―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~ 作:NEW WINDのN
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夕暮れ時が近づいた城塞都市エ・ランテル。家路を急ぐ住民たちは自然と早足となり、先程まで元気な子供達の声が響いていた路地裏からは人影が消え静寂に包まれていた。
「……アロー、ここのようだ」
「そのようだな、モモン。ここが”
緑のフードの男アローに姿を変えているアインズと、戦士モモンに扮しているパンドラズ・アクターは、ようやく目的の場所――”バレアレ薬品店”――へたどり着いていた。
「……アロー。確かにその薬師は気になる存在だが、どちらかといえば関心があるのは……」
「ああ。……店主の薬師リイジー・バレアレではなく、その孫の方だな」
「……正直危険な存在と言える」
「ああ。かなり危険だな」
リイジー・バレアレは高名な薬師であり、アインズとしてもこの世界のポーションには興味を持っている。だが、その孫はもっと有名である。薬師としての才能もかなり高いと言われているが、それ以上に彼を有名人たらしてめいるのは、彼が持っている特別な能力にある。
この世界にはユグドラシルにはなかった要素として
例えば先日カルネ村で捕えた、スレイン法国特殊部隊陽光聖典隊長ニグン・グリッド・ルーインのように、”召喚したモンスターを強化する”という戦闘向けの
ニグンはその才能と、進んだ道がピッタリ合った好例といえるが、生まれ持った能力を活かせない者も数多い。例えば”信仰系魔法の才能を持つが職業はパン職人”というようなケースである。
リイジーの孫、ンフィーレア・バレアレは”ありとあらゆるマジックアイテムが使用可能”という
噂によると職業で制限がかかるようなものや、系統の違う魔法の巻物、さらには人間には使えないアイテムですら使えると言われており、これが本当に噂通りであれば、場合によってはナザリックにとって不利益になる恐れがある。
「まずは会ってみようじゃないか」
モモンは頷くことで同意を示し、それを見たアインズは自ら木製のドアを押し開ける。店内からおそらく薬草が原因と思われるなんとも言えない匂いが漂ってきた。
「いらっしゃいませ。バレアレ薬品店へようこそ」
声のした方を見ると金髪の長い前髪で顔の半分まで隠れてしまっている為年齢を判別しにくいが、たぶん少年という方が近い……が二人を出迎える為に近づいてきた。茶色の作業着には薬草の染みがついており、彼が職人であることを示している。
(彼がンフィーレア・バレアレか?)
「本日はどのようなご用件でしょうか? 当店は初めてですよね?」
「……ええ。組合で知り合った冒険者から、このお店のことを聞きまして」
アインズはとっさに応えた。むろん嘘である。
「そうでしたか。当店のポーションは全て天然の薬草を使っているのが自慢なんですよ。まあ、効果は栽培した薬草を使うのに比べると10%増し程度なんですけどね」
若い店員の口元には自信の笑みが浮かんでいる。
「ふむ……その10%が命の危険の際には効果的だと伺っています」
「冒険者の方々からはよく言われますね。少しだけお高くはなってしまいますが、その分だと思ってください」
「……それでは回復のポーションを見せていただけるかな?」
アイテムコレクターでもあるアインズにとって未知なる世界のポーションは収集しておきたい品である。持ち金は決して多くはないが、ポーションくらいなら買えるはずだ。
「かしこまりました。少々お待ちください」
しばらく後に少年が持ってきたのは、青い液体の入った小瓶であった。
(ユグドラシルでは赤だったのだが、この世界では青なのか?……そういえば、宿でこれに似た小瓶を眺めている女冒険者がいたな。あれは回復のポーションだったのか。……赤いポーションはないのかな?)
「こちらが回復のポーションになります」
「えーと、ンフィーレア・バレアレさんでしたよね」
アインズは色に戸惑いを覚えつつ尋ねる。
「あ、ご存じでしたか。そうですよ。ンフィーレア・バレアレは私です」
素直に応えるンフィーレアに心の中でアインズは眉をしかめる。
『アインズ様。どうやら彼は
『ああ。そのようだ。これは巻き込まれやすいタイプだな』
アインズとパンドラズ・アクターは〈
「やはり。お会い出来て光栄です。私はアローといいます」
「アローさんですね。よろしくお願いします」
アインズは名乗ると同時に右手で握手をもとめ、ンフィーレアもそれに応じる。この辺りはアローの正体であるオリバー・クイーンの行動パターンに近い。
「こちらこそよろしく。あ、彼はモモンと言います。」
「戦士モモンだ」
モモンは仰々しいほどに重々しく名乗る。
「モモンさんもよろしくお願いします」
「ところでンフィーレアさん、1つお伺いしたいのですが?」
「なんでしょうか?」
「――やはり、こちらの店でもポーションは青なんですね?」
アインズはいきなり疑問点に切り込んだ。
「!?」
予想外の質問にンフィーレアの目が大きく見開かれる。
「確かにうちのポーションは青です」
「というか、青以外のポーションなぞ、どこを探してもないと思うがの」
店の奥からしわがれた女性の声がする。
「おばあちゃん!」
「ということは、リイジー・バレアレさんですね」
「……最高の薬師と聞き及んでいる」
「いかにも、わしがリイジー・バレアレじゃ。確かアローとモモンとかいったの。見かけない顔じゃが……」
姿を現したのは、背の低い老婆であり、身に着けている作業着は、ンフィーレアと同じものだが、染みはこちらの方がひどい。
「……私たちは遠方からこの都市にきたばかりなのです」
「この都市では新人冒険者というところだな」
「へーそうだったんですね。どおりで……」
どうやらンフィーレアは疑問が解決されたようだ。
「……それにしても、まさか来たばかりだというのに、この都市の有名人にお会いできるとは光栄だな、アロー」
「その通りだな、モモン」
アインズとパンドラズ・アクターは仲良し冒険者という空気を創り出す。この辺りはあうんの呼吸という感じだ。
「ほう。お前さん達見かけない顔じゃと思っておったが、この街の人間じゃあなかったんじゃな」
リイジーは遠方よりの客と知り笑顔を見せる。自分の知らない知識を持っているかもしれないと期待して。
「その通りだ」
パンドラズ・アクター扮するモモンが応じる。
(というか、本当は人間ですらないんだけどなっ!)
