役場の裏口入庁はよく聞く話だ。
岸和田市役所ではOBだが本人から直接聞き、他にもまだ在職中とも聞くし、大阪市のような大規模役場でもそんな話を聞くことがある。
大阪市では大量に見つかったために退職させられていないが、神戸市では最近懲戒解雇となった例がある。
これは、ちゃんと試験を受けたが、大卒なのに高卒区分の試験を受けて入っがバレたってこと。
但し、この人は63歳だから、再任用で、60歳になった後の3末で退職金もがっぽり貰ってるから、人身御供になってねってことだろうけど。
「学歴を低く」偽った人が退職させられたワケ 大卒を高卒と詐称の神戸市職員が懲戒免職に | 就職・転職 - 東洋経済オンライン
2018/12/10 5:20 榊裕葵
https://toyokeizai.net/articles/-/253745
近畿圏では、神戸市役所が働きやすい職場だというのは定説となっている。
神戸新聞NEXT|総合|神戸市会、政活費返還率3年連続1割超 不正発覚で厳格化
2018/7/20 10:37 (霍見真一郎)
https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/201807/0011462798.shtml
に見るように、2001~14年度は政活費を使いきれずに、返還が最高3%台だったのが、会派「自民党神戸」(解散)による不正流用問題を受けて運用が厳格化された15年度分から3年連続で10%を超えているように、議員の監視が甘い役場は、職員の違法に緩い労働環境も許しているってこと。
神戸空港はつくるわ、震災で住民がいない間に私有地を食って道路拡幅するわで、議員や職員に対して、市民には逆に厳しい行政だけどね。
泉大津市も同様に、議員や職員に優しい役場だ。
私ぐらいしか監視していないからね。
今回、裏口入庁の職員名を、伊藤晴彦・市長が現職時代、いとこのオール阪神氏と語り合っている音声を入手したので、個人名も記して公開する。
その職員名は、梶原剛氏。
泉大津市民病院の医事課課長兼次長。
これは今年の岸和田旧市内で、だんぢり見物に訪れた阪神氏と梶原氏の姿だ。
政治家ではない一職員について書くのだから、名誉毀損なども想定していて、事前に杉田拓臣・事務局長と東山康幸・次長兼総務課長とも面談し、病院側の回答を訊いている。
それでも疑念は払拭できず、私の質問に対して病院中の情報に当たれる事務局長として説明しようとしても、説明できないほど「闇は深い」と感じたので、公開するものだ。
梶原氏の経歴は、
耳原病院で18年間勤務し、現在と同じく事務局次長に昇進している。
そこからスライドする形で2013年10月1日より、泉大津市民病院で働くようになるのだが、その流れはこうだ。
8月22日、現在の梶原氏のポストである医事課長兼次長募集に関して、民間医療機関の管理職を条件として院内決済
8月26日~9月18日まで、公募受付
9月20日、採用に関する委員会(5~6人からなる) 応募人数と試験問題の審議
21日、ペーパーと面接によるテスト 応募者は梶原氏のみだが、一定点数が以下なら不合格。
面接では、人当たりの良さを発揮し、面接官(医師)に気に入られる。
テスト終了後、委員会を開催し、採用決定。
面接に問題はなくとも、学科でハネられては元も子もない。
テスト問題は、伊藤氏の妻を通じて事前配布される。
杉田事務局長は、「委員会の翌日のテストに間に合うように問題を表に出すことは、委員会メンバーが一番に疑われるし、それはない」と、強い区長で私の言葉を否定したが、テスト前夜の委員会で問題が大きく変わるはずがない。
その時には既に梶原氏は、手にした回答の暗記に励んでいたのではないか?
