第13話 Here Comes Mushaburou 月光が土手を照らしていた。澄み渡った夜空は、月の光を物事を判別するには十分なほど輝かせていた。 「おい、まだ来ないじゃないか」。 「なにが?」。 「永遠が。海に溶け込む太陽が」。 「詩人なのね」。 「ありがとう、って、もうそれはいいって。この台詞、今日これで五回目だぜ」。 「だって、好きなんだも〜ん。や〜るのやらぬのどっちなの?。威張っていても、始まりゃ逃げる」。 「1・2・3・4…って、もういいってば。絶対、読んでる人は訳わかんないだろうな」。 そよ風が頬に伝わって気持ち良い。 どこからとも無く聞こえる歌声。 「愛を〜止めないで〜、そこから〜逃げないで〜」。 下手っかすな歌が夜のしじまに響き渡る。 「来たわ」。 「何が」。 「永遠が。海に溶け込む混む太陽が」。 「もう、いいってば。これで六回目」。 「むしゃぶろうよ」。 「来たか。それは良いとして、なんだこのへたっかすな歌は。聞いた事あるけどなんの歌だかわかんねえぞ」。 「オフコースの『愛を止めないで』よ。彼この歌好きなのよ」。 「むしゃぶろうはオフコースが好きなのか。イメージと違って軟弱なもんが好きなんだなあ。そんな奴にこの俺様が負けるわけにはいかねえぜ」。 又しゃぶ郎は闘志を露にした。 「おばあちゃんが夕げの片づけを終えた時〜」。 「なんか歌が替わったようだな」。 「弟は〜二階のゆりかごの中で〜」。 「何だ、この歌?」。 「『親父の一番長い日』じゃない?」。 「それってもしかして、さだまさしか?」。 「僕とおやじは街頭テレビの空手チョップが白熱した頃に〜、妹の誕生を知った〜」。 「こんな歌、空で歌える奴に、いよいよ以って負けるわけにはいかねえ」。 「お七夜宮参り〜 夫婦は自画自賛〜」。 「それにしても歌い続けてるわね」。 「これって恐ろしく長い歌じゃなかったか?。確か12、3分あるだよな?。どこまで歌うつもりだろう」。 「可愛い娘だと はしゃぎ回るけれ〜ど〜」。 「まさか歌い切るつもりではあるまいな」。 「さすがにそれはないでしょう」。 「でもいい調子で歌ってるぞ」。 「僕には〜贔屓目に見ても〜 しわくちゃの失敗作品」。 「おい、もしこの歌、最後まで歌われたら今回の話は何もせずに終わってしまうぞ。なんとかしろよ」。 「やがて彼女に訪れる不幸に胸を痛めた〜 兄貴として〜」。 「一番歌い切っちゃったよ。恐ろしい男だな、乳之崎むしゃぶろうは。俺は背筋がぞっとしてきた」。 「あら、だらしないのね。さっきまでの勢いはどうしたの」。 「だってさあ」。 「妹の生まれた頃の我が家は〜」。 「二番に入ったぞ」。 「お世辞にも豊かな生活ではなかったが〜」。 「本当。よく憶えてるわねえ」。 「暗闇で〜、あれ? 暗闇の中で〜だったかな」。 「けっけっけ。間違えやがった。ひゃっひゃっひゃ、ああよかった。ちょっとは安心した。あいつもただの人間だ」。 しばらくの静寂。 「どうしたんだろう?」。 と、その時、いきなりガラガラガラと表の戸が開いた。 「こんばんはー。土手ちゃんいる?」。 「うわぁ、入ってきやがった!」。 つづく |