―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~ 作:NEW WINDのN
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カルネ村近くにあるトブの大森林。
薬草採集の為に森へと入ったアインズ達は周囲を警戒しながら進んでいる。森の中は木々の枝が日を遮る影響で薄暗く、肌寒さを感じる。森の外と比べると3、4度は低いのではないだろうか。
このあたり一帯は”森の賢王”と呼ばれる強大な魔獣が支配していると伝えられており、ここまでのところモンスターとの接触がないのは、その影響であろうか。もっとも森に入ってから未だに小動物の姿すら見かけていないのだが。
(……ふむ。足跡なども見当たらないな)
アイテムの力により、緑のフードの男アローに変身中のアインズは、そのアローが持つレンジャー能力を駆使して周囲の警戒をしつつ、地面に残る痕跡を注意深く観察していた。
(……やっぱり、違う姿で冒険をするのは新鮮だなあ)
能力が違えば見える光景も大幅に変わるものだ。アインズはユグドラシル時代に
「アローさんとモモンさんは、アインズ・ウール・ゴウンさんっていう
ンフィーレアが真剣な顔で尋ねてきた。
「……聞いたことはないな」
モモンがさらりと答える。まったく動揺が見えないのは流石といえる。
「……同じくだ。さっきの村で聞いたくらいだな」
一方のアインズは、内心ドキドキしながら答える。今のアインズはアローという人間種に変身中であり、アンデッド特有の精神安定化は発動しない。もっともアローはヒーローとしてその肉体面はもちろん精神力も鍛えられている設定なので影響は少ない。
「そうでしたか。この辺りでは聞いたことのない名前でしたので、遠方から来られたというアローさん達たちなら、もしかしたら何かご存じかなって思ったのですが」
「ナインズ・オウン・なんとかだったっけ? カルネ村を救った奇怪な仮面の超凄腕
目の前に当の本人がいるとも知らず、ブリタは気楽なものである。ナーベに睨まれていることも気づいていない。
「違いますよ、ブリタさん。アインズ・ウール・ゴウンさんですよ。ナインズ・オウン・ナントカじゃあないです」
ンフィーレアは笑うが、アインズは笑えない。
(ナインズ・オウンまでは、ギルドの元になったクランの名前だからなぁ。ちょっと単純すぎるネーミングだったのかなあ? ま、きっと偶然だろうけど)
ナザリックではアインズだけが知っている事実なのだが、ギルド[アインズ・ウール・ゴウン]は、もともと[ナインズ・オウン・ゴール]というクラン名で活動していた。
(それにしても奇怪な仮面って。まあ、間違っていないけどさ。それにしても、ナーベラルの奴は、本当に人間が嫌いなんだろうなあ。……まあ、そう設定されているからそれは仕方ないか)
アインズはナーベラルの言動に毎回ヒヤヒヤさせられていた。
(しっかし、なんで我慢しろとか、こう呼べという命令しているのにああなるんだろうな? もしかして、そういう設定になっているのかな? 例えば人の名前を憶えないとか。思ったことを口にしてしまうとか……うーん。弐式炎雷さんがどんな設定をしていたかは詳しく知らないんだよなあ。そもそも設定を覚えているNPCの方が少ないし)
ナザリックのNPCは数が多い上に、凝り性なメンバーが多い為やたらと設定が詳細に記載されていることが多く全てを把握するのは不可能といってよかった。
「ンフィーレアさんは、そのアインズという人に会いたいのですか?」
モモンという役になりきっているパンドラズ・アクターだからこそ口にできる、絶対支配者に対する呼び捨て行為。ナザリックのシモベにとっては不敬極まりない行為であるため、他のシモベでは殺されても口にすることはないだろう。なおナーベはやっぱり睨んでいた。
「ええ。カルネ村を、僕の大好きなエンリを救ってくださった恩人ですから、ぜひお会いしてお礼を言いたいんです」
ンフィーレアは真剣そのものである。
『アインズ様、これは使えそうですな』
『ああ。ルプスレギナにエンリ・エモットを守るように伝えておこう』
ンフィーレアの純粋な思いに対して、鈴木悟の残滓としては「頑張れよ、少年!」という気持ちなのだが、アインズにとってはナザリックの強化につなげる鍵という感覚でしかないのでこの対応となる。
◆◆◆ ◆◆◆
「このあたりで薬草を採取します。探しているのはこういう葉になります」
ンフィーレアは足元の草を摘むと、アインズ達に見せる。
「……私にはどうにも区別がつかないようだ」
「モモン、私も判別が……つきません」
モモンは堂々と、ナーベはちょっと悔しそうにしている。これはモモンもナーベも薬草に対する知識を持つクラスをとっていない為、薬草の判別ができないということのようだ。
(なるほど、対応できる職業レベルがないと対応できないってことなんだろうね)
ナザリックにおいてアインズは、装備品に関する実験や、料理に関する実験などをいくつか行っているが、共通していることがあった。それは”
例えば
また、料理に関しては肉を焼くことすら不可能だ。アインズが挑戦した結果は、消し炭ができただけで終わった。 なお、現在変身しているアローは料理スキルを持っており、シェフ顔負けの腕を持つ。もっともなかなか披露する機会はないと思われるが。
それにしても、ここは異世界なのだ。……ここはユグドラシルのゲーム内ではなく、異世界である……それなのに、こうやってユグドラシルのルールが採用されているのはまったくもって不思議なことである。
