ひねくれ魔法少女と英雄学校 作:安達武
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「ち…千雨さん、そんなにお嫌とは思わず……その……」
「なんか、悪ィ……俺が余計なことしたせいで……」
「いや……もうなんか、気にしないでくれ……」
千雨の席に近い八百万と轟が突っ伏してしまった千雨を慰めようと声をかける。
自らのミスでまさかこんな結果になるなどと誰が想像出来ようか。轟に指摘されるまで気付かなかった自分のバカさ加減に悲しくなる。
もしも別のヒーローネームだったとしても、電子精霊たちの呼び方から『ヒーローの長谷川千雨』と『ネットアイドルのちう』がイコールになって、それはそれで炎上していたことだろう。
――――だからと言って、ちうがヒーロー名というのをそう簡単には受け入れられる訳ではないが。
流石に哀れに思ったのか、寝袋から起きた相澤は千雨の体勢に触れることなくプリント片手に話し始めた。
「職場体験は1週間。
肝心の職場だが、指名のあった者は個別にリストを渡すから、その中から自分で選択しろ。
指名のなかった者は、予めこちらからオファーした全国の受け入れ可の事務所40件、この中から選んでもらう。
それぞれ活動地域や得意なジャンルが異なる。よく考えて選べよ。
あと、今週末までに提出しろよ」
「あと2日しかねーの!?」
プリントを配る相澤から言われた言葉に瀬呂がツッコミを入れる。
千雨に回ってきた100枚ほどある指名一覧表の束はそのまま電子精霊たちが受け取り精査する。
そのまま授業終了のチャイムが鳴っても落ち込んで突っ伏していた千雨。
しかし電子精霊からおそるおる渡された専門活動ジャンルの数を見て千雨は落ち込んでいる場合ではないと席を立ち、いまだに教壇にいる相澤に近付き声をかけた。
「相澤先生、この指名一覧ですけど」
「何だ?」
「指名が戦闘専門か、戦闘メインで救助も出来る多面的な活動をしてる事務所だけなんです」
「それがどうした?」
千雨は後方支援や人命救助も出来るが、体育祭の評価としてはどんな状況にも対応可能なオールラウンダーにして、近接戦闘の得意なタイプ。
後方支援専門や人命救助専門といったサポート特化のヒーロー活動よりも、戦闘を専門とするヒーローか、多面的な活動をするヒーローからの指名が多くて当然だ。
サポート特化の事務所の指名がなかったのは、争奪戦になるほど人気の生徒を指名するより、他の生徒を指名して来てもらった方が確実かつ有意義という理由からだろう。
「将来は人命救助とか後方支援専門のヒーローになるのが希望なので、そっち系の事務所希望です。
学校側の指定したところに行きたいです」
「……後方支援専門?あの戦闘力で、本気で言ってんのか……?」
「はい」
意外すぎる千雨の申請に思わず相澤は聞き返す。それは周囲で聞いていたクラスメイトたちの心を代弁していた。
「色々とツッコミをいれたいが、指名貰った奴はその中から選べと言っただろう。学校側のオファーした事務所はダメだ」
「……はい」
「長谷川さん見てると、指名があったらいいってもんじゃないんだなって思えてくる」
「奇遇だな尾白、俺もだ」
落ち込む千雨を見ながら尾白と障子が話す。今の千雨は指名0のクラスメイトたちにとって、ある意味救いとなっていた。
相澤とミッドナイトが教室から去った後も話題は指名と職場体験先のことで持ちきりだ。
「オイラはMt.レディ!!」
「峰田ちゃん、やらしいこと考えてるわね」
「違うし!」
「芦戸も頑張ってたのに指名ないの変だよな」
「それ!指名欲しかったなぁ」
「でも同じ一回戦負けでも、瀬呂と上鳴は同情での指名だろ」
「上鳴に勝った長谷川さんがそれ言っちゃダメだと思うよ」
「デクくんはもう決めた?」
欲望に従って即決した峰田にツッコミをする蛙吹。指名を貰えなかった理由などを考察する芦戸と尾白と千雨。その近くにいた麗日が仲の良い緑谷に振り向く。
