―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~   作:NEW WINDのN
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シーズン2第14話『それぞれの生き方』

 

 

 

 エ・ランテル冒険者組合の一角にあるフリースペース。簡単な椅子とテーブルが置かれている空間に数人の男女が集まり、真剣な顔で何事か話し込んでいた。

 依頼を探している冒険者達の話し合う声や、身ぶり手ぶりを交えながら冒険譚を語っている冒険者の大きな声などは、彼らの耳に入っていない。

 

 

「そうですか、ブリタさんは冒険者を引退されるのですね……」

 まだ年若い魔法詠唱者(マジックキャスター)ニニャが悲しげな顔をする。仲間である冒険者が去るのは辛いものだ。

「うん。……この間、思いっきり死にかけたからね。いくら冒険中でなかったといっても、やっぱり考えちゃうよ。これまではさー、“冒険者たるもの、冒険中に死ぬのは当たり前!”とか、思っていたんだけどねえ……」

 ブリタは先日、腹部を刺されて一時意識不明の重体となっていた。たまたま持っていたポーションが割れて、治癒効果を発揮したために、発見された時はかろうじて息があった。……少しでも発見や治療が遅れていたら死んでいただろう。

 

「でも、ブリタさんは幸運でしたね。発見された場所が“バレアレ薬品店”でしたし、モモンさん達が手持ちのアイテムを使って助けてくれたって聞きましたよ」

「ああ。そう意味じゃ恵まれていたと思うよ。正直普通は死んでいただろうからね……助けてくれたモモンさんとアローさんには感謝しかないよ」

 ブリタは共に旅をした冒険者を思い浮かべる。彼らと旅をしたのはつい先日のことであり、その時は自分の方が格上の冒険者だった。

 今や彼らはアダマンタイト級まで昇格しており、もう二度と一緒に冒険をすることはないだろう。

「“漆黒の英雄”と“緑衣の弓矢神”ですね。たしか、ブリタさんと冒険をした時は(カッパー)でしたよね」

 金髪碧眼の好青年ペテルは数日前の出来事を思い出す。

「ええ。戦いぶりは、とても(カッパー)とは思えなかったですけどね」

 ブリタは圧倒的だった3人を思い出し苦笑する。

「そんなに凄かったんですか? 実は一緒に冒険したことのある人はブリタさんしかいないので、話を聞きたいなって思っていたんですよね」

 ニニャは目をキラキラとさせていた。

「はは……凄いなんて言葉じゃ足らないくらい凄かったですよ。モモンさんはグレートソードを両手に一本ずつ持って、まるで棒切れでも振り回すかのように軽々と振り回し、人食い大鬼(オーガ)を一刀両断」

「噂には聞いていましたが、本当にグレートソードを二本使うんですね。なんて膂力なんだ」

「しかも、人食い大鬼(オーガ)を一刀両断とは、「凄まじい!」の一言であるな。モモン氏は化け物か」

 髭面の森祭司(ドルイド)ダインは、右手で髭を撫でながら感心する。

「化け物っていうか、英雄ですね。チームメイトのアローさんは、小鬼(ゴブリン)を200メートル近く離れた位置から射ぬいてみせ、全部で15体いた小鬼(ゴブリン)を全て接近される前に一発で仕留めるという離れ業を」

「ヒューッ♪ マジかよ。すげーな、そりゃ。オレより凄い」

 レンジャーのルクルットは両手を広げておどけて見せる。

「あんな腕のいい人見たことなかったですよ。それ以外にも人食い大鬼(オーガ)の頭を両足で挟んで投げ飛ばすなんて芸当も見せたしねー。弓だけじゃないんだよ、アローさんは」

「まさにアダマンタイトって感じですよね」

「ナーベさんも凄いって聞きましたよ」

「ああ。あの美人さんね。あのナーベさんの魔法の威力も凄かったなー。あんな強力な雷撃(ライトニング)は見たことないよ」

雷撃(ライトニング)か。あの歳で第3位階を使えるなんて天才なのかな……やっぱり凄いんですね……」

 英雄譚を聞いた漆黒の剣のメンバーの間に微妙な空気が流れ始める。

「と、ところでブリタさんは今後どうするのであるか?」

「うーん、まだ決めてないけど、どこかの開拓村へでも行こうかなって考えているんだ。エ・ランテル(ココ)は好きなんだけどねー。ところで漆黒の剣の皆さんはどうするの? まだ冒険者を続けるつもり? ある意味私よりもひどい体験をしたと思うけど」

