―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~ 作:NEW WINDのN
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ルーイ登場の内幕を書いてみました。
ナザリック地下大墳墓第九階層にはアインズの執務室がある。ここは広さも手ごろであり、少人数での打ち合わせや、ちょっとした会議などに向いている。そのため、ここでは大事な話し合いが行なわれることが多かった。
今日アインズが招集をかけたのは、ナザリックの三大知恵者といえる守護者統括アルベド、第七階層守護者デミウルゴス、そして宝物殿の領域守護者パンドラズ・アクターである。この3人はナザリックにおいて頭脳的な意味での最強トリオといえた。
しょせんは一般人であるアインズにとって、この3人の頭脳の存在はありがたい。アルベドは設定の変更の影響があって扱いにくい部分があり、パンドラズ・アクターは、確かに頼れるが基本的にモモンとして外部に出ていること、ほぼ同行していることを考えると身近な問題はともかく、戦略的な部分で考えた場合、アインズが一番頼りにしているのは、デミえもんこと、デミウルゴスである。
今日も彼の意見を聞きつつ他のメンバーからの提案を聞いていたところ、思いもよらない展開になってしまった。
「なに? パンドラズ・アクターよ、あの男を蘇生させろというのか?」
「はい。アインズ様。……あの男は、必ずやアインズ様のお役に立てると思います! 氷漬けの死体として捕縛し続けるのはもったいのうございます」
ピンク色のツルっとした卵頭に3つの穴が開いた埴輪顔が自信満々に発言する。
(うむむ……なんだ、この自信あふれる表情は。何か確信があるのか?)
ここのところモモンとして同行しているせいなのか、最近のアインズはパンドラズ・アクターの表情を読み取れるようになってきていた。何故かは本人もわからないのだが、たぶん自分が創り出したからだろうとアインズは思っている。
「なりません、アインズ様! あの男はア、アインズ様に対し無礼を働いた者にございます。あのようなゴミ、生き返らせる価値などはございません! パンドラズ・アクター! 貴方はなんていう失礼な提案をするのですか!」
守護者統括アルベドが天使のような美貌を誇る顔を歪ませて、反対意見を述べる。腰の黒い翼も大きく開いて、パンドラズ・アクターを威嚇していた。この翼は、彼女の感情にリンクして動くことが多い。
(アルベドの感情をストレートに表現する機能でもついているのかな?)
アインズは思わずそんなことを考えてしまう。
「……確かにそうだったな。私を思っての発言嬉しく思うぞ、アルベドよ」
「そ、そんな嬉しいだなんて……」
アルベドの白い肌が上気し、頬がほんのりと桃色に染まる。黒い翼はワッサワサと羽ばたいていた。
「たしか……その時捕縛して、後に魔法をかけてから簡単な質問を三つしたところでアイツは死んでしまったのだったな」
「その通りでございます、アインズ様。最初に地位の一番高かったあの男から調べたのは失態でございました」
担当したデミウルゴスは痛恨の極みという表情を見せる。
「よい……人間は弱い生き物だ。だからこそ、自分たちを守るために情報の大切さを知っているのだろうよ」
「はっ。さすがはアインズ様。人間の考えることなど、お見通しでございましたか」
「世辞はよい」
「はっ! なお、その後の調査の結果、どうやら“誓約”や“誓い”といった特定の条件で発動する魔法の効果のようですが」
「……デミウルゴスよ、今回のようにその“誓約”によって死んだ場合はどうなるのだ?」
「はい、アインズ様。死亡によりその類の魔法は効果を失くします。この場合、生き返らせたとしても、魔法が再度発動するということは考えられないでしょう」
「なるほど。で、パンドラズ・アクターよ。今更復活させるというのはどういう狙いがあるのだ?」
アインズは顎に手を当てパンドラズ・アクターのツルっとした顔を見つめる。あんまり見たくはないのだが……。
「はい。恐れながら申し上げます。……まず、このタイミングでのご提案になった理由からお話させていただきます。アイ~ンズ様」
「うむ」
アインズは目で――といっても眼窟の奥に赤い炎がともっているだけだが――で続きを促す。
「はい。まず、あの男が死んだ時は、まだこの世界に転移してから日数が浅く、我々ナザリックは、まだ色々と手探り状態でございました。アインズ様が蘇生を行わなかったのは、“どこで復活するかわからない”という懸念点があったためと推測いたします」
「……その通りだ。正確な分析だな、パンドラズ・アクターよ」
「ありがとうございます。アインズ様。……先日、
一瞬、癖で敬礼をしそうになったパンドラズ・アクターだったが、何とか踏みとどまり、創造主との約束を守った。
「ああ。確かにその通りだな」
アインズは精神が沈静化するのを感じている。
(それにしても、今、話の後半は、なんだかオペラのような言い回しだったな。こんなにオーバーにするように設定したっけ?)
