次回はもう少し早く書き上げたい。すまない……こんな作者で、本当にすまない……。
職場体験2日目。
千雨は何故かサイドキックに拝まれつつも、朝からコスチュームに着替えてトレーニングだ。
事務所横の大きな倉庫はトレーニングスペースになっており、倉庫の一角にはトレーニング用品や電話機の他に、防災食料、毛布、担架、ゴムボートなど様々なものが置かれている。
「マキさんたち、何で拝んできたんです?」
「御利益ありそうだから」
「どんな御利益ですかそれ……」
朝から拝んできたマキたちサイドキックに呆れた様子の千雨。御利益としては人気上昇、話題性、商売繁盛といったものだろう。
ヒーローの副業ならともかく本業は本来繁盛してもいいことなどないのだが。
事務員以外のサイドキックたちがトレーニングスペースに集まって基礎トレーニングのストレッチと筋トレだ。
筋トレが既に学校の訓練よりハードだが、なんとかついていけるレベル。インドア派とはいえ、体力はヒーローを目指す上で身に付いた。
基礎トレが終われば今日のトレーニング。
「今日のトレーニングは実践的な近接戦闘だ。サイドキックたちは各自組み手。
ちう、まず貴様が近接でどれだけ戦えるか確認したい」
「はい」
相手はプロだが訓練ということから、電撃は使用禁止の条件付きだ。
向き合ったギャングオルカとの距離は約2メートル。無音拳の使用をしようにも、ギャングオルカの体格を考えればこの近距離は悪手でしかない。
となれば千雨に出来る戦闘は身体強化での攻撃のみ。瞬動術で一気に距離を詰めて腹部に拳を打ち込み、身体を掴まれる前に離れる。
まずはヒットアンドアウェイで様子見をすることにした。
「おおっ!!?」
「体育祭でも見たけど、やっぱ速いな!」
「移動の動作が小さい上に踏み込みの音が少なく、それでいてあの速さ。そしてこのパワーか……」
サイドキックたちが感心して話しているのを聞きながら千雨は警戒心を高める。
ギャングオルカは殴られても少し後ずさっただけで、身体強化状態の千雨のパンチをものともしていないのだ。
そもそも『シャチ』という生き物は大型の哺乳類でありながら時速60キロで泳ぐことが出来る、海獣の中でも最速の部類。その俊敏性に加えて獲物を追い続けられる持久力も持ち、自身より大きなクジラを狩ることも出来る。シャチにはそれだけの身体能力に見合った強靭な筋肉があるということだ。また、超音波による反響定位で相手の位置を探ることや、超音波で会話することも出来る。
そんなシャチの能力を"個性"として持つギャングオルカの身体能力は他の異形型よりも高く、プロとして鍛えている。強くて当然だ。
千雨は2撃目を背中から不意打ちで殴ろうと考えて背後に移動したが、ギャングオルカはエコーロケーションで瞬時に千雨が背後に来たことを知り、殴ろうと伸ばした千雨の右手首を掴み吊り上げる。
急に地面から足が離れて身体を吊り上げられて千雨は驚いて右手を掴むギャングオルカの拘束を外そうとした拍子にもう片手もそのままひとまとめに掴まれてしまう。
両手を封じられて持ち上げられてしまっている以上、千雨にはもう何も出来ない。たとえ蹴りをいれても頑丈なギャングオルカの手から逃れられないだろう。
「だが、まだまだ粗い。そして技術不足だ」
「流石シャチョー!」
「あの速さにも対応した!」
ブラブラと持ち上げられている千雨は、ギャングオルカが一撃目でも対応出来たのを敢えて見逃したのだと分かった。それだけプロヒーローと実力差があることを強く実感する。
降参ですと言った千雨に対し、ギャングオルカは千雨を地面に下ろして手を放した。
「スピード、パワー、どちらも悪くない。
特にあの速さ。ほとんど音を立てず助走も無しで初動から使えるのは良い。ヒットアンドアウェイを選んだのも選択として悪くない。
しかし体育祭でもそうだったが、動作が単純かつ隙が多過ぎる。同年代ならともかく、格上相手ではこうしてすぐに捕まるぞ。
電撃を用いれば解決出来るとはいえ、常に有効だと考えるな。電撃が使えない場合や効かない場合、最後にものをいうのは体術だ。敵を捕縛する時にも役立つから、近接戦闘の技は覚えていて損はない」
ギャングオルカの指摘を聞きながら、千雨は考えた。
確かにそれは千雨の課題である。
千雨の近接戦闘はもっぱら棍やステッキなどの長物を振り回すか殴る蹴る位。無音拳はある程度技術を求められるがシンプルな動作だから身に付けられた。それ以外に身に付けている護身術などプロからすれば素人同然だ。
これは良い近接戦闘指導者とのツテがない事と、こちらに来てから体術を身に付ける時間的余裕がなかった事が原因である。
千雨がこれまで体術を身に付けなくともやってこれたため、体術に対する優先順位を下げていたのも原因の1つだ。
「体術……」
プロヒーローの中でも屈指の実力派とはいえ、ギャングオルカになすすべなく拘束されてしまった。これがもしもヴィランとの戦闘であれば、即座に殺されていただろう。
死なないために強くなりたい千雨の脳裏に、いくつかの光景がよぎる。
―――雪広あやか流合気柔術、天地分断掌!
