―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~ 作:NEW WINDのN
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傭兵集団『死を撒く剣団』の塒である洞窟の前……。もっともすでに傭兵達は全滅しており、もはや彼らの塒とは言えないだろうが。
その洞窟の前は濃厚な血の匂いが充満し、すでに冥府の住人となったものが5体転がっている。
現在生きている者は4人だけ……いや、そのうち2体はアンデッドであるから生きているという表現が正しいとはいえないかもしれない。
そして速度を上げてこの場所から走り去っていく影が一つだけあった。
(行けっ、ニニャ! 絶対に逃げ切れよ)
(……走るのである。逃げ切ってお姉さんに会うのである)
戦士ペテルと
振り向くことも、背中を見送ることもできないが、気配で大事な仲間が遠ざかっていくのを感じていた。この距離が離れれば離れるほど、仲間は安全になる。
そのための時間を稼ぐと2人は約束した。彼我の実力差を考えれば、実行不可能なミッションかもしれない。だが、彼らはやらねばならなかった。
そして彼らは全ての信仰心を捧げて神に願う。「ニニャを無事に逃がしてくれ」と。
「にがさんぞおおおおお!」
向かい合っていた者たちの一人……いや今は一体というべきか。銀髪の
「ちょっと待ったぁ! そうはさせないぞ!」
金髪碧眼の戦士ペテルが、勇気を振り絞って錬金術銀を塗って一時的に銀武器化させた剣を構えて立ち塞がる。
「そ、そうはさせないのである」
同じ冒険者チームの仲間である髭面の
(……ニニャをやらせるわけにはいかないが、俺達でどれくらいの時間を稼げるだろうか)
ペテルはわずかな時間でプランをいくつか考えてはいた。
「それならぁぁぁあ! 先に殺してやるぅぅぅぅぅぅう!」
(来るかっ! ……何秒稼げるかってところだろうな、正直)
ペテルは同行していた冒険者の悲惨な最期を思い出す。誰もが自分よりも上の実力を持っていたし、装備品も上だった。にも関わらず、彼らは数秒もかからずに全滅している。
実力も装備も劣る2人がどんなに必死で抵抗したところで、持つ時間は一瞬にすぎないだろう。
「ちょ、ちょっと待ってください。
ペテルは完全に戦意を消し、目の前の化け物に明るく話しかけた。隣に立つダインは突然の相棒の変化に驚き、その顔を凝視する。
「はなしああぃぃい?」
攻撃を仕掛けようとした矢先、あまりにも意外な言葉に戸惑ったシャルティアは、思わず攻撃をやめ動きが止まってしまった。
(チャンス! やるなら今であるが……)
ダインは攻撃しようと目で訴えるが、ペテルはそれを無視して目の前に立つ恐ろしい
「はい。不幸な行き違いがありましたが、僕たちは貴女と敵対するつもりはないんですよ」
ペテルは両手を広げ、無防備な状態を晒すことで敵意がないとアピールする。
(そういうことであるか!)
ダインはペテルの意図に気付く。
「そ、そうなのである。戦う意思はないのである」
慌ててペテルと同じように両手を上げ、こちらも本当に敵意はありませんと追随する。
「さあぁぁぁっきぃぃぃぃぃい……武器を構えたぁぁぁぁあっ!」
シャルティアは、ギイッ! とペテルを凝視する。
「そ、それは……は、反射的に構えてしまっただけなんですよ。いやー冒険者の癖みたいなもんですかね。あはははははっ……」
ペテルは頭をかきながら無邪気に笑ってみる。本当に敵意など微塵もないという笑顔に見える。
(ペテル……意外と演技派であるな。無事に帰ったら役者になるのもいいかもしれないのである)
ダインは、長いこと一緒にいるリーダーの意外な一面を初めて知った。
(うーっ。くそっ! 嫌な汗かくぜ……ニニャ、逃げ切ってくれよ)
ペテルの背中はすでにビッショリと濡れている。先程からずっと冷や汗が流れ落ちているのだ。自分を一瞬で屠ることのできる存在を前にしながら、明るく振舞い続けるというのは、精神力を消耗し続ける行為だ。それも当然だろう。
彼の眼はシャルティアの胴体を捉えつつ、その後ろに控えている白いドレスの
「こ、ころしたぃぃぃぃっ!」
シャルティアはニタアッと笑う。見る者を凍りつかせるような笑みだった。実際ペテルは一瞬固まってしまった。
