ツアー「おい馬鹿やめろ」
―評議国某所―
世界喰い<ワールドイーター>との戦闘が終わって数か月、ようやく落ち着いてきた。
白金の竜王、ツァインドルクス=ヴァイシオンは大きな溜息を吐く。
その隣で腹を抱えて笑っているのは、魔導王アインズ・ウール・ゴウンと十三英雄の一人リグリット・ベルスー・カウラウ。
「はあぁ、リグリット? 僕にとっては笑い事じゃないんだけど? 」
何度目か分からない溜息を吐きながら愚痴をこぼすツアー。
「いやいや、まさか、お前さんまで神様になるとは思わなんだわ」
あの戦いの後、評議国に戻ったツアーを待っていたのは、己を神と崇める民だった。
神話の戦いに参戦した自分は、魔導王の従属神たちと同様、神と崇められるようになってしまった。
恐らくはアインズ配下による情報工作のせいなのだろうが、八欲王との戦いも色々と尾ひれがついて広まっている。
何故か、最近の吟遊詩人たちの流行は、亡き同胞たちの屍を乗り越え、八欲王を討伐する若き白金の竜王の戦い。
それにしても、自分が全く記憶にない場面が名場面として謡われているのはどういうことだ?
いつの間にか、自分は世界の監視者であり、世界の守護者ということになっていた。
「ねえアインズ? 聞きたいんだが、何故こんなことになっているのかな? 」
久しぶりに遊びに来た、今では世界中で至高の神と称えられる友人を問い詰める。
「ああ、ツアー。お前の、そう、偉大なる竜王の偉業を評議国の民たちも知るべきだと思ってな。吟遊詩人の詩、お前も聞いたか? あれは俺の守護者達が頑張って作った力作だぞ。良かったな、これでお前も神様の仲間入りだ。まあ、すぐに慣れるから大丈夫だ」
やっぱりこいつのせいか。というか、世界征服も容易い戦力を何に使ってやがる。
そもそも何一つ大丈夫じゃない。
「やっぱり君のせいなんだね? それで? どうして僕まで神様になってるんだい? 」
「お前は前に言ってくれただろう? ずっと一人で神様をやるのは辛いだろうって」
「ああ、そう言えば、初めて会ったときにそんなことを言った気がするね」
それがどうしたのだろうか。…いや、まさか。
「俺は良い友人を持ったよ。一人では辛いことでも、一緒に荷を背負ってくれる友人が居れば楽になるものな」
この野郎、堂々とぬかしやがった。少しは悪びれろ。
というか、気楽に巻き込むんじゃない。
「ねえちょっと待って、アインズ」
「ありがとう、ツアー。俺は一人じゃない。君のような友人がいて本当に嬉しいよ。俺の親友、いや、心友よ」
畜生、その棒読みがムカつく。少しは感情を込める努力位しろ。
大体何だその笑顔は。
リグリットは何がおかしいのか、ずっと笑っている。
「ツアー、ようやくお前さんにも対等の友達が出来たんじゃな」
「何を言ってるんだい? 君たちも友達だろう? 」
「儂等はお前さんの全力にはついてはいけん。それに、ずっとお前さんと生きることな。ツアーに遠慮なく言いたいことが言えるものなど、この世界にどれだけおることか」
どうやら、彼女は自分がいつか一人ボッチになることを心配してくれていたようだ。
それにしても、この骸骨はもう少し、そう、ほんの少しで良いから自重という言葉を知るべきだと思う。
「アインズ、君の方は暇なのかい? 世界の神様なんだろ? それに、聖王国の方に軍隊を派遣したって聞いたけど? 」
「ああ、それは問題無い。俺の配下は優秀だからな。それと、聖王国はコキュートスに任せた。あいつなら上手くやってくれるだろう」
あのライトブルーの蟲人か、比較的穏健派の守護者だったはずだ。
確かに、彼なら問題ないだろう。
「人間の大国は、これで全て魔導国の支配下に入ることになる」
「暫くは戦乱も起こらんだろうし、平和な時代が来ることを願っとるよ」
「そうだな。ところでツアー、お前はどうせ暇だろう? 冒険に行くぞ」
「あのねえ、アインズ。僕はこの「ギルド武器だろ? 大丈夫だ。お前以外の奴が触ったら俺の魔法が炸裂するようにしてある。触れたと同時にこの辺り諸共消し炭と化してるさ」
「は? 」