「まず、この40名の受け入れヒーローらの得意な活動条件をしらべて系統別に分けた後、事件・事故解決数をデビューから現在までの期間でピックアップして、僕が今必要な要素を最も備えてる人を割り出さないといけないな……。
こんな貴重な経験そうそうないし、慎重に決めるぞ。そもそも事件がないときの過ごし方なども参考にしないといけないな。ああ忙しくなるうひょー」
緑谷の行動に近くにいた一同は、芸かよ最早と心がひとつになった。
「長谷川、ちょっといいか?」
「ん?ああ」
芦戸と尾白と話している途中で声をかけてきた轟についていく千雨。
それを見送った尾白は芦戸に話しかけた。
「……轟のアレって、やっぱり体育祭効果かな?」
「体育祭効果でしょ。朝もそうだったけど、ヒーローネーム決める時も積極的だったし。
アレはラブだよ確実に!」
「嬉しそうだね、芦戸さん」
「轟の奴、女子を呼び出すとかクソが……!」
「峰田ちゃん、いい加減にしたらどうなの?」
目を輝かせる芦戸と怨嗟を放つ峰田をよそに、千雨たちは教室を出て廊下の端に移動する。
他のクラスの生徒たちからチラチラと視線を向けられたがそれらを無視して轟に話し掛けた。
「どうしたんだ?」
「その……職場体験なんだが、親父の事務所から指名が来てた」
「まぁ、だろうな」
現役のNo.2ヒーローなのだから、息子を指名してもおかしくない。轟は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……長谷川には、話してなかったよな……親父のことと、俺の左側のこと」
「…………」
千雨は迷った。体育祭で隠れて聞いてしまったことを伝えるべきか否か。
しかしあれは本人の口からきちんと聞くべきこと。だからこそ、千雨は正直に言うべきだと思った。
「――――体育祭の昼休み、緑谷に話してたことだろ」
「!!」
「本当は聞くつもりはなかったんだが……すまん」
「いや……立ち聞きしたことを長谷川は無視することも出来ただろ。
それを無視しないで俺に向き合ってくれた。……ありがとう」
「そんな礼を言われることじゃねぇよ。
それで、父親からの指名をどうしたらいいかの相談ってことか」
「…………ああ」
何年も憎悪を抱いていた父親相手に、簡単には踏み出せないから背を押してほしいといった所だろう。
下を向いている轟に千雨は口を開いた。
「何が正しいか間違ってるかなんて、やってみるまでわかんねぇよ。間違ってもいいから色んなものを見て、色んなことを聞いて、お前なりの結論を出せ。私に決めさせるな。お前自身で踏み出せ。
……もう、お前の心は決まってんだろ?」
「……ありがとう、長谷川。向き合ってみる」
「だから礼はいいっての。ほら、授業始まるから教室戻るぞ」
少し赤くなった顔をしかめながら轟の先を歩く千雨。その後ろ姿を見て轟は考え事をしながら付いていった。
「長谷川、お昼一緒に食べよ!」
「女子みんなでランチ!」
「おい腕に抱きつくなっ!わかったから!」
4限の現代文が終わって昼休み。芦戸と葉隠の2人に両サイドを固められて大食堂へ連行されていく千雨。
それぞれ食べたいランチを買った女子7人で壁際の8人掛けテーブルひとつを占領。千雨はアジフライ定食だ。
右の奥から麗日、千雨、葉隠の3人。向い側の奥から、蛙吹、耳郎、芦戸、八百万の4人がそれぞれ向き合って座っている。
「で、なんなんだよ突然……」
「とぼけても無駄だよ長谷川!あんたが轟とイヤホン半分こして一緒にスマホ見てたって!ネットじゃ大騒ぎだよ!」
「はぁ!?」
「証拠写真もあがってる!正直に答えるんだっ!」
「朝からラブ臭がプンプンするんだよぉ!」
芦戸が見せた画面には『1年準決勝で話題の2人が仲良く登校!』という文字と共にイヤホンを共有してスマホを見ている盗撮写真。
かなり拡散されているようだ。
葉隠と芦戸の2人が千雨を逃がさないように追及してくる。この席順はそのためのものらしい。
他の女子も気になっているのかわくわくした表情で千雨を見ていた。
「どこの取調室だっ!