このような中途採用は、2014年10月から実施されている「公営企業法の全部適用」によって行われだした。
これは、「一部適用」(病院の設置、経営の基本原則、財務に関する規定など)のみならず、病院の財政・人事など身分についても独立した責任と権限をもつ体制でもあり、病院経営という専門的な知識を経験を必要とするもので、梶原氏以外にも泉大津市民病院に中途採用は4名いる。
但し、梶原氏以外は最高で課長補佐。
1発目の採用も梶原氏のようだ。
となれば、梶原氏をカモフラージュするために、後にも中途採用を行ったとも見られる。
まるで、
住んでないことがバレても、維新議員なら救われる予告が的中! まったくもって嬉しくない・・・
http://mitumerukisiwada.seesaa.net/article/461001825.html
で示したような、
露払いの 加藤久宏・河南町議の居住実態なし失職が、松井一郎・知事の“天の声”によって一転して復職したのと同じ手口が、百谷孝浩(元維新)羽曳野市議に使われた際に見たデジャブーをまた見せられた気分だ。
耳原の退職金と、泉大津市民病院の賃金は、梶原氏をウキウキさせたのか、
車はリッターカーからヴォクシーのカスタム車に変える。
窓にはスモークを貼りまくり、ナンバーもゾロ目にした。
あえて車について触れたのは、内部情報や他の市民病院関係者からも色々と聞いたからだ。
この車には、女性の同乗も度々目撃されている。
家族ではない。
同僚だ。
女性の名前はサマンサ。
男性の名前はダーリン。
ごく普通の二人は ごく普通に恋をしました。
でもただひとつ違っていたのは、二人はW不倫だったのです!
とでも言うしかない絵巻物が、この車内では繰り広げられていたことだろう。
この女性について、梶原氏の職権濫用情報も入ったが、彼女らにだけ貸与されたカーディガンは、同じ場所で勤務する看護師長からの要望で、配置場所から私も理解し、
現場と事務職との兼務についても、欠員による病院都合だと理解した。
それでもW不倫について、彼女と別れた消防士の夫や梶原氏の思春期の男女を含めた家族は、私のように安易に理解はしないだろうが・・・・
仕事をしに来ているのか、女性に会いに来ているのか、梶原トリプルエース号こと逢引号は今日も行くといったところか。
本筋に戻る。
泉大津は、市長の友達なら入り放題! 現職市長が、神谷昇・前市長(自民 衆議員)の口利きと、自身がやった市立病院への不正入職口利きも認める。
で、
2013年12月、伊藤氏の工房にて、伊藤市長と阪神氏はこう語り合う。
伊藤市長 「神谷さんが市長やってる時に入れてる職員、何人もいてんもん」
オール阪神 「まぁねぇ」
伊藤 「実績もあるし。 今年も来たよ。 3人来たわ。 そら神谷さん関係なしやで。 神谷さん関係なしやで。 今までの流れがそうなってるから」
阪神 「梶原君かてそうやんか、引っ張って、市長が引っ張って、こっちへな。 そんな皆あると思うよ、それはね。 彼はちゃんとテスト受けてるけどもね。 やっぱりそれはそういう目ぇかける、自分が上になったらなぁ、そうせな」
背景を解説する。
伊藤市長誕生は、神谷昇(自民)衆議員が、2012年9月泉大津市長に連続無投票3選した市長職をたった3ヶ月後の11月30日付で辞職し、第46回衆議院議員総選挙(11月16日の衆議院解散に伴い、12月4日に公示、12月16日に施行 )で落選に向かったことから始まる。
神谷浪人の意を受けた市民クラブの南出賢一&丸谷正八郎両市議は、35年間の泉大津市職員生活をリタイヤして陶芸生活に入ろうとしていた伊藤氏を引っ張り出す。
2013年1月13日、伊藤氏は、前市議の小西日出夫を627票の僅差で破り初当選(伊藤氏1万979票、小西氏1万352票)。
この時、神谷氏は、伊藤事務所代金やチラシ代などを肩代わりした。
かつての部下に対し、「俺が市長にしてやったんだ」とでも思っていたのであろう神谷落選浪人は、前市長として泉大津市庁舎に行き、何度も「○○を入庁させて」との口利きを伊藤市長に強要し続ける。
伊藤氏が言うことを聞かないと、「選挙の事務所やチラシなど、全部俺が出したったのに・・・」と怒っており、その愚痴はたちまち衆目の知るところとなる。
伊藤氏も「そんな無茶な・・」と言いながら、自身も梶原氏を管理職待遇で裏口入庁させていた。
この会話は、 阪神氏と梶原氏は釣り仲間で、だんぢりも同じ町であることから、入庁から2ヶ月ほどが経ち、ホットな話題として、また神谷市長時代からの周知の事実として、話題に出たものである。
杉田事務局長は、「このように狙いを定めたヘッドハンティング自体に市長が絡めば、すぐに判明する」とも説明したが、伊藤市長の成り立ちを誰がバックアップしたのかを見れば、役場ぐるみで協力しているとも言えるのだから、バレるはずがないというのもすぐわかる。
伊藤氏は、神谷氏や南出市議らの意向で市長になっている
→神谷グループの管理職など山程いたろうし、これまでも裏口入庁させまくってきた神谷市長を内部告発した職員がいないように、職員の誰もが見て見ぬふりをしてきたし、それが続いただけ。
役場ぐるみで裏口入庁を容認してきた。
ではなぜ梶原氏だったのか?
