鬱っぽいのでご注意を。
信じないかもしれないが、いや、信じなくてもいい。そんなこと慣れている。俺には赤ん坊の頃の記憶がある。断片的なものや連続した記憶。少しあやふやな部分もあるがそれは成長してからの記憶も同じだ。さすがに産まれた瞬間の記憶はないが。最初の記憶は腹が減って泣いていた事だ。
多分一歳にもなっていない頃だ。生後半年くらいか。その頃にはあやふやながらにも自我というものは出来つつあった。腹が減って減って泣いて泣いて。返事は罵り合う怒鳴り声だった。勿論言葉の意味は分からない。分からないが声色に乗った悪意の感情は十二分に伝わっていた。
夫婦喧嘩だ。時々がちゃんがちゃんと物が飛び砕ける音。野太い男の声。きぃきぃと甲高い女性の声。いい加減何か食わせてくれとぎゃんぎゃん泣く俺。叫び声と一緒に小さくて堅い何かが俺に飛んでくる。遠くでガラスの割れる音。男の叫び声。女のがなり声。何かが壊れる音。
俺のくそったれの人生はこうして始まった。
後はご察しの通りだ。両親は別れ、母親は俺を引き取らなかった。正しい判断だ。父親は養育費なんて絶対に払わない。父親も俺を育てるつもりなんてない。俺は父方の祖母に引き取られた。
祖母は平等な人だった。全ての人間に対して平等に暴言の言葉を吐いた。自分の息子の、出ていった女の、世間の、俺の。一歳にならない内から耳元で毎日呪詛の如き罵詈雑言を聞かされた。
別に祖母が悪い訳じゃない。そういう気質の人だ。第三者が聞いているはずもなく、会話も出来ない乳飲み子が一人いるだけだ。祖母もまさか赤子が言葉を聞いているとは思わなかっただろう。この頃になると、ざっくりと言葉の意味を理解していた俺は、祖母の悪口から両親が別れた理由を知った。ろくでもない話だったとだけ言っておく。
まぁそれでも祖母には感謝している。父親は育児なんてするはずもない。祖母がいなければ放置され死んでいただろう。
その祖母も俺が小学校に上る前に他界した。葬式の後親戚一同が集まって俺の扱いを相談するが押し付け合いと非難合戦で最終的に父親が引き取ることになった。父親以外、誰もが納得する結果だ。俺? どうでもよかった。
父親の機嫌次第でたまに暴力を受ける以外は概ね平和な生活の始まりだ。父親は基本、俺には不干渉。つまり飯も自分で用意しなきゃならない。金なんてない。だから父親の財布からバレないようにくすねていた。俺が今まで重ねた悪事はこれだけだ。誓ってもいい。何に? 知るか。
噂が広がるのは早い。時々顔を腫れさせて登校する俺に同級生も教師も遠巻きに避ける。目つきが悪い。口が悪い。怪我が絶えない。これだけで小さな子供が避けるには十分だ。親も俺には近づくなと言っている事だろう。教師も面倒事はごめんだ。人間だものな。
ただ俺が注目されるイベントは年に数回必ずあった。どこかのガラスが割れた。誰々が大切にしている文房具がなくなった。鳥の死骸が道路に転がっていた。他にも沢山。
先入観で見れば俺が犯人だと思うんだろう。ありえない目撃証人まで出てくる。一人が言えば、俺も見た、私も見た。へぇそうかい。スゲェな。俺は二人も三人もいるのか。俺も会ってみたいもんだ。
教室で吊し上げをくらって職員室でさらに説教だ。俺の態度も悪い。聞く気なんか最初からない。言い訳もしない。しても無駄だからだ。俺は愚者だから経験則を大事にする。
暫くして犯人が判明すると、よかったね、怖かったね、で終わりだ。誰も本当の犯人なんて気にしていない。ただ、圧倒的な社会的弱者が目の前にいるから遊んでいただけだ。俺はおもちゃか。ちょっとした仕返しもあったのかもしれない。
物理的ないじめだけは受けなかった。小学校自体が罰ゲームみたいなもんだ。陰口はあっても殴られるようないじめはない。徹底的にやり返したからだ。法律にも正当防衛なるものがあるらしい。やられたら身を護るためにやり返していいと都合よく解釈している。体のどこをどうすれば効果的に痛められるか、こっちは父親に身を以って体に教え込まれている。校長が出てこようが親が出てこようが関係ない。こっちの親は最初から顔すら出さない。
クソみたいな小学校生活だったが義務教育とは素晴らしい。こんな俺でも中学に進学出来た。環境が変わっても俺の評価は変わらない。そりゃそうだ。俺を知ってる人間はいくらでもいた。この頃からだ。誰も知らない場所に行きたい。誰も俺の事を知らない場所で生きたいって考えるようになった。
未成年で中房のガキが粋がってもまともに金を稼げるはずがない。最低でも中学を卒業する必要がある。生活の基盤がない。短絡的に俺は職人になろうと考えた。料理人だ。ずっと自炊してきたから刃物の最低限の扱いは心得ている。
俺は三年間我慢した。この生活から抜けてやるとそれだけを考えながら。
中三の冬。生まれて初めて運が向いた。手当たり次第に掛けまくった電話で話を聞いてやると言われたのだ。週末に顔を出せと。電車で一時間の距離にその旅館はある。旅館を選んだのは住み込みで生活できればいいと考えたからだ。教師になんて相談してない。どうせまともな進路指導なんて受けていない。するだけ無駄だ。これだけは絶対の信頼感があった。
くそったれの人生でやっと運が向いて来た。それくらい思ってもいいだろ?