別に何もねぇよ。電車で乗り合わせて、やたら見てくるからイヤホン片方貸しただけだっての」
「嘘だぁ!朝だけじゃなくて休み時間も毎回千雨ちゃんに話しかけたり、めっちゃ見てたし!」
「熱い戦いしたから芽生えたんでしょ?ラブが!」
「んなもん芽生えてたまるかっ!」
ブーイングしてくる芦戸と葉隠の2人にため息をつく。何が何でも恋愛のトキメキを感じたいらしい。
他の女子たちはそこまでトキメキに飢えていないのか、興味は薄まっていた。
「何でもかんでも恋愛に持ってくんじゃねぇよ。
つーかまた炎上って……お前ら、もう一度火消ししてこい」
「イエッサー!」
千雨が電子精霊たちに命令を下せば、彼らは姿を消した。今日中に鎮火してくれることを願い、アジフライを食べる千雨。
そのあとはいつも通り、取るに足らない流行りの話題で盛り上がった。
食事を終えて食堂から戻った教室で、切島や瀬呂たち男子も混ざって話題は再び職場体験の話に。
即決して相澤に希望体験届けを出した面々の側で、一覧表を片手に気になる事務所をルーズリーフに書き出していく常闇と八百万と上鳴。
わからない地方のヒーロー事務所はスマホで調べたり、ヒーローオタクの緑谷に聞いて絞っていく。100件以上ある3人は調べるだけでも一苦労だ。
他のまだ決めていないクラスメイトも緑谷たちの近くで指名一覧の紙に直接書き込んでワイワイと話しながら候補を絞っている。
千雨は希望届けを既に提出した麗日と轟と耳郎の3人と共にいた。中々珍しい組み合わせだ。
「そういえば千雨ちゃんは調べたりしてないけど、どのヒーロー事務所にするか決めたん?」
「でも確か4400件超えてたよね?ヤオモモみたいに100件あっても迷いそうなのに……」
「4473件全部の事務所調べて、体験先の候補は3件まで絞った」
「あの量を!?早くない!?」
「というかいつの間に!?」
思わず手を止めて驚く緑谷たちに千雨は3枚のB5用紙を見せる。
それには分厚い指名一覧とは異なり、1枚ごとにヒーローの姿と細かな情報が記載されている。それを受け取って見た緑谷は目を輝かせた。
「写真と個性と最新ビルボードの順位に加えて活動年数と活動地域、事務所方針と専門ジャンル、戦闘スタイル、相棒の数、解決事件数、さらに最新解決事件簿まで!」
「なにこれスゴイ!」
「電子精霊が検索して無駄な情報を省いたものをアナログ化することが出来るんだ」
「我々の得意分野ですので!」
電子精霊たちが敬礼のポーズをする。
炎上については『恋人ならあんな熱戦をするはずないから友達だろう』という結論に持っていき、撮られた写真も盗撮にあたるため通報して火消しが完了した。
「元々こういう情報収集向きで後方支援系だって“個性”を教える時に言っただろ。
で、その3件がNo.2エンデヴァー、No.7ミルコ、No.10ギャングオルカ。
指名の中にNo.6のクラストとNo.9のリューキュウもあったけど、この中から選ぶことにした」
「えっ!上半期のトップ10に入ってるプロたちじゃん!!」
「さっすが千雨ちゃん」
「どれも希望してる系統の事務所じゃないけどな」
面倒くさげに頭をかく千雨。
人命救助専門がなかったため、ランキング上位かつ戦闘で参考になる個性を持つ3件に候補を絞った。
ちなみにランキング上位事務所を選んだ理由は、事務所経営が安定していて雄英生への指導経験もあるからだ。
ランキングで下位のヒーロー事務所を選んでも経験を積めない。また、どうせどこかへ行くなら少しでも強くなりたいのだ。死なないためにも。
「エンデヴァー事務所行けば?