アインズは疑問に思うが、たぶん設定されているのは間違いないだろう。
「そして……あのニグン・グリッド・ルーインなる御仁は、スレイン法国特殊部隊六色聖典の戦闘エリート部隊“陽光聖典”の隊長を務めていました。未だスレイン法国の情報は十分集まっているとは言えません。幹部クラスの人間から得ることのできる情報は多いかと思われます。人間種以外を排除する国是です。我々と敵対する可能性が高い国家です」
パンドラズ・アクターはそのまま話を続ける。
「ふむ。確かにな。だが……奴が口を割るとは限らぬ」
「そこで……大変恐縮でございますが、至高の御方のお一人、タブラ・スマラグディナ様のお姿を取らせていただき、彼の記憶を吸いださせていただければと」
「タブラさんに?」
アインズはチラリとアルベドの様子を窺う。彼女は、タブラ・スマラグディナが作成したNPCの一人だ。当然思うところがあるだろう。
「はい。アインズ様とアルベド殿のご許可をいただきたいのですが」
「私は構わぬが……」
(それにしても、こちらは魔法で
アインズは心の中のメモ帳に、“みんなの能力の整理”と書き込んだ。
「アインズ様のお役に立てるなら問題はございません」
アルベドは頭を下げ同意を示す。
「アルベドが同意するのであれば問題なかろう。その方法をとるがよい」
「ありがとうございます。アインズ様、アルベド殿」
「いいこと、パンドラズ・アクター。必ずアインズ様のお役に立てるのよ」
「畏まりました、姫君。いやお妃殿でしたかな」
「くふうー。お妃……いい響きだわ……。さすがパンドラズ・アクター、見る目があるわね。そう私がアインズ様の正妃アルベドよ」
先ほどよりも大きく翼が動いており、その目は獲物を狙うような目つきに変わっていた。これは危険な兆候である。
「おい、
アインズは身の危険を感じて抗議の声を上げ、パンドラズ・アクターを睨みつける。
「いや、これは失敬。一度目の復活は私が担当させていただきますが、二度目の復活はアインズ様ご自身で仮面などを付けずにお願いいたします」
「それは、なぜだ?」
「はい。あのニグンという男はあの陽光聖典の中でも“信仰心が飛びぬけて高い”と、他の隊員から聞き出しております。かの国で信仰の対象となる神は六大神でございます。そのうちの一神。スルシャーナは、聞くところによればアインズ様に瓜二つの姿をしているそうでございますな」
アインズはパンドラズ・アクターの考えを読んだ。
「つまり私に神をやれということか?」
もっとも、モモンは基本的にパンドラズ・アクターが演じているし、オリバーとダーク・アーチャーの出番は多くはないので、アインズとアロー、魔王とヒーローという相反する二人としての出番がほとんどだ。
(それにしても俺は、いったい何役をやればいいのだ? だいたいなんでこんなことを……)
アインズは心の中で自嘲気味に笑う。「演じ分けるのも大変だ」と。だが、アインズは大事なことを忘れている。
【ある時は漆黒の戦士モモン、またある時は弓矢使いのヒーロー、グリーン・アロー。そしてその正体は……ナザリック地下大墳墓の主、
これは、彼の言葉であり、自分自身の決断によって今の状況があるのだ。
「いえ、正確には“神になっていただく”のでございます。アインズ様」
「元々アインズ様は我々の神も同然。当然のことですわね」
アインズは、なんだか怪しい新興宗教の教祖になったような気分がしていた。
「なるほど。それは面白いですね、パンドラズ・アクター。確かにそういうことであれば手駒として使える可能性がおおいに出てきますね。信仰心の厚いものが、六大神の中で、唯一現在公には信仰されていない、唯一異形の神であるスルシャーナの手によって蘇る。そして信仰の対象を変えるように誘導する。もっとも誘導する必要もなくこちらの手に落ちるでしょうが……上手く行く可能性は高いかと思われます。アインズ様」
「よかろう。ではパンドラズ・アクターの提案を是とする」
「ありがとうございます。アインズ様」
パンドラズ・アクターはフィギュアスケーターの、演技終了後の挨拶のようなオーバーな仕草でお辞儀を決めた。
こうして、一度死んだニグン・グリッド・ルーインは、タブラ・スマラグディナの姿をとったパンドラズ・アクターの手によって蘇生され、即座に生きたまま脳を吸い取られるという経験をさせられる。
彼の二度目のそして短い人生における最後の言葉は……。
「……あり、ありえない……あ、あ、ありえるかぁあああ!」
という絶叫であった。
次回へと続きます。