今日は実は子宮系のことについて取材したいと、SNS経由で連絡いただいた。ただ、何度か発表はしてるんだが、論文にはしていないので、やんわりお断りした。ただし、情報交換ということでこれまで調査したことをお話しすることはできますよ、とも付け加えた。
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彼女は、彼女の理由や目的があって、このような仕事に取り組んでいるんだと、それをわかれと、かなり唐突に返信いただいた。取材申し込みは午前で、そのようなことを言い出したのはその日の夜。初めてお名前を頂戴してから、わずか半日、わたしが彼女の記事や考えを理解する時間もないし、そもそも
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そんな義務はわたしにはない。事実上、取材はお断りさせていただいた。わたしにメリットは皆無だし、むしろ彼女の「正しさ」に発言がどう使われるか信用ができない。何より、彼女は大きく勘違いしている。わたしは教える側であり、彼女は、年上でキャリアがあるかもしれないが、教えられる側である。
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わたしはこれでも学生に、社会調査の基本を教えてもいる。一番に言うことは、インタビューをする、ということは、相手から教えてもらうということだ。最大原則であるし、わたしもそうしてきた。それが逆の立場になり、あっさり傲慢とも言うべき態度を取られたことに唖然とした。
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他者の主張をつまみ食いして記事にするくらいなら、ご自分で調べればいい。時間はひどくかかるが、大した手間ではない。 もしかして、子宮系に明確に批判しないわたしの研究のあり方が目障りであれば、そのように正面から言うべきだったのではないだろうか
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私はどちらかというと(自然科学的に)「正しい」情報を発信する立場に近いので、取材者の方の言いようもわからないではないです。でも「正しさ」が必ずしも救いに直結するわけではないと思うようになってから、少なくとも露骨なスピリチャル叩きやオカルト叩きは止めるようにしています。
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正しい知識を発信することはとても大事なんです。ただ、いろんな正しさがあって、それはパワーゲームというわけでもないんですよね。そして、ひとにはひとの正しさがある、と考えるのが社会学の役目だと思います。
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