―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~   作:NEW WINDのN
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シーズン2 エ・ランテル編2
シーズン2第1話『アローVSクレマンティーヌ』


 

 城塞都市エ・ランテル。静かな夜の街を、突如墓地から発生した大量のアンデッドが襲うという大事件が発生。街は騒然とした空気に包まれた。

 後に”漆黒の英雄と緑衣の弓矢神の冒険譚”の冒頭で語られることになる[エ・ランテル満月のアンデッド事件]は、首謀者であるカジット・デイル・バダンテールの死亡により、終結。都市には平和が戻った。

 この事件には秘密結社ズーラーノーンが絡むと判断され。被害が大きくなる前に解決できたことは大きく評価されることになる。 

 この事件解決の立役者である、モモンとアロー、そしてナーベは一気にミスリル級冒険者となり、一躍都市を救った英雄として語られるようになった。

 

 しかし、この事件にはもう一人の重要人物がいたことは公には知られていない。

 首謀者は確かにカジットであったが、それに協力した黒幕と呼べる存在がいたのだ。

 

 [エ・ランテル満月のアンデッド事件]には、知られざるもう一つのエンディングがある。

 

 

 

 -時は少し遡るー

 

 

 墓地最奥にある霊廟の前で、アインズ達がカジットの召喚した骨の竜(スケリトル・ドラゴン)と激戦を繰り広げていた――いや、一方的に蹂躙したのだが――とほぼ同時刻のことになる。

 

 

 エ・ランテル近郊にある街道沿いの草原を疾走する影があった。

 

 

 草原を鼻歌混じりで走っているのは、ブロンドの短い髪をした若い女。その身には暗い色のローブを纏っている。

 すぐそばには街道があるのだが、女はあえて街道ではなく草原を選び、疾風のように走り続けていた。

 

 彼女の名はクレマンティーヌ。今回[エ・ランテル満月のアンデッド事件]の協力者であり、[ンフィーレア・バレアレ誘拐事件]の実行犯でもある。

 

 クレマンティーヌは、以前はスレイン法国特殊部隊”漆黒聖典”第九席次、人類最強の集団の一角を占めていた凄腕の女戦士であった。

 だが、彼女は同国の至宝”叡者の額冠”を盗み出し逃走。その際100万人に一人しか適合者がいないと言われている巫女の一人を発狂させ、再起不能にするという大損害を与えている。当然のことながら法国上層部が彼女を許すはずもなく、今ではかつての同僚に大罪人として追われる身であった。

 そんな彼女は身の安全確保のためもあり、秘密結社ズーラーノーンのメンバーとなる。現在の同僚であるカジット・デイル・バダンテールに儀式を行わせ、アンデッドの大軍で街を混乱に陥れ、騒ぎが大きくなったところで逃げ出すという計画はうまくいっていた。

 

 大量のアンデッドが城門を破ったことで街は大騒ぎになった。住民は動揺し、冒険者を始めとした戦力は防衛の為そちらへ集中。きっと追手の目もそちらへと向いていることだろう。

 

(今頃エ・ランテルは大騒ぎだろうな。何人くらい死ぬのかなー? カジッちゃんの骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を借りられなかったのは残念だけど、まあ、逃げるには十分な目くらましだよね。ミスリル抜きだし止められないだろうな)

 

 エ・ランテルの対モンスター戦における最高戦力はミスリル級冒険者である。計画の邪魔になる可能性がある彼らは、全チーム依頼を受けて出払っていた。つまり事件を起こすには最高のタイミングであった。もちろんそれは偶然ではなかったが。

 

 

(それにしても、予定通りに、いや――予定以上にうまく行ったみたいね)

 クレマンティーヌは笑いが止まらない。

 

 薬師ンフィーレア・バレアレを攫い、彼の持つ”()()()()()()()()()()()()()使()()()”という生まれながらの異能(タレント)を使用して、100万人に一人しか適合者がいないとされる叡者の額冠を装備させ、第7位階魔法〈不死の軍勢(アンデス・アーミー)〉を使用。アンデッドの大軍団で街を大混乱に陥れて、その隙に逃げ出す……。

 

 これがクレマンティーヌのいうところの”完璧なけーかく”の全貌である。実のところ、ほとんど上手く行っており、アンデッドの軍勢は城門を突破し、街は大騒ぎになりかけていた。その騒ぎに紛れて彼女はエ・ランテルを脱出し、走り続けている。

 

(さて……どこへ行こうかな? 王都に行くのも面白くないし。ガセフとか有名な奴をやるのも楽しいけど、追手がかかりそうだしね。うーん、帝国ってのもアリかな? それとも誰か適当な奴を殺して遊ぼうかな) 

 クレマンティーヌの実力は人類の最高峰アダマンタイト級冒険者にも匹敵するものだが、問題はその性格である。人格者とは言えない。むしろ性格破綻者といった方がしっくりくる。

 

(さっきは時間なかったから遊べなかったし。ちょっと欲求不満。アイツ弱すぎ!)