電車賃だけを握りしめて電車に乗った。駅から下りて約束した旅館まで向かった。俺は浮かれていたんだ。面接に成功してあの家、あの町からやっと抜け出せる。誰も知らない場所、誰も俺を知らない場所でやり直せるって。
でも天にいる誰かさんはそんな俺を許さなかったらしい。あぁ。神なんていない。そんな事は分かっていた。天国なんてもんもない。あるのは地獄だ。その証拠にほら。目の前に鬼がいた。あり得ない仮装みたいな服を着て、赤みががった桃色の髪の色で、胸のでっけぇ冷たい目をした地獄の獄卒が。
■
違和感があった。むずむずとかぞわぞわとか、説明が難しい。さっきまでいた通行人が急に誰もいなくなった。目の前を歩いていたサラリーマン風の男が急に消えたのだ。曲がり角を曲がった瞬間だ。振り返っても人っ子っ一人見当たらない。
いるのは俺と女の二人。目の覚める色の髪をポニーテールに纏め、外套みたいな白の羽織。前垂れのついた赤いインナー。手には実用性のなさそうな剣。
年の頃は二十歳を超えるか超えないか。ちょっと見たことが無いくらい美人だ。俺はテレビを殆ど見ないがモニターの向こうでもこれ程の美人は見たことがない。瞬間的に俺は見惚れ……ない。
踵を返して走って逃げた。目がやばかった。完全に逝ってる目だ。睨む瞳は完全に俺を標的にしていた。逆恨みされる覚えは山ほどあるが、一度見れば忘れられないくらいの美人に恨まれる覚えだけはない。何より接点なんか皆無だ。
盲目的に視覚狭窄的な目をした奴は何をするか予想が出来ないし言葉も通じない。三十六計逃げるに如かず。
「っがっ!!」
滑りながら跳ね起きた。慣性で滑っていき摩擦で靴の裏から煙があがった。ぐわんぐわんする頭で前を見ると女がいた。逃げていた方向だ。後ろを振り向くと女は当然いない。双子じゃないのだけは理解した。
意味が分からない。分からないがすることは逃げる事だ。考える事は後でも出来る。振り返って走り出した。
「ぐはっ!!」
三歩目で後ろにいるはずの女に前から殴られた。瞬間移動でもしてるのかよ!
腹にいいのが入って、昼に食べたトースト二枚が胃液と一緒にリバースした。もったいねぇ。
後ろにブレたお陰で吐瀉物は俺を汚さなかったが女も汚さなかった。女の服に掛かる前に燃えた。おい。なんだそれ。ありえねぇだろ。
あまりにいいのを貰ったせいで膝が震えて動けなくなった。呼吸もまともに出来ない。こんなの父親にも貰った事がない。
「抵抗するな。無駄に傷つくだけだ」
初めて女が口を聞いた。暴行犯はみんなそう言うんだよ。目と一緒で冷たい声だった。動けないから唾を吐いてやったらまた殴られた。もう動けない。背中から倒れて頭がごちんとアスファルトにぶつかった。
「ぐぅ!」
腹に脚を乗せられた。見た目は細いが馬鹿みたいに重い脚はびくともしない。尤も三発くらって頭はぐらぐら、脚はふらふら、体はびりびり痺れてとっくに動けないけど。
股間がじわぁと熱くなっていた。これは失禁してるわ。恥ずかしいとか思う前に面接いけねぇじゃねぇかと絶望感に襲われた。
……現実逃避だ。怖くないはずがない。いきなり訳のわからない女に襲われて地面に押さえつけられて失禁してるんだ。はっきり言おう。体が震えていた。この頭のおかしい女に殺されるのかと。あの剣で殺されるんだと。
なんでこんな目に合うんだ。俺はただあの町を出て行きたかっただけなのに。じわりと涙が出た。腕にはそれを拭う力もない。出来ることは女を睨む事だけ。本当にささやかな抵抗だ。
「お前に恨みはないが、その魔力貰い受ける」
やっぱり女は頭がおかしい。キ印だ。頭おかしいから人を襲うのか。心臓か脳に魔力ってのがあるって思い込んで、その剣でほじくりだそうってか。下から数える方が早いくらい最悪な死に方じゃねぇか。
女が本を手にした。どこにあったそんな本。鈍器になりそうなくらい分厚い、表紙に十字に似た記号があるどこか禍々しい本。
「……」
女がなにか呟いた。耳が遠くなって聞こえない。酸欠で視界が歪んでいた。また表現しようがない感覚が来た。むずむずとかぞわぞわとかを通り越して体から何か大事な物が抜けていく感覚。歪む視界の中で黒い光が粒になって浮いていた。それは俺の体から次々と現れては女が手にした本に吸い込まれていく。
やめろ!