―――虎形拳、虎撲・六合天衝!
―――楓忍法、分身の術!
―――神鳴流奥義、斬岩剣!
―――雷華崩拳!
―――羅漢破裏剣掌!
委員長とくーふぇの2人くらいしか参考にならない。と言うよりも、そもそも見たことがある近接体術に千雨が使える技がほぼほぼない。わかっていたことだが、麻帆良はやっぱりどうかしている。
くーふぇの他の武道四天王がバケモノ退治剣士な半烏族・桜咲と、中学生に見えない傭兵スナイパーな半魔族・龍宮と、中学生に見えない甲賀中忍なNINJA・長瀬の3名だから仕方がないのか。
それとも普通の人間にも参考に出来る動きなのに四天王に入ってる超次元中国拳法家な格闘狂を恐れるべきか。
なんにせよ体術に関して独学は無理である。
「是非、一から教えてください」
「では基本的な動きから教えていく」
ギャングオルカとサイドキックたちから基本的な体術を学ぶ千雨。今までテキトーに済ませていた我流ステゴロのパンチや突き、蹴りなどの動きを修正してもらい、捕縛に使える関節技や搦め手、瞬動術を活かした技などを教わる。
そこへ事務室からの内線がトレーニングルームにかかってきたので、サイドキックの1人が出た。
「シャチョー、館長からお電話だそうです!」
「わかった。
悪いがトレーニングは中断だ、待機してろ」
館長と聞いたギャングオルカは千雨に指示を出してトレーニングルームから事務所に向かう。
「……マキさん、館長って誰ですか?」
「丑三ツ時水族館の伊佐奈館長だよ。よくシャチョー宛てに電話くるの。
それにしても朝からなんて珍しい」
そのままギャングオルカが戻ってくるのを待つ。暫くしてから戻ってきたギャングオルカはなにやら困惑混じりの様子で指示を出し始めた。
「すまんが今から水族館に向かう。今日のトレーニングはこれで終わりとする。
ちうは事務所で待機。他の社員らは各自仕事をするように」
「はい!」
簡潔な指示に返事をして、事務室へサイドキックたちと共に千雨も戻る。
「やっぱり館長に呼び出しされたか。ショーの話し合いかな?」
「そういうこともあるんですか」
「館長はウチのスポンサー様だからね。
ちうちゃんは待機らしいし、ゆっくりしてていいよ」
ギャングオルカの目が届かない場合は待機になるらしい。
雄英から預かっている間に何か有ればギャングオルカの責任になるからだろう。千雨は大人しく待機することにした。
パトロールに出るサイドキックの方々を見送り、事務室で書類仕事をしているサイドキックたちにお茶汲みや、ファイリングの手伝いなど雑事をしたり、ノートに学んだことを纏めて時間を潰す。
それでも余った時間で千雨はまだ2日目だがクラスメイトたちの職場体験はどうなのだろうかと考えていた。
ベストジーニストの事務所へ職場体験に来ていた爆豪。指名の中で一番ランキングが高かったNo.4のベストジーニストを選んだのは、ランキングが事件解決数を重視することと、トップの事務所ならではの体験をするためだった。体育祭で見せたあの戦闘力の高さから指名があったと考えたからだ。
が、ベストジーニストは言葉遣い、身だしなみ、マナーなど凶暴すぎる爆豪を"矯正"するために指名していた。
二日目の本日はコスチュームの手榴弾を模した手甲、鈍器として使えるニーパッドが危険かつ市民に対し威圧的であるということで取り上げられた。
本当はアーミーブーツも威圧的という事から取り上げられる所だったが、そこは死守した。その代わりにズボンを取り上げられ、ジーンズを与えられた。タイトでシンプルな青ジーンズだ。
「ふざけんなよテメッ…!!!」
「昨日散々暴れたのにまだ懲りないとはな。どちらにせよ今日もピッチリ、矯正を始めよう。
まずは身だしなみからだ」