「……ま、まあまあ、
「そ、そうなのである。落ち着くとよいのである。ほら、今日は月も綺麗であるのである……」
(わ、我ながら、なんだかよくわからない言葉になっているのである)
ダインは自分自身の言葉がおかしい気がしていた。
「つき?」
「そ、そうです。今日の月は本当に綺麗ですよね~」
「月光がいつになく美しいであるなー」
ペテルとダインは慣れないことをする。
(ルクルットが得意そうなんだけどな)
今ここにいないメンバーを思う。きっと彼ならもっと上手い言葉を考えるだろう。
シャルティアは目をぎょろっと動かし月へ目をやった。彼女には何の変哲もない月にしか見えない。
「……おまえら。何しにきたぁぁぁあ?」
「俺いや、私たちは冒険者です。先程貴女が出てこられた洞窟の調査に来たんですよ」
「ちょうさぁぁぁあ?」
シャルティアは首を傾げる。
「ええ。もしかしたらご存じかもしれませんが、あそこは野盗の塒でして。私たちはそれを調べにきたんですよ」
ペテルは相手に敬意を払い丁寧に話す。
「そ、そうなのである。野盗の中には強い奴が混ざっていたりするのである」
「そうなんですよー。たま~にすごい“武技”を使う奴がいるので……」
ペテルの言葉にシャルティアの動きがとまる。
(ぶぎ? どこかで聞いた言葉だ……)
シャルティアは目の前の二人を睨みつけながら考える。血の狂乱に我を忘れていたとはいえ、その“ぶぎ”という言葉は彼女の中にハッキリと残っている。
(なんだ? なぜ反応がないんだ?)
ペテルは戸惑う。ここまでは何かしら反応があったのに、なぜ今だけ反応がないのか。特に思い当たることはない。
「そ、そうであるなぁ。すごい武技を使われると、困るのである」
ダインは話に乗った方がよいと判断し、ペテルに話し続けろとハンドサインを送る。
(ぶぎ……)
シャルティアは”話し合い”の中で、少し冷静さを取り戻しつつあった。そこで聞かされた“ぶぎ”という言葉。彼女は必死に思い出そうとしている。
「ぶぎ?」
「そ、そうです“武技”です。私も使えますが」
ペテルは胸に手をあててニッコリと笑ってみせた。
(どうやら、“武技”がキーワードのようだ)
ペテルはシャルティアの反応の理由に気付き、頭をフル回転させる。
(なぜ武技に反応を示すんだ? 武技はそう珍しいものではないが……。まさか、自分で使いたいとか? いや、武技を使う
もっとも彼はこんなに強い
(もしかしたら、今まで知らなかっただけで、武技を使う
ペテルは今自分の前にいる存在が未知の存在だと改めて考える。
「武技つかえるのぉぉぉぉお?」
シャルティアは下から覗き込むようにペテルを見る。
「は、はい使えますよ。ねえ、ダイン」
「そ、そうなのである。ペテルは武技を使えるのである」
ダインは大げさに首を縦に振ってみせる。その間も2人はシャルティアとは決して目を合わせない。
「そー。つかえるのぉぉ。……そっちはぁぁあ?」
シャルティアはダインを見る。
「ダインも、つ、使えますよ」
ペテルは嘘をつく。ダインは魔法を使うことは出来るが、まだ武技は取得していない。
「そ、そうなのである」
ダインは内心ヒヤヒヤしながら答える。髭が凍っているかのように重く感じていた。
(武技という言葉に反応している以上、ここで使えないというわけにはいかないのである。本当は嘘なのであるが……)
「そう。使えるのぉぉお!?」
「はい。こう見えても私もダインも
ペテルは小さな嘘を混ぜ、使える数を水増しする。といっても一つ足しただけで可愛いものであったが。
(武技……アインズ様はおっしゃられた。武技を使える者・魔法を使える者を捕縛しろと。できれば犯罪者……。でもこの際だからいいっか?)
「じゃぁあ。捕まえるぅぅぅぅう!」
シャルティアはそう宣言して二人を睨みつける。
「くっ……やっぱりだめか?」
ペテルの顔に焦りが浮かぶ。
「……ペテル。今、捕まえると言っていたのである。ここは、おとなしく捕まるべきである」
「確かに……逃げても戦っても無理だからな。そうしよう」
二人は小声で会話をかわし、意見を合せる
「わかりました私たちは逃げません……最後に一つだけ聞きたいのですが、
「なあにぃぃぃい?」
「どうして貴女はそんなに武技を求めるのでしょうか? 我々が知る限り武技を使える、もしくは興味がある
ペテルは、一番の疑問点を尋ねた。