声が出ない。理解なんか最初から出来ていない。黒い光が抜け出す度に、僅かに残っていた体中の力が抜けていく。
命。
あれはきっと俺の命だ。生命力とかそういう物だ。あれが全部なくなると俺は死ぬんだ。嫌だ。死にたくない。最初から最後まで最悪の人生じゃねぇか。いいことなんて一つもねぇ。生きる為に父親の財布から金をくすねるのがそんなに悪いことか。もっと悪い奴なんかいくらでもいるだろ! 殴られて汚物に塗れて頭を砕かれて心臓をえぐり出されて、なんかわからん命まで搾り取られて死ななきゃならないくらい悪い事を俺がしたか!?
女が俺を睨む。この期に及んで冷たい目だ。あれは人間の目じゃない。もう何人も殺してるんだろ? 俺は何人目だ? この殺人鬼め! 鬼! 悪魔!
視界がどんどん暗くなってきた。あぁこのまま死ぬのか。頭に誰も思い浮かばない。俺が死んでも誰も悲しまない。今までどうでもいいと思っていたけどそれが悲しくて涙が次々と溢れてきた。もう真っ暗だ。何も見えない。くそったれ! 最期に思うのがくそったれか。俺らしくて……
■
目が覚めた。病院のベットの上だった。血の気が引いた。入院代なんて払えない。サイドボードに置いてあった紙切れにいつか払うと走り書きしてベットから飛び出した。看護師に見つかり声を掛けられたが無視して走る。受付にあったゴミ箱から新聞が飛び出しているのを見つけ、掴んで病院を飛び出した。
まだ昼だった。病衣を着ているので奇異の目を向けられるが気にしない。その内気にしなくなる。いつもの事だ。しばらく走って建物の影に隠れた。新聞の日付を見た。四日経っていた。通り魔の記事はどこにも載っていない。
俺は新聞を捨てて自動販売機を探した。三つ目で目的を達成した。おつりを落とした人に感謝だ。俺は三〇円を握りしめて電話を探した。これには苦労した。電話がなかなか見つからない。三〇分かけてやっと見つけた。電話帳で該当の番号を探してコールする。直ぐに繋がった。
「約束をすっぽかした上に連絡も入れない。そんな奴は信用出来ない」
旅館の料理長に面接を断られた。言い訳はしない。しても無駄だ。俺は愚者だから経験則を大事にしている。たった一言謝罪の言葉を述べただけで電話が切れた。
つーつーと鳴る受話器を置いた。ジングルベルが聞こえた。もうすぐクリスマスだ。最高のプレゼントをありがとうサンタさん。
「くそったれ」
思ってたより小さい声は自分でも驚くほど力がなかった。俺は電車で一時間かかる距離を歩いて帰った。他に行く場所なんてない。それを探していたんだから。十二月の寒空の下、病衣だけで歩いた。無心で。何も考えないようにしながら。
■
年が明けて一月。俺は普段通り中学校に通っていた。周りは受験の話でぴりぴりしている。俺には関係ない。
あの日、結果的に生まれて初めて学校をサボった形になったが、教師含めて誰も気にしなかった。俺も気にしてない。今更だ。
教壇では教師が眠くなる呪文を唱え、数人がこくりこくりと首を項垂れていた。
机の上で鉛筆がころりと転がった。
俺は何故助かったのかとあれからずっと考えていた。偶然誰かが通りかかって助けてくれたのか。不可能だ。あの鬼の強さは不思議な力もあって人間の範疇を超えていた。世界一の格闘家でも素手では敵わないだろう。
では同じく誰かに見つかり逃げた? 可能性としてはあるか。奴は顔を堂々と俺に見せていた。それは見られても構わないからだ。殺してしまえば顔を見られても何ら問題ない。では何故俺は生きている? 止めを刺してから逃げるのではないか? あの逝った目。殺す事に躊躇はしないだろう。では何故?
