―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~ 作:NEW WINDのN
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(……懐かしいなあ。ペロロンチーノさんの、あの一言があったからこそ、このアイテムが今ここにあるんだよな)
アインズは、その時のことを、昨日のことのように思い出す。
◆◆◆ ◆◆◆
数年前……ナザリック地下大墳墓第九階層”円卓の間”
その日も、モモンガはユグドラシルにログインしていた。まだ仲間の姿は少なかったが、円卓にはギルド内で一番仲が良いバードマンの姿がある。
「おつです~、ペロロンチーノさん」
「おー! モモンガさん。おつでーす」
「ねえねえ、モモンガさん聞いてくださいよ」
ペロロンチーノは挨拶もそこそこに明るい声で話しかける。
「なんでしょう、ペロロンチーノさん」
「実は、モモンガさんに伝えたいことがあってさ……」
「まさか、引退するんじゃないですよね?」
声のトーンからして違うだろうと思いつつも、引退するメンバーが増えてきた現状を考えるとありる話だとモモンガは思っていた。
「違いますって! こんなに明るい声でそんな重大な話をするわけがない」
「……ははっ。軽いブラックジョークですよ」
「やめてくださいよー。えっと、話してもいいですかね?」
モモンガは承諾の合図にサムズアップのアイコンを浮かべる。
「今回のコラボにも関連するし、ちょうどいいから言うんだけど……モモンガさんの声って”グリーン・アロー”の声にそっくりじゃね?」
「”グリーン・アロー”ですか?」
モモンガはその名前に心当たりがない。
「そう”グリーン・アロー”。DCコミックに出てくるヒーローの一人で、弓矢の名人なんだ」
「グリーン・アローって名前は、今初めて聞きましたけど」
「……まあ予想通りだけどね。多分そうだろうと思っていたよ。正直なところ“バットマン”とか“スーパーマン”に比べればマイナーだからさ……それでも、今から100年以上前の話だけど、”グリーン・アロー”を主役にしたアメリカの連続TVドラマがあったんだよね。タイトルは”
「そうなんですか。“バットマン”と“スーパーマン”は、聞いたことがありますけど、グリーン・アローは知らなかったですね。それに――ペロロンチーノさんがそんなものを見ているなんて思わなかったですよ」
エロゲー以外にも興味があるのだなあとモモンガは友人の評価を見直す。
「俺もしばらく前までは知らなかったんだけど……ほら、俺って弓矢使いじゃん? それで参考になるものが何かないかなって色々探していたら、偶然見つけたんだ。そしたら、完全にハマっちゃってさ。結局シリーズを全部みたんだよね。毎回、『うーん、何回聞いてもモモンガさんの声にそっくりだなー』って思いながらさ」
「……うーん自分の声ってよくわからないけど、そんなにそのアメリカ人の声に似ているんですかね。……こんな感じ? Hello!」
沈黙が支配する。
「……いや、吹替ですよ」
ペロロンチーノは真面目な声で答える。
「はははっ……やっぱ、そうですよねー!! も、もちろん吹替だと思ってましたとも!」
モモンガは乾いた声で返す。
「そういえば、確かに声が似ている気がするわね……モモンガさん、魔王ロールの時より若干低めの声で言ってみて『ペロロンチーノ! お前はナザリックを
ここでペロロンチーノの実の姉、ぶくぶく茶釜が話に加わってきた。赤い色の粘液を発するピンク色の肉の棒のようなアバターをしている。
「……姉貴、いきなり割り込んできたと思ったら、なんなんだよそのセリフ。普通に『ぶくぶく茶釜! お前は町を汚した!!』でいいじゃん」
「おい、弟よ。それのどこが普通なのか言ってみろよ、ああん?――まあ、それはいいから、早くセリフいってみてよ、モモンガさん」
「……ペロロンチーノ! お前はナザリックを
モモンガは素直に従った。今までの経験から知っているのだ。こういう時はぶくぶく茶釜に逆らってはいけないと。
「チッ、姉貴を選んだか。……まあ、セリフは気に入らないけど、モモンガさん、かっけー!! ……やっぱりグリーン・アローの声にそっくりだわ」
