ラファエル案件は本当!?特許翻訳者が、水耕栽培の特許分析から斬る!
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遊休資産を活用した植物工場 -半導体から植物工場へ-
日本の半導体産業の衰退に伴い、大手電機メーカーが乗り出した事業の1つが植物工場でした。
2014年、富士通は自社の半導体工場のクリーンルームを植物工場に転用しました。
出典:http://jp.fujitsu.com/solutions/cloud/agri/vegetable-plant/
2009年に操業を終了し、遊休施設として残っていたクリーンルームの植物工場への転用でした。
害虫や雑菌の侵入を防ぐクリーンルームは、植物工場の設備として理想的なものでした。
さらに2016年にはフィンランドに植物工場による農作物の生産・販売を行う会社を設立しています。
パナソニックはシンガポールに植物工場を稼働させました。これはシンガポール政府が初めて認定した屋内野菜工場でした。現在はグリーンレタス、サニーレタス、水菜など10種類の野菜が栽培され、大戸屋に供給されています。
出典:http://www2.panasonic.biz/es/solution/works/fukushima.html
さらに2018年3月から中国で、野菜工場を活用した野菜の生産・販売に参入しました。蘇州でレタスや水菜を栽培し、サラダに調理して蘇州や上海のスーパーなどに販売しています。
また、シャープは2013年にドバイでイチゴを育てる植物工場の実証実験を開始しています。
2018年12月には、三菱ケミカルが納入した中国最大規模の植物工場が稼働を開始しました。苗を育てる時期まで人工光源を使い、以降は太陽光を利用した併用型の水耕栽培システムを採用しています。
東芝も横須賀に植物工場を稼働させましたが、赤字のため2016年に閉鎖しました。
このように、半導体産業の衰退によって、遊休施設として残ったクリーンルームの活用や、半導体技術を植物工場に応用する試みがなされてきました。
そこで、今回は水耕栽培の特許をいくつかご紹介、さらに最近話題のラファエル氏の動画についても触れてみたいと思います。
水耕栽培とは?
土を使用せずに、ミネラルやその他のイオンを含んだ養液を使い植物を栽培する方法を水耕栽培といいます。
光、水、温度、栄養などの条件を適切に管理できれば、土壌を使用しなくても、植物を栽培することができます。
水耕栽培には次のようなメリットがあります。
天候に左右されない
農地を必要としない
収穫の時期を調整できる
収穫効率を高められる
一方、課題としては、
人工光源を使うため電気消費量が大きい
コストがかかる
水質環境の維持が難しい
ビタミンCなどの抗酸化物質や栄養成分の含有量が低くなりやすい
低硝酸化
野菜中には通常、硝酸イオンが含まれています。硝酸イオンは、多量に含まれると野菜の苦味の原因となり、発癌物質の生成にもつながる可能性があります。このため、野菜の生産においては、硝酸イオンの含有量を低下させる必要があります。EUでは、野菜の硝酸塩の基準値が定められています。
水耕栽培に関する特許はこれまでに1211件公開されています(2018/12/9時点)。
(「水耕栽培」を発明のタイトルに含むもの)
それでは、味を調整したり、栄養成分を増やしたり、成長を促進するために
どんな工夫がされているのでしょうか?
今回はその一部をご紹介します。
甘さの調整
特許①
【発明の名称】植物への給水方法、並びに水耕栽培システム
【公開番号】特開2010-178644
【出願人】有限会社上野園芸
この特許では、給水量を制限することで、糖度を向上させています。
この発明は、水不足というストレスを利用したものです。
トマトなどの一部の植物では、水不足のストレスによって、甘くなり、味が向上することが知られています。
しかし、水耕栽培では給水量の見極めは重要で、栽培時の課題の1つとなっています。
過剰な水分供給は、味の品質を低下させます。
給水が少なすぎると、収穫量の低下につながります。
そこで、夜間の給水量を制限する方法がとられています。
なぜ夜間なのでしょうか?
