―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~ 作:NEW WINDのN
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しばらく森を走り続けたアインズとシャルティアは目的地が近いことを察知し、スピードを緩める。木が次第に少なくなってきており森の終わりは近い。
「ここからは慎重に進むぞ」
「かしこまりんした」
二人は足音を消し、気配を殺しながらゆっくりと近づいていく。二人ともほぼ同じ地点で眷属および召喚したアンデッドとの繋がりをロストしている。
「この先でありんすな」
「ああ。むっ……身を潜めるんだ」
「はい」
アインズは人の気配を感じ、シャルティアに注意を促すと大きな木の幹の裏へと体を忍ばせる。
アイテムの力により緑のフードの男アロー ――ただし、今はその色違いの黒いフード姿だが――に変身中のアインズは気配を察知する能力が通常よりも上がっている。
それに従うシャルティアはいつもの銀髪ではなく、金色の髪になっている。またアインズと同じように黒いアイマスクで目元を隠し、顔かたちは判別し辛くなっている。さらに黒いボンテージ風のバトルスーツに身を包んでおり、普段のシャルティアとはまったく異なる姿になっていた。
「予想より多いな……」
アインズ達は森の向こうに12人の男女を発見する。彼らがシャルティアの眷属・アインズが作成したアンデッドと戦ってから、時間はそれほど経過していない。
そのせいだろうが、彼らのうち約半数が周囲を警戒しているのがわかる。それ以外のものも他の者も武器を抜いたままだ。
「警戒しているか。ま、それが普通だろうな……それにしても……」
アインズは注意深く観察する。統率の取れた動きから熟練度の高さが窺える。これまで見てきた冒険者とは感じ取れる力も段違いだった。
「
シャルティアは純粋な戦士ではないので、大雑把な強さしか感じ取れない。
「そうだな。
そして目に映る彼らの装備品はバラバラでそういう意味では統一性がない。
だが、一つだけいえるのは、あきらかにこれまで見てきたこの世界の人間とは装備品の質が違うということである。1ランク上というようなレベルではなく、そもそも質がまったく違っていた。
金属鎧の戦士を例にとると、身につけている鎧も盾も、小手……あるいは剣に至るまで、全てが魔法的な効果を示している。
高ランクの冒険者が多大な時間をかけて努力に努力を重ね、やっとの思いで一つ手に入れることができるような装備をいくつも持っている。
もちろんアインズのコレクションからすれば格が落ちるのではあるが……。
「……これは、警戒が必要な相手かもしれん」
「どうなさるでありんすか?」
アインズが緊張感を高めたのを感じ、シャルティアの顔も強張る。
「相手の情報が不明な以上、本来は退くべきなんだが……もう少し観察したい」
(数は12人か。かなり手強そうだな。装備も
冒険者ではないというのは一つ重要な情報だ。ワーカーは冒険者崩れの存在と聞いているが実際に見たことがない。
『アインズ様!』
ここでパンドラズ・アクターから〈
『どうした、パンドラズ・アクター。緊急事態か?』
パンドラズ・アクターは現在モモンとしてカルネ村にいる。森を守護していた『
『いえ。“
『特殊部隊? この間、潰したと思ったが?』
アインズはその時捕縛した陽光聖典隊長ニグンの顔を思い浮かべる。彼はまだナザリックで捕縛中だったはずだ。
『それは陽光聖典ですな』
『その調査にきたのか? それとも、その時に情報魔法を魔法障壁で“軽く”反撃しておいたからな。そっちか?』
アインズは軽く反撃したつもりだったが、スレイン法国では大損害を被っている。
『それらがすべて“竜王の復活”ではないかと考えておるようですが。今回はどうやら切り札を投入したようです』
『なにっ! 切り札だと?』
アインズの顔つきがより真剣なものに変わる。
『12人からなる漆黒聖典という部隊のようです』
『12人だと!?』
アインズは、今そこにいる存在がそれだと直感した。
『はい。何か心当たりがおありと見受けますが』
パンドラズ・アクターは主人であり、創造主であるアインズの機微を読むことに長けている。
『……ああ。今まさに目の前にいるのがそうだろう。ちょうど人数が12人だ』
『なんと! どうなさるおつもりでしょうか?』
パンドラズ・アクターの声から陽気さが完全に消える。
『見たところ、これまでに見た奴よりもはるかに強い。できれば戦力は削いでおきたいが』
『危険ではございませんか? 御身お一人では……』
創造主を心配する声だった。
『ああ。シャルティアがいるから一人ではないんだがな』
『なるほど。それでも心配ですな……撤退すべきではないでしょうか? 情報が少なすぎます』
(ふっ……私と同じことを考えるか。こういうところは似るのか?)