キレながら両手で小規模の爆破を繰り出そうとしても、繊維を操る"ファイバーマスター"のベストジーニストにかなうはずもなく。
8:2分けの髪型にすべく、ピッチリ矯正が始まってしまった。
エンデヴァー事務所に職場体験しに来ていた轟は、保須市への出張にエンデヴァーとサイドキック2人と共にいた。
プロヒーローは管轄外地区の自治体へ出張申請をし、許可が出れば出張先でもヒーロー活動が出来るのだ。申請しておけば自治体から会議室を出張中の事務所として借りられる。
もちろん申請せずにヒーロー活動も出来るが、数日間活動する場合は申請した方が拠点に使えるため何かと便利。
また、チームアップ要請での出張なら許可申請を取らずとも出張が可能。その場合事務所はチームアップ相手の場所を借りることになる。
今はトレーニングを終えて休憩時間だ。轟もエンデヴァーたちと会議室で休憩している。
「にしても、焦凍だけとはな」
休憩中にネットニュースでギャングオルカ事務所に千雨が職場体験に行っていることを知ったエンデヴァー。
ギャングオルカは有名なヒーローである上に対凶悪犯罪の実力派だ。しかしそれならばエンデヴァーも該当している。
千雨が何故エンデヴァー事務所を選ばなかったのかが不満であった。
「お前と引き分けられる才能と力があるというのに。ギャングオルカの事務所を選ぶならウチの事務所でも良いものを……」
「長谷川が、親子揃う所に行く気は無いって」
「ほぉ……」
本来は千雨が気まずいという理由だったのだが轟がそれを省略した。そのため、焦凍への指導を邪魔しないようにしたのか、謙虚だなとエンデヴァーは都合よく解釈した。
エンデヴァーの機嫌が良くなったことを察した轟は眉間にシワを寄せる。
轟は職場体験に来てエンデヴァーがヒーローとしての能力が高いことは受け入れたが、過去の所業を赦すつもりはない。人としてかなりクズな父親が余計なことをしてきそうなのは目に見えてわかった。
「……長谷川に余計なことすんなよ」
「なんだ、彼女が気になっているのか」
「うるせぇ」
「フッ……そうか」
体育祭から仲良くなった千雨にこれ以上距離を置かれるような事はしたくない轟が釘をさす。
しかしエンデヴァーは轟が千雨に対して気を使う発言から好きなのかと思い、機嫌が更に良くなる。
ちなみに千雨のこと抜きでも、エンデヴァーは普段より息子との会話が比較的多いことと中々しない会話内容が出来て嬉しかったりする。
そんな父親の反応に対して轟の機嫌は更に悪くなり、スマホをいじって話しかけてくるエンデヴァーを無視し始めた。
「……エンデヴァーさん、珍しく嬉しそうスね」
「ショートくんが青春してるからだろ。子供の青春はつい構いたくなる親心。
ただでさえ親バカだし」
「ああ、なるほど」
エンデヴァーのサイドキック2人は轟親子のやり取りをのんびり見守っていた。空気が悪いのか良いのか、まさに混沌であった。
「ウラビティちゃん、基礎トレが終わったから近接戦闘を教えるよ」
「はい」
麗日はガンヘッド事務所に職場体験に来ていた。麗日の個性は物もしくは人に触れなくては発動出来ない。そのためガンヘッドから実戦でも使える近接格闘術を教わっている。
「ウラビティちゃんは個性を発動させるのには指先で触れる必要がある。だったら蹴りよりも拳を中心に覚えていこうか。
それから捕縛術と相性がいいだろうから、それも教えるね」
「はいっ!」
麗日は元気よく返事をしながら、やっぱり喋り方可愛いと思っていた。
オールマイトの先生であるグラントリノの元に職場体験しに来ていた緑谷は、ひたすらグラントリノと全身許容上限状態に慣れるための実践訓練をしていた。
「なんとかコツを掴んで慣れてきたようだな」
「全身に力を張り巡らせるのは長谷川さんがやっていたので、全身に伝える熱を電流でイメージしてみたら掴めました!
