夏目漱石はなぜロンドン嫌いなのですか？

授業で聞いたことがありますが、英語が苦手で会話が上手くいかず、留学先でバカにされて孤独に打ち沈み、神経を病んで散々だった経験が「嫌い」にさせた原因なのでは？こういった記述がありました。


◆吾輩は＜神経衰弱＞である。

【14】
倫敦（ロンドン)に住み暮らしたる二年は尤（もっと）も不愉快の二年なり。余は英国紳士の間にあって、狼群に伍する一匹のむく犬の如く、あはれなる生活を営みたり。

明治33年の9月から2年間、漱石は文部省の命令で英国のロンドンへ留学しますが、『文学論』執筆の疲れ、孤独と窮乏生活から神経衰弱となります。今では「神経衰弱」と聞くと、慣れない異国の地でストレスで苦しんだ程度に受けとられがちですが、当時、漱石がロンドンで発狂したという噂が日本に届いていたらしく、そのあたりの事情について漱石の妻・夏目鏡子が語っています。

【15】
ちょうど同じ英文学の研究であちらへ行っていられたある人が、落ち合って様子を見ているとただごとでない。宿の主婦にきけば毎日毎日幾日でも部屋に閉じこもったなりで、まっ暗の中で、悲観して泣いているという始末。これはたいへんだ、てっきり発狂したものに違いない。こういうので、いつ自殺でもしかねまじいものでないとあって、五日ばかりもその方が側についていてくだすったそうですが、経過は依然たるもので、見れば見るほどますます怪しい。そのことがいつか文部省のほうへ電報でいったのか、手紙で行ったのか、夏目がロンドンで発狂したということがわかっていたそうです。

…その後当人からきいたのですが、あたまの調子が少しずつ変になってくると、これではいけない、こんなになっちゃいけないと、妙にあせりぎみになって、自分が怖くなるというのか、警戒しぎみになって、だんだん自信を失って行く。それでなるべく小さくなって、人に接しないようにと心がけて、部屋に閉じこもったきり自分を守って行くのだそうです。それが病気の第一歩で、さてそれから自分が小さくなっておとなしくしているのに、いっこう人がそれを察せず、いじめよういじめようとかかって来る。そうなるとこっちも意地ずくになって、これほどおとなしくしているのにそんなにするんならという気になって、むしょうにむかついて癇癪（かんしゃく）を爆発させる。こういう段取りになるのだそうです。で後で考えてみると、その時にはつまらないことが気になって、その間絶えずだれかが監視しているような追跡しているような、悪口をいってるような気がするのだそうです。この時にも英国人全体が自分を莫迦（ばか）にしている。そうして何かと自分一人をいじめる。これほど自分はおとなしくしているのに、これでもまだ足りないでいじめるのか。そんならこっちにも考えがある。もうこのうえはおとなしくなんかしていないぞといった気持ちだったらしいのです。

ロンドンの下宿にひきこもり、英国人にバカにされ、いじめられるような気がしてめそめそ泣いていた夏目漱石は、このとき35歳でした。