消しゴムがするすると横に滑った。
予想外の事が起こったか、それとも目的を達したのか。目的? あの鬼は『魔力を貰う』と言った。魔力。
余程強く想ったのか、筆箱がかたりと動いた。
あの日から俺の日常が少し変わった。変な力が身についたのだ。超能力とでも言えばいいのか。机の上の文房具を動かしているのもそれだ。
むずむずとかぞわぞわとか表現しようのない感覚を俺の体の中から感じたのだ。少し違うか。今までそれは俺の中に在った。感じることが出来なかっただけで。黒い光の粒子が俺の体から出ていった時の事を思い出していると、それが俺の中にずっとあったのを唐突に理解した。かといってこれが何かは分からない。あの時は生命力だと思っていた。だが鬼は言った。魔力と。
じゃあ、今机の上で文房具が動いているのは魔法か? 念動力じゃなくて? 仮に魔力だとして、今は自在に取り出せるわけじゃない。こつがいるのか、何をという訳じゃないが、頑張っても出ない。むしろ力むと出ない。逆に意識せずに自然体でいる時に取り出せる事が多い。だからと言って何が出来るって訳じゃない。今は軽いものが動く程度だ。
消しゴムを滑らせながら俺は思う。住み込みで働ける場所は今も見つからない。電話をしても断られてばかりだ。あの鬼がやっと向いてきた俺の運まで吸い取ったとしか思えない。
教科書が浮いた。新記録だ。手品師ならなれそうだな。種も仕掛けもございませんってね。……馬鹿らしい。
あれから鬼の姿は見ない。通り魔のニュースすらない。偶然運悪く俺だけが狙われたのか、それとも死体が見つからずニュースになっていないのか。それなら助かった俺は運が良かったのか。もう訳が分からない。
手が震えていた。正直俺は怖い。鬼の顔を見たのだから。今でもはっきりと奴の顔を覚えている。顔を見られた俺を殺そうと奴が動いているのではないか。そう考えることがある。遠く離れた街で襲われた。身分証明書の類を持っていなかった。常識的に考えて俺を特定する方法はない。だが鬼は不思議な力を使った。魔力……魔法とかいう奴かもしれない。
だとすれば距離の離れたこの町にいても見つかる可能性はある。見つかった時、正面からぶつかっても勝てる見込みはない。あの時最初の衝撃から殴られるまで何をされたかすら分からなかったのだから。
鉛筆が机の上で転がった。
ろくでもないクソッタレな人生だが、俺は死にたくない。どうせこの先もろくなことが無いことは分かっている。それでも俺は死にたくない。ゲロに塗れて自分の汚物で汚れても、俺は死にたくねぇんだよ。
「
教師が俺の名前を呼んだ。珍しい事もあるもんだ。雨でも振るんじゃねぇか。教師と目があった。教師のメガネにピシリと罅が入った。どっと笑う同級生。俺は笑わなかった。笑えなかった。体から黒い光の粒が少しだけ出ていた。同級生には見えないらしい。
決めた。殺られる前に殺る。あがいてあがいて、それでも駄目なら仕方ない。最低でも一矢は報いる。今度はちびらねぇ。笑って死んでやるぜ。歯を剥き出して俺はにやりと笑った。
机の上で鉛筆がぽきりと折れていた。
■
「あのっ! ちょっと話ええでしょうか?」
案外機会は早く来た。二月の終わりだ。車椅子を押す金髪の女性。その車椅子に小学生の女の子が乗っていた。そして金髪の女性のすぐ後ろに赤みがかった桃色の髪の鬼。声を掛けてきたのは車椅子に乗る小学生だ。
最悪だ。三対一だ。
俺は逃げた。
「待ってくれ!」
鬼が叫んだ。誰が待つか。場所を変えるだけだ。首洗って待ってろ!
俺が逃げた方向とは別の方向を追いかける三人。上手くいった。空気の層を作ってそこに俺の姿を投影したのだ。奴らはそれを追いかけている。俺の後ろにも空気の層をつくり周りの景色を投影している。見えないようにした黒い光に、足音だけを出す仕掛けも一緒に追従させている。
俺はいくつか力の使い方を覚えた。これもその一つだ。本命は別にある。これでしばらくは時間を稼げるはずだ。
「違う! あっちだ!」
甘かった。鬼に見破られた。
「嘘や! 魔法つこうてる!?」
「デバイスもなしに!?」
小学生と金髪が驚いている。やっぱりこれ魔法なのか。俺は魔法だと思っていなかった。インプットとアウトプット。幅はあるがある程度、ぼんやりと法則がある科学的な力だと思っていた。
見えていないはずなのに正確に鬼が追いかけてきた。距離は稼げていない。このままじゃ捕まる。ちくしょう。こんなに早く切り札を使うとは思っていなかった。
俺は空気の層を消した。鬼に俺の姿は見えているはずだ。鬼と目があったのだから。
「話を聞いてくれ」
「うるせぇ」
力を発動させた。父親相手に何度も試した力だ。頼む効いてくれ。
「なっ! 転移魔法だと!?」
「シャマル! 追いかけて!」
「はい! え!? 座標が特定出来ない……まさか! 阻害魔法!?」
効いてくれた。三人はいい感じに混乱していた。俺は息を潜めてそれを見ていた。やっぱり瞬間移動はあるのか。あの日、鬼は瞬間移動したとしか思えない動きをしていた。それを真似させてもらった。勿論俺は瞬間移動……転移なんて出来ない。
