ひねくれ魔法少女と英雄学校 作:安達武
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公式情報はよ……
「対凶悪犯罪の実力派で、水難事故現場のみならず敵退治、人命救助問わず多方面で活躍しているヒーロー。
最新ヒーロービルボードJPで10位、ギャングオルカ……か」
東京駅からおよそ2時間。時刻は現在11時。
新幹線で名古屋駅にて東海道線に乗り換えて、最寄駅の金山駅南口から歩いて10分ほど。川辺にある大きなビルがギャングオルカの事務所だ。事務所は白い3階建てのビルに広めの駐車場と倉庫がある。
シャチなのに海辺ではなく川辺なのかと千雨が心の中でツッコミをしてしまっても悪くない。
玄関に立てられた「御用の方はそのまま事務室へ」という看板の案内に従って事務室に向かい、ノックする。
広々とした部屋はごく一般的なオフィスで、壁には伊勢湾の海図と市内のハザードマップが大きく貼られている。
サイドキックたちの奥から特徴的な白スーツの人物がやって来た。
「雄英高校から来ました、1年A組長谷川千雨……コードネーム『ちう』です」
「ギャングオルカだ」
シャチ人間というにはシャチ度が強いギャングオルカ。その体は2メートルを越えるため、見上げている首が少し痛い。
ツルリとした白黒のシャチ顔で、シャチの白いアイパッチ部分がギャングオルカの場合はそのまま目である。
「今日から1週間よろしくお願いいたします」
「…………」
「…………あの?」
礼儀正しくお辞儀もした千雨。それに対して、ギャングオルカは固まっている。
というのも、ギャングオルカの事務所に職場体験やインターンで訪れる女子学生というのがそもそも稀少である。なにせ異形型の中でもひときわ見た目が怖いため敬遠されやすい。
ヒーローとして対凶悪犯罪の実力派ということで選んだ男子学生でも、全員間近で見たギャングオルカの眼力にビクリと体を震わせる。女子は言わずもがな。
にもかかわらず、千雨が一切動じず普通に挨拶したためギャングオルカは思わず思考が停止したのだ。
「……すまない、見た目で怖がられることが多いのでな」
「別に怖くありません」
「えっ」
「ギャングオルカさんの見た目は別に怖くありません」
千雨はギャングオルカの外見に対して魔法世界でよく見た亜人拳闘士と同じだなとしか考えてなかった。
ネギの修行中はラカンの住まいに同行していたが、魔法世界での大半を幼女姿で拳闘士の闘技場施設を拠点にしていて、拳闘大会も見ていたのだ。しかもその年の大会は終戦20周年記念のナギ杯ということもあり、魔法世界の中でも特に強者ばかり。
そんな千雨がギャングオルカの見た目に動じる筈がなかった。
―――が、そんな過去を知るはずもない社員のサイドキックたちには充分驚嘆に値する反応でしかなく。
「シャチョーを怖くないと言える女子……激レアだ……!」
「マジで?お世辞抜きで?」
「はい」
「すげぇ……すげぇよこの子……!」
「これが雄英特別枠……!」
ざわめくサイドキックの方々。
20名以上いる彼らのざわめきを消すようにギャングオルカはわざとらしく咳をしてサイドキックたちを睨み付け、ピリリとした緊張が走り空気が引き締まる。
「必要最低限の礼儀はわきまえているようだな。
今日から私がヒーロー見習いの卵である貴様を扱く。心してかかれ」
「はい、よろしくお願いします」
「コスチュームに着替え次第ヒーローの成り立ちとその職業について座学を行い、昼食後に市街地パトロールに参加してもらう。
パトロール後は事務所に戻り、基礎トレーニングだ」
「はい」
「マキ、女子更衣室へ案内をしろ」
「はーい!更衣室はこっちだよー」
マキと呼ばれたピンクの髪に魚の骨を模したヘルメットの女性に案内されて移動する。
マキさんは"魚化"という"個性"の持ち主で、個性を使うと両脚が尾びれになって人魚のようになるらしい。ちなみにマグロの尾だそうだ。
