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転生したらスライムだった件 作者:伏瀬

魔都開国編

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103話 魔物奴隷

 恐怖する者達への対応は、難しい。

 酷く怯えている者もいて、落ち着かせる所から始めなければならなかったりする。

 牛頭族ゴズ馬頭族メズを大人しくさせる為に『魔王覇気』で脅した事が、より弱小部族への影響を及ぼす事になってしまったようだ。

 そういう者達は、俺の愛らしい外見によりギャップを受けて、恐れを抱くらしい。

 ギャップおびえというヤツか。

 そういう者達も、領地の安堵と交流や流通への協力を取り付けたので、その内怯える事なく普通に接する事も出来るようになるだろう。




 ここで問題が起きた。

 最後の謁見者、耳長族エルフが俺に訴えを起こしたのだ。

 やって来たのは、長老とお付の者達数名である。

 女性は居ない。


 そもそも、この種族、異常に長命な事で有名である。妖精の後継氏族とも言われ、500〜800年程の寿命を持つのだ。

 寿命の長さに個体差が大きいのも特徴である。

 20年程度で成人し、そこからは年を取らない。人間種からすれば、夢のような種族。

 だから、目の前の長老と呼ばれる耳長族エルフも、見た目は青年である。

 死ぬ間際に急激に老化が始まり、20〜30年で老衰を迎えるとの事だった。

 そうした理由で、個体数も少なく、なかなか子供が増えないのも特徴の一つなのである。

 寿命が長いせいで、子孫を残すという欲求が乏しいのだそうだ。

 これは、ドワーフ王国の飲み屋のお姉さんから得た知識なので、どこまで本当かは疑わしいのだけどね。

 ともかく、精霊の変異した妖精と交わった者達の末裔が長耳族エルフなのであった。

 ちなみに、ドワーフも妖精の血を引く似たような種族である。

 大昔に妖精が他種族と交わった結果生まれたのが、彼等の始祖となるのだろう。

 その時、何が起きたのかまでは判らないけど、妖精同士では子供が出来なかったのかも知れない。

 俺の知る限り、現存する妖精はラミリス一人。

 ラミリスに聞いても、どうせ覚えてはいないだろう。何度も転生を繰り返しているようだし。

 そんな事を思いだしつつ、長老の訴えを耳にしたのである。


 長老は一礼し、


「お目にかかれました事、光栄に存じます。

 本日は、お祝いと、そして……お願いがあって、やって参りました」


 そう述べてから、本題を話し始めた。

 長老曰く。

 村の住人が攫われた、救い出す事に協力して欲しい、との事だった。

 必死に訴えるその様子は、嘘を言ってはいないと信じさせられる。

 話を詳しく聞く。

 そもそも、耳長族エルフは方向感覚を狂わせる幻術系結界術の使い手が多い。

 また長命種故に、達人クラスの使い手の張った結界に守られて来たのだそうだ。

 ところが、300年程前に達人の一人が他国に嫁いでしまったのが事の発端。

 隠れ里の中でも異端だったようだが、実力だけは突出していたらしいその人物の抜けた穴を、若手で補うようにしていたそうなのだが……

 100年程前に隣接地で牛頭族ゴズ馬頭族メズが争いを開始した。

 要するに、悪い事が重なったのである。

 これにより、方向感覚を狂わすだけでは、隠れ里の隠匿が困難になってしまったそうだ。

 やむ無く里を移す事を検討し始めたそうなのだが、幾ら広大なジュラの大森林とは言え、簡単に転居先が見つかるものでもない。

 そうこうしている内に、魔獣の襲来も増え始め、結界の維持所では無くなってしまったそうで……

 人里付近に引っ越す事にしたそうだ。

 そして……これが最悪の結果に繋がったと言う。

 要するに、人攫いに見つかってしまったのだ。

 魔物を奴隷にする事は禁止されていない。耳長族エルフは亜人の一種ではあるが、魔物扱いされる場合もある。

 その辺りは国次第。というよりも、裏金次第なのだ。

 激しく抵抗を試みたそうだが、裏稼業を生業とする狩人ハンターによって、若者を奪われる結果になってしまった、との事だった。


「それって、最近の話しなのか? 日数が経っていたら、もうどうしようもないぞ?」


 と、一番重要な事を確認した。

 すると、


「は、大規模に襲撃を受けた直後に、魔王様就任の案内が届きました。

 ですので、これが天の意思だと魔王様に縋る事にしたのです。

 我等だけでは如何ともし難く、恥を忍んでお願いに参上しました……」


 なるほど。

 襲撃直後に、俺の魔王就任の案内が届いたのか。

 最早為す術が無いと思って絶望した所に、最後の希望となったって訳か。

 だが、これは俺のエルフに対する愛情への挑戦なのか?

