―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~ 作:NEW WINDのN
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「ありがとうございましたー」
店長のペテル・モークは、本日最後の客を見送ると、
「お疲れ様でした、てんちょー」
赤毛の店員ブリタが、いつものように紅茶を淹れて持ってくる。
今日のカップ&ソーサーは、漆黒に塗られており、カップには“漆黒の英雄”モモンのトレードマークである“真紅のマント”をモチーフにした絵が色鮮やかに描かれている。
このカップは浅く口が広くなっており、どうやら香りを楽しむ紅茶……フレーバーティ向けの仕上げになっているようだ。
ちなみにフレーバーティとは、一言でいえば“茶葉に香りづけをした紅茶”だろうか。
「サンキュー、ブリタさん。いやー、今日はいつも以上に忙しかったな」
「新商品も入りましたからね」
ブリタは手渡した漆黒のカップ&ソーサーを指差した。
「これのおかげでいつもよりも女性客が多かったですね。……もはや“漆黒”は武具だけでなく、一大ブランドになりつつあるのかも……おっ、いい香りだ」
ペテルは飲む前に、紅茶の香りを楽しむ。何かはわからないがフルーティな香りがする。香りを楽しんだペテルは紅茶を口に含んだ。
「……うん、美味い。……これは帝国産の茶葉に、柑橘系のフルーツフレーバーか」
「おっ! だいたい正解です。てんちょー、テイスティングのランク上がったんじゃない?」
ブリタは嬉しそうに笑う。
「そりゃ、これでも毎日飲んでいるからね。
ペテルにとって、閉店後の紅茶は日課でもあり、一仕事終えた後の楽しみでもあった。
「
「だね。“漆黒”みたいに一気にアダマンタイトまでは上がれないよ。そういえば、この間締め切った“漆黒の触れ合いイベント”もうすぐだったよね」
「ああ。あれですかー。すごい売上になっていますよ」
漆黒のメンバー3人+ハムスケの限定カードを、この“漆黒”公認ショップ
これは
“漆黒の英雄”モモンは、決して偉ぶることがなく、普段から老若男女問わずフレンドリーに接してくれることで人気がある。“緑衣の弓矢神”アローも、言葉数こそ少ないものの、モモン同様に分け隔てなく接してくれることで知られている。。
今回、普段はほとんど人と接することがない、あの絶世の美女“美姫”ナーベが参加することが発表されていることもあって、彼女と会いたい人間が多数押し寄せ、売り上げがトンデモないことになっていた。
「収益のうち何割かは、孤児院などに寄付するって話だったけど、すごい話だよね」
「ですねー。それよりてんちょー、私達にもボーナスでますかね? かなり忙しかったんですけど」
ペテルはブリタの瞳が金貨になっているような気がしていた。
「オーナーからは、そういう話を聞いているよ」
「本当ですか? やった! おきゃっ!」
「気を付けてくださいよ」
喜びのあまりに紅茶をこぼすブリタを見て、苦笑するペテルであった。
◆◇◆ ◆◇◆
深夜の城塞都市エ・ランテル。人影も少ない午前0時過ぎ。
「おう。例のモノは用意できただろうな?」
路地の手前にいた中央の男が低い声で尋ねる。
「ああ。ここにあるぜ」
路地奥の中央の男が応え、左右に控えていた男たちが“黒い粉”のようなものを見せる。
「よし。こちらもここに金は用意してある」
こちらもまた左右に控えた男たちが、持っていた袋を開き中に入っている金貨を示す。
「では、取引と行こうか」
「ああ」
男たちは距離を詰めて路地の中央で向かい合う。
「では」
「ああ。今回“も”取引は成立だな」
左右の男たちが金とブツを交換し、中央にたつリーダーらしき男たちは熱い握手を交わした。
「また頼みますよ」