「この前来た時に魔法をかけておいた。安心しろ、お前が触っても何も起きないから」
「アインズ? その魔法ってどんなのだい?」
「ふふふ、聞いて驚け。
「そんなことを聞いて触る程、儂も阿保じゃないわ」
「それ、もし発動したらさ、僕の宝物たちはどうなるんだい? 」
「そりゃあ当然、死なば諸共よ。全部消し飛ぶさ」
何で余計な事だけ全力でやるんだこの骸骨は。
しかも何だそのドヤ顔は。サムズアップするんじゃない。
「さあ、問題は全て解決した。ちょくちょく時間を見つけて冒険に行こう」
「どこがだよ。何一つ解決してないよ。まあ、冒険は付き合うけど」
「儂も行くぞ。お前さんたちに付いていったらまだまだ面白いものが見られそうじゃからな」
三人(?)の歓談はいつ終わるともなく続く。
竜王も英雄も、至高の神も、この時だけは友人を前にした子供に戻っていた。
―聖王国首都ホバンス―
新聖王カスポンドが暗殺されたのは、魔導国の属国になることが承認された翌日のことだった。
更にその翌日、南側の貴族たちは新たな聖王を擁立したと宣言した。
同時に、売国奴により支配されている聖王国北部を開放するために軍を派遣することも。
間違いなく、カスポンドを暗殺した下手人は南側貴族たちの手によるものだろう。
幻術を使い王城に侵入し、レイピアで心臓を一突きという、敵ながら鮮やかな手並みであった。
ご丁寧に、レイピアには毒も塗ってあったらしい。
南側にそこまで腕の立つ暗殺者が居ると聞いたことは無い。
恐らく、このために暗殺者を雇ったのだろう。
「やれやれだな。全く、次から次と、問題ばっかりだぜ」
「ゆっくりしている時間はないわよ。南側はすぐに攻めてくるわ」
ぼやくオルランドに疲れ切った声で返すのは神官長のケラルト。
「もう聖王陛下のサインは貰ってんだろ? それ持って魔導国に救援を求めるしかねえな」
「私の魔法ではカスポンド陛下は灰になるだけ。魔導王陛下のお力を借りなくてはね」
「ケラルト、私とオルランドはこの城を守らねばならん。動ける九色はお前一人だ、頼むぞ」
魔導国に行くのはケラルト本人をおいて他にはいないが、その間に王城が落とされては意味がない。
「まあ、お前が帰ってくる迄は持たせてやるよ」
「頼むわよ。向こうは凄腕の暗殺者を雇ったみたいだし、気を付けなさいよ」
「任せとけ。出来たら、あの将軍を連れてきてくれよ。もう一回腕試ししてみてえ」
世界を喰らう怪物との戦闘で見た、ライトブルーの武神の本気。
遠く及ばないと分かっていても、自分の力をぶつけてみたいという欲求は止められない。
オルランドは獰猛に笑う。まるで獣顔の亜人のごとくに。
「あんた、何で人間に生まれたのかしらね。どう考えても亜人の方が似合ってるわ」
「そう言うな、ケラルト。多分、前世が亜人かモンスターだったんだろ。」
「おいおい旦那、流石に酷えな」
そう言いながらもオルランドはまんざらでもなさそうだ。
魔導国で亜人たちと打ち解けたのが影響しているのか、自分と似た価値観の亜人たちに親近感を覚えているようだ。
「兎に角、時間を稼いでね。必ず援軍を連れて戻ってくるから」
南の軍勢が川を渡り、北部聖王国に進撃してくるのは、ケラルトが出発した翌日のことだった。
―南部聖王国―
「ヒルマ、侯爵殿の方はどうだ? 」
「予定通りだね。次が出陣したら決起してくれるってさ」
「良いか、絶対に失敗は許されんぞ。死ぬくらいなら大したことは無いんだ。命を惜しんだりするなよ」
「何回も言わなくても分かってるよ、ゼロ。多分、あたしらは普通に死なせちゃくれないだろうしね」
ゼロとヒルマは、聖王国攻略の最後の仕事、南部聖王国最大勢力であるボディポ侯爵調略の大詰めだった。
「まあ、あの爺さんは結構まともだったな。流石にあれを見て魔導国と戦おうとか頭おかしいだろ」
「南側の貴族たちが馬鹿だって言っても限度があるさね」
「だよな。やっぱりそういうことなんだろうな」
「その辺にしときな。余計な詮索したら……分かってんだろ?」
あの魔皇だけではない、魔導国には人間の意志を誘導したり、操ったり出来るものは掃いて捨てるほどいる。