 要するに、喧嘩売ってるよね? せっかく、我が国でもエルフのお店を出せるかも!? って、こっそり企んでたのに。

 許さんよ、これは決して許しちゃいかんよ。

 せっかく、何名か働いてくれる子が居ないかと期待してたというのに……。


「わかった。その願い、聞き届けよう。

 成功した暁には協力を願いたい事もあるし、早急に救出作戦を実行しよう」


 俺は約束し、耳長族エルフ達を休ませる事にした。

 村は住める状態では無くなったそうで、放棄し、全員で此方にやって来たそうである。

 何しろ、別れてしまっては、残りの者も捕らえられてしまう恐れがあったのだと。

 一度に連行出来る数に限りがあったそうで、狩人ハンターは一度引いただけであるそうだ。

 捕らえた者の受け渡しが終了すると、また攻めて来ると言っていた。

 ソウエイを呼び、耳長族エルフの転居先の調査を命じる。


「もし、狩人ハンターがやって来たら、生かして捕えろ。裏関係を吐かせる材料にする」

「御意!」


 速やかにソウエイは去って行った。

 これでいい。

 後は、ミョルマイルにでも、魔物奴隷について知ってる事を聞いてみる事にしよう。

 こうして、俺に対する謁見が一通り終わったのを幸いに、俺も調査に乗り出したのである。

 夢の、"エルフのお店"のオーナーになる為には、休んでいる暇など無いのだった。






 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−






 さっそくミョルマイルの所に出向いた。

 忙しそうに働くミョルマイルを呼び出すのは気が引ける。なので、此方から出向く事にした。

 置物になって、頭にミカンを飾られたりする前に、さっさと神棚から脱出である。

 挨拶も一通り終了した事だし、幹部からの引き止めも無かった。

 本当なら、地下迷宮ダンジョンに向かいたい気持ちもあるのだが、エルフのお店も重要な案件である。

 優先順位としては、囚われのエルフ達の解放であろう。

 という事で、早速ミョルマイルへと割り当てた職場を訪ねた。


「こ、これはこれはリムル様! 何やらお忙しい様子でしたが、出歩いても宜しいので?」

「いやー大変だったよ、ミョルマイル君。

 この町の主として、挨拶周りも仕事の内でね。

 まあ、俺の唯一の仕事みたいな感じなんだけどね」

「ははは、これはこれは。で、本日はどのようなご用件で?」


 忙しいだろうに、直ぐ様俺の相手をしてくれる。

 出来た人物である。

 場所を移し、少し時間を貰う。

 紅茶を出して貰いながら、ミョルマイルに魔物の奴隷について知ってる事を話して貰った。

 話しは、大体俺の知っている内容。

 知らなかった事は、裏組織"三巨頭ケルベロス"について。

 自由組合が表の組織だとするならば、当然裏組織もある。

 自由組合は、報奨を支払う時点で税金を抜いてある。それに対し裏組織には、税金支払い義務が発生しない。

 それも当然、仕事の内容が非合法なのだ。

 だが、世の中には必要悪があるように、表に頼めない仕事を必要とする場合もあるのだ。

 特に、貴族という自分で手を汚す事を嫌う連中にとって、裏組織"三巨頭ケルベロス"は有用なのだろう。

 故に、暗黙の了解として、裏組織は存在を許されていた。

 三巨頭ケルベロスの三つの頭が象徴するのは、"金""女""力"である。三名のボスと呼ばれる人物により統制された組織。

 ミョルマイルが言うには、魔物を奴隷にして捌くような組織は、三巨頭ケルベロス以外に無いだろうとの事だった。

 町の裏稼業如きに手が出せる案件では無いそうだ。

 要するに、裏町を仕切る者達を仕切っている大物組織じゃないと、その手の仕事は成り立たないという事。

 裏には裏で、結構細かいルールがあるものである。


「しかし、旦那。三巨頭ケルベロスは自由組合程では無いですが、かなり巨大な組織です。

 それこそ、一国で相手するのは難しい程の規模なんですよ。

 商売柄、何度か取引した事も御座いますが、ルールさえ守れば丁寧な対応をしてくれます。