「うん、うん。いい感じね。本当にそっくりだね」
ペロロンチーノとぶくぶく茶釜は口々にモモンガの声=”グリーン・アロー”の声だと賛同する。
特にぶくぶく茶釜は、リアルでは”声優”という声のプロフェッショナルな職業についており、当然のことながら耳も一般人よりも遥かによい。そんな彼女の判断が”そっくり”というのであればモモンガの声は”グリーン・アロー”の声優の人にそっくりなのであろう。
「やっぱ姉貴もそう思う? っていうか姉貴が似てるって言うのなら、間違いないんじゃないかなー」
「うーん。ペロロンチーノさんだけなら『気のせいだろ!』って返すところなんですけどねえ。茶釜さんが言うのなら、間違いなく、そうなんだろうな」
「うわ、それってひどくねえ?」
「さっすがモモンガさん、わかってらっしゃるぅ」
テンションが真逆な姉弟の反応をさらりと流しモモンガはこうつぶやいた。
「……そこまで似ているって言われるなら、そのドラマ見てみようかなあ……」
「絶対見た方がいいよ。マジで似ているし」
その後ペロロンチーノから借りた”
◆◇◆ ◆◇◆
(ユグドラシルでは、ほとんど使うことはなかったけど、今なら役に立ちそうだな)
このアイテムの効果は、”どんな種族の者でもグリーン・アローに変身することができる”というものだ。
種族レベルは落ちるが、その代わりに職業レベルを取得。超人的な弓矢の名人になり、さらには片手剣を始めとする武器および体術での戦闘技術や薬草の知識などを持つことができる。
異形種でも、緑のフードを被り特製のアイマスクで顔を隠したグリーン・アローの姿と、その正体である非戦闘形態の外装となるオリバー・クイーンの姿になることが可能だ。
その姿であれば異形種が入れない町にも入ることができたし、魔法の使用はかなり制限されるが前衛職として戦闘することも可能だった。
「……〈
首にかけたペンダント”
服装は黒のロングパンツに、緑色を基調としたカジュアルな半袖シャツ姿になり、その袖から見える腕をはじめとした体は、骨ではなくガッチリとした彫刻のような筋肉で覆われている。
今は見えないが、シャツの下……あの赤い珠が光るだけであった腹部も、いわゆるシックスパックに。そして頭は頭蓋骨むき出しではなく、金色の髪が短く刈り揃えられ、顎と頬にはうっすらと髭まで生えており、精悍さを醸し出している。空虚な穴に赤黒い光があるだけであった目は、欧米人によく見られるブルーアイへと変化していた。
これはグリーン・アローの変身前の姿であるオリバー・クイーン、通称オリバーの姿である。なお、変身前でも能力などはそのまま使用可能だ。
「「俺の名前はオリバー・クイーン。孤島での地獄の5年間を生き抜き、戻ってきた理由はただひとつ。この街を救うこと」……だったか?」
アインズはARROWのオープニングのセリフを真似てみる。ナザリックに所属するものは誰も知らないことだが、その声はまさにそっくりであった。
(ちゃんと変身することはできるようだな。当然ゲームの時とは違う仕様になっている部分もあるだろうから、まずは色々と試してみるかな)
アインズは結構な時間をかけてスキルの発動などをチェックし終えると、それ以外の部分をチェックしはじめた。
(まず、飲み食いができるかだな……)
アインズはアイテムボックスから”
「おおっ!」
骸骨姿だと、飲んだ先から顎から零れ落ちたものだが、オリバーの姿だと顎から零れることもなく、しっかりと味も感じるし、胃に水が注がれる感覚もある。
「これなら……」
アインズはアイテムボックスから自分が使うことがなかった食料アイテムを取り出すと口に放り込む。
(お、コレうまいじゃないか。まあ、今までのリアルでの食事がひどかったからなあ。何を食べてもうまく感じるのかもな。とにかく、これなら普通に暮らせそうだし、飲食不要ってのもいいけど、やっぱり現地の食事……特に美味しいものが食べられたら幸せだろうな)
これはアンデットのアインズにはない、人間だった鈴木悟としての思いである。
(飲食は問題ないか。なら当然問題ないだろうけど戦闘技術を確かめないとな)
アインズは続いて体を動かしてみる。
「ハッ! トオッ! セイッ!!」
