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約束を守ることが道徳的なのですか

「おう、ジャマするぜ!」
「ああっ……!」
「驚くことはねえやな。オレが来るこたぁ、わかってたはずだろ。なにしろ今日が期限だからな。さ、今日こそは耳を揃えて80両、払ってもらおうか」
「それが……金策に駆けずり回ったんですが、用意できませなんだ」
「そうかい。じゃあ仕方ねえ。約束どおり、娘を借金のカタにもらっていくぜ」
「イヤッ! おとっつぁん! 助けて!」
「どうぞ、持ってってください」
「えっ? いいの?」
「約束は守らなければいけません」
「おとっつぁん!」
「いいのかい? 手塩にかけて育てた娘が女郎に売られちまうんだぜ? キモいおやじにあんなことやこんなことまでされちまうんだぜ? もう二度と、娘に会うことはできねえぜ?」
「約束は、約束ですから」
「んー、オレも鬼じゃぁねえんだ。ものは相談だ、あとひと月なら、なんとか期限を延ばしてやれねえこともねえんだが……」
「おとっつぁん! この人のお情けにすがりましょう!」
「けっこうです。約束は守らなければいけないと、学校で教わりましたから」
「えー。ひくわぁ。まじめすぎて、ひくわぁ」

     *

 いまの日本の小学校の道徳授業では、このおとっつぁんが道徳的に理想とされる人間像なのでしょう。こどもとの約束を優先して、大劇場でのデビュー話を棒に振った「手品師」のように、なにがあろうと約束は守らなければいけない、それが人として誠実な姿である、と先生がたはこどもたちに教えるのですから。
 現役教師向けの道徳指導書を読んだら、唖然としました。「手品師はこどもとの約束を破って大劇場の仕事に行くべきだ」と主張する児童は、自己中心的で主観的である。だから約束を守ることが誠実で素晴らしい生きかたであると指導しましょう、みたいなことが書いてあるんですよ。そんな偏った道徳観を唯一の正解として児童に押しつける教師のほうが、独善的で自己中心的な問題教師ですよ。ほら、私が『みんなの道徳解体新書』で指摘した道徳教育の問題点がもろに出てるでしょ。

 作者本人がいうのもなんですが、冒頭に掲げた大衆演劇的なお話では、約束を守ろうとするおとっつぁんが冷酷無慈悲な人間で、逆に、約束を変えようとする借金取りのほうが、人情味にあふれている――そんなふうに思えませんか?
 アメリカのトランプ大統領は選挙戦の最中、不法移民をすべてアメリカから追い出すと約束してました。まだ彼は実行してませんが、その約束は守るべきなのでしょうか。約束を守り、移民を強制的に追い出せば、世界中の教師が道徳的だと称賛するのですか。
 こんな例はどうでしょう。救命医の父親が、息子とプロ野球を見に行く約束をしていた。しかし約束の晩、緊急手術が必要な患者が搬送されてきて、他に手術ができる医者がいなかったため、息子と野球を見に行くことはできなかった。息子は、父が約束を破ったと泣いて責めた。
 このお父さんは、息子との約束を守るため、患者を見捨てて帰るべきだったのでしょうか。息子との約束を守れば息子は喜びますが、患者は死にます。日本の教師は、それが正しい道徳だとこどもたちに教えるのですか?
 約束を守るのは、大事なことです。疑惑の説明をすると約束しながらバックレてる政治家は不道徳と誹られて当然です。でも、約束を守るという道徳律がつねに優先されるべきとする考えはまちがいです。約束を守ることが、必ずしも「誠実」な行為であるともかぎりません。いま私があげた例では、大統領も救命医も約束を破ったほうが人間として誠実であると、私は思います。
 道徳に正解がないといわれるのは、個々の事例ごとに、どんな道徳を優先すべきかが変わるからです。つねに使える法則はないから、問題に直面するたびになにが最適解かを考えなければなりません。なにも考えず、自分勝手な誠実さをこどもに押しつけるような人は、道徳教師としてふさわしくありません。
[ 2017/08/04 09:16 ] 未分類 | TB(-) | CM(-)
プロフィール

Author:パオロ・マッツァリーノ
イタリア生まれの日本文化史研究家、戯作者。公式プロフィールにはイタリアン大学日本文化研究科卒とあるが、大学自体の存在が未確認。父は九州男児で国際スパイ(もしくは某ハンバーガーチェーンの店舗清掃員)、母はナポリの花売り娘、弟はフィレンツェ在住の家具職人のはずだが、本人はイタリア語で話しかけられるとなぜか聞こえないふりをするらしい。ジャズと立ち食いそばが好き。

パオロの著作
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