 合法な仕事から、非合法まで。

 仕事を選ばず請け負ってくれるので、一部では重宝されているようです」


 との事。

 奴隷と言っても、人間なら完全に非合法。

 今回は魔物であるが、亜人でもある。合法と非合法の狭間という所。


「なるほど、な。エルフの売買は、そういう組織じゃないと無理だろうな。

 そこそこの腕が無いと、耳長族エルフを捕らえる事も出来ないだろうし……」


 俺が愚痴ると、


「え? 魔物とは、耳長族エルフなのですか?

 そう言えば……最近、耳長族エルフ奴隷の話しを持ちかけられましたぞ?」


 と、思い出したように言うミョルマイル。

 耳長族エルフは少数種族である。総数で100名程度だろうか?

 そんな者達が、ホイホイと奴隷で居る訳が無い。

 どう考えても関連しているだろう。


「詳しく、聞かせてくれるよね。ミョルマイル君?」


 思わぬ所で切欠を得て、事件解決の手がかりになりそうな情報を得られそうであった。

 カザック子爵と言う男から、耳長族エルフを奴隷にするという話しを聞いたそうだ。

 どうも裏があるらしく、胡散臭い感じだったので断ろうと思っていたと言う。


「そうそう、丁度リムル様が私の店に入って来られた時、相手をしていた人物ですよ」


 なるほど、アイツか。

 俺の記憶では綺麗さっぱり忘れているが、智慧之王ラファエルがすかさず映像を見せてくれる。

 言われてみると、胡散臭そうな男だ。

 さて、どうするか。


「コイツか。俺の領地から民を奪うとか、喧嘩売ってると判断出来るよね?

 普通、他国から他国の住民を拉致ったら、戦争だよね?」


 念の為、ミョルマイルに聞いて見た。


「え? あ、はい。左様ですな。

 国家間の条約としても、住民の意向に背いて拉致監禁を行なった場合、戦争になっても不思議ではありません。

 そういう事態を避ける為にも、労働力の確保目的の奴隷売買は禁止される事になったというのもありますし。

 ですが……耳長族エルフ魔物の国テンペストの住民と言い張るのは、難しいのでは?」

「え?」

「……え?」

「何で?」

「いや、何で? と言われましても……。

 この町に住んで居なかった訳で、ジュラの森に対しての権利は主張出来ないでしょう?」


 ん? どうも話しが食い違う。

 ジュラの大森林が俺の領土となった以上、俺の民で間違いない筈だけど?

 仮に、不干渉を決め込んだ長鼻族テングに何かあったとしても、俺の民に対する行為として文句は言える。

 領土に住む事を許し、不干渉である事を許しているに過ぎない。不干渉だからと言って、他国の関与を認めるものでは無いのだ。

 それは、魔王の威信にかけて、断じて認めてはならない事なのである。


「ミョルマイル君、ジュラの大森林は俺の領土だから、そこに住む者に手出しすれば文句言えるだろ?」

「……は?」

「いや、だって俺の領土って決まったから、各国にお披露目かねて案内状も送っているじゃん?」

「え? この案内状は、魔物の国テンペストを国家として承認させる為のお披露目では?

 その国を治める魔王に就任する知らせと、その席で武闘会を開くという話しですよね?」


 どうやら、根本で勘違いがあったようだ。

 ひょっとして、知らないのか? 俺が治める事になった領土の事を……


「ミョルマイル君……。一応、確認したいのだけど、もしかして知らないのか?

 俺が魔王に就任して治める事になった領土の事を……

 俺が支配する領土は、ジュラの大森林全域なんだけど?」


 俺が支配する領土を知って、絶句するミョルマイル。

 頭が真っ白になり、言われた内容が理解出来なかったようだ。

 は? いや、だって……? と、言葉になっていない。

 余程ショックだったのだろう。てっきり、知っているものだとばかり思っていた。

 知ってるものだと思い込んでいた、俺のミスである。

 良く考えてみれば、ジュラの大森林全域を支配する事になったとか、説明してはいなかった。


「はあああ? 全域? ジュラの大森林の全域ですか!?

