(cache)モーニング娘。はなぜあれほど複雑な歌割りとフォーメーションを両立できるのか?|平成が終わる前にアイドルダンスを振り返るプロジェクト|竹中夏海|cakes(ケイクス)

モーニング娘。はなぜあれほど複雑な歌割りとフォーメーションを両立できるのか?

今年、メジャーデビュー20周年を迎えたモーニング娘。2010年代の「アイドル戦国時代」を経てきた現在だからこそ、そのパフォーマンスの素晴らしさに注目が集まっています。モーニング娘。はなぜあれほど複雑なパフォーマンスを実現できるのか。その20年の蓄積を振り返ります。

「プロ・アイドル集団」とまで呼ばれるようになったモーニング娘。

フォーメーションとアイドルを語る上で外せない存在といえば、2012年以降のモーニング娘。です。綿密で複雑なフォーメーションダンスで知られ、多くのフォロワーを生んだ彼女たちですが、「プロ・アイドル集団」とまでいわれる理由はこれだけにありません。

たとえば彼女たちの楽曲は、ダンスだけでなく圧倒的に細かい歌パートも割り振られていること。さらに、グループの特性上メンバーの卒業と加入が繰り返し行われるため、その度に新しい立ち位置番号や導線、歌割りを覚え直しているということ。歌割りも振付もユニゾンの割合が高ければ応急処置も可能ですが、ハロー!プロジェクトの楽曲群は各メンバーの分担が細かいためそういったごまかしが効かないのです。

考えるだけでも気の遠くなるような作業ですが、驚いたことに彼女たちはメンバー編成が更新された際に、新しい歌割りをもらうだけである程度次の自分の立ち位置を予想できるようになったのだそうです。新しいことを覚えるよりも、一度身体に染み付いたことを覚え直す方がずっと難しいものですが、それを毎回やってのけてしまう姿はまさに“プロ・アイドル”です。

しかし、今でこそ「ハイレベルなパフォーマンスアイドルといえばハロプロ」というイメージが定着していますが、最初からダンスに特化しているわけではありませんでした。そうです、モーニング娘。は元々「シャ乱Q女性ロックボーカリストオーディション」最終選考の落選組5人で結成されたのですから*。
* ハロー!プロジェクトのダンスはこうして作られる!YOSHIKO先生の振り付け術

「モーニングコーヒー」でメジャーデビュー後、爆速で国民的アイドルグループの座に就き、妹分の松浦亜弥らが次々とデビューしてからもしばらくは歌を中心に見せるスタイルが続き、「LOVEマシーン」以降はテレビで見た人みんなが一緒に楽しく踊れる振付のイメージが定着していました*。
* 絶滅寸前、虫の息になった「アイドルダンス」を蘇らせたモーニング娘。のあの曲

プラチナ期を作り上げたリーダー・高橋愛

そんなハロー!プロジェクトの歴史において、ダンスレベルを格段に引き上げるきっかけになった人物がいます。モーニング娘。の第6代目リーダー、高橋愛です。彼女の存在なくしては、平成のアイドルダンス全体を語ることはできないといっても過言ではありません。

2007年5月に藤本美貴がグループのリーダーに就任したものの、その翌月に脱退したことから急きょ高橋愛がリーダーに、同期の新垣里沙がサブリーダーに就任することになりました。モーニング娘。といえば卒業と加入を繰り返すグループと書きましたが、実は高橋がリーダーに就任後は約三年間メンバーの入れ替わりがほとんどなく、代わりに固定メンバーでライブスキルを磨きあげたのです。

どんなに激しく踊っても歌声がブレない高橋は「ターンをしたあと顔に髪が掛からないように遠心力を使いこなしている」「身長が153cmしかないのにステージに立つと170cmくらいに見える」など、技術、表現力ともにパフォーマンス面で数々の伝説を残しています。

グループの中心に立つ人物は、メンバーにとって非常に重要な指針となります。時には歌い方やダンスの癖まで影響されることもあるほどで、センターという存在は単純に立ち位置が目立つだけではなく、グループ全体の空気をそれだけ支配するものなのです。

高橋が牽引したこの時期は、だんだんとメディア露出が減り、新興勢力のAKB48が勢いを増し始めた時期でもあります。苦戦を強いられているようにも見られていましたが、のちに歌とダンスのスペシャリスト集団として「プラチナ期」と名前が付くほど評価されています。アイドル戦国時代と呼ばれ始めた2010年以降、数々のアイドルがデビューしたことで、「モーニング娘。ってあんなにレベルの高いことを平然とこなしていたのか」と、“再発見”される格好となったのです。皮肉にもプラチナ期終焉とされる2010年12月、亀井絵里、ジュンジュン、リンリンの3人が卒業以降、その評価はさらに上がったことから、この時期のモーニング娘。は“アイドル界のゴッホ”といえるでしょう。


プラチナ期と呼ばれる時代のモーニング娘。

逆境がチャンスに変わった新メンバー加入

こうして技術的に最高潮を迎えたタイミングで、再びモーニング娘。に変革が起きます。2011年だけで、なんと8人もの新メンバーが立て続けに加入したのです。プラチナ期を支えたメンバーと入ったばかりのメンバーとでは、当然技術的な開きがあり、それが目立たないような振付を、とプロデューサーのつんく♂は当時、担当のYOSHIKO先生にオーダーをしたそうです*。
* 「踊れない子のために作った」フォーメーションダンスはこうして生まれた!