父親に殴られそうになった時、力が働いた。殴られたくない。身代わりがあればと思ったのが良かったのかもしれない。父親は何もない虚空を殴っていた。まるでそこに俺がいるかのように。空気の層に俺の姿を投影する幻じゃない。精神に影響を及ぼす幻覚だ。脳を騙して殴っている感覚付きだ。父親は俺に跨り楽しそうに殴っていた。
阻害魔法とやらが何かは分からないが、大方移動先を調べる魔法を邪魔するような力だろう。そんな力は持ってない。移動先が分からないのは当然だ。どこにも移動してないんだからな。
俺は地面にしゃがみ込み息を止めている。幻覚で俺の姿が見えないようにして。単純だが効果は抜群だ。多分奴らの盲点をついているんだろう。そうじゃなければ付け焼き刃の力が通用するはずがない。
「……リンディさんに連絡をつけなあかんなぁ。力を借りることになるかもしれん」
「はやて。申し訳ありません。私のせいで……」
「何言っとんねん。家族がやらかした面倒みるんは当たり前や」
「はやてちゃん。ごめんなさい。座標が掴めないの」
「そか。シャマルの追跡から逃げ切るんは予想外やわ」
「どこで魔法を覚えたのでしょう?」
「誰かに教えてもらったとしか思えんのやけど、もし自分で覚えたんならリンディさんが確保に動くかもしれんなぁ」
やっぱり俺の人生はくそったれだ。こいつら個人でもなく集団でもなく組織で動いている。しかも捕まれば実験動物扱いされそうだ。自衛の為に必死で覚えた力のせいで殺されるより悪い事態になるとは思わなかった。
「とりあえず場所変えるよ。注目浴びてるみたいや」
「はい」
金髪の女が車椅子を押し、鬼がその後ろについていく。十分に距離が離れたのを見計らい俺はゆっくりと肺の空気を吐き、吸った。
このまま町を出るしかない。家に戻って荷物を纏める余裕はない。電車で一時間。なんのヒントもなくこの距離を探し当てた連中だ。もう家も特定されているだろう。住み込みの働き先を見つけてから飛び出すつもりだったがそれも難しくなった。とにかく出来るだけ遠くへ。ただ遠くへ。金なんて持ってない。移動は自前の足しかない。人の多い場所を避けて移動する。万が一を考えて巻き添えにならないようにだ。知らない奴らがどうなろうと知ったこっちゃないが後味が悪くなるのは勘弁だ。
俺は二つ目の切り札を使った。四方に見えなくなるよう偽装した力の玉を放出した。少しでも時間稼ぎが出来ればいいと俺は奴らと反対の方向へと逃げた。
■
「はぁ、はぁ、はぁ」
逃げるなら南だ。二月の終わりとは言えはまだまだ寒い。逃げ切れた時に身動きが取れないと意味がない。俺は馬鹿だった。人の目を避けながら、本州を抜けて九州、沖縄まで金もなしに歩きで行けるはずなんてないのに。おれもいい感じにテンパってたんだろう。気がつけば山の中だ。ひと目を避けた結果だ。馬鹿過ぎる。
逃げながら、時々例の感覚に襲われた。少し前から分かっていた。魔法だ。薄く広範囲に広がる小さな衝撃波の波が体を貫いていく。これには覚えがあった。一月から二月の中盤にかけて同じ魔法を何度か感じた事がある。多分探査か何かの魔法だ。これで俺の場所を調べたんだろう。魔法の間隔は段々短くなってきている。正直言って防ぎようがない。この魔法が来る度に見えなくなるよう偽装した力の玉を四方に放出するぐらいしかできないが効果は疑問だ。
この力の玉は、俺の情報を詰めた魔法の玉だ。俺を構成する情報ってのが何なのか分からないから、出来るだけありったけの情報を詰め込んでいる。奴らに対しては焼け石に水かもしれないがこれくらいしか対抗出来ない。
力の玉を放出して、進行方向を変える。草をかき分け、崖を滑り、沢を抜けてひたすら前に。もう自分が何をしているか分からない。距離だって大して稼げていない。愚かな俺にはこんな時に参考にする経験がなかった。前に。ひたすら前に。
膝は震えて喉はカラカラ。それでも何かに突き動かされるように前ヘ前へと歩いていく。日は沈み月明かりだけが道を示してくれる。月がなければ暗くて一歩も歩けない。
怖い。怖くてちびりそうだ。暗いのも怖い。野生動物も怖い。だが何より、この藪をかき分けた時、崖を下った時、沢を抜けた時、鬼が出るんじゃないかと身が震える。
そして俺は思い出した。俺の人生はくそったれだ。悪い予感は必ず的中する。なんでそう言えるかって? ほら、あれを見ろよ。仮装みたいな白い羽織を来た、赤みがかった桃色の髪の鬼が、スポットライトみたいな月明かりに照らされて俺を見ているんだからよ。
完全に捕捉された。やるだけやってこのザマだ。奴は瞬間移動する。どうあがいても逃げ切れない。
「はぁ、はぁ、はぁ」
足を止めて息を整える。俺の死に場所はここだ。捕まって実験動物なんて死んでもごめんだ。
「……やっと見つけた。話を聞いてくれ」
「うるせぇ! ぶっ飛べ!」
俺は力の玉を鬼にぶつけた。合計で四つ。今の俺が出せる最大の数だ。情報の玉と違ってこれは純粋な力だ。当たれば殴るより大きい威力は出る。
『Panzerschild』
力の玉が鬼に当たる直前、変な模様が浮かび上がって俺の力の玉ははじけ飛んだ。
「ふざけんな!」
本気でふざけんなよ! 何も出来ねぇじゃねぇか! 一発当たれば俺でも気絶するくらい威力があるんだぞ!