要するにそういうことなのだろうが、口に出せば死ぬことより恐ろしい目に合わされる。
自分たちはボディポ侯爵が決起すると同時に撤退。
侯爵は戦乱の中で暗殺され、南側は完全に秩序を失う予定だ。
誰が敵か味方かすら分からない状態を治めてくれるなら誰であろうと歓迎されることだろう。
「さて、忘れ物はするなよ? 絶対に足が付くことは許されんからな」
「ふふ、あたしらがそんな間抜けなら、とっくに用済みになってるだろ? 」
これから聖王国は内乱に突入する。敵は亜人ではなく人間。それも同胞たちだ。
―聖王国首都ホバンス―
既に聖騎士団が全滅した後の北部聖王国を攻略するのは随分と容易かった。
南部聖王国軍は王城をぐるりと包囲していた。
「ふふふ、この世は人間が治めるべきなのです。汚らわしいアンデッドなどこの私が成敗してくれる」
元帝国のワーカー、エルヤー・ウズルスは不敵な笑みを浮かべる。
神話の戦いが空中に映し出された暫く後、帝国は魔導国に降った。
同時に、彼の財産であったはずの奴隷たちも、帝国によって強制的に奪われた。
エルフの国に返還する為らしい。
また、奴隷制度も禁止された為、奴隷の代わりとしてアンデッドが労働力として流入してきた。
エルヤーは帝国を出ることを決めたが、その行先は二つの候補があった。
都市国家連合と聖王国だ。この二つなら聖王国だ。
都市国家連合は恐らく、遠からず魔導国に降るだろう。
そして今、エルヤーは傭兵として南部聖王国軍にいた。
ここで手柄を立て、汚らわしい亜人や異形種が居ない人類だけの国家で権力の座に上り詰めるのだ。
既に、剣の腕により、一つの部隊を任されている。
そのエルヤーの前には一人の男。九色の一人、オルランド・カンパーノ。
「おう兄ちゃん。悪いがここは通さねえ、ケツ捲ってとっとと帰んな」
獣のような笑みを浮かべ、オルランドが忠告する。
この男のせいで、王城を取り囲んで一週間にもなるというのに、未だ膠着状態が続いている。
「やれやれ、私は貴方を切りに来たのですよ。貴方の最期の仕事は私の踏台です」
「へえ、言うじゃねえか。だが悪いな。ここは戦場なんだぜ? 一対一のお上品な決闘がやりたきゃ闘技場でも行くんだな」
戦場での戦闘は、単純な個人の戦力だけでは決まらない。
闘技場での戦闘ならエルヤーに軍配が上がるかもしれないが、此処はオルランドの土俵だ。
「野郎ども! 勝手にくたばるんじゃねえぞ! 」
「皆さん! 私の足を引っ張らないで下さいよ」
オルランド配下の愚連隊とエルヤーの部隊がぶつかり合う。
「おらあ! 」
オルランドの剣戟が空を切る。同時に、エルヤーの突きがオルランドの頬を掠める。
お互いの実力は拮抗していた。
幾度かの攻防を繰り返した後、ふと、空中に黒い穴のようなものが現れた。
最初に気付いたのは北部の軍。
彼らはそれが何かを知っていた。
「援軍だ!」「勝ったぞ!」「魔導国だ!」
一斉に、北部聖王国軍が沸き立つ。
「一体何だというのです? あの穴が何だと?」
「悪いな兄ちゃん。お前さんたちの負けだよ」
そう、あの穴が空くまでの間にこの戦いを終わらせられなかったこと、それが南部の敗因だ。
彼らは知っている。あの穴から出てくるのは神が率いる軍勢だと。
最初に現れたのはライトブルーの身体を持つ武神。
その後、亜人やアンデッドの混成部隊が続く。
一際目立つ白銀の魔獣に乗るのは、人類国家最強の戦士、ガゼフ・ストロノーフ。
「アインズ様ノ命ニヨリ援軍ニ参ッタ」
武神コキュートス将軍の声が戦場に響き渡る。
「サア、魔導国ニ敵対スルモノタチヲ殲滅セヨ」
南部聖王国軍の戦力は10万を超える大軍。
対する北部聖王国軍は僅かに8千、魔導国軍はさらに少なく、2千しかいない。
それでも、どちらが有利かは誰の目にも明らかだった。
「くっ、もう少しというところで」
「悪いな兄ちゃん。次回のご利用はもうねえぜ」
今回は引いたとしてもまた攻めてくれば良いだけだ。
そう考え、撤退を決断したエルヤーはオルランドに背を向ける。
剣が届く距離ではない。その筈だった。
