―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~   作:NEW WINDのN
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シーズン2第4話『領域』

 

 

 時と場所は変わる。

 ここは城塞都市エ・ランテル近郊――エ・ランテル北門からおよそ徒歩で3時間ほどの距離――の森を抜けた先にある洞窟。

 

 この洞窟は傭兵団“死を撒く剣団”の塒であり、先程までは静かな夜を過ごしていた。一部の団員が仕事に出かけてしばらく経った頃、その静寂は破られることになる。

 

 突如現れた女二人組の襲撃を受け、入口付近にいた10人を超える傭兵達は、増援が駆け付けるまで持ち堪えることもできずに全滅した。

 それを受けて単騎で自信満々に迎撃に出た傭兵団の最高戦力ブレイン・アングラウスは、襲撃者にまるで相手にされず、圧倒的な実力差を見せつけられることになる。

 

 

 

「な、バカなっ!」

 王国戦士長ガゼフ・ストロノーフを倒すために磨き上げた必殺剣を軽く指で摘まれ、繰り出した全ての攻撃を右手の小指の爪一本で弾かれる。それも退屈そうに欠伸までされる始末である。

 

「武技……使えないんでありんすか?」

 場違いな黒いドレス姿の銀髪の美少女は、憐れみと呆れが入り交ざった声で語りかけてくる。

 彼女の名はシャルティア・ブラッドフォールン。ナザリック地下大墳墓第一~第三階層の階層守護者である。武技や魔法などを修める犯罪者など捕縛する命を受け野盗化したこの傭兵団の塒を襲撃している。

「……!?」

 ブレインは、何も言えない。実際には武技をフルに発動していたのだが……。まるで相手にされていない。

「もしかしてそんなに強くはないんでありんすか? 先程の入口にいた者たちよりは強いと思ったんでありんすが、あなた……。申し訳ないでありんすぇ。私が測れる強さの物差しは1メートル単位でありんすぇ。1ミリと3ミリの違いって分かりんせんでありんすね」

 もはや圧倒的という言葉では足りない、絶望的な差……それもどうやっても埋めようのない差と言えた。

 

 

「さ、三十六計、逃げるにしかずっ!!」

 ブレインは以前読んだ古い本の言葉を残し、全力で逃走することを選んだ。

(な、なんだってんだ。あんな化け物が襲ってくるなんて……)

 ブレインは決して弱くない。かつて、当時はまだ平民だった、現在の王国戦士長ガゼフ・ストロノーフと御前試合で戦い、互角の勝負の末惜しくも敗れ準優勝に終わっている。純粋な剣技なら王国で最強クラスの実力の持ち主だ。

 

「今度は鬼ごっこぉ? 色々と遊んでくれるのね? じゃあ、楽しみましょうか? あははははは」

 シャルティアは高らかに笑いながら、ゆっくりと歩き出す。強さゆえの驕りがそこにはあった。

そのシャルティアに白いドレスの吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)が付き従う。

(シャルティア・ブラッドフォールン……決して届かぬ高みにいる化け物……戦いを挑むべきではなかった……)

 ブレインは今までの人生で一番のスピードで走る。恐怖から逃げるために。

 

 

 一番の奥の開けた場所には、机や箱などでバリケードを築き武器を構えた傭兵たちの姿があった。

 彼の姿を見た時、「勝った」と思った傭兵たちから歓声があがったが、ブレインの様子がおかしいことにきづき、静かになる。

 

「ブ、ブレイン?」

 血相を変えて全力で飛び込んできたブレインは、仲間が作ったバリケードに強引に体を突っ込み中へと飛び込む。

「どうした、ブレイン!」

 その声に答えず彼はある部屋へと飛び込んでいく。

「なにか、くるぞっ!」

「今度は、かくれんぼぉぉ??」

 その直後に現れた二足歩行するヤツメウナギのような長い銀髪の化け物が、真紅の瞳をギョロリとさせながら団員に襲いかかった。

 

