(cache)ネットを徘徊する怪物「差別的デマ」は、いま誰を餌食にしているのか(古谷 経衡) | 現代ビジネス | 講談社(2/4)


ネットを徘徊する怪物「差別的デマ」は、いま誰を餌食にしているのか

ネット右翼十五年史〈番外編〉
古谷 経衡 プロフィール

(2)「特権デマ」は他のマイノリティへ

それまで親の仇のごとく呪詛してきた民主党政権が瓦解し、自民党・公明党連立の本格的保守政権が誕生したことで、風向きは大きく変わった。むしろ皮肉なことに、古典的な(そして素朴な)「ネット右翼」の最盛期は民主党政権下の3年間であり、自民党の政権奪回はそのカルト化の始まりでもあったと言える。

いくら検証しても、いくら追求しても証明する事の出来ない「在日特権」をめぐる言説は、第二次安倍内閣誕生後、しばらくして雲散霧消した。なぜなら、ネット右翼の本望である「左翼政権の打倒」と「本格保守政権の誕生」が実現してしまえば、ことさら「在日特権」を声高に述べて政権を攻撃する必要も無くなったから、この一点に尽きる。

しかし、そこで代わりに登場したのが「アイヌ特権」という新たなデマである。「民主党政権=在日政権」という巨大な敵を喪失したネット右翼が、次なる標的として苦し紛れに創作した、「在日」に代わる仮想敵――この動きは、おおよそ2014年~2015年にネット右翼界で最盛期を迎えた。

「アイヌ特権」とは何か? それは、北海道の先住民であるアイヌ民族が、和人(日本人)に陵虐された、という被害者としての立場を利用して、様々なアファーマティブアクション(弱者集団への優遇措置)を享受している――という内容であった。

この運動の最前衛に立ったのは、漫画家の小林よしのりであった。小林は「アイヌ民族など存在しない」というトンデモな主張を繰り返し、「アイヌは北海道の先住民ではない」という妄想を漫画やブログで発表した。

特に「アイヌ民族は存在しない」という持論については、学術的な根拠を何ら示さないばかりか、「殖産の時代、アイヌ民族は自らを『アイヌ』と自称していなかったから」という屁理屈を展開し続けた。

「ある民族が〜〜と自称していないから、その民族は存在しない」という理屈が通るのなら、「アメリカにネイティブ・アメリカン(インディアン)は存在しない」と言うことすらできよう。なぜなら彼らは、イロコイ、アパッチ、ホピ、スー、などの部族名を自称して、決して自らインディアンとかネイティブ・アメリカンと名乗ることは無かったからだ。

ならば、「アメリカに先住民族は居ないのか?」というと、それはウソになる。当時の先住民が後年名付けられた「他称」を用いなかったからといって、その民族自体が存在しないなどと言う理屈は、あまりに馬鹿馬鹿しい。

民主党政権から第二次安倍政権へ――。本格的な保守政権への交代を経験し、「敵」を見失ったネット右翼界隈にとって、この「アイヌ特権論」はさしずめ「恵みの雨」であった。

結論からすれば、アイヌが北海道の先住民であることは近世以降のあらゆる歴史書からも自明で、ネット右翼界隈で繰り広げられた主張は近世史家、アイヌ研究者らによって一笑に付されている。よりによって、彼らに特権など存在しないことは当然、わかりきったことである(私も北海道出身だが、アイヌ特権など聞いたことがない)。

が、「敵」に飢えていたネット右翼は、刹那この小林の「アイヌは存在しない」「アイヌは北海道の先住民ではない」というでっち上げに寄生し、俄かにアイヌへの呪詛を開始した。

北海道には官主導の開拓の歴史があり炭鉱の歴史もある。したがって伝統的に社会党が強い地盤を有するが、そうしたことと強引浮薄に結びつけて「北海道は反日」などと言う向きさえでた。


しかし、所謂「アイヌ問題」は、2014・15年の一瞬だけネット右翼界隈を騒がせたものの、燎原の火となることはなかった。


それはおそらく、アイヌ民族の規模によるだろう。北海道アイヌ協会によれば、北海道に現住するアイヌ民族の総数は、全道を含めて約17,000人に満たない。多くが内地(本州)に住むネット右翼にはあまりに皮膚感覚から遊離しており、広汎な反アイヌ運動には至らなかった。要するに、首都圏在住者の多いネット右翼にとって「遠くて良く分からない」事象であり、「在日特権」の代替にはなり得なかったのである。

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