アインズは苦笑する。
『私も同じことは考えたが、ここはあえて一当たりしてみようと思う』
アインズは断を下す。
『……私も参りましょうか? すぐに駆けつけます』
『いや、待機だ』
『かしこまりました。ご武運を』
アインズは敬礼しているパンドラズ・アクターを幻視する。
「アインズ様、誰からの連絡でありんすか? まさかアルベ」
「パンドラだ。情報が入った。あれはかなり手強い相手だぞ」
「……遅れはとりんせん」
この機会逃すものかと瞳が燃える。
「いいか。軽く当たって情報を探るのが目的だ。殲滅が目的ではない。有用な者、もしくは物があれば攫って撤退するぞ」
「はい」
話し終えるとアインズはいきなり弓を構え、
周囲を警戒していた漆黒聖典は闇にまぎれて飛んでくる漆黒の矢に気付くのが遅れた。
「矢だと? ぐはっ……」
「られん! ふぎゃっ!」
「レンジ外!どわっ……」
「やばっ! むえっ」
「くっ…… ざけるなっ! ぎゃああっ……」」
「だがっ! くうっ!」
高速で飛来する矢を避けきれず、一度は躱した者も続く2射目、3射目が命中し、漆黒聖典のメンバーはバタバタと大地に倒れ込む。
「なんだとっ!」
一行のリーダーらしき男……ニニャ以上に中性的な顔なのでどちらとはいえないが……は突然の攻撃に驚きを隠せないが、冷静に矢を避け続ける。
「そこかっ!」
「消えろ!」
だがその男は間に入った金髪の黒いボンテージ風の服―-身長のわりには胸が妙に膨らんでいる――を装着した女に捕まり一瞬で首をへし折られた。
「なあっ!」
「くそっ! 使え!」
「どっちに?」
「女の方でいい。あの力を見ただろ!」
リーダーと思われる男は、ゴボウのような手足の老婆に指示を出す。
(なんだ? 何をするつもりだ??)
アインズは老婆を見る。チャイナ服のようなものを身に着けている。老婆からではなく、その服から強力な力を感じる
(チャイナ服だと? この世界にもあるのか……いや、プレイヤーが持ち込んだ可能性がある! それにあれだけ妙に質がいい……まさかっ!!)
「い、いかん!」
アインズはシャルティアの前に飛び込むと、彼女を後方へ突き飛ばす。
アインズは知らないが、老婆の装備しているチャイナ服は『
(まさか、わ、ワールドアイテムかっ!!)
アインズの意識を乗っ取ろうとする何かを感じた。精神操作無効のアイテムを装備しているにも関わらず、それを無視して。恐るべき威力だ。
だがしかし……アインズには切り札がある。今は見えないが、いつもアインズの腹部に収まっている赤い宝珠もワールドアイテムだ。
(ワールドアイテムの効果は、ワールドアイテムなら打ち消せる!)
アインズは支配しようとするものを弾き、仕掛け人に憎悪を募らせる。
(これをシャルティアに使おうとするとはっ! 許せん、許せんぞおおおお!! この屑がああああああああっ!)
アインズはスキル〈
さらに生き残り全員に矢を叩き込み、指示を出した隊長に向かって矢の雨を降らす。
「なっ! ぐあっ……」
さすがの隊長も避けきれず、右腕に一本の矢が突き刺さる。
「……貰い受けるぞ」
瞬殺した老婆の遺体を、汚い物でも掴むように、指先でいやいや摘みあげると、シャルティアへと軽く投げ飛ばす。
「いくぞ!」
「……」
シャルティアは無言で首肯し、二人は走り出す。
「ま、まてっ!」
「逃がすなっ! 追え!」
「お、おうっ!!」
(あの至宝を失うわけには……)
素早く走り去る二人を追おうとした瞬間、地面に突き刺さっていた矢、さらに漆黒聖典隊員たちに突き刺さった矢がすべて爆発する。
轟音が闇を切り裂き、煙が立ち上った。
遺骸はすべて爆散しすでに灰すら残らず。証拠となる矢も全て爆発して消えた。
「なんだ……これは……」
右腕を吹き飛ばされてはいたが、隊長は、なんとか生きていた。持っていたポーションを使って止血はすでに行ってある。
「これでは……復活も無理か……」
眼前に広がる光景に失望を隠せない。仲間の姿も、仲間だったものの姿も全て消えてしまっている。スレイン法国では、死体さえ残っていれば、大儀式によって復活させることが可能だったが、死体はおろか肉片を探すのも困難だろう。
「隊長ご無事でしたか」
一人生きていたようだ。金髪の青年が一人だけ姿を見せる。彼は驚くべきことにほぼ無傷だった。
「無事ではないな。そっちは無事みたいだが」
吹き飛ばされた右腕を見せ苦笑する。
「ええ。使役していた魔物が巻き込まれましたが、私は無事です。それにしてもいったい何者でしょうか」
「わからん。あの力……神人ではないか?」
神人……神の血を引く人間のうち、先祖返りして高い能力を持っている者を指す。
「あの強さならありえますね。しかし、これは酷い有様ですね」
「ああ。12人のうち10人が死亡。しかも死体も残らないし、アイテムも消えた」
「さらに、我が国の至宝である『
「あの男には『
「そうですね」
「ズーラーノーンというのはあるか?」
「わかりません。あの金髪の女はすごい腕力でした。アンデッドであっても不思議はないと思います。それとあの殺しの技は――イジャニーヤの可能性もあるかと」
イジャニーヤは暗殺集団であり、その頭領は女性という話が伝わっている。
「それもありえるか。それにしても
「はい。『漆黒の
「ふっ……“法国の
「それ笑えませんね……」
たった二人生き残った漆黒聖典は、ボロボロの体と、重い心を引き摺りながら祖国へと引き上げていく。
だが彼らはまだ気づいていない。本当の