 え? リムルの旦那が? って、え? そんな広大な領土を認められたのですか!?」


 大混乱している。

 可哀想に……。余程非道な騙され方をしたのだろう。

 世の中には酷い事をするヤツが居たものである。まあ、俺なんだけど。

 だが、待って欲しい。少ない領地なら、わざわざ勧誘しないのではないだろうか?

 忙しいと思うからこそ、手伝って貰いたくて(楽をしたくて)勧誘したのだ。

 仕事の内容はどこまでですか? と尋ねなかった方にも落ち度があるだろう。

 今回の大会運営が終わりで、ハイサヨウナラ! そんな事は断じて認めるつもりは無い。

 なので、全部任せても問題ないだろう。

 そういう事だし、お互い様だね、と笑って許して貰おう。

 な、ミョルマイル君!


「って、何いい感じに纏めているんですか!? 何がお互い様ですか!

 一方的に私が騙されたようなものじゃないですか!?

 というか、仕事内容に不満があるわけじゃないですよ!?」

「何だ、それなら問題ないな」

「というか、今さらっと、全部任せてもとかいいましたよね?

 まさか……ジュラの大森林の開発まで、私に任せるつもりでは?」

「ははは、君ぃ! それはまだ先の話だよ。

 今重要なのは、耳長族エルフについて、だ」


 何やら反論しているようだが、もう終わった事にしよう。

 そんな事より、今は耳長族エルフの件が重要である。

 ショックから立ち直ったのか、ミョルマイルも真面目な顔つきになっている。

 思ったよりも立ち直りの早いヤツだった。

 まあ、諦めただけかもしれないけども……。


 そこから話しは早かった。

 大義名分が此方にある以上、堂々とカザック子爵を問い詰める事も出来るだろう。

 そう提案する俺に対し、


「いや、あのような小者を捕らえても、大して意味はありません。

 尻尾を切られるのがオチです。今回は、王に動いて貰った方が早いでしょう」


 そう提案して来たのだ。

 確かに、困った時の相互協定もあるし、今回は手を出した貴族を管理する立場にいるのがブルムンド王国である。

 直接対応するよりも、ブルムンド国王に対策を取らせる方が話しが早いかもしれない。


「その方がいいかな。ところで、俺は国王には会った事ないけど、どうすればいいんだ?」


 ミョルマイルは大きく頷き、お任せを! と、交渉を請け負ってくれた。

 そうと決まれば即実行。

 と言う訳で、俺はミョルマイルを連れてブルムンド王国へと『空間移動門創造』を行う。

 これは、空間を把握し結ぶ能力なので、目の前に歪んだ裂け目が生じるのだ。

 一度行った場所にしか作れない、『空間移動』の上位版である。

 そこを通り抜ければ目的地、一瞬で移動可能である。他人も通れるので、便利なのだが、かなりの魔素を消費する。

 普通に考えて、空間を弄るのに省エネでは出来ないだろう。ま、俺にとっては大した事ない。

 移動に時間が掛かると勿体無いので、さっさと移動する。

 ミョルマイルは最初はビビッていたけど、案外すんなりと門を潜った。

 思った通り、案外大物である。

 俺が魔王だと理解したからこそ、最早何でもアリだと割り切ったのかも知れない。




 ミョルマイルの館にて、俺は連絡を待っていた。

 王城にミョルマイルを送って、王への謁見を申し込んでいる。

 時間が掛かるだろうとの事で、館で待っているように言われたのだ。

 だが3時間も待つことなく、すんなりと馬車で迎えがやって来た。

 迎えに来たミョルマイルに首尾を聞く。


「思ったよりも、上手く行きました。

 国王への面会を申し込み、その際、リムル様の名前も出したのが良かったのでしょう。

 即座に許可が下りたのです。

 事情を説明しましたので、今頃カザック子爵にも迎えが行っている事でしょうな」


 思った以上に、俺への扱いが丁寧だったとの事。

 末端まで重要人物として名前が知らされているなどと、滅多にある事では無いらしい。