更衣室への移動途中に教えてもらえたが、ギャングオルカの事務所への職場体験には千雨1人。A組に千雨以外に指名を貰った人が居ないことはわかっていたが、B組の生徒も居ないらしい。1人なのは気楽なので少しだけ安心した。
女子更衣室のロッカーには職場体験生と書かれた付箋メモが貼られていた。ちなみにデフォルメされたかわいいシャチ型の付箋。備品にもシャチが使われているのかと思わず感心してしまった。
あれから発目のアイテムが加わり蜘衣が新調した新コスチューム。以前とほぼ変化はなく、外見で変わった所はポーチの数が増えた位だろう。
スカートに尻尾を付けられていない所を見て、蜘衣がこちらの要望を無視しないデザイナーだという事に安心した。
「お持たせしました」
「かわいい!」
「事務所が華やぐ!」
「黒猫……イイね……!」
事務室に戻るとサイドキックの方々から高評価ですこし照れる。
ヘッドギアはパトロールの時まで外していて良いとのことなので、事務所内の棚にヘッドギアとサングラスを置き、ポーチから出した丸メガネをかける。
さっそく2階の小会議室でギャングオルカ直々にヒーローについての座学だ。
ホワイトボードと6人程度の入れる小会議室の長机には座学用の筆記用具が用意されていた。
ちなみにここで用意されていたノートやボールペンなども、やっぱりシャチやイルカなどの海洋生物イラストの入ったもの。
ロッカーの付箋もそうだが、職場体験生への備品チョイスがとても可愛らしいのは誰のチョイスなのか。それが問題だ。
そんなくだらない疑問は他所に、ギャングオルカの座学が始まった。
「我々ヒーローは国から働きに応じた給与を頂いている。
国から給与が出るため広義においては公務員に該当するが、成り立ちとその職務が公務員とは何もかもが異なる。
ちう、貴様はヒーローの成り立ちについて、どこまで理解している?」
突然の質問よりもヒーロー名呼びな所に驚いた千雨。事務所内であってもコスチュームを着ている以上はヒーローとして扱われるらしい。
「えっと……超常黎明期において、自警団として違法に"個性"を用いて治安維持を行っていた人々、ヴィジランテが原点と言われてます。
個性に関する様々な法律が施行されると同時に、"個性"での犯罪を取り締まるためにヒーローも資格制度として確立し、今のプロヒーローという職業が誕生しました」
「フン、勉強はしてきているようだな。ヒーローの成り立ちはその認識で問題ない。
ヒーローは他の公務員と異なり"個性"を使用して活動する。犯罪者に立ち向かう点は警察と同じだが、ヒーローに逮捕状請求や取り調べの権限はない。
逆に警察は"個性"を使用することは禁止だが、様々な権限を持っている」
ホワイトボードにギャングオルカが警察と書き、その下にヒーローと書いてそれぞれ丸で囲む。
「ヒーローの具体的な実務としては、犯罪の取り締まりが主になる。
事件発生時に警察から該当地区のヒーローに対して応援要請がくる、その要請に応じて活動をし、逮捕協力や人命救助等の貢献度を申告。
そして専門機関の調査を経て給与が振り込まれる」
「では、貢献度によって金額が異なる歩合給ですか?」
「そういうことだ。
犯罪の取り締まりで警察から応援要請が来る他に、警察と協力して家宅捜査立ち入りや、"個性"によっては過去の事件の再調査や取り調べなど特別な協力要請もある。
また、自治体などからイベントでの警備依頼を受けることもあるため、仕事は多岐にわたる」
警察とヒーローを線で結び、敵退治や人命救助、応援要請、特別協力要請等と書かれ、左斜め下に書いた自治体から矢印をヒーローに伸ばして警備依頼と書かれる。
「こうしたヒーローとして治安維持に関わる仕事の他に、ヒーローには他の公務員と異なり"副業"が許されている。
全国の様々な企業から広告宣伝のモデルや講演会の依頼、タイアップ商品などがある。
私の場合は地元企業とのタイアップ商品などが出ているほか、水族館でのショー出演や講演が多い。
我が社の公式スポンサー丑三ツ時水族館は有名だな」
自治体と同じ行の右側に企業と書き、こちらも企業から矢印をヒーローに伸ばして広告モデルや講演等の副業と書いた。