「よせ、レヴァンティン」
俺と鬼しかいないのに、鬼が誰かに声をかけた。俺は後ろを振り返った。誰もいない。見えねぇもんが見える口かよ。やっぱり頭逝ってるわ。
「頼む。話を聞いて欲しい」
俺は話なんて聞くつもりはさらさらない。説得してどこかへ連れて行くつもりだろうがそうはいかない。実験動物なんてお断りだ。
「……君はあの時、転移してなかったんだな。幻術魔法で転移したように見せかけて、その場から動いていなかった。完全に騙された」
やっぱりバレたか。これで二度とこの切り札は使えない。鬼がゆっくり近づいてくる。俺を捕まえる為か。正直怖い。逃げたい。泣きそうだ。
「その後も撹乱された。探査魔法で居場所を調べる度に、君が増えていった。皆の力を借りて虱潰しに探した。真逆サーチャーを使っているとは思ってもいなかった」
嫌がらせ程度には効果あったみたいだ。でも見つかってしまえば意味はない。鬼がざく、ざくと足音を立てて近づいてくる。ちびりそうだ。
「私がここにいるのは偶然だ。タイミングが変われば別の者がここにいたはずだ」
いや。あんたがここにいるのは必然だよ。俺のくそったれの運の無さを知らないのか? それ以上近づかないで欲しいんだけどな。胃がむかむかして吐きそうだから。
「シャマルとユーノが魔法の痕跡から調べてくれた。君の使った魔法は……魔法と呼ぶにはとても原始的なものだった。だからだろう。私達は見事に裏をかかれた」
何なのさっきから。魔法、魔法って、知ってるのを前提で話すんじゃねぇよ。原始的って言ったじゃねぇか。猿でも分かる言葉で喋れよ。言ってる事の半分も分からねぇよ。
「最初は誰か魔法を教える者がいるのかと疑っ……」
「さっきからごちゃごちゃ、何が言いたいんだよ」
段々と近づいてくる鬼のストレスに耐えきれず俺は口上を遮った。実際何が言いたいのかさっぱりだった。近づいてくるのはいい。俺もそれを望んでいる。震える膝を誤魔化す為ってのもあった。なんせジャンプしてギリギリ届かない距離。鬼はもう目の前なのだから。
「……そうだったな。こんな事を話したい訳じゃない。私は……あの日の事を謝罪……」
「死ねや」
鬼が一歩踏み出した。理想の距離だった。何か言ったが最初から聞く気なんかない。俺は最後の切り札を使った。
「よせ! それは!」
「うるせぇ!」
『Panzerschild』
「駄目だ! レヴァンティン!!」
最後の切り札。当たれば像だって殺せる威力はある……はず。俺はこの時本気でこの鬼を殺すつもりだった。追い込まれて完全に精神が逝っていたんだろう。
簡単に言うと、高速で射出する杭が俺の最後の切り札だ。勿論杭なんて持ってない。力の玉の先端を尖らせた形状に成形し、高速でぶっ飛ばすのだ。ただ問題点が二つあった。一つは照準だ。三メートルも離れれば明後日の方向に飛んでいく最悪の命中精度。そしてもう一つは質量だ。とにかく軽いのだ。当っても質量がなければ奴を貫けない。改良した点は二つ。一つは恐怖を押し殺して距離を詰める事。これは奴がしてくれた。もう一つは俺の体を力の玉を使って空間に固定する事。俺の体、腕を支点にして掌から高速で飛び出した杭を奴の体に押し込むのだ。
こればっかりは事前に威力を試す訳にはいかなかった。場所も時間もなかった。生き物相手に試す訳にもいかない。ぶっつけ本番だ。
高速で射出した杭が、鬼の出した変な模様にぶち当たった。
「穿けえぇぇぇぇ!!」
ごきん! と凄まじい音がした。
人間は限界を超える痛みを感じると脳が一次的にそれを遮断することがあるらしい。今の俺がまさにそうだ。自転車とトラックがぶつかればどっちが勝つ? 俺が自転車で鬼がトラックだ。
変な模様にぶつかった杭は、簡単に競り負けた。競り負けて尚も飛び出す高速の杭は、杭の先端を支点に俺の肩を高速で押した。体が固定され逃げ場を失った力はそのまま俺の腕と肩を徹底的に砕いた。横を向くと肩から先が、あり得ない角度で曲がっていた。肩の骨は粉々に砕け、腕の関節がいくつも増えて白い骨が所々飛び出して血がぴゅーぴゅーと吹き出ていた。
これは後で知った話だが、レヴァンティンがシールドを張らなくても鬼のバリアジャケットは貫けなかったみたいだ。ヴォルケンリッターどんだけ堅いんだよ。