 まあ、情報が命という弱小国家だからこそ、一つの情報への扱い方を間違ったらどうなるのか、徹底させているのかも知れない。

 フューズが絡んでいるのだ、その辺りは抜かりなしなのだろう。


 王城に到着し、大広間に通される。

 そこには簡易の席が設けられ、お茶や軽食等も用意されていた。

 人の良さそうな丸々とした人物が席に座り、俺達の到着を出迎える。

 後ろに控えるのは、フューズの友人だと言うベルヤード男爵だった。

 だとすると、この丸々したおっさんが、この国の国王なのだろう。


「初めまして、余がこの国の王、ブルド・ラム・ブルムンドである。

 お初にお目にかかる、魔物の王。いや、八星魔王リムル殿」


 気さくに話しかけて来て、俺が驚いた。

 というか、王様から先に挨拶して来るとかアリなのか? いや、俺も王だからだろうか?


「初めまして、リムル=テンペストです。魔王になりましたが、協定はそのままで宜しいか?」

「勿論ですとも。此方からお願いしたいくらいですじゃ。

 この度は、知らぬ事とは言え、其方にご迷惑をお掛けしたようで、恐縮である。

 何とぞ、処分は此方に任せて貰いたい。また迷惑料も……」

「あ、いや。迷惑料は無事に解決したならば結構です。

 今後とも良いお付き合いをしたいと考えておりますし」

「おお! そう言って貰えると助かりますじゃ」


 神妙な顔だったが、迷惑料をいらないと言った途端に笑顔になった。

 払う気はあったのか無かったのかは不明だけど、狸なのは間違いない。

 だが、なんだろう。妙に憎めないおっさんである。

 そして、そんな遣り取りをしている間に、二人の人物が連行されてやって来た。

 一人はカザック子爵。

 前に見た時と同様、上質では無い服を身に纏っている。

 王家の兵士に囲まれて、何が何だか判らない様子。青褪めてガクガクと震えていた。

 もう一人は、黒服に身を包んだ紳士。中国系の服装に似ていて、黒地に金の刺繍で、三つ首の虎が描かれている。

 三巨頭ケルベロスって、確か地獄の門番の三つ首の犬だったと思ったけど、こっちでは違うのかな?

 俺の見立てでは、三巨頭ケルベロスの幹部らしきその人物は、怯えも動揺も無くまるで自分が王であるかのように、堂々としていた。

 兵士達も周囲を囲むのみで、その人物に手出し出来ないようだ。

 なかなかに只者では無い雰囲気である。


「お、王よ! 今回の呼び立ては如何なる用件なのでしょうか?

 わ、わたくしめは、疾しい事など、何もしておりませぬぞ!」


 カザック子爵が喚くように言い募った。

 しかし、その言葉を遮って、ベルヤード男爵が説明を行う。

 その言葉に、青褪めた表情を真っ白にさせて、


「ば、馬鹿な! 魔物だぞ? 下等な魔物をどう扱っても、貴族である私が……」


 カチンときた。

 だが、我慢だ。先程処分を任せると言ってしまったしな。

 あの約束が無ければ危なかった。

 その気が無くても、俺が怒りの波動をぶつけるだけで、貧弱な者なら死んでしまうかも知れないから。

 そんな俺の様子を気にしてか、


「黙りなさい。

 陛下の裁定により、此度の件、カザック子爵家の取り潰しにて決着とします。

 カザック殿は、国外退去処分。異議申し立ては、受け付けましょう。

 十分過ぎる証拠が在る以上、申し立てても無駄でしょうけれど。

 裁判の最中は、牢にて身柄を拘束される事になるでしょう。

 では、此方へ……」


 そう言って、ベルヤード男爵がカザック子爵いや、カザックを連行して行った。

 彼は乗せられただけの小物。

 人格は最低だが、罪に対する罰としては妥当な所なのだろう。俺にも異存は無い。

 問題は、その様子を平然と眺める三巨頭ケルベロスの幹部らしき人物である。

 事情の説明も受けずに連行されて来たようだ。

 裏組織と言うわりに、滞在場所は把握されているのか? いや……依頼を受ける為にも、国家に通達はしてあるのか?