ちなみに丑三ツ時水族館は港区にある日本国内にあるシャチを飼育している2つの水族館の内の1つ。
ギャングオルカ事務所の公式スポンサーもしているため、ギャングオルカによる講演やショー出演も度々行われているという。事実、水族館とコラボしたギャングオルカの看板が金山駅にあった。
名古屋城の金のシャチホコで有名ということもあってか、市内全体でギャングオルカを担ぎ上げているほど地元密着型なヒーローだ。
ただ、市内の看板などもデフォルメしたものが7割な所を見る限り……まぁ、そういうことだろう。なにせ敵っぽい見た目ヒーローランキング3位だ。怖がられても仕方ない。
完全に余談になるが、千雨は爆豪がデビューしたら敵っぽい見た目ヒーローランキングで確実に10年間連続1位を取って殿堂入りすると思っている。
その後もしばらくギャングオルカによるヒーローの説明が続いていった。
「座学は以上だ。13時まで……1時間の昼休憩で昼食を取れ。その後市街地パトロールへ出る」
「はい、ありがとうございました」
ノートに教わったことを書きまとめて、ホワイトボードに書かれたものを消してからギャングオルカと共に事務室に戻る。
昼食は事務所の食堂で取った。サイドキックの方々曰く、サイドキックの多い大きなヒーロー事務所だと食堂も付いている所が多いとのこと。
ちなみに食堂メニューのシーフードカレーが丑三ツ時水族館のレストランでも食べられるそうだ。
昼食後はギャングオルカと市街地パトロール。
「パトロールを開始する前に、貴様はヒーロー見習いの職場体験生だ、免許の無い者の"個性"無断使用は法律違反である。
私がそばで監督していても許可しない限り使用しないように」
「はい、ギャングオルカさん。
あの、困っている人などが居ないか探す小型プログラムを使ってもいいでしょうか?」
「海洋生物のプログラムか……いいだろう」
「ありがとうございます。
トイ・グランパス×4」
30センチから最大50センチの小型シャチ。色は水色に白模様。一見するとふわふわ浮いているぬいぐるみだ。
スカイシリーズと違って人が乗ることは出来ないが、千雨の周囲10メートルを自動で探索して困っている人や落とし物を探すほか、5キロまでの物をくわえて運べる局地的な小型探索プログラムである。
移動速度は最大時速15キロ程度だ。
「!!
……ずいぶんと小さいな」
「市街地や事故現場などを探索するためのプログラムです。この大きさなら通行やパトロールの邪魔にもならないので。
移動のためにマンタなども出せますが、どうしますか?」
触れようとしたギャングオルカの手に、1匹が頭を撫でろと言わんばかりにぐりぐりと頭を押し付けている。
猟犬の行動を元に作成しているので行動が若干犬っぽい。
「マンタは応援要請が出た時に指示を出す」
「わかりました」
4匹全て探索に放してもギャングオルカから離れられない千雨には対処しきれないので、1匹だけ探索させて残り3匹は千雨とギャングオルカの周囲で待機させてパトロール開始だ。
事務所から駅前広場に向かう。街中に出れば、ギャングオルカだと市民が見て、普段と違うことに二度見する。
「ギャングオルカの近くにシャチ飛んでる!?」
「もしかして隣の子、体育祭の子じゃない?」
「長谷川千雨ちゃん!?シャチも出せるんだ!」
ギャングオルカに若い女性や子供がサインや写真を求めて近付き、ファンに応えているギャングオルカ。
敵っぽい見た目でも、やはりランキング上位に入るヒーロー。人気である。
スゴいなと思って見ていると、千雨も女性から声をかけられた。
「あの、体育祭で活躍してた長谷川千雨さんですよね?サイン良いですか!?」
「あ……は、はい!」
思わずどもってしまったが、手帳を受け取る。手帳の開かれていたページにの片方にはギャングオルカのサインがあったので、空いていたページにCHIUと書いてCに猫耳と顔を書き足して渡す。
流石にひらがなで『ちう』とサインするのは厳しいものがあるからだ。