明後日、明々後日の方向を向いた腕を見て呆然としていたのか、体を固定していた力が解けた。俺の体はそのまま背中から地面に倒れた。倒れた衝撃で肩の凄まじい痛みが襲ってきた。
「っがっ!!!」
痛すぎてまともに声が出なかった。目の前が真っ白にスパークして脳が痛みで焼ききれそうだった。
「動くな!! シャマル! 重症人だ! 直ぐ来てくれ! 大至急だ!」
鬼が動けないよう俺の体を上から押さえつけた。それすら激痛に変換される。払いのけようにも体がまともに動かない。目の前に鬼の慌てた顔があった。体は背中側で地面で固定されている。俺は激痛で何も考えていなかった。体が勝手に動いていた。
曲がった腕とは逆の掌から杭が射出された。杭は鬼の頬に当たり、逸れて月に向かって飛んでいった。鬼の頬が少しだけ裂け、血が一筋流れた。それでも鬼は全く動じること無く俺が動かないように体を押さえていた。
「……ざまぁ……み……」
一矢報いた。そんな事を考えていたのだろうか。この直後、殺される恐怖も、実験動物にされる不安も、全て激痛が塗りつぶした。
ここから先は記憶が曖昧だ。だから、股間を失禁で濡らしていた事も、顔面を涙と鼻水だらけにして鬼の服を血とそれらで汚していた事も知らない。車椅子を押していた金髪の女と、年下の小学生にしか見えない男の子が懸命に声を掛け続けてくれたことは曖昧に覚えている。
応急処置が終わって、鬼が力なく項垂れていた事は知らない。知らないったら知らない。
俺は愚者だから経験則を大事にする。こんな
■
「そこに
「うん、お願い。その辺のさじ加減は僕らにはわからないから」
俺とスクライアは第三司書課に所属する司書の半数を率いて無限書庫の地下四〇〇〇階に来ていた。小規模の遠征隊を組んで目的の情報を探す為だ。
無限書庫は管理局が管理する世界のありとあらゆる書籍と情報がストックされている。先人の努力で地下一〇〇〇階を超える層が整理され、データベース化されているが、それ以降は魔境と言っていいくらい混沌としている。
第四司書課が長期遠征隊を組んで地下一〇〇〇〇階以降を数ヶ月から数年単位で調査をしているが道のりまだまだ長い。
ちなみに第一司書課が一般来訪者を対象とした司書業務を行い、第二司書課は整理されデータベース化された地下一〇三四階までの層を管理している。俺たち第三司書課はそれ以降の比較的浅い層から順次データベース化する作業の足場慣らしを業務の一つとして行っている。別に潜って整理する事だけが仕事じゃない。地上に上がれば普通に一般業務もこなしている。
スクライア。ユーノ・スクライアは恩人だ。スクライア達が駆けつけるのがもう少し遅ければショック死してもおかしくなかったらしい。腕と肩が徹底的に破壊された俺の応急処置を完璧にこなし、町から抜け出したかった俺に仕事を紹介してくれた。就労年齢はどうなんだと思ったが、こっちでも珍しい部類に入るが、年齢一桁でも働く奴はいる。スクライアもその一人だった。紹介してもらった仕事は無限書庫の司書だ。無限書庫は慢性的な人手不足で、少し……かなり……異常に忙しい時があるが俺は概ね満足している。だが、あの
今回、潜る羽目になったのも
俺は断固として断った。馬鹿じゃねぇの? 一昨日出直してこい! とも。だがスクライアが受けた。第三司書課の課長で、恩人が世界を護るためだと受けたのだ。なら従うしかない。モニターに映る
「
「その魔法、意味不明過ぎて僕には使えないよ。司の持ってるレアスキル込みで十全に使える魔法だからね」
「そんなもんか? なんとなく使ってるだけなんだけどな」
「その何となくが曲者なのさ。終わったよ」
「相変わらず早いな。こっちももう直ぐ終わる」
「司も十分早いんだけどね。あっちを手伝ってくるよ」
「よろしく。終わったら俺も手伝うわ」
仕事が進めば進むほど、扱う図書の範囲と業務範囲が広がり、結果ここ無限書庫は慢性的な人手不足となっている。だから俺の
魔法とは別に個人が保有する特殊な固有技能だ。万人が持つわけではなく、割合は古代ベルカ式の魔法を使う人が多く占めるが例外は当然在る。地球出身でミッドチルダ式。珍しいが無いわけではない。