 改めて、その人物を観察する。

 上質な服。

 優雅な身ごなし。

 そして、油断ならないその眼差し。

 口元には笑みを浮かべ、状況を愉しんでいるようであった。

 おもむろに、


「フムン。どうやら、地雷を踏んでしまったようですな。

 貴方の発する雰囲気、それは嘗て取引した魔王を凌駕する……

 大物ですな。

 どうやら、何かお気に召さぬ事を仕出かしてしまったようですが、謝罪致しましょう。

 其方の言い分を聞ける範囲で全て飲みます。見逃して頂けますか?」


 と取引を持ちかけて来た。

 堂々たるものである。

 そして、目端も利く。

 俺は、人の姿を取っているが、決して『魔王覇気』を出したりはしていない。

 長鼻族テング達ならば、この姿に対しても同様の反応を示すはずだ。

 それなのに、この人物は一目で俺の本質を看破したらしい。

 そして、魔王と取引した事もあるとなると、一筋縄ではいかないのも頷ける。

 巨大組織で、自由組合に対となる、裏組織。

 それだけでは無いのだろう。国家君主すらも、迂闊に手出し出来ないのだ。

 そして、目の前の人物は恐らく……


「フン。話が早いな、俺の望みはお前達が掠った長耳族エルフの開放。

 そして、他にも捕えた魔物がいるならば、その開放だ。

 また、今後一切、ジュラの大森林に於ける略奪や魔物捕獲の禁止を要求する」


 三巨頭ケルベロスの幹部は、最初から俺に視線を合わせ、王やその他の者達を無視している。

 ブルムンド国王も、控えの近習も、その事に対し文句を言っていない。

 雰囲気に呑まれているのだろう。

 この人物が、只者では無いという証明である。

 さて、俺の要求への返答は?


「宜しいでしょう。

 捕えた魔物達は全てお返ししましょう。勿論、長耳族エルフも。

 そして、我等、三巨頭ケルベロスが今後一切のジュラの大森林への手出しをしないと、誓約します。

 この私、三巨頭ケルベロスの一人、ダムラダの名にかけて、ね」


 ふてぶてしく言い放つ。

 やはり、か。

 三巨頭ケルベロスの一人。つまりは、幹部でも何でもなく。

 コイツが、頂点の一人と言う事。

 三名の人物ボスが組織した組織、それこそが、三巨頭ケルベロスなのだ。


「いいだろう。今後手出しをしないと言うならば、今回は見逃そう。

 だが、二度目は無いぞ?

 魔王を相手に、手出しして様子見などと、俺を舐めすぎだ」


 コイツ等は、どこからか俺が魔王になりジュラの大森林を支配下に治めた事を知ったのだろう。

 そして、試したのだ。

 俺の対応と、そして俺の力を。

 その証拠に、最高幹部の一角がここに来た事をブルムンドの人間皆が驚愕している。

 今までヴェールに包まれて謎だった最高幹部。その一人が態々様子を見に出向いて来たと言う事。

 つまりは、長耳族エルフを掠った事も、あんな下っ端貴族に声をかけ、足が付き易くした事も、全て計画通りという事なのだろう。

 俺に会い、その力を見極める為だけに、この計画を実行したのだ。

 ソウエイに思念通話で確認したが、襲撃の気配は無いそうだ。

 だろうな。

 俺を引き出せた時点で、コイツの計画は成功なのだから。

 俺はソウエイに、その場からの撤退を命令した。


「ふっ、ふくく。いや、流石だ。お見通しですか。

 八星魔王オクタグラム新星ニュービーは、油断ならぬお方のようだ。

 以前お付き合いさせて頂いた、クレイマン様とは比べるべくも無い。

 逢えて光栄ですよ、魔王リムル様。今後とも良き関係でいたいものです」


 やはり、知っていたのか。

 何が地雷を踏んだ! だ。恍けやがって。

 知っててワザとやったのに、悪びれもしない。

 油断ならぬ人物。三巨頭ケルベロスのダムラダ。

 どうやら、厄介な相手のようである。

 オークロード達の武具を用意したのも、コイツなのかも知れない。

 てっきり、ユウキの手配かと思ったが、それは流石に足が付く。

 となると、別組織が関与していても不思議では無いか。いや、繋がりは不明、か。




 ダムラダは、俺達に優雅に一礼し、その場を後にした。

 自分が責任持って、魔物奴隷として捕えた魔物達を引き渡す、と約束して。

 そして一週間後、約束どおり、魔物の国テンペストに開放された魔物達が届けられる事になったのだ。

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