 クレマンティーヌは自分が刺した赤毛を思い出す。本来ならたっぷりと可愛がってから殺すのが好きなのだが、相手があまりに弱すぎて一撃で倒してしまったのだ。

 

「可愛がるっていっても、高い、高―いしたり、ピーカ-ブー(いないいないばあ)したりするんじゃないよー。いたぶって、拷問して、悲鳴を楽しんで、たっぷり楽しんであげるって意味だから」

 ここは深夜の草原地帯であり、それも走っている最中だ。当然誰も反応しない。 

 

(そういえば、コレクションするのも忘れたな。チッ、カジッちゃんが急がせるからだ)

 クレマンティーヌには殺した冒険者のプレートを奪い、自分の鎧を彩る装飾品にするという隠れた趣味がある。

(まあいっか。(アイアン)じゃ価値ないしね)」

 彼女の鎧はセパレートタイプになっており、へそ回りは露出している。上下に分かれた鎧には(カッパー)(アイアン)(シルバー)(ゴールド)などといった冒険者プレートが無数に散りばめられており、その中にはその上のクラスである白金(プラチナ)そしてオリハルコンまで混ざっている。これは彼女の戦果を示す狩猟戦利品(ハンティング・トロフィー)である。

 

 

「ご機嫌だな……クレマンティーヌ」

 突如、闇から男の声が響く。

「あん? 何者だ、お前。……せっかく気分よかったのにー」

 クレマンティーヌは足を止め、声のした方へ目をやる。そこに立っていたのは、緑のフードを被り、弓矢をはじめとする装備をすべて緑で統一した男だった。

 もちろんアローに変身中のアインズであるが、クレマンティーヌはそれを知らない。

 

「御機嫌よう、御嬢さん」

「ああん? ふざけんじゃねーぞ、お前! クレマンティーヌ様は、今とってもご機嫌斜めなんだよ!! 月に変わってオシオキしちゃうよー?」

 クレマンティーヌの目に怒りの炎が宿った。その背後にはきれいな満月が浮かんでいる。

 

(こいつ……一見隙だらけに見えるけど、実は隙がない。ただのレンジャーじゃないね)

 クレマンティーヌはこの世界において超一流の戦士である。当然相手の技量を見る目も優れている。今は戦闘力を抑えているので判断は難しいが、少なくとも警戒が必要なレベルと判断する。

 

 

「――それは残念。計画がうまくいかなかったのかな?」

「なにいっ? ……この”フード野郎”!」

(コイツ……どこまで知ってやがる。少なくても私の名前を知っていることは間違いないけど。それと計画のことも把握していそうな雰囲気だな)

 クレマンティーヌは警戒レベルを引き上げる。

「わかるぞ、クレマンティーヌ。今お前はこう考えているはずだ。「コイツ……どこまで知ってやがる」ってな」

 スバリと言い当てられ、クレマンティーヌの顔が歪む。

「てんめぇ、おちょくってんのか? ああん?」

「……安い挑発でごまかすか。まあ、お前の”完璧なけーかく”とやらは、すでに阻止されているんだがな」

「なにィ? どういうことだ、お前」

 クレマンティーヌはギッ! と睨みつけるが、フードの男は意に介さない。

 

 

「……教えてやろう。すでにカジット・デイル・バダンテールは死んだ!」

「カジっちゃんが? ……骨の竜(スケリトル・ドラゴン)はどうした?」

(どういうこと? 嘘をいっているようには見えないが……あのカジっちゃんが簡単にやられるとも思えないけど)

 

「……骨に戻ったさ」

「もともと骨だろうが? ふざけてんじゃねえぞ!」

「やれやれ……言い方を変えてやろう。この私が倒した」

 

「ああん? 弓矢使いじゃー骨の竜(スケリトル・ドラゴン)には勝てないはずだけどー」 

 アンデッドは殴打武器には弱いが、刺突武器はあまり効かない特性を持っている。  

「まあ、普通ならそうだろうな」

(コイツ……マジでわからない奴だ。見た感じ弓矢しか武器は持ってなさそうだが……ってことは魔法詠唱者(マジックキャスター)か? そうは見えないけど……。いや、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は魔法に対する絶対耐性を有している……とすると実は神官とか?)