ひとりひとりの振付を比較的踊りやすいものにする代わり、フォーメーションチェンジを多くすることで全体が動いているように工夫したところ、その隊形変化がつんく♂の目に留まり、次のシングルではさらにそれを強調することで「フォーメーションダンス」は誕生しました。それがモーニング娘。にとって記念すべき50thシングル、「One・Two・Three」だったのです。

そもそもフォーメーションとはダンスを構成するいち要素であり、他ジャンルでもたとえばバトンやチアダンス、マーチングバンドなどの団体競技では評価対象として基本動作に含まれています。それまでアイドルの振付でも取り入れられているものではありましたが、2012年以降のモーニング娘。はそれに特化することでフォーメーションダンスを武器に、世間からの注目を再び集めました。

細分化された歌割りが生んだ新しい振付

最初はメンバー間の技術差を取り繕うために始めたこのスタイルでしたが、徐々にダンス自体の難易度も上がり、いまでは個人のレベルさえ非常に高いパフォーマンス集団となってきています。普通ならダンスに注力するほど歌との両立は難しくなるものですが、驚くべきことに彼女たちは、非常に細かい歌割りまでもこなしているのです。

グループアイドルの歌割りは、通常4小節以上はソロパートないし複数人で連続して歌うことが多く、技術的に高度だったプラチナ期ですらメインボーカルを中心にソロパートでフレーズごとに割り振られていることがほとんどでした。しかしフォーメーションダンス以降のモーニング娘。はこれがとても細かくなり、「あ」「い」「し」「て」「る」の一文字ずつでパート分けされるようなケースも珍しくありません。

普段ソロで活動しているアーティストがグループアイドルに混じってコラボをしようとする時に、「いちばん手こずるのは歌割り」という話をよく聞きます。続けて声を出す方が歌いやすいことくらいは素人でも想像に難くないですが、それでも歌割りが細かくなることでプラチナ期以前よりも満遍なく各メンバーにパートが行き渡るようになりました。さらにフォーメーションが常に変化し続けることで固定の中心メンバーが牽引するのではなく、「大人数なのに誰がセンターに来ても映える」というほかにはないスタイルが確立されたのです。

複雑なフォーメーション移動に加え、歌割りが細かいと「いま誰が歌っているか」を視覚的に示すのが非常に難しくなってきます。一般的なソロパートの尺であれば歌パートのメンバーを中心付近に配置すればいいですが、短い尺で歌うメンバーが次々と交代していくとなると全員が順番にセンターへ行く時間がないからです。

しかしモーニング娘。をはじめとするハロー!プロジェクトの振付では、引きの画やライブで遠くから見た場合にたとえ歌パートのメンバーが端や後方にいたとしても、思わず反射的に観客の目が行くような別の振付を割り当てています。ほかのメンバーと違う動きをすれば単純に目立ちますが、この際にある動作をさりげなく加えることでより視線が集まるようになっているのです。それは、「挙手」です。よく見ると歌パートのメンバーが歌い出しにあらゆるバリエーションで腕を上げる振付をしていることがわかります。人間は手が挙がると反射的にそちらを見る、という習性を見事に振付に生かしているのです。


「青春小僧が泣いている」ダンスショットver.

それ意外にも、ほかのメンバーが静止して歌パートのメンバーだけが前を向く、身体の前面と背面を使った見せ方や、歌パートのメンバーだけが立ってあとは座る、といった高低差を使った見せ方などもあります。いずれも「いま誰が歌っているか」を提示する為の工夫であり、グループアイドル全盛期でフォーメーションダンスに特化したからこそ生まれた技術です。中でも挙手は歌割りがどんなに細かくても、移動しながらでも取り入れやすい動作なので振付師にとってはとてもありがたい発明なのです。


軍隊的な挙手を振付として取り入れた究極形ともいえる「愛の軍団」ダンスショットver.

ハロー!プロジェクトには研修生も在籍していますが、一般公募でメンバーが決まる場合も多いので、歌もダンスも全くの未経験者が加入するケースもあります。しかしそんなメンバーでも成長のスピードがとにかく早いのは、こうした高いレベルの中に放り込まれてもまずグループ全体で見せ、その間に個人の技術を磨く、というメソッドが確立されているからなのかもしれません。

かつて、「みんなで踊れる楽しいアイドルグループ」だったモーニング娘。は、高橋愛という改革者を中心に携えることダンスレベルをさらに引き上げたプラチナ期を経て、今度は全体でも個でも戦える「死角なし」のパフォーマンスをアイドル界で築き上げていったのです。


モーニング娘。の振付で知られるYOSHIKO先生に、フォーメーションダンスについて伺います!


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binwantaro 専門性とオタク性を兼備した竹中先生ならではの分かりやすくて興味を惹く素敵な文章。 https://t.co/ha4IMHVdYS 約1時間前 replyretweetfavorite

nagnag_21st ケケ中先生の考察、やっぱ読ませるし面白い https://t.co/1cXikNq0jo 約1時間前 replyretweetfavorite

sazaesansun 泣いてしまった。やっ… https://t.co/Sj3071tApx 約2時間前 replyretweetfavorite

IIlovelovekumi すっごい面白い https://t.co/lqELAuwDGw 約7時間前 replyretweetfavorite