もっとも、そもそもアインズがナザリック地下大墳墓ごとこの世界に来た原因もわからないのだから、”ここはそういう世界だ”と考えるしかないのだろうが。
「では、私が手伝おう。モモンとナーベは周辺を警戒してくれ」
レンジャーのクラスを有するアローに変身中のアインズは、薬草の判別をすることができる。
「ありがとうございますアローさん。よろしくお願いします。モモンさんとナーベさんも、警戒の方をよろしくお願いします」
ンフィーレアが丁寧に頭を下げる。
「……了解した。ナーベが〈
「かしこまりました」
すっと歩き始めるモモンに従い、ナーベもお辞儀してからその場を立ち去る。これは雇い主に向けたものに見えるが、実際はアインズに向けたものである。
『パンドラズ・アクターよ、打ち合わせ通りに頼むぞ』
『お任せください、アインズ様』
〈
◆◆◆ ◆◆◆
森の奥へと入り、少し開けた地点に移動したモモンとナーベは足を止める。
「この後はどうなさるのでしょうか、パンドラズ・アクター様」
「アインズ様のお望みはご存じですよね、ナーベラル殿」
姿はモモンだが、声はパンドラズ・アクターのものになっている。
「はっ。我々は冒険者としての偽装身分を作り、その名を高め、
ナーベラルは自信満々に答える。
(うーん、何と言ってよいのやら……アインズ様にも報告しておかないといけませんね)
パンドラズ・アクターは
「ちょっと違いますね。偽装身分を作り、その名を高めるところまではあっていますが、アインズ様は人間達に慕われるような存在になろうとしています」
「なんと、そうだったのですか?……なぜウジムシなどに慕われるようにせねばならぬのか、私には理解できませんが……」
「よいですかナーベラル殿。アローは”街の人々を闇の脅威から救うヒーロー”、モモンは”弱者を救い、強きものに挑む正義の高潔な戦士”。そして、ナーベはそれを補佐する優秀な
パンドラズ・アクターはいつもの調子とは違ってすこぶる真面目な口調で話す
「わ、私が、う、美しき姫君?」
普段冷静なナーベラルの声が上ずり、頬がほんのりの桃色に染まる。
「そうですよ、ナーベラル殿。これはアインズ様がお決めになられた我々3人の冒険者としての役割なのです」
「なっ……アインズ様が……お決めになられた! と」
「はい。アインズ様はこうおっしゃっていましたよ……」
パンドラズ・アクターはここで言葉を切り、アインズの声に切り替える。
「パンドラズ・アクターよ。私の変身する”緑のフードの男”とお前が担当する”漆黒の戦士”だけでは少々華がないとは思わないか。……うむ、お前もそう思うか……そこでだ。私は、ナーベラル・ガンマを連れていこうと思っている。彼女なら姫役をこなしてくれるだろう」
「アインズ様が、そこまでおっしゃってくださっていたのですか……」
「ええ。私も”美しき姫君”の役は、ナーベラル殿にぴったりだと思いましたので同意いたしました。ですので、アインズ様も私もナーベラル殿には大いに期待しているのです」
パンドラズ・アクターの声は本来のものに戻っている。
「そうとも知らず、私は……なんて愚かな……」
「よいのです、ナーベラル殿。今後に期待しています」
兜の下で顔は見えないが、きっと笑顔なのであろうとナーベラルは思った。
「かしこまりました。全力を尽くします」
「頼みますよ。さて、ではナーベラル殿。最初の質問へ回答させていただきます。ここで我々の名声を上げるため、ちょっとした仕掛けをすることにします」
パンドラズ・アクターは芝居がかった口調に戻っている。
「仕掛けでございますか?」
「ええ。さらなる名声を上げる為に」
「しかし、パンドラズ・アクター様。我々の力はすでに十分に見せつけたと思いますが……」
「いえいえ、まだまだ全然足りませんよ。ナーベラル殿」
パンドラズ・アクターは右手の人差し指を一本立てるとチッチッチッという音とともに左右に振ってみせる。
「確かに私は
パンドラズ・アクターは、パチ~ン!と指を鳴らし、ナーベラルを指さす。
「なるほど。ではどうするのですか? シモベでもけしかけますか?」
「それもアインズ様と私で考えましたが、今回は途中で話題に出てきた”森の賢王”を使います」
「森の賢王……ですか?」
ナーベラルの記憶にはない名前だ。
「ふう……これからは、話はちゃんと聞いた方がよいですよ」
「……申し訳ございません」
すごい勢いでナーベラルは頭を下げる。
「いいですか?
森の賢王……トブの大森林を大昔から支配する白銀の体毛を持ち、尾は蛇のような四足獣と聞いている。
アインズはその正体を「鵺ではないか?」と推測していたが、パンドラズ・アクターは「
「では、これから捕えにいかれるので?」
「いえいえ。もう手は打ってありますよ、ナーベラル殿」
「はーい、そういうことで私の出番でーす!」
この上から少女の声がする。
「なっ? アウラ様! いつの間にっ!!」
枝からぴょんと飛びおりてきたのは、ナザリック第六階層守護者アウラ・ベラ・フィオーラである。
その肌の色は薄黒く、耳は長く先は尖っている。彼女は
「さっきからずっといたよ。この森に入ったときから」
「……まったく気づきませんでした」
63レベルのナーベラルでは、100レベルであるアウラを感知できなくても仕方がないことだろう。
「ヘヘヘッ。まだまだだねえ、ナーベラル♪」
「……精進いたします」
ナーベラルは頭を下げた。