根から吸収される水分量に昼間と夜間とで違いはありません。
昼間には蒸発作用によって葉から水分が放出されるため、
植物の中にたまる水分は夜間に吸収されたものになっているのです。
このため、給水量を制御するために、夜間の給水量を調節します。
この特許では、夜間の肥料養液の濃度を、昼間の肥料濃度よりも高くすることで、夜間に根から吸収される水分量を制限しています。これにより、収穫量を減らすことなく、糖度を向上させています。
ここで登場するのが浸透圧。
浸透圧というのは、小さい溶媒分子のみ通過する半透膜を挟んで、左に濃度の低い溶液、右に濃度の高い溶液を置くと、同じ濃度になるように、左の溶液から右の溶液へ向かって水が移動をしようとする圧力のことです。
昼間は肥料濃度が低いため、浸透圧が大きくなり肥料養液から根に吸収される水分量が多くなります。
夜間は肥料濃度が高いため、肥料養液から根に吸収される水分量が抑制されます。
この発明では、トマトの糖度が6~7から7~8までに向上しました。
一般に、6.5をこえると甘みが増すといわれています。
特にメロンにお勧めの方法のようです。
特許②
【国際公開番号】WO2016/190017
【発明の名称】人工水耕栽培装置
【出願人】グリーンアース株式会社
この特許では、
・波長の構成を変え、
・照射時間を調整する
イチゴの糖度を向上させています。
実験から、赤色50%、緑色25%、青色25%の割合の光を照射したときに、最も糖度が高くなっています。
また、24時間絶え間なく照射しても糖度が高くなるわけではありません。
イチゴの場合、必要な波長の光の照射を葉で受けて光合成を行なってデンプンを合成する期間と、葉で合成したデンプンや根で吸収した養分を果実に運搬して果実内に蓄積する期間が必要であることが分かっています。
デンプンを合成するのは主に昼間の日照期間で行われ、
デンプンなどを蓄えるのは主に夜間の非日照期間で行われるます。
そこで、この特許ではスライド機構を利用して、疑似的な日照状態と、疑似的な夜間状態を作り出しています。
このように、糖度の調整では、給水量、波長、照射時間の調整に工夫がされています。
栄養分を増やす
【発明の名称】水耕栽培による多様な抗酸化成分を増強した野菜の生産方法
【公開番号】特開2017-221177
【出願人】京都府公立大学法人
この特許は、レタス、小松菜などの葉物野菜に対し顕著な効果があるとされています。
その目的はずばり、多様な抗酸化成分を著しく増強させること。
抗酸化成分は次のものなどです。
どのように抗酸化成分を増強させるのでしょうか?
ずばり、代謝の流れをコントロールするのです。
窒素が多量に存在する場合、植物において光合成で得られた炭素は、根から吸収される窒素を使ってアミノ酸に合成されることで、植物は成長します。
窒素がほとんど存在しない場合は、窒素が不足するためアミノ酸合成は進まず、炭素から抗酸化成分の生合成への流れが支配的となります。
このように、養液に含まれる窒素量を制御することで、代謝の流れを制御できるのです。
しかし、代謝の流れを制御するだけで、大量の抗酸化物質が生合成されるわけではありません。
抗酸化物質の生合成が行われるためには、植物が抗酸化物質を必要とする状況になる必要があります。
つまり、植物が「抗酸化物質が欲しい!」と思う状況です。
そこで、この特許では、カルシウムの添加、490nm以下の波長の光の照射という2つの刺激を利用して、植物に抗酸化物質を欲しいと思わせる状況を作り出しています。この2つの要素が、シグナル伝達系に関与すると考えられています。
まとめると、
①窒素をほとんど含まない養液を使い、望みの代謝経路に誘導する
②カルシウムを加えた養液を使い、植物に抗酸化物質を欲しい!と思わせる
③短波長の光を照射して、植物に抗酸化物質を欲しい!と思わせる
簡単にいうと、養液と照射条件を変えることで、ビタミンCやポリフェノールがたくさん含まれた葉物野菜を栽培できる、ということですね。
光源の利用