「ひいいいいっっ!」

「であえ……」

「ぶほっ……」

 次々に団員たちが倒れていく。

 

 

 

(やれやれ、シャルティアの奴、血の狂乱が発動しているじゃないか……)

 不可視化して様子を見ていたアインズは心の中で溜息をつく。

(まあ、その可能性もあるから来たんだけど……的中か。さっき戦った刀使いに名乗っていたからなぁ。ちゃんと始末しないとまずいな)

 アインズはお楽しみ中のシャルティアを放置し、ブレインを追って部屋へと入る。

 

 その部屋の中にブレインの姿はない。奥の壁から外気を感じるところを見ると外へ通じているのだろう。

(どうやら、外へ逃げたようだな)

 土が通路を塞いでいるが、アインズには問題にならない。

 

「〈次元の移動(デイメンジョナル・ムーブ)〉」

 アインズは隠し通路の先へ通り抜け森へと出る。

 木の枝が月の光を遮っているため辺りはかなり暗い。もっともアインズは闇視(ダークビジョン)の能力があるため、昼間と変わらぬ明るさで見通すことができるのだが。

 

「さて、どっちへ行ったかな。このまま探すよりも、技能を持っている姿に変身して探索するか。……といってもアローは今カルネ村にいることになっているからな。そうだな、外装を変えておくか」

 アインズは緑の鏃の形をしたペンダントを取り出す。先程までアインズは緑のフ-ドの男アローとして、カルネ村でエンリ・エモットの手料理の歓待を受けていた。さすがに同じ時間に同一人物がまったく別の場所にいるわけにはいかないだろう。

 

「<My Name Is Green arrow(私の名前はグリーン・アロー)>」

 起動ワードを口にすると、アインズの体は緑のフードの男に変化する。

「……外装変更“漆黒の矢”」

 アインズは服装を変更し、色を緑ではなく漆黒に変更する。

「たしかこの色合いは“ダーク・アーチャー”だったか。これを使う機会があるとはな」

 アインズが名付けた“モモン・ザ・ダーク”と似たようなセンスだが、れっきとした正式名称である。ARROWシーズン1のラスボスをイメージしたものだ。

 能力には変化がないので、たんなる色違い。2Pカラーのようなものといえる。

 

「こっちか……」

 アインズは新しく踏み荒らされた葉を発見し、それを辿りながら後を追う。

(……違う職業になれるというのは面白いものだ)

 しばらく行くと、前方に全力で走る男を発見する。

 

(見つけた。逃がさんよ)

 アインズはいつもとは違う黒い弓を構え、黒い矢を放つ。 

 

 

 ビシュッ!

 

 

 闇を切り裂き黒い矢が、走る青い髪の男を襲う。

 

「っ!?」

 矢を感知したブレインは、それを回避する。

「ほう。なかなかだな。ブレイン・アングラウス」

「だ、誰だ」

 振り向いたブレインの目は充血しており、何かに怯えているようにも見えた。

「私は“ダーク・アーチャー”だ」

 アインズは偽名を名乗る。

「あん? 明らかに偽名のような名前だな。このタイミングで俺に声をかけてくるってことは、シャルティア・ブラッドフォールンの仲間か……」

 ブレインは用心深く刀の柄に手をかけるが、戦意が鈍い。

 

「……いい推理だ。そうだな、ほぼ正確に近いといっておこう」

「そうか……やっぱりな。お前も当然強いってことか……」

 ブレインはふう~と息を吐き出す。

「まあ、そうだな。少なくともお前よりは強い」

「そうか……俺は努力してここまでになったというのに、決して届かぬ高みにいる奴らがいると知った。俺は弱い」

 ブレインの瞳に涙が浮かぶ。

「人は弱さを認めるからこそ、成長できるものだぞ。ブレイン・アングラウス」

「だがしょせんは人間にすぎないってことだ。俺は強くなりたかった。あのガゼフに勝つために。そのためならよくないこともやったさ」

「……お前は強くなりたいのか?」

「ああ。強くなりたかった……」

 ブレインは唇をギュッと噛む。

「過去形か。まあよかろう。ところで私は武技に興味を持っていてね。お前の武技を見たいんだが」

「……シャルティアに破られた。そんな児戯程度でよいなら……」

ブレインは自嘲気味に笑うと、なけなしの闘志を燃やし、武技を発動する。<――能力向上>

(む、戦闘力が上がったか? 能力を上げる系統の武技か……)