 魔法は効かなくてもアンデッドに有効なスキルは存在する。

 

「ま、お前が誰かは知らないけどー。このクレマンティーヌ様とやろうなんて、100年早いんだよ」

「ほう。すごい自信だな」

「まあねー。この国で私とまともに戦えるのは、ガゼフ・ストロノーフ、ブレイン・アングラウス、蒼の薔薇のガガーランと他二人の5人くらいかなー? 全部余裕で倒せるけどねー」

 クレマンティーヌは、大きく顔を歪めて笑みを浮かべる。

 

(ガゼフとブレインよりも上か。少しは楽しめるかな)

 アインズはワクワクしていた。

 

「お前のそのフードとマスクの下に、どんなくそったれな顔があるかしれねえが、この! 人外――英雄の領域に足を踏み込んだクレマンティーヌ様が負けるはずがねえんだよ!」

クレマンティーヌは刺突武器――腰につけた4本のスティレットのうち一本を引き抜き、右手に構える。

 

「それはどうだろうな!?」

 アインズは弓を引き絞り、いきなり矢を放つ!

「ふん♪」

 高速で飛来する矢をクレマンティーヌは首を傾けるだけで回避する。

「思ったより早いねー。やるじゃん。でも遅すぎかなー。そんなんじゃ私には当たんないよー」

「ならば、これはどうかな?」

 先程よりも早く打ち出された矢が2本、闇を切り裂いてクレマンティーヌを襲う。

「ふん♪ ふふん♪」

 一本目は先程と同様に首を傾けてよけ、2本目の胴を狙った矢は、腰をくねらせることで回避する。 

「だから遅いってー」

 クレマンティーヌはニヤニヤと笑みを浮かべている。

「なかなかやるな……ではこれならどうかな?」

 さらにスピードを上げて3連射するが、クレマンティーヌは、1本目をダッキングして避けながら、2本目は体をよじって回避。そして3本目はジャンプして躱す。

 

「だから、お・そ・いっ! ってばー」

 クレマンティーヌはププーッと吹き出す。

「……」

 アインズは無言のまま5連射。数を増やした上に先程の倍近いスピードで放つ。

「なっ?」

 顔捻り、ダッキング、体さばき、ジャンプで回避、最後の1つのみスティレットで叩き落とす。

 

「なかなかやるじゃーん。それが限界? ちょっと遅いかなー」

「ほう。血が出ているようだがな」

 アインズは笑う。たしかにクレマンティーヌの右頬には一筋の傷がついており、血がにじんでいた。

「なにっ……」

 クレマンティーヌは左手で血を拭い、それが事実だと気付く。

「避けきれていなかったようだな。そろそろ限界じゃないのか?」

「なんだとてめえ。そっちこそもう限界じゃねえのか? ああん?? くだらねえハッタリはやめておくんだな?」

「……試してみるか?」

 アインズは笑みを浮かべると、さらに倍のスピードで10連射!

「なあっ!」

 クレマンティーヌはここまでに披露した全ての防御法を駆使し、それでもぎりぎりのところで躱すものの、さすがに体をかすめる矢が多くなる。もともと機動力を重視し、露出の多い装備だ。むき出しになっている太腿や二の腕に血がにじむ。

 

(まずい……〈流水加速〉)  

 クレマンティーヌは武技を発動する。クレマンティーヌの動きが加速し、流れるように矢を躱す。最後の10本目の矢を背面飛びの要領で飛び越えて避けたところへ、追撃の一矢がさらにスピードをあげてクレマンティーヌの顔面めがけて飛ぶ。

 

「むっ……」

〈――不落要塞〉

 武技の発動とともに、クレマンティーヌはニタリと獰猛な笑みを浮かべると飛来する矢の柄をパクリと口で受け止める。いや噛付いたというべきか。

 

「なっ、なんだとォ!?」

 さすがにアインズもこれにはビックリした。あまりにも予想外すぎる防御方法だ。

 

 いくらアインズが本気ではないとはいえ、この世界に来てからあれだけのスピードで矢を放ったことはない。

 

 ましてや飛んでくる矢、それも最高のタイミングで放った矢を口で咥えるとは……。

 

戦う女の笑み(ウォーズウーマン・スマイル)ってところか? おそらく、なんらかの武技……それも防御系を使ったのだろうが……厄介だな、武技というやつは)

 

 

「もーう。どうせ固いのを咥えるなら~、もっと別のがいいなー」

 クレマンティーヌは下品な笑みを浮かべた。

 

 






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