指名するヒーローの中じゃランキングトップだし、轟もエンデヴァー事務所に決めたんでしょ?」
「長谷川も一緒に行くか?」
表情に変化はあまり無いが、嬉しそうな空気をかもし出す轟。全員の目にブンブン振られる尾が見えた気がした。轟の片思いというよりも、飼い主と愛犬状態が近い。
エンデヴァーは人命救助はほぼ無しの対敵戦闘専門のヒーロー。炎熱系最強の個性と名高い『ヘルフレイム』にして、事件解決数史上最多という実績。体育祭前に身につけた電撃を纏う近接戦闘の有効な戦闘方法を学べるだろう。
激情家ではあるが仕事ぶりからすれば判断力の高さは折り紙つき。轟から過去の所業を聞いているがその根底の部分を共感してしまえたため、性格的な相性はそこまで悪くないだろう。
しかし決定的に決められない理由が1つ。
「悪くはないが、親子揃ったところに行くとか気まずすぎる」
「…………そうか……」
準決勝後の会話で余計なことを言ってしまったことに加えて、轟も行くとなると気まずい。非常に気まずい。断る理由が私情100%である。
そんな千雨の答えに轟のテンションが一気に下がり、千雨に視線で訴える。まるで散歩を断られた飼い犬のようだ。
「長谷川、行ってあげたら……?」
「何と言われようと気まずいのは変わらないから」
「長谷川の言う通り親子揃う所に行くのは勇気いるし、その調子で職場体験なのに何も体験出来ないで終わったらマズいな」
「……俺が長谷川の味方になれば、気まずく無くなるか?」
「轟、それ逆に気まずくなるからやめろ。
……いや、私を思っての言葉ってのはわかってるから。そう落ち込むな」
改めて断られたため落ち込む轟を千雨は慰める。
千雨が姉御肌で世話焼きなのに加えて轟が末っ子弟気質のため、悲しげな表情をされると断りにくいのだが、それでもなんとか折れずに乗り切った。
「じゃあミルコはどう?長谷川と同じで近接格闘タイプの女性ヒーロートップ!」
「個性や戦闘スタイルとかは参考になりそうだけど……性格的な相性が合うか不安なんだよ」
「たしかに勝気ギャルって感じだもんねぇ」
「でも男勝りな所とか長谷川と似てるし、大丈夫じゃね?」
「いや、ミルコに振り回されそう」
「あーたしかに、千雨ちゃん振り回されそうやね」
ミルコは『兎』の個性を持つ女性ヒーローだ。蹴り主体の近接格闘で、個性による索敵と高機動力を持つ。
性格は勝気で強気。千雨同様に男勝りの姉御肌なのだが、千雨ほど慎重派ではなく超が付くほどの行動派なため振り回されるのは確実だ。
わざわざ振り回されに行く気はない。
「ギャングオルカは対凶悪犯罪だけでなく人命救助もしているわ。1番良いんじゃないかしら?」
「人命救助の点からいけば1番良いし、指導経験も豊富だけど……エンデヴァーやミルコと違って、個性や戦闘スタイルはあまり参考に出来なさそうなんだよなぁ」
「確かにギャングオルカの戦い方は長谷川さんとは被らないか」
「基礎的な近接戦闘については学べそうやけど……」
『シャチ』の個性を持つギャングオルカ。彼は恵まれた体格による近接格闘とシャチの特性である超音波を使用した範囲攻撃がメインだ。エコーロケーションによる索敵も得意で、水中戦になれば時速60キロで泳げる。
とはいえ、千雨が教わるとしたら基礎的な格闘技術になるだろう。
「まぁどこの事務所を選んでもメリットデメリットはあるのは変わらないしな。ゆっくり考える。
そうだ、詳しく知りたい情報あれば同じように詳細情報をまとめたものを作るぞ」
「マジ!?長谷川、それって学校側からの事務所も出来る!?」
「本来なら自分たちで調べてまとめる方がためになるけど、2日で絞るのは厳しいからな。これくらい手ェ貸す」
「ありがとー!」
「長谷川、この2つの事務所調べてくんねぇか!?どっちにすっか迷っててよ」
「私もお願い致しますわ」
それぞれから依頼されたヒーロー事務所について調べ、情報を渡していく。
そのまま職場体験に向けての話で盛り上がっているとあっという間に昼休みが終わってしまった。
午後の授業はヒーロー基礎学。教室でオールマイトが今日の訓練内容を伝える。
「今日のヒーロー基礎学は基礎トレに加えて、自身のヒーローネームに慣れること!
各自体操服を着て、配られたゼッケンにヒーローネームを書いて呼び合うように!」
新手の地獄かここは。
そう思った千雨の目からは、光が失われていた。