金を受け取った側のリーダーがニッと笑う。
「「ではな」」
お互いに踵を返し、路地をそれぞれ進もうとするが……。
「そこまでだ!」
闇から声が響く。
「何者だ!」
「姿をみせろ!」
男たちは武器を抜き、キョロキョロとあたりを見回す。だが、人の姿は見えない。
「こっちだ」
声は建物の屋根の上から聞こえる。
「貴様……何者だ」
「どうせ消えゆく悪党に、名乗る名などは持たない」
屋根から3つの影が飛び降りてきた。3人ともフードで顔を隠しており、目元はアイマスクで覆われている。色は
「行くぞ」
黒のフード男――これはアインズが変身している
「了解」
「まっかせてー」
フードの3人が、ローブの6人に一斉に襲い掛かる。
「てめええっ!」
部下達が剣で迎撃するが、あっさりと赤いフードの女に避けられ、次の瞬間には額を右手に持ったスティレットで貫かれてしまった。
「んふふー、か・い・か・ん♪」
ドサッと前のめりに倒れた男を赤いフードの女――クレマンティーヌは踏みつける。
「次は誰にしようかなー」
次の獲物を探しながら、彼女は血のついたスティレットをペロッと舐めた。大型の肉食動物を思わせるような雰囲気に、命の危険を感じたもう一人の部下は、恐れを抱き、くるりと背を見せて逃げ出した。
「おそーい」
だが、回り込まれてしまった。
「くそっ! うああああああっ!」
男は目茶苦茶にナイフを振り回して威嚇するが、しょせんは無駄な抵抗であった。
「残念でしたー」
クレマンティーヌは再びスティレットで額を的確に突き刺し、瞬殺してみせる。
「くそがああああっ!」
「うおおおおおっ!」
部下2人は青いフードの闖入者――ブレイン・アングラウスに斬りかかった。
「殺!」
ブレインの領域に入った瞬間、二人の男の首がスパッ! という音とともに宙を舞った。
「秘剣――
これは目にも止まらぬ早業で、領域に入った男を一撃で首を斬り、そのまま返す刀でもう一人の首を斬り落としている。
あまりの早業にブレインの刀には一滴の血もついていない。それでもブレインは血ぶりしてから、鞘に刀をおさめる。
「さて残るはお前たちだけだな」
二人の男に弓で狙いをつけながら、アインズは近づいていく。
◆
「はーい。これで全部だよー」
金貨の入った袋をどさっと置きながらクレマンティーヌが声をかける。
「ご苦労だったな、“スピーティ”。“アーセナル”も見事だったぞ」
アインズは金貨の袋から数枚取り出して二人へと渡す。
「どうもー」
「ありがとうございます」
「せっかくの臨時収入だからな。まあ大事に使え」
アインズは残りの金貨をアイテムボックスへと放り込む。もうクレマンティーヌもブレインも慣れたもので、別に驚きもしない。
「そっちは、どーすんの?」
黒い粉――当然黒砂糖などではなく、王国で流通している“
「これか? そのうち取引材料にでも使うだろう。我々の目的のために」
別のアインズは麻薬取引を始めるつもりはないが、押収した麻薬にも使い道はあるだろう。念のために回収するだけのことだ。
そもそも、こんな末端の取引を潰したところで、たいしたメリットがあるわけでもない。八本指という巨大な組織にとってダメージは限りなく小さい。
だが、これを繰り返されれば、“八本指と取引をすると消される”という図式が生まれ、取引は成立しにくくなる。
街を汚す人間を潰しながら、徐々に組織にダメージを与える。彼らの活動は、街の
「もっと強い奴はいないのかなー、暇つぶしにもならないよ。弱すぎて」
「ぜいたくをいうな。そもそもお前は人間の中ではかなり強いのだ。そう簡単に望むような相手に会えるものでもないだろう」
「ちぇー」
「なんなら、この私と
「やめとくー。また腕折られるのは勘弁してー」
「残念だ。足を折ろうと思ったのに」
「それ笑えないよー」
言葉とは裏腹にクレマンティーヌは、なぜか笑顔であった。