というか、長谷川さんが使うのを結構見ていたのに気付かなかったなんて……」
「長谷川……ああ、あの3位の嬢ちゃんか。
お前さんが参考に出来るのは身体の動かし方くらいだろ、ありゃ規格外だぞ」
「規格外……ですか?」
緑谷はノートに纏めているからこそすごい"個性"であるとは分かっていたが、規格外とまで言われる程なのかと思ってしまう。
「"個性"がそもそも万能なタイプの上、柔軟な発想力と技の開発力が飛び抜けとる。
それにおそらくだが……あの嬢ちゃん、身体の方は鍛えてまだ間もない」
「ええっ!?あの強さで鍛えて間もないって……本当ですか!?」
緑谷も発想力と開発力についてはその多彩っぷりからわかってはいた。しかし学年トップ3の強さでありながら鍛えて間もないなど信じられなかったため、断言するグラントリノに驚愕した。
「近接戦闘で隙が多いのを、圧倒的なパワーとスピードでゴリ押ししてるだけだ。しかもゴリ押ししやすい技を作っとる。ありゃ鍛えてる余裕が無いから、付け焼き刃で凌げるようにしとるっちゅーことだな。
ちゃんと身体を鍛えて格闘技を身に付けりゃ、それなりに前線で戦えるだろう。
まァそこら辺は本人の気質にもよるが、覚悟決めりゃ相当化ける素質はあると思うぞ」
無名ではあるが、あのオールマイトの先生だ。人を見る眼があるのは指導を受けている緑谷もわかる。
そんなグラントリノが、さらに強くなると言う。
「さ、雑談はここまでにして、もっかいいくぞ小僧!」
「お願いします!」
皆に追いつくためにも、もっと強くならなくては!と緑谷は気持ちを高揚させて再び全身に電流が流れるイメージで力を行き渡らせた。
ノーマルヒーローのマニュアルの事務所に職場体験へ来ていた飯田はコスチュームを着てマニュアルと共に街に出ていた。
保須の空気はいまだに張りつめている。パトロール中のヒーローと何回もすれ違う。街中が警戒体制だ。
市民の歩くスピードも早く感じる。それだけ市民も不安だからだろう。
「そろそろお昼時だ。天哉くん、1度事務所に戻ろうか」
「……はい」
マニュアルの指示に従い、1度昼休憩として事務所に戻った。
「まーこんだけ街中が警戒モードだと、ヴィランも出てこれないよね」
「…………。
そうでしょうか……」
ヘルメットを外しながら話しかけてきたマニュアルに返事をしながら、飯田はヒーロー殺しのことを考えていた。
これからも人々を救けるヒーローという輝かしき兄の人生を踏みにじって台無しにした、ヒーロー殺し"ステイン"。飯田は新聞やワイドショーなどから情報を集めてすぐにヒーロー殺しの行動パターンがわかった。
奴は出現した7か所全てで必ず4人以上のヒーローに危害を加えている。目的があるのか、ジンクスか知らんが、必ずだ。
保須ではまだ、兄さんしかやられていない。
あの時……体育祭を早退して駆けつけた病院で聞いた、朦朧としながらも謝る兄の声が飯田の頭から離れない。あんな声で謝る兄は今まで見たことがなかった。
飯田は物心つく前から兄を見て育ってきた。いつだってかっこよく困っている人を素早く救け、将来は兄のようなヒーローになるという夢を抱かせてくれた立派なヒーロー、インゲニウム。
だからこそ、そんな兄の、飯田にとって一番のヒーローの仇討ちを願わずにはいられなかった。
ヒーロー殺しステイン。奴はこの街に再び現れる可能性が高い。
来い―――!!
この手で
始末してやる。