踵を返した瞬間、エルヤーは心臓と頭を撃ち抜かれて息絶えた。
城壁の上には兇悪な眼をした弓兵が立っていた。
「あの距離で当てるかよ。チッ、弓を使われたら、まだ旦那には勝てねえな」
アインズから副官としての任務を与えられた恐怖公は、前回の戦争の経験を活かし、更なる眷属活用法を模索していた。
それが、各部隊長に眷属を与え、リアルタイムで情報を伝達する“眷属無線”とも言うべき運用である。
更に、一部の眷属を空中に待機させ、俯瞰視点で戦場を見ることにより、さながら将棋の盤面を見るように戦場を把握することが出来るようになった。
南部は、召喚の秘術を伝授した弟子が残りの亜人軍と共に攻略に乗り出している。
弟子に負けるわけにはいかない。恐怖公は、コキュートスと共に必勝の策を練っていた。
ハムスケに騎乗するガゼフが縦横無尽に戦場を駆け回る。
彼らに与えられた使命は、敵の指揮官のみを討ち取ること。
眷属の誘導は非常に的確で、ガゼフが駆け抜ける度、南部軍は指揮系統が失われていった。
「ガゼフ殿、今度はあれでござるよ」
「承知した。ハムスケ殿」
ガゼフが次に狙うのは南部軍を率いる将軍。
ついでに参謀たちも纏めて倒してしまえば南部軍は完全に瓦解するだろう。
「コキュートス様、完全に勝ちましたな」
「ウム、恐怖公ノオカゲダ。感謝スル」
「ははは、吾輩は少し手伝いをしただけですぞ。それに眷属召喚の応用力も証明出来ましたしな」
そう、眷属召喚は様々なことに使える、非常に応用の利く素晴らしい能力なのだ。
決して、断じて、おやつ召喚ではない。
「ム、ソウカ。良クヤッタ、クアイエッセ」
南部攻略中のクアイエッセから
どうやら攻略は順調のようだ。早速都市を一つ落としたらしい。
一週間後、聖王国の内乱は魔導国軍によって完全に鎮圧された。
―魔導国首都エ・ランテル、アインズの執務室―
「これで人類国家はほぼ全て手中に収めたか。次は大陸中央部の亜人国家だな」
戦力という意味では、人間の国より亜人国家の方が強いことは間違いない。
但し、謀略が余り必要ないという点では攻略は容易いだろう。
「くふふ、ワールドイーターとの戦いを見た国の者たちがアインズ様にお目通りを願っておりますわ」
世界中の都市上空に―本当に手当たり次第に―映像を流した為、魔導国を知らない国でもアインズのことは知れ渡っていた。
世界を守護する神々の王として。
「ふむ、恭順するならば良し。友好的に接してくるならば同盟も考えよう。だが、敵対するならば、分かるな? 」
「畏まりました。万事、このアルベドにお任せ下さい」
今世は実にスムーズに支配が進み、アインズの仕事も軽い。
非常に楽だ。民衆の狂信的な眼以外は。
「アルベドよ、私は今後、偶にではあるが、冒険の旅に出ることにする」
「それでは、私がお供いたしますわ。近衛も準備万端でございます」
満面の笑みで答えるアルベドだが、それでは気分転換にはならない。
「いや、これは魔導王としてではなく、一人の冒険者として行うのだ」
今世において、神様ロールの加減を間違えたと気付いた時には、既に手遅れだった。
街を歩けば、アインズだとバレた瞬間に、涙を流しながらアインズを崇める狂信者の山に囲まれる。
神様にだって休息は必要だ。
そこで思い出したのが、前世での冒険者モモンだ。
パートナーにはツアーを誘おう。あいつは引き籠りだし、どうせ暇だろう。
一人だけ引き籠って悠々自適な生活が羨ましい、という理由で神様にさせてしまったが、気分転換に連れ出せば許してくれるだろう。
前世と同様、強硬に反対するアルベドを“夫を待つ間、家を守るのは良妻の務め”だと説得し、気分転換の旅に出ることが決まった。
まずは魔導国内から回ろうか。
今回は精々、伝説に語られる程度の普通の英雄をやるとしよう。
その後、諸国を漫遊する漆黒と白銀の二人の英雄の伝説が、吟遊詩人によって謡われることになるが、その真偽は定かではない。
オルランド「よう、随分早かったじゃねえか」
ケラルト「べ、別にあんたの為に急いだんじゃないんだからね。勘違いしないでよね」
パベル「もう結婚しろよお前ら」