 ブリタはいきなり踏み込んだ質問をする。

「……私は引退するつもりでいるのである」

 突如宣言したダインの顔には決意の色が見える。

「な、マジかよ、ダイン!」

「ルクルット、すまないのである」

「オイオイ、約束はどうしたんだよ! 一緒に漆黒の剣を手に入れようって約束したじゃねーかよ!」

 “漆黒の剣”は、かつての13英雄の一人が持っていた漆黒の剣を探そうという共通の目的を持っていた。  

「よせ、ルクルット……ダインの決断だ。それに俺もそれは考えていたんだ。現場にいなかったお前にはわからないだろうけど、俺達は本当の恐怖を味わった。こうして生きてここにいられることは奇跡といっていいんだ」

「……ペテル……お前もかよ……」

「ルクルットさん。たぶん同じ経験をしていたら私も引退して、開拓村へでも行っていたと思うよ。ちょうどカルネ村で募集していたしね。……私は何があったかわからないうちに刺されて死にかけただけだったけど、それでも怖いもの。ペテルさん達は、目の前で一緒にいた人たちが惨殺される現場を見ているんだ。恐怖を突きつけられる――そんな体験をしていたら、そうなっても仕方ないじゃない」

「くそっ……」

 ルクルットは右拳で机を殴りつける。

 

 

「そうですか、皆さんは引退を考えられているのですね」 

 突然自分たちでない声が響き、驚いた彼らはその主を見てさらに驚くことになった。

 

「モモンさん!」

「“漆黒の英雄”かっ!? なんでこんなところに! あれナーベちゃんは?」

 そこにいたのは“漆黒の英雄”モモンと、“緑衣の弓矢神”アローだった。“美姫”ナーベの姿はない

「ナーベは別件で出ている」

 ルクルットが残念そうな顔になる。

「……ここは冒険者組合だ。いて不思議はないと思うがね」 

「まあ、そりゃ、そうですよね」

「モモンさん、アローさん。その節はお世話になりました。危ない所を救っていただいて感謝しています」

 ブリタがあわてて立ち上がり直角に体を折り曲げて頭を下げる。

「……いや当然のことをしただけだ」

「ブリタさんには世話になったからな。元気になったようでなりよりだ」

 モモンとアローは偉ぶるところがない。

「ありがとう。――ブリタで良いっていったのになー。とにかく、せっかく救ってもらった命を大切にしようと思ってね。冒険者を引退することにしたよ。私にとっての最後の冒険が、今や英雄となったアンタ達の最初の冒険だったって自慢しようと思っていてね」

「そうか。それがブリタさんの決断か。そう決めたのであれば、そうするといい。ところで、今後はどうするつもりだ?」

「ありがとう、アローさん。うーん。まだ決めていないんだけど、どこかの開拓村にでもいこうかなーって思っているんだ」

「……カルネ村が募集を出していたな」

「……私はその村へ行こうと思っているのである」

(たしか、この男は森祭司(ドルイド)の……えーと“ビルバイン”だったか?)