【発明の名称】水耕栽培システム
【公開番号】特開2016-63758
【出願人】栗田工業株式会社
水耕栽培では水を常に循環させているため、どこかが病気になってしまうと、その被害はすぐに広がってしまいます。
養液の殺菌方法としては、
・薬剤を使用する
・オゾンを使用する
・重金属イオンを使用する
・紫外線ランプを使用する
などがあります。
薬剤は野菜の栽培では制約があります。
オゾンは強い殺菌力を持ちますが低濃度でなければ生育障害を起こす可能性があります。
重金属イオンは毒性があるため、野菜の栽培には使えません。
紫外線ランプは代表的な養液の殺菌方法ですが、ランプに水銀ガスが封入されているため、破損した場合に重大な水銀汚染につながるおそれがあります。
また、紫外線は波長によって、殺菌作用や、微量ミネラル成分を酸化させて溶けなくしてしまう作用があります。
このように、養液中の殺菌数を抑制するのは難しく、一般に、植物工場では栽培ごとに養液が廃棄されているのが現状です。
現在、植物工場は水質汚濁防止法の対象施設にはなっておらず、養液の排水規制はありません。しかし。養液が河川に廃棄されると、大量の栄養塩類が放出され、富栄養化を引き起こすおそれがあります。
そこで、栗田工業は、養液を再利用しても、安全な野菜を栽培できる栽培システムの特許を出しました。
栗田工業が着目したのは深紫外(しんしがい)LEDです。
波長200~350ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)の深紫外LEDは、殺菌・浄水、空気清浄をはじめ、医療、樹脂硬化形成・接着、印刷など広い分野での利用が期待されています。
安定した光を出すのに時間がかかり、高い電力が必要な水銀ランプに対し、深紫外LEDは直ちに発光し、消費電力が低く、水銀汚染がないのが特徴です。
出典:https://www.iru-miru.com/article_detail.php?id=12669
深紫外LEDの波長域はUVランプより狭いため、殺菌の作用をもつ波長域のみを有しています。
また、有機物や微量ミネラル成分に影響を与える波長域を有しません。
出典:特開2016-63758
上記より、深紫外LEDを使うことで、必要な微量ミネラル成分を減らすことなく、大腸菌、生育菌を殺菌していることがわかります。
この特許は、養液を深紫外LEDで殺菌し、再利用することで、コスト削減を実現するものでした。
ファインバブルの活用
特許①
植物の生長を促進させるために、ファインバブルが使用されています。
【発明の名称】水耕栽培方法および水耕栽培装置
【公開番号】特開2015-97516
【出願人】三菱重工交通機器エンジニアリング株式会社
直径が数十μm以下の泡をマイクロバブル、直径が1μm以下の泡をウルトラファインバブルといい、この特許では、両方含んだ養液を使用しています。
出典:http://jp.idec.com/ja/technology/finebubble/aboutfinebubble.html
※ウルトラファインバブルは以前、「ナノバブル」と呼ばれていましたが、現在はウルトラファインバブルと呼ばれています。特許明細書では「ナノバブル」を使用している企業が現在もあります。
ファインバブルは液体中に気体を大量に溶解させることができます。気泡に酸素を含ませることで、溶液中の溶存酸素を増やし、植物の生長を促進する効果があります。
この特許では、
マイクロバブルを含まない養液でまず栽培し(第1工程)、
次にマイクロバブルを含む養液で栽培し(第2工程)、
最後にマイクロバブルを含まない養液で栽培します(第3工程)。
この結果、ホウレンソウの生育が10%程早まりました。
特許②
【公開番号】特開2008-20644
【発明の名称】除菌可能な水耕栽培装置および水耕栽培方法
【出願人】シャープ株式会社
先ほどはファインバブルを利用して成長を促進するものでした。
この特許は養液を除菌して再利用するために、ファインバブルを利用しています。