前述したように梶原氏は、耳原病院で勤務してきた。
耳原病院は、共産党系だと誰もが知る病院である。
耳原への就職時に有利に働いたかどうかは知らぬが、梶原氏の親も兄も熱心な共産党支持者である。
伊藤市長は、選挙で共産党も勝手連として協力している。
それは13議員中2人の共産市議のブログでも痕跡が残される。
2013-01-13 23:54:13
この候補者は前市長の「有料化提案」に賛成し、その後、市民がやむにやまれぬ思いで猛暑のなかで取り組んだ「有料化撤回を求める請願」には「議会の多数が市民合意」と言って市民の請願権自体を否定する発言をして「全面的に反対」と意見表明した。その後、ごみ問題について一度も発言していない。選挙になって「ごみ袋無料化」を公約に掲げる変わり身の早さには驚いたが、前市長のもとで実施された有料化への市民の反発を反映したものだったと思う。
泉大津市の新市長は、伊藤晴彦氏に! 森下巖(共産)泉大津市議
2013年1月13日 (日)
http://i-morishita.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-03f2.html
より
伊藤氏は、市の健康福祉部長で、ケースワーカーを18年も務め、公民館での仕事も長く、直接市民とつながってきた人でした。
また、高校生の頃から市の青少年活動のリーダーとして、43年間教育キャンプをボランティアで行なっています
私も福祉大学の4年間、障害児者との野外活動キャンプに情熱を注いできたので、議員になって初めて話をした時に、キャンプの話を聞きその活動に大変共感しました。
すごい感心したのは、財政が悪化した中で、補助金がなくなった後も、後輩などと有志でその活動を継続してきたということ
今回の選挙では、全く期間のない中で、保守の陣営から出馬したことで、日本共産党としては推薦も支持もしていません。
ただ、私たちも一緒に活動している「市民とともに活気ある泉大津市政をつくる会」が申し入れた懇談に応じていただき、新年早々の3日に直接伊藤さん本人から話をお聞きすることが出来ました
『子どもや高齢者、障害者の虐待防止ネットワーク作りに力を入れてきたこと、それをさらに発展させて、地域コミュニティの再生』
『子ども医療費助成制度の対象年齢引き上げや妊婦健診の公費助成の拡充、保育所待機児童の解消などの、若い人たちに魅力のあるまちづくり』
『前市長は自民党だが、自分は全くの無所属、私は私なりのカラーを出し、党派に関係なくいい事はいい、悪いことは悪いという立場で、みなで力を合わせて住みよいまちづくりをしていきたい』
こうしたことを直接お聞きしたので、伊藤市政実現で市民のみなさんが切実に願うことも前に進むのではないかと期待をします
(引用ここまで)
私は、この共産党市議らも関わっていると考えていない。
今後の議会運営を考え、忖度したのは伊藤市長の方だろう。
神谷、南出、丸谷といった市長奴隷グループに貸しを作った伊藤市長は、その貸しを使って共産に貸しを作ったのではないか?
わらしべ長者のようなもんだと思えば、この筋がハッキリと見えてくる。
これが杉田事務局長と東山次長に私が伝えた「説明しようとしても、説明できないほど「深い闇」だ。
しかもこの「闇の伝統」はまだ続いていると言ってよい。
伊藤市長を破って市長となった南出賢一・市長も、2018年6月議会で補正予算を組んで、2人の友達を入庁させており、裏口就職花盛りな泉大津市役所の伝統を引き継いでいると言えよう。
バブルの前から阪神高速を走ると、あちこちで「どこにでもある天祥ビル」とのネオンサインを見かけたものだ。
その看板の主であったバルブ紳士の一人、末野謙一・末野興産社長は南の方で隠居生活を送っていると聞く。
バブルから約30年。
看板は「どこにでもいる(要る)タカヒラ」と模様替えして、南大阪全地域に必要なのかもしれぬ・・・・
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無題
梶原剛を辞めさせて下さい。
宜しくお願い致します。
緑
2018-12-10 17:12:01
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