アインズは心の中で叫んだ。
「それで青ではないポーションを知っておるのか?」
リイジーの目がギラリと光る。
「……噂では黄色だか赤だったか……とにかく色は忘れたが青ではないポーションがあると聞いた」
ここはアインズが答える。
「ンフィーレアや、全てのポーションは作る過程において、青くなる――そうじゃな?」
「その通りだよ。おばあちゃん」
(やはり青なのか。ユグドラシルとは作り方が違うのかな)
「じゃが、真なるポーションは”神の血の色”をしていると伝えられておる。まあ誰も見たことはないのじゃが……」
「僕たちのようなポーション作成に関わる職人の間では、「神の血は青色だった」なんていう冗談がまるで真実のようにささやかれているね」
「なるほど、そうでしたか……血の色ということは”赤”だということでしょうか」
モモンが尋ねる。
「そうじゃよ。お主の言う通り、言い伝えによると真なるポーションの色は“赤”じゃ。私は何としてもそのポーションを作ろうと努力してきたのじゃが、この年になっても未だにお目にかかったことはないのじゃ」
(これはアレか? 元々は赤……ユグドラシルのポーションが元で、それが現地……つまりこの世界の材料のせいかはわからないけど青くなったってことなんじゃないか)
「……なるほど。赤いポーションはないのですね」
モモンが本当に残念そうな声を出す。
「ということは、もし赤いポーションが手に入ったとしたら……」
「持っておるのか?!」
リイジーがカッ!と目を見開きながらアインズに尋ねる。
「いえ、残念ながら」
「そうか……残念じゃ」
「……それでもし仮に手に入ったとしたらどれくらいの価値になるのでしょうか?」
モモンが質問すると、リィジーは即答せずに首をひねりながら真剣に考える。
「詳しいことは実際に鑑定してみないとわからんが、まず金貨7、8枚はするじゃろうな」
「そんなに? 普通のポーションが金貨1枚ちょっとなのに!?」
驚きの声を上げたのはンフィーレアのみである。なにしろアインズ達には現地のポーションの値段がわからないのだから、驚きようがない。
「「おおっ!」」
だが、都合よくンフィーレアが解説をしてくれたので、アインズ達は遅ればせながらリアクションをとることができた。
「誰も手に入れたことがないという希少性を考えると、私はこの数倍を出しても手に入れたいと思うがの。場合によっては、持ち主に害を加えてでも手に入れる価値がある!」
「おばあちゃん、落ち着いてよ」
(コレクター魂に通じるものがあるな。少しだけ気持ちがわかるぞ。それにしても探っていてよかった。赤いポーションの存在だけでも、プレイヤーにつながる情報になりえるとわかったのは大きい)
「……手に入れることができた場合は持ってくるし、情報が手に入ることがあれば伝える」
「モモンさん、ありがとうございます」
「持ってはおらぬのか。残念じゃのお」
「……ひとまず、回復ポーションを1つ買おう」
アインズはこれ以上の追及をさけるべくポーションを購入すると、店を出ることにした。
「ありがとうございました。またご贔屓に~」
ンフィーレアの元気な声が二人を見送った。
「ンフィーレアや。あの2人に依頼をするのじゃ!」
リイジーの顔は真剣そのものである。
「どうしたの、おばあちゃん? まだ薬草採取に行くには早いけど」
「わからぬか。ンフィーレアや、今までにあんなことを聞いてきた冒険者がいたかえ?」
「いなかったけど……」
「じゃからじゃよ。一緒に旅をすればもしかしたら、わしらの知らぬ知識を漏らすかもしれん。それが狙いなんじゃよ」
エ・ランテル最高の薬師、リイジー・バレアレのポーションへの意欲は加齢によって衰えるどころかさらに燃え盛っていることを、ンフィーレアは改めて思い知らされるのであった。