温室で使われた養液が、ナノバブル水槽、マイクロバブル水槽に自然に流れおちていきます。
出典:特開2008-20644
マイクロバブルとナノバブルで除菌する工程と、
ナノバブルで除菌する工程と、
オゾンを含んだナノバブルで除菌する工程の
3工程からなります。
植物の種類や成長や、病原菌の発生状態に応じて、適切な除菌工程を選ぶことができます。
マイクロバブル、ナノバブルの殺菌力は、マイクロバブル、ナノバブルの酸化作用によります。
この酸化作用は、バブルが圧壊する時に、局所的に高温高圧が発生し、フリーラジカルが発生することによります。
電子を1つ失った原子や分子、イオンのことをフリーラジカルといいます。
失った電子を取り戻そうと、とても不安定な状態になりますので、周りの原子から電子を奪おうと攻撃をしかけています。
出典:https://www.liverdoctor.com/antioxidants-free-radicals/
バブルが圧壊して発生したフリーラジカルにより、病原菌の細胞壁が破られ、病原菌が死ぬことで、除菌効果を発揮します。
ファインバブルは殺菌や成長促進など、近年、水耕栽培で積極的に活用されています。
以上、いくつかの企業の水耕栽培に関する特許を見てみました。読んだのは全体の一部ですが、これだけ見ても、水耕栽培において、殺菌、成長促進、栄養成分の増強などで様々な工夫が施されており、簡単に実現できるものではないことがおわかりいただけるかと思います。
ラファエル氏の動画について
先日、You Tubeで水耕栽培を取り上げたラファエル氏の動画を見ました。
動画で紹介されていた水耕栽培装置の特許番号がわかりましたので、中身を読んでみました。
【公開番号】特開2015-29423
【発明の名称】水耕栽培装置及び方法
【出願人】アグリスジャパン株式会社
その中で、いくつか気になる点があったので触れてみたいと思います。
特許の概要
下のように、給水路に弁が設けられており、この弁を開閉することで、水を十分に供給する満水状態と水を供給しない小水状態を作り出すことができます。
出典:特開2015-29423
まず、小水状態を作り出すことで、水耕栽培装置の重量を減少させることができるとしています。
小水状態になると、栽培ボードと水面との間の距離が5cmになります。
出典:特開2015-29423
これにより、根が外気に接触します。この時、二酸化炭素を活用して、ジベレリン酸を植物に貯蔵、分泌させるとしています。
また、小水状態に水が流入すると、下の段につづく給水路の弁が閉じているため、水が給水路内で往復し、水の往復によって根が揺れます。
このようにして、従来よりも少ない光源を使い、10000ルクス以下の照度でレタスを栽培したところ、30日で200gの重量になったと書いてあります。
動画で紹介されていた会社名とこの特許の出願人の名前は異なりますが、内容から、動画で紹介されていた装置の特許はこの特許だと思われます。
そこで、動画と特許を読み比べた結果、次のような疑問を感じました。
①植物の殺菌方法
動画によると、農薬を使用していません。
先ほど見てきたように、水耕栽培において殺菌、除菌は課題の1つとなっており、ファインバブルや波長の短い光源を使っていました。
しかし、この動画では、蛍光灯を使用するとしており、確かに特許でも蛍光灯と記載があります。
特許明細書では、殺菌に関する記載はありませんでした。
②味の調整
動画では、香り以外すべてコントロールできるようになったとあります。
冒頭で述べたように、味の1つ、「甘み」だけに関しても、照射時間を調整したり、夜間の給水量を制限したり、異なる波長からなる光を照射するなどの工夫がされています。残念ながら、明細書からは味をどのようにコントロールするかについて、確認することはできませんでした。
発明者の中嶋将さんによる他の特許や論文を探しましたが、見つかりませんでした。
何か追加情報がわかりましたら追記します。
最後まで読んだ下さりありがとうございました。