左ジャブから右フック、左のミドルキックからさらに一回転しての右スピン・キックと鋭い連携技があっさりとできる。
「ふむ……不思議だ。まるで前からこの体だったかのように動くな」
この姿のモデルとなったオリバーは金持ちの息子であり、プレイボーイ。女の子を口説く技術は持っていたが、戦闘技術は皆無だった。ある時父親とガールフレンドとともにクルーザーで海に出かけた際に事故にあい、自分だけが孤島に辿り着き、そこで弓矢を始めとした戦闘技術を学んだという設定になっている。
「まあ、俺は女性と付き合ったことなんてないんだけどなっ!!」
アインズというよりも鈴木悟の残滓がそう叫ばせた。
(たしか、オリバーの時はその技術も使えるはずだ。うっかりアルベドに知られないようにしないといけないな)
”アルベドの前には、オリバーの姿で出ない方がよい”とアインズは心のメモに刻み込んだ。
「では、グリーン・アローの方はどうかな……」
アインズは外装をチェンジして、緑のフードを被ったロビン・フッド風のコスチューム姿になる。
(ドラマではもうちょっと現代的なコスチュームだったけど、ユグドラシル版は世界観に合わせたようで、違和感がないデザインなんだよな)
現代風なのは目元のアイマスクくらいだろうか。
「そこまでだ!」
アローの場合、アインズが支配者ロールをする時よりもやや低めの声であり、仕組みは不明だが、エフェクトがかかっているため元の声がわからないように感じる。
(この辺は番組の通りか。これならアインズ・ウール・ゴウン=グリーン・アローには繋がらないだろう。あとは武器を装備できるかだな)
アインズは武装を変えて試してみるが、死の支配者の体で以前に試した時のように武器を落としたりすることはなかった。種族レベルが減少する代わりに得ることのできる職業レベルによる効果であろう。
(このあたりは、アイテムの設定通りだな)
この姿では魔法がほとんど使えないとはいえ、冒険者として活動するのなら十分すぎるだろう。
(でもダーク・ウォーリア……いや、モモンか。あれも捨てがたいんだよなぁ。うーん、悩む)
漆黒の
(チームとして考えるなら、戦士もレンジャーも両方いても問題はないんだけどな……というかむしろ自然か。それに正直言えばどちらも使ってみたい。両方同時には無理だろうけど、交互にやるとかどうかな)
アインズはイメージを膨らませる。
「ある時は漆黒の戦士モモン、またある時は弓矢使いのヒーロー、グリーン・アロー。そしてその正体は……ナザリック地下大墳墓の主、死の支配者アインズ・ウール・ゴウン!!」
(これって、ナイスアイディアじゃないかな? ああ、でもそうするとお供が同じってわけにはいかないから、モモンとグリーン・アローの時は別々の者を連れて行かないとダメか……)
アインズは迷う。以前からの想いを具現化した漆黒の戦士モモンと、自分と同じ声を持つスーパーヒーロー、グリーン・アロー。かつて、たっち・みーに助けられたように自分がヒーローとなる大チャンス。これは難しい選択と言えるだろう。
(せめて、俺の体が二つあればなあ……なんて、ないものねだりをしてみても状況は変わらないか。……いや、もう一人の俺ならいるぞ)
このナザリックにおいて唯一自分が創造したNPCであるパンドラズ・アクターを思い浮かべる。
(うーん、あいつか。俺が設定したけど、正直引っ張り出したくはないな。だけどアイツなら俺の姿にもなれる。つまりはモモンにもなれるってことだ。俺のイメージではモモンは気高く、高潔な戦士という設定だ。アイツならなんとかこなせるのではないだろうか)
パンドラズ・アクターは宝物殿の領域守護者であり、階層守護者達と同じく100レベルのNPCだ。その種族はドッペルゲンガーであり、至高の41人と呼ばれるギルドメンバーの姿に変身し、80%程度の力ではあるが、その能力を駆使することができるというチートじみた存在である。よって利便性はかなり高い。
ただ、アインズにとっては黒歴史そのものともいえる存在だけに、対面することには躊躇いがあった。
(でも、いつかは会うことになるのだろうから、どうせなら早めの方がいいよな。美人は3日で飽き、不美人は3日で慣れるっていうし)
アインズは