管理局には登録していないからレアスキルに名前はついていない。必要性を感じなかったからだ。だから詳しい事まで分からない。ざっくり言うと感覚的に魔力を効率よく使えるって事らしい。この感覚的にってのか味噌で俺が作った魔法は全部魔法のコードがぐちゃぐちゃになる。スクライアみたいに優秀で魔法理論を完璧に修めた奴でもお手上げになる。なんせコードの中に致命的なバグがいくつもあるんだからな。他の奴なら尚更だ。
俺以外の奴が俺の作った魔法をが使えば発動しないって事はなくちゃんと発動はする。ただ毎回違う挙動をする謎魔法になる。スクライアが首を捻るくらいだ。よっぽどおかしな事なんだろう。
一度コードを整理してバグを取り除いてみた。俺にはそんな事出来ない。スクライアを筆頭に優秀な奴らが総動員になって実施した。
「よし。終わった。そっち手伝うぞ」
「……うぅ……ここから先を……」
スクライアに遅れること数分。まだ作業を終えていない同僚の司書に手伝いを申し出た。こういうのはお互い様だ。俺も普段は別のことで助けてもらっている。
「ねぇ、司」
「何だよ」
三課で
「降りる前にシグナムが来てたけど……まだ顔合わせられない?」
「……」
シグナム。ヴォルケンリッター、烈火の将。剣の騎士シグナム。
あの時、俺の命を奪いに来た鬼の名だ。俺の勘違いで実際には謝罪に来てたんだが、そんなの何も知らなかった俺に分かるはずがない。実際一度襲われてるしな。ヴィータに聞いた話だが俺に殺される覚悟もしていたらしい。だが俺の魔法があまりにもショボ過ぎて傷一つ付けだだけで終わった。レヴァンティンが勝手に張ったシールドで自爆したし。
正直に言うともう怒っていない。必死で俺を助けようとしてくれたし、何度も無限書庫に顔を出してくれる。でもトラウマがまだ消えないんだ。シグナムの顔を見るたびに、しょんべん漏らしてみじめに死ぬんだと涙を流していた時の記憶がフラッシュバックするからずっと逃げている。こればっかりはどうしようもない。もういいからとヴィータを介してその辺の事情は話してあるけど、空いた時間を使って律儀に通い続けている。リハビリにとシグナムが戦う映像を見たことがあるが、鬼の様に強かった。やっぱりあいつは鬼だ。
「そっか……」
スクライアは俺の顔をみて事情を察した。
「まぁ、そのうちかな……」
「うん、わかった」
こいつ年下なのに気配り上手いなぁ。なのはとか言う女の子に頼まれてるのかもしれないけど、俺にはその気配りは出来そうにない。変身出来るらしいし、年齢ごまかしているんじゃないのか?
「話変わるけど、まだ名で呼んじゃ駄目なの?」
「ん? 呼んでるじゃねぇか」
「
「悪ぃな。そんな習慣ねぇし、今まで呼ばれた事ねぇから」
俺の名を呼ぶ奴なんて、親族を含めて今まで誰もいなかった。こっちに来て色々と考え方は変わったが、これだけはどうしても慣れない。俺もユーノをスクライア呼びしているし。こっちの奴らは簡単に名を呼ぶ。そういう文化なんだろな。
「司書らしい、いい名だし、もっと親しみを持ってもらえると思うんだ」
「うるせぇ。そんなのいらねぇよ」
俺は今のままで十分幸せだ。町を出た。友人も出来た。仕事もある。自分の力で生きていける。これ以上望むのは贅沢だ。
「相変わらず口悪いなぁ」
「ずっとこれで生きてきたからな。今更変わんねぇよ」
口の悪い奴なら他にもいるだろうが。あの自称狼の犬とかヴィータとか。
「可愛い顔してるのに勿体無いよ」
けっ。うるせぇよ。
「栞ちゃーん。こっち手伝ってー」
作業の手を一時止めて俺達の会話を聞いていた司書が声にからかいの色を載せて応援を求めた。
「その名で呼ぶんじゃねぇ!」
俺は嫌な流れを断ち切るためにわざと大声をあげた。司書がからからと笑っていた。俺は司書を手伝う為にスクライアの側から離れた。
ここはいい職場だ。寝る時間もないくらいクソみたいに忙しい時があるが、俺が俺でいられる。同僚にも恵まれた。天職と言っていい。
無限書庫で初めて作った魔法に俺は自分の名を付けた。憧れていたのかもしれない。自然に俺の名を呼んで貰うため。いつか俺の名を呼んで貰うため。そんな願いを密かに込めた、世界に一つだけの、俺だけの魔法だった。
次は、ルパン三世かISかオーバーロードかオーバーロードタイプβかオリジナルか。
E3甲 第三ゲージ。上級者仕様はやめてくれぇぇ。もう無理ぽ。