 アインズは気配の変化を察する。

 

 <――領域>

 ブレインを中心に半径3メートル以内に限ってその範囲内に入ったものを感知する武技だ。つまり、武器命中率と回避力をそのゾーン内に関しては最大限に引き上げるものだ。

 

「ほう。範囲系の武技か。効果は3メートル程度とみる」

 アインズはブレインを中心に防御シールドに似た何かが発動したのを察知する。

「なっ……」

 ブレインは唖然とする。

(見破られるだと? そんなことがありえるのか? これが力の差なのか? ……シャルティアとはまた違うようだな。探知系の能力が優れているのか?)

 

「では、試させてもらおう」

 アインズは黒い弓を構え、かなり速度をあげて矢を射る。

「そこっ!」

 ブレインにとってこれは対処しやすい。領域に入ってきたところで超高速で飛来する矢を居合い抜きで真っ二つにしてみせる。

「……ほう。なかなかやるな。ではこれはどうかな」

 アインズは速度を上げて、3連続で矢を放つ。

「早いっ! だがっ!」

 感知力の上がっているブレインにとってはすべて位置が把握できた。3矢すべてをブレインは切り落としてみせる。

(こいつも遊んでやがるのか? 見た感じ人間だが……何者だ?)

 

「……武技か。やはり興味深いな」

 アインズは目の前の男を評価する。

「では、いくぞっ!」

 アインズはちょっとだけ本気を出して踏み込む。

「そこかっ!」

 <神閃>

 超高速の一撃。<領域>と合わせて発動することで必中を誇る技だ。これこそがブレインの必殺の一撃。先程シャルティアには軽く指で摘まれるという屈辱を味わったがが……。

 

 刀がアインズにあたると思った瞬間に姿が消える。

 

 トンッ!

 

「うぐっ……」

 ブレインは刀が急激に重くなったのを感じる。それも当然だ。刀の先には、アインズが腕組みをして乗っているのだから。

「なっ、いつの間に……」

 今まで誰にも破られたことのなかったブレインの必殺技“秘剣――虎落笛”は今晩だけで二人に破られた。

「なかなか興味深かったぞ。ブレイン・アングラウス。どうやらもうネタ切れかな?」

 アインズの言葉にブレインは刀を棄て、両手を上げて降参の意を表す。

 

 

「その通りだ。“ダーク・アーチャー”さんよ。お前さんは強すぎる」

「ブレイン・アングラウスよ。より強くはなりたくないか?」

「今日俺はどんなに努力をしても勝てない相手がいると知った。正直絶望的な差をみせられたよ。お前さんにも、あのシャルティア・ブラッドフォールンにもな。正直人間という領域にいる限り勝てはしない」

 ブレインは悟ったような表情になる。

「だけど、それでも強くなりたいさ。俺は弱いってわかっただけでも、今日は価値がある。本当はすごいショックだけどな」 

「そうか。もしお前が強くなりたいのなら、私の元へこい。強くしてやる。手段は問わなくてもよいな?」

「ああ。……それも悪くないか。どうせ逃がしちゃくれないんだろう? だったら強くなりたい。」

「どれくらい強くなりたい?」

「そうだな。アンタくらいになりたいが。現実的なところだとまずはガゼフに勝ちたいな。もちろん人の領域を超えるような存在になれるならそれもまたいいかもしれん」

「わかった。では着いてこい。悪いようにはせんぞ」

 

 結果としてブレイン・アングラウスはナザリック入りし、転生実験に協力する形になる。

 

 

 

 






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