そのまま握手や声援や写真など、千雨もギャングオルカと一緒に囲まれてしまった。
駅前広場でなかったら車道に人がはみ出るほどの人数だろう。
「ヒーローネーム、もうあるんだ!?」
「ちうです、よろしくお願いします」
「体育祭すごかったよ!ヒーロー頑張って!」
「応援ありがとうございます、まだ見習いなのでこれから頑張っていきます」
「ギャングオルカのサイドキックになったの?」
「いえ、職場体験で……」
「コスチュームかわいい!黒猫っぽい!」
「ありがとうございます」
老若男女からの声掛けと握手とサインと写真に『ちう』として営業用アイドルスマイルで対応していく。
しばらく対応して人が減り、怒濤のファンサタイムが一区切りしたところでパトロールを再開。
「いつもあんなにファンサするんですか?」
「いや……いつもは遠目に見られるのがほとんどだ」
母親と手を繋ぐ子供に2人のヒーローネームを呼ばれて手を振られたので振り返しながらこっそりギャングオルカの顔を見上げる。
常闇と同様に感情が表情に出にくいと思っていたが、目は口ほどに物を言うという奴なのだろう。白いアイパッチのような目元が笑っているのがわかった。
……女性や子供からの人気、気にしてたんだな……。
千雨は心の中で思うだけに留めてパトロールに集中した。
この後はパトロール中に大きな出来事はなく、トイ・グランパスの見つけた落とし物や困っている人を少し手助けするのと時々ファンサを行う程度。
事務所に戻って基礎トレーニングをして、夕方にもう一度パトロールに。夕方のパトロールでも大勢にファンサをした他、テレビの取材も来たのには驚いた。
午後7時にコスチュームから着替え、初日の職場体験は終了。
千雨は飲食店で名古屋めしを堪能してから事務所2階の客室に宿泊。
ちなみにクラスのほぼ全員から千雨がネットニュースに載っているとの連絡が来た。地元テレビに突撃取材されたことはまだ知らないらしい。体育祭効果はまだ続いているらしいと返事をしておいた。
エゴサーチしてみた所やはり祭り騒ぎになっていたが、もはや何をしても祭り騒ぎになると悟った千雨はそのまま早い時間に就寝した。
「……ちうちゃんさ、スゴくない?」
ギャングオルカ事務所のサイドキックたち4人が事務室にいた。本日の夜勤当番である。緊急の応援要請もあるため当番制で待機しているのだ。ギャングオルカは3階の社長室兼私室にて待機している。
そのうちの1人の言葉に他の3人が反応した。
「わかる」
「シャチョー怖がらないし」
「基礎トレしっかりついてくるし」
「個性も派手で強いし」
「何より……」
「ちうちゃんのおかげで、シャチョーがファンサしても子供に泣かれない!」
室内にいるサイドキックが声を揃えて言う。
実は昼の市街地パトロールで行ったファンサの様子がネットニュースになったことで、事務所に千雨がサイドキックデビューしたのかという問い合わせの電話が複数あったのだ。
そこでサイドキックたちが協力して夕方のパトロールの様子を遠くから観察。
プロとして身につけた索敵や偵察などを無駄遣いして、笑顔の子供たちとふれあうギャングオルカの姿を確認したのだ。
ウルトラレアな光景を写真におさめた彼らがサイドキックのグループチャットで写真を共有したのは当然の結果である。
「いつも泣かれて悩んでたもんな、シャチョー」
「職場体験に来てくれるって聞いた時は怖がられないか不安そうだったけどね」
「シャチョー、先週水族館の講演後に自分で女の子受けする文房具を選んでたし。まぁ杞憂だったけど」
「そういえばちうちゃん黒猫っぽいコスチュームじゃないですか?
黒猫って幸運の象徴らしいですよ」
「……黒い招き猫」
「それだ」
人を招き、人気を招き、事務所に幸運を招いている。彼らの中で千雨と招き猫が完全に一致していた。
「明日朝上がる前に拝んどこ。御利益ありそう」
「シャチョーの悩み解決してくれたしな」
「他の社員にも伝えよう」
「おー」
翌朝、サイドキックたちから拝まれて困惑する千雨だった。