 アインズはこの男に関してはうろ覚えだった。

「……森祭司(ドルイド)のダインさんだったかな?」

「そうなのである。“漆黒の英雄”に覚えていただけていたとは光栄の極みなのである」

 モモン――中身はパンドラズ・アクターだが――が、しっかりとフォローする。

「ペテルさん達も引退を?」

 アロー(アインズ)が尋ねる。

「私は……そうしようと思っています」

「……そうか。君たちならいい冒険者になりそうだと思っていたから残念だ」

「モモンさん……」

 漆黒の英雄の言葉には重みがある。だが、恐怖は消えない。

「私たちはあの吸血鬼(ヴァンパイア)の強さを以前から知っているし、恐ろしい目にもあってきた。だからこそ、君たちの恐れもわかるつもりだよ」

「アローさん……。今は怖くて……仕方がないんです」

「それはそうだろう。それだけの体験をしたのだから。時間は必要だ。……そこでだ、君たちに一つ提案があるんだが」

「提案?」

「ああ。私たちの知り合いがこの街に店を出したいそうなのだが、人手が足りないそうでね」

「そこで、しばらくの間店を手伝ってもらえないだろうか」

「お店ですか? どのような店なんでしょう」

「アイテムショップと、ナイトクラブと聞いている」

「ナイトクラブ……騎士が集まる店でしょうか?」

 ニニャが思案顔で尋ねる。

「いや……ニニャ、それは違うぜー。夜のお店ってことだろ」

「さすがルクルット。そういうことは詳しいですね」

「るせー。そういうことはってなんだよ。俺は色々と詳しいってーの!」

 このやりとりに、漆黒の剣とブリタの顔に明るさが戻る。

「アイテムショップは何を扱うのでしょうか?」

「やっぱナイトクラブに併設するくらいだから、大人の……イテッ!」

「お前はすぐにそっちへ話を持っていくのであるな!」

 ルクルットの頭に拳骨を落としたのはダインだった。

「……で、どうだろうか?」

「では、私はお願いしようと思います」

 ペテルが真っ先に手をあげた。

「ぼ、僕は姉を探すって目的があるので……どうしよう」

 ニニャは悩み手を挙げるのを躊躇う。

「我々がその手伝いをしよう。アロー構わないだろう?」

「ああ。問題ない」

「え、でも……そんなことをお願いするわけには……」

 ニニャは戸惑いの表情を浮かべ、モモンとアローの顔を交互に見る。

「……我々はアダマンタイトだ。情報も集まりやすい。君のお姉さんを探すなら、その方が近道ではないか?」

「……たしかにそうですね。僕ら(シルバー)よりも情報は集まりやすいですよね。じゃあ、すみませんが、お願いできますか?」

「もちろんだとも」

「ああ。もしまた自分で見つけにいきたいという時は言ってくれれば構わない。先程も言ったが、君たちは心に深い傷を負っている。それを癒すには時間がかかるだろうし、その間の食い扶持は必要だろう?」

「はい。そうですね」

「こちらも人手を求めているのでお互いに利益が合致しているというわけだ」

「よろしくお願いします」

 ペテルとニニャが手伝いをすることがこれで決まった。

 

「ダインさん達はどうしますか?」

「私は、カルネ村で生活しようと思うのである」

 ダインはそういってすっきりとしたいい笑顔を見せた。

「ダイン……本当に引退するつもりなんですね」

 ニニャは彼の覚悟を感じ取った。

「ほんじゃ……俺もダインと一緒に行くわ」

「ええっ?!」

 びっくりして裏声に近い声を上げたのはニニャだった。

 

(ほう意外だな。コイツならナイトクラブの方に興味を示すと思ったが)

 アインズはなんだか裏切られた気分になっていた。

ダイン(コイツ)一人じゃ心配だからよ。しばらくは俺もいくぜ」

「あ……すまない……実は一人ではないのであるよ……」

 ダインは頭をかきながら苦笑いする。

「あん? チッ、なんだよーコレかよ!」

 ルクルットが右手の小指を立てると、ダインはコクンと恥ずかしげに頷いた。

「えー!」

「なんだよ! いつのまに!」

「すまないのである。今回生きて帰ってきた時に、そ、その…ま、前から……気になっていた娘に告白すると決めたのである。そうしたら……まあ、その……であるからして……」

「カーッ! なんでえ、そういうことかよ。ほんじゃあ前言撤回。だったらオレもナイトクラブで働かせてもらおうかな!」

「あ。私もお願いします」

「ええ、大丈夫ですよ」

「あとでオーナーに紹介しますね」

 

 こうしてダイン・ウッドワンダーを除く、漆黒の剣のメンバー3人と、ブリタは、アインズ達が考え付いた“漆黒”の直営店舗でしばらくの間働くことに決まった。

 

 

 

 

 






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