していった。
(これでよかった……んだろうな。そうに違いない。うん、きっとそうだよ)
アインズは無理やり納得することにした。
「いつもお疲れ様です、ナーベさん」
「……ありがとうございます」
ここもしっかりと笑顔で握手を交わすナーベ。これを同僚である
「ナーベさん、いや、ナーベ様! オシオキしてください!」
彼の表情もまた真剣そのものであり、心からの願いであることはよくわかった。
「は、はあ……」
ナーベはさすがに困った顔を見せたが、急に顔つきが変わる。
(おや、何か思いついたようですな)
パンドラズ・アクターはナーベラルの変化にすぐに気が付いた。
「……歯をくいしばりなさい」
「は、はい」
低い声で言い放ち、相手がぐっと力を入れたのを見て、ナーベは慎重に力を抑えながら右手でビンタを叩き込んだ。
「ふぎゃっ……私にとってはご、ご褒美です……」
笑顔のまま喜びの余り意識を失ったが、床に倒れる前に店長のルーイにガッチリと抱きとめられる。
「やれやれだな。……レイ、頼む」
「……あいよ。仕方ねえなあ」
青い髪の用心棒レイことブレイン・アングラウスが、小麦の袋を担ぐように軽々と肩に乗せて救護ゾーンへと運び出してゆく。
「まったく変わった性癖の人多いねー」
「……お前に言われたくないと思うぞ、クレア」
「そういうことに興味なさそーなレイにも言われたくないけどねー」
救護ゾーンという似つかわしくない場所で待機していたクレア――クレマンティーヌとブレインがそんなやり取りをしているのが聞こえた。
この後も様々なやりとりがあったが、ここでは割愛する。どちらかと言えば、美人に罵倒されたいとか、貶めてもらいたいというようなM気質のお客が多かったといえるだろう。
もちろん、そうではない一般の人もたくさんいた。
「おねーちゃんみたいな美人に私なりたいー」
「正しいことをすれば、そうなれます。心が美しいものは、顔つきも美しくなれるものですから」
女の子に真面目な顔つきでアドバイスする。
「ナーベねえちゃんみたいなおよめさんがほしー」
「ならば強くなりなさい。そして、高潔な心を持つのです」
そして男の子には希望を与える。
きちんとした対応を繰り返すナーベの評価が上がっていく。
「やっぱり“漆黒”の人はそこいらの冒険者とは違うわねえ。ナーベちゃんもあんなに若くて美人さんなのに、しっかりしているべや」
「ほんと、ほんと。その通りだよ。今までは冷たい人なのかなーと思っていたけど、すっごくやさしかったべな」
「うちの息子の嫁に欲しいくらいだべよ」
「バカこくでねー。あんたのところにあんなベッピンさんが来てくれるわけねーべ」
「あいやー。それもそうだべなー」
街のオバちゃんたちがこう思ってくれたのは大きい。きっと彼女らの
「ナーベさんこれ、私の作った手作りのクッキーなんですー。あとで食べてくださいねー」
「……ありがとう。後でいただきますね」
イベントが終わったあとにナーベが中身を見てみると、ナーベをイメージして作ったと思われる人の顔をした出来の良いとはいえないクッキーであった。
(もう少し上手に作りなさい、まったく。これだから
心の中で文句を言いつつ、嬉しそうにハニカミながらクッキーをかじるナーベの姿があったそうな。
「ナーベ先輩に憧れています。私もナーベ先輩のような立派な
「……頑張ってください。あきらめないで継続することが力になります」
「ありがとうございます! ナーベ先輩、大好きです!」
「……あ、ありがとう」
今回の話は、いつもお読みいただいている皆様からいただいた感想を参考にさせていただきながら作成させていただいています。
いつもありがとうございます。
皆様に支えられて、この作品は続けることができています。
いただいたコメントなどは、話の中で今後も反映させていただくこともありますので、今後ともよろしくお願いいたします。